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第10話 鉛筆作り

 季節は移ろい、いつしか晩春となった。

 今日も俺は、ライカからこの世界についてレクチャーを受けている。

 今回は筆記用具についてだ。


「書くものとしてはペンですね。ペンには金属製のペン、羽根ペンがあります。羽根ペンは安価ですけど、自分で切って使わなければなりませんし、長持ちしません。でも、庶民が使うには十分です」


「なるほど」


「書かれる方は羊皮紙と木簡もっかんですね。『羊』皮紙とは言いますが、羊だけではなく他の獣の皮も使います」


「え、そうなの? 羊皮紙っていうくらいだから、羊限定だと思ってたけど……まぁ確かに皮なら大抵いける……のかな?」


 とはいえ、羊毛を得るため羊は広く飼育されているため、必然的にその多くが『羊』の羊皮紙だという。


「あとはインクですね。竈の煤をお酒に溶いたものや、花の絞り汁、それに動物の血を使ったりしています」


「なるほどな」


 そういえば、以前テレビで奈良での『墨』の作り方特集みたいな番組を見た覚えがある。

 確か、菜種油を燃やしてその煤を集め、にかわと混ぜて型にはめ、乾かすんだった……と思う。

 作ってみたいが、この程度の知識で作れるほど甘くはないだろう。うろ覚えの知識だけでなんとかなるほど現実は甘くないのだ。


「でも、鉛筆は作れそうだな」


 この前聞いた、この世界で使われている金属の種類、の中に『鉛』があったのを覚えている。鉛の針金を軟らかい木で包んでやれば原始的な『鉛筆』の出来上がりだ。

 『鉛筆』という字面のとおり、初期の鉛筆の芯は鉛だったのだから。

 しかし、鉛は毒性があるため、また描かれた線が薄くて今ひとつ見づらいため、黒鉛と粘土を混ぜて焼き固めたものを芯に使うようになった。

 黒鉛は『鉛』と付いているが、金属鉛はまったく含んでいない純粋な炭素の粒なのだ。


「焼き物……陶器があるんだから、鉛筆の芯も作れるかな?」


 焼き物を頼めるところがあるかどうか、俺はライカに尋ねた。


「ドドロフさんの工房で、少しだけ作っているはずです」


「よっしゃ」


 そこで、鉛筆製作計画を立ててみる。たまには修理ではなく創作もいいだろう。

 黒鉛の代わりには鍋底の煤や、煙突の煤を使ってみることにしよう。


 小一時間かき集めたら、小さなボウルに半分くらい集まった。


「よーし、それじゃあドドロフさんのところへ行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 『ろくろ』製作以来、何度か工具を新調したので、ドドロフさんと俺はすっかり馴染みになった。

 ドドロフさんは自分用にも『ろくろ』……いや『木工旋盤』を作り、テーブルの脚やコップを作ったりしているようだ。

 マイヤー工房の『ろくろ』も何度か改良してくれている。


「ドドロフさん、います?」


「おう、ボウズか。今日はなんだ? また何か思い付いたか?」


 今日の声は機嫌のいい時の声だ。それがわかるくらいには仲よくなっている。


「ええ、そうなんです。今日は……」


 俺は、『鉛筆の芯』について説明した。


「ふうん? すると、煤と粘土を混ぜて焼いてほしいっていうんだな?」


「はい。あ、その前に、煤と粘土を混ぜたものを押し出す道具が欲しいんです。ちょうどところてんを押し出すような感じで」


「ところてん? なんだ、そりゃあ?」


 どうやらこの世界にはところてんはないようで、俺が口にした例えはドドロフさんには通じなかった。


「ええと、ところてんが何かはとりあえず置いておいて、こういう道具が欲しいんです」


 要は、先に如雨露のようにたくさん穴の空いた水鉄砲だ。


「中に粘土を入れて、こっちの『ピストン』を押すと、先から細くなった粘土が出てくるというわけです」


「ははあ、面白れえな! いいぞ、作ってやる。昼まで待て」


「お願いします。お昼食べたら来ます」


 この程度の工作は、ドドロフさんにとっては朝飯前……いや、お昼前にはできるというのだから昼飯前らしい。

 その間にこっちは軸木を用意しよう。


「あれは軟らかい木だったよなあ……」


 ということで、エミーリャさんのところへと向かうことにした。


*   *   *


「おやシュウ君、今日はなんだね?」


 いつもと変わらぬ、恰幅のよい女将エミーリャさんだ。


「軟らかい木の板を少し欲しいんです」


「軟らかい……というとシーダーかねえ」


 シーダーというのはスギの一種らしい。だが、スギは年輪の部分が意外と硬くて扱いづらい面もあると聞く……。

 念のため見せてもらうと、日本のスギ材よりは年輪が目立たず、柔らかそうでよさげだ。


「ああ、これがいいです」


 幅30センチ、長さ1メートルの板を1枚だけ買った。


「それっぽっちの板で何を作るんだい? 小箱かい?」


「はは、出来上がったらお見せしますよ」


「そうかい。それじゃあ楽しみにしてるよー」


 こうして俺は、軸木用の材料も手に入れた。そのまま一旦マイヤー工房へと帰る。


*   *   *


「お帰りなさい。……板?」


 ドドロフさんのところへ行ったはずなのに、板を持って帰ってきたものだから、ライカは首を傾げている。


「これで軸木を作るんだよ」


 と言ったら、


「ああ、エミおばさんのところに寄ってきたんですね」


 と、納得してくれた。

 俺は板を適当な厚さに削っていく。

 使っているカンナは全部金属製だが、マイヤー工房に元からあったものを手入れして使っている。

 厚さ10ミリほどの凸凹していた板を、5ミリくらいまで削って平らにした。

 これを長さ18センチに切っていく。1メートルの板なので、とりあえず4枚作った。

 一応ここまででお昼近くなったので、一旦手を止めて昼食とし、その後、ドドロフさんのところへ。


「私も行っていいですか?」


 とライカが言ったので、もちろん、と答えた。


*   *   *


「どうだ、ボウズ?」


「ええ、いいですね!」


 『芯押し出し器』のシリンダー部分の太さは3センチくらい。先端には直径2ミリの穴が10個空いている。

 シリンダーが太すぎると、押し出す力が大きくなるので、このくらいでちょうどいいだろう。


「じゃあ、芯を作りましょう」


 粘土はきめの細かいものをドドロフさんの工房で用意してもらった。煤も、持ち込んだ分だけでは足りなそうなので、炉や竈のものを使わせてもらう。これはドドロフさんの厚意だ。

 煤に焼き物用の粘土を混ぜていく。配合比は勘だ。粘土が多ければ硬い芯に、少なければ軟らかい芯になるはず。

 理想は2Bくらいの柔らかめの芯だけど、最初から贅沢は言わない。


 手を真っ黒にしながら、煤の半分を粘土と混ぜ合わせ、残った煤はもう少し多めの粘土と混ぜ合わせた。これでどちらかはまずまず使い物になるのではないだろうか。

 もちろん配合比は覚えている。

 その原料を、さっき作ってもらった『芯押し出し器』に入れ、思い切り押すと、先端の穴からニュルニュルと芯が出てきた。


「わ、面白い」


 それを見たライカは面白がっている。

 もう一つの配合比のものも同じようにして押し出した。

 次いで、それらを耐熱レンガの上にそっと並べて、ドドロフさんに焼いてもらうのだ。


「まずはこれを焼いてもらえますか?」


「おう、任しとけ」


 ドドロフさんは見かけによらない繊細な動作で、芯を載せた耐火レンガを焼き窯の中へ入れていく。

 この焼き窯は魔法道具で、燃料を燃やすのではなく、火の魔力を溜めた魔宝石を使って火をおこすのだという。

 こんなところは現代地球より便利だと素直に思える。

 でも逆に、その便利さゆえに改良されることなく使われ続けてきたともいえるんだろうけど。


 直径2ミリという細いモノなので、15分ほどで窯を止め、芯を取り出す。

 この時にも、魔法道具であるがゆえに冷ます時間も短縮されているのだそうだ。


「どうだ、ボウズ?」


 2種類の濃さになるはずの芯は、どれも折れずに焼き上がっていた。

 どれがどれだかわからなくなってしまったが、それは想定内。濃さが2種類しかないのだから、書いてみればわかるわけだ。

 俺は、慎重に芯を指でつまんで、木ぎれに擦りつけてみた。

 薄くて読めない……つまり硬すぎるものと、薄いがなんとか読めるもの……4Hくらいだろうか? とにかくその2種類になった。


「もう少し煤を増やしてもよかったのかな」


 これが、煤ではなく元々軟らかい(黒鉛は最も軟らかい鉱物)黒鉛グラファイトだと、また違うんだろうな、と思いつつ、俺は記憶が新しいうちに、だいたいの配合比をこの芯を使って木ぎれにメモをした。

 そして、押し出した残りの粘土に、ドドロフさんのところにあった煤を貰ってさらに混ぜ合わせ、押し出してもう一度焼いてもらった。


「…………うん、これなら!」


 今度はなんとか読める濃さ……Hくらいの線が引けた。


「ほう、面白えな。だが、これで字を書くんじゃ折れちまうんじゃないのか?」


 ドドロフさんがそう言うが、


「いえ、この芯を木で挟むんですよ」


 とライカが説明する。


「そういうことです。一旦帰りますが、出来上がったらサンプルを持ってまた来ますよ。ありがとうございました!」


 俺とライカは焼き上がった芯を持って、マイヤー工房へと帰った。

 そして、用意してあった板に、芯を埋め込む溝を掘る。軟らかい木なので簡単だ。ただし曲がらないように、また深くなりすぎないように注意が必要だ。


「この溝に芯を入れて、接着剤を塗って板で挟み込む」


 芯の溝位置が微妙にずれたりしたが、片方を切り離すことで対応。次に作る時は溝掘りの治具(補助具)を用意した方がよさそうだ。

 接着剤が乾くまで重石おもしを載せておく。明日になれば乾いているだろう。


 こうして作った鉛筆は、ライカをはじめ、エミーリャさん、ドドロフさんにも好評だった。


「インクを付けなくていいのが気に入ったぜ」


 とはドドロフさんのセリフ。


「擦ると掠れたり消えたりするから、契約書には使えないけど、メモには便利だねえ」


 エミーリャさんはそう言って笑った。


「便利ですね、これ」


 ライカも、手軽さを絶賛している。

 あとは、紙が作れたら……と俺は思っている。


 そして、いつの間にかKPは60ポイントになっていた。

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