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第1話 女神様? 

 債鬼さいき

 その意味をネットや辞書で調べると、

 『借金の返済を厳しく迫る人。情け容赦なく取り立てるさまを鬼にたとえていう』

とある。

 今、その債鬼が数名でやって来て、家のドアをドカンガツンと破壊せんばかりに叩いていた。


「オラァ! いるのはわかってんで! 出てこいやあ!」


 もちろん、鬼とは比喩で、実際には人間である。

 だが、鬼を作り出すのも人間。人間は時として想像を超えるほど残酷になれるのだ。俺、善田修ぜんだしゅうは今、絶体絶命のピンチを迎えていた。


「どうしてこうなった……」


 いや、原因はわかっている。親父が作った借金のせいだ。


「なに居留守使ってんねん!」


 親父はいわゆるギャンブル依存症だった。悪徳金融から金を借りてまでパチンコ、競馬、競輪などにのめり込み、果ては行方をくらましたのだ。

 ……子供にその尻を押しつけて。

 俺、大学受験を控えた妹、そして高校受験を控えた弟に。母親は早くに亡くしている。

 身内びいきでなしに、妹はモデル並みに可愛い。弟も美少年だ。十人並みな俺とは違って。

……言ってて少し悲しくなった。


「妹とっつかまえて売っ飛ばすぞ!!」


 ふざけるな。妹は18歳になったばかりだ。あんな奴らに売り飛ばされてたまるものか。


「だけどどうすりゃいいんだよ……」


 うちは『自動車修理工場』。

 だが、修理工は俺だけという零細であり、こんな潰れかかった工場に大事な車の修理を任せるような物好きがいるはずもなく、経営は火の車だった。

 そこで俺は、自動車の修理に拘らず、雨漏りの修理から子供のおもちゃの修理、果てはご近所の包丁研ぎや腕時計の電池交換まで、なんでも請け負ってきた……って、今そんなこと思い出している時じゃない。


「金がなきゃあ臓器売れやゴラァ!」


 ドアを開ければとっつかまって臓器を取り出されるだろう。そうなったら妹と……中3の弟はどうなるのかわからない。

 俺の臓器だけでは足りないとか言われ、妹は風俗に、弟は……その手の好事家に売り払われかねない。ここはどうあっても凌ぐしかなかった。


「出てこないと火ぃつけっぞお?」


 そんなことをすれば犯罪なので、警察に連絡すればこの場は凌げる。逆にラッキーだ!

 ……いやいや、それは向こうもわかっているから火はつけないか。それに万が一火をつけられたら、奴らが捕まったとしてもこっちは何もかもなくしてしまうわけだし……。


「あああ、どうすればいい? 掛け金がもったいないなんて言わずに生命保険に入っておけばよかった……神様仏様……!」


 人間とは勝手なもので、普段は不信心な俺だったが、この時ばかりは一生分の想いを込めて助けてほしいと願った。


「誰でもいいのでお助けください……!!!!」


《聞き届けましょう、人の子、ゼンダ・シュウよ》


「……?」


 くらっとするめまいを覚えたかと思うと、俺は静寂の中にいた。あれほどやかましかった声や、ドアを叩く音も聞こえなくなっている。

 そして、目の前には、白い服……古代ギリシャか古代ローマの彫刻で見たような格好をした女性が立っていたのである。


「大変そうですね」


 その女性が最初に口にした言葉がそれであった。


「あ、あんたは……? いったいどこから入った?」


「私は……そうですね、女神と名乗っておきましょう。あなたの願いを聞いてやって来ました」


 目の前の女性は女神だと自称している。そして俺の願いを聞いてやって来たとも言っている。つまり……。


「お金を都合してくれる……女神ファイナンスの人!?」


「なんでやねん」


 おお、いい突っ込み、と感じた俺は、大分精神的に追い詰められていたらしい……。


「私はれっきとした高次生命体です。敬いなさい」


「は、はい」


 いきなり敬えと言われても、エセ関西弁で突っ込みを入れる女神様か……。現実感がないよなあ。

 しかし女神を名乗るその女性は、


「そうですね……少し説明してあげましょう。こほん、私たちは『造物主』という意味での『神』ではありません。『傍観者』が近いでしょうか。わかりやすく言うと、近所の子供たちが遊んでいるのをほほえましく見守っている『お姉さん』といったところですね」


 と、おかしな例えをされたので余計わからなくなった。

 というか、やけに『お姉さん』ってところに力が入っていたような……。


「ですから、子供が転んで泣き出してしまったら、つい駆け寄ったり手を差し伸べてしまう……。この感じ、わかります?」


「ええ、まあ……」


 俺がやったら事案になる気がするが、目の前にいるような女性なら、誰も文句は言わないだろう。

 いやむしろ、喜んだりして。

 そして『女神様』は、その泣いている子供が俺だというのだ。


「とっても大きな『声』でしたよ。『神様仏様、誰でもいいのでお助けください』って」


「うわあああああ!」


 夢中で祈った内容を言われ、心を覗かれたような、己のみっともなさが露見したような、とにかくそんな感じでかなり恥ずかしい。

 それで思わず叫んでしまった俺は、心の叫びの件を誤魔化すように、肝心なことを聞いてみる。


「……そ、それで、助けてもらえるんですか!?」


 だが女神様はにっこりと笑って、


「この世界では無理です」


 と、のたまった。

 ちくせう、上げて落とすとはこの女神様、邪神じゃなかろうか。


「この世界は別の『女神』が管理していますからね。勝手に干渉するわけにはいかないのですよ」


「じゃあ、この現状はいったい……」


「だから言ったでしょう、通りがかったら大声で泣く声が聞こえたから様子を見に来たって」


 様子を見に来ただけってことか。


「じゃあ俺は、結局助からないんですか……」


 がっかりである。


「この世界では、と言ったでしょう? あなた、私の世界に来ませんか?」


「はっ?」


「あなたには世界を移動する特典として『スキル』をあげますから。ね、そうしなさい。私の管理する世界でなら、少しくらいなら援助できますよ」


「マジですか」


「ええ、本当と書いてマジですよ」


「……それって、この状況が面倒になったから、じゃないですよね?」


「帰ろっかなあ?」


「ああっ、ごめんなさい!」


 即、土下座。なんとしてもこの場を凌いで、お金を稼がなくてはならないのだ。


「女神様、どうかお助けください!!」


「初めからそうやって素直になっていればいいのに」


 女神様はにっこりと笑った。神々しいはずの笑みが黒く見えた俺は悪くないと思う。


「では、私の世界へ転移します。用意はいいですか?」


「あ、あのっ、ちょっと待ってください。え、ええと、その、言葉は通じるんですか?」


 これ大事。

 何を隠そう、俺は英語が大の苦手なのだ。もちろんそれに留まらず、ドイツ語もフランス語もロシア語も中国語もできない。俺にとって言語の壁は厚いのだ。


「ああ、それでしたら大丈夫です。……お隣さんの世界ですから、言葉はここと同じですよ」


 要するに『並行世界』という意味だろうか? だから言葉は共通、と。

 女神様が管理する世界が隣近所の例えに相応しいかどうかはともかく、言葉で苦労することはなさそうなので安心した。


「で、向こうで俺はなにをすればいいんでしょう?」


「それについてはこのあと説明します。……ああ、そうそう、特典としてこの袋をあげます」


 女神様が、きちゃない袋を投げて寄越した。

 巾着袋というのだろうか、薄い革でできていて、口を紐で縛るようになっている。ファンタジーものでよく見る革財布のようでもある。

 これは? と俺が聞く前に、女神様は説明してくれた。


「それは、貴方にしか使えない袋です。その中に入れたものに限り、向こうの世界からこちらの世界に持ち込めます」


 なるほど。金塊とか宝石とか、持ち込むならこの袋に入れろ、というわけか。


「袋の表面に数字が出ていると思いますが、それが貴方のKP(カルマポイント)です」


 袋を確かめると、確かに『10KP』と表示されていた。


「向こうで私に認められるようなことをすれば、そのポイントが増えます。増えると、その数値に比例して袋に入れられる量も増えます。空間的な魔法が掛かっていますので、いずれは袋の口より大きなものだって入れられるようになるでしょう」


 おお、わかりやすい。たくさん持ち込みたければそのKP(カルマポイント)とやらを貯めればいいわけだ。で、大きなものも入れられるようになる……四次元ポ○ットみたいな感じかな?


「ええと、こっちから向こうへは、何か持ち込めないんですか?」


 俺はダメ元で聞いてみた。


「その袋に入るだけならいいですよ。ですが時間もあまりありませんから、そうですね、3分で支度してください」


「わ、わかりました」


 3分では大したことはできやしない上、袋は小さく、大急ぎで入れられそうなものを物色する。

 机の上にあったものから、シャーペン、消しゴム、メモ帳、小銭、コンベックス(巻き尺)、ルーペ。それにタンスの引き出しを開けて旅行用の歯磨きセット、正露○、それに解熱鎮痛剤。

 とりあえずそれらを袋に詰め込んだら、もういっぱいであった。

 とここで、重要なことに気が付く。


「あの、着ているものってどうなります?」


 素っ裸で向こうの世界に飛ばされるのはごめんだ。

 百歩譲って、抹殺アンドロイドがタイムスリップでやってくる的な映画のように、格好良く現地入りできればまだいいが、俺には土台無理だ。なんかすごく残念な光景しか浮かばない。

「……ああ、それがありましたね。そうね、着ているものは向こうに持っていけますよ」


「よっしゃ!」


 残り時間は1分と少々。大急ぎで下着を引っ張り出し、上着の上から2重3重に着込んだ。変態的な見た目だが致し方ない。

 ついでに作業用のジャケットを羽織り、作業用のズボンをその上から穿く。着ぶくれしてもこもこだ。ハンカチとポケットティッシュを詰められるだけポケットに突っ込み、タオルを3本首に巻いた。靴下も3枚重ね履きした。

 スマホは……どうせ通話はできないだろうし、充電だって心許ない。万能ツールならいざしらず、異世界にこれはいらないな。

 あと20秒。忘れ物はないか、もうギリギリだ。

 一応腕時計はした。そして……そうだ、靴だ!!

 大急ぎで玄関に飛んでいき、安全靴を履く。底は耐油性の硬質ゴム、アッパーは丈夫なオイルドレザー。爪先には鉄板が入っている。

 それを履くか履かないうちに、


「じゃあ、行きますよ~」


 と、やけに軽い女神様の声が聞こえた。


「え、あ……っ」


 俺の目の前は真っ白になり……。

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[一言] 弟や妹無視して自分だけ異世界逃げるとか、父親とやってる事変わらん
[気になる点] 相続放棄手続きか自己破産すればいいだけでは? 返済をしなくてはならない理由が弱い [一言] ドラマの見過ぎのような展開ではなく、もうちょっとプロットをしっかりしてほしかった。
[気になる点] ・主人公が異世界行く時に妹や弟のことに言及しないこと ・帰ってこれるか確認しないこと ・どのくらい稼げるのか聞いてないこと ・帰ってこれるとしてもどのくらい時間がかかるか聞かないこと …
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