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サクラハイム物語2  作者: さき太
6/8

文化祭

 「・・・と言うわけで。今年の文化祭の課題は二人一組で作成に当たること。パートナーが見つからなかった奴は余り物同士で先生が勝手に組ませるからな。勝手に決められるのが嫌なら木曜までにパートナー決めて親告しろよ。」

 ホームルームで担任が発したその言葉に、教室はざわめき、そして、柏木(かしわぎ)(はるか)は面倒くさいと思った。合同課題とか、せっかく二年は自由にデザインと作成ができると思って楽しみにしてたのに、他人と組まなきゃいけないとか本当がっかりなんだけど。本当、面倒くさい。そんなことを考えて溜め息を吐く。

 「柏木君。」

 そう声を掛けられて、遙は顔を上げた。

 「良かったら、文化祭課題。わたしと組んでくれないかな?」

 はにかんだ様子の女生徒にそう言われて、ちょっとうんざりした気分になる。そして、最初に話しかけてきた女生徒を皮切りに何人かの女子に囲まれて、次々に一緒に組まないか誘われて、遙は心底うんざりした。

 「あいかわらずモテモテだな、柏木。で?誰にするの?」

 そう男子生徒に言われて、遙は誰にもしないと答えた。

 「俺、真面目に制作したいから、うるさくする奴ムリ。合同課題するならある程度同じ感性の奴が良いし、話が合う奴が良い。パートナーは自分で決めるから、どっか行ってくれる?」

 そう告げて席を立つ。あーあ、本当面倒くさい。こういうのとか本当いらない。どうせこいつら、課題より俺狙いだし。本当、嫌だ、こういうの。本当、意味分かんない。そんなことを考えながら、うんざりした気分を切り替えるため、遙は自販機に向かった。自販機でコーヒーを買い、栓を開ける。ベンチに座ってそれを飲みながら、遙は今頃教室じゃみんなパートナー決めしてんのかな、と考えた。面倒臭いとはいえ、誰かしらとは組まなきゃいけないんだよな。でも、ああいう女子は嫌だ。かといって男子はただでさえ人数少ないのに、俺抜けて来ちゃったからきっともうみんな相手決めちゃってるよね。特に仲良い奴とか俺いないし。このまま誰もパートナー決めないで余り者同士ってなったら、余り物になる奴なんて大抵難アリだろうから面倒くさそう。あー、本当面倒くさい。どうしようかな。そんなことを考えながら、コーヒーをチビチビ飲んで、遙は暫くそこで時間を潰してから教室に戻った。

 教室に入ると、まだ残っていたクラスメイト達の視線が集まりまたうんざりした気分になる。放課後なんだしさっさと帰れよ。そんな悪態が頭の中に浮かんでくる。そしてふと、ちらちら自分を見ている女生徒が意識の中に入って来て、遙はなにあいつと思った。他の奴みたいにぎらぎらした感じで見てるわけでも、話しかけてくるわけでもないけど、さっきから人の方ちらちら見て。って言うか、他の連中のこともちらちら気にして。もしかして俺に用があるのに、あいつら気にして声掛けられないって事?そんなことを考えて、遙はその女生徒の席の前に立った。

 「さっきから人のことちらちら見てるけど、何か用?あんたも俺と組みたいとか思ってるの?」

 そう声を掛けると、その女生徒がびくっとして、あわあわして、わたしはそんなんじゃと口籠もって、遙はうんざりした。

 「なら何?言いたい事があるならハッキリ言えば?うざいんだけど。」

 「あ、えっと。ごめんなさい。」

 「ごめんじゃなくて、用があるんでしょ?俺はなんの用か聞いてるの。用がないなら人のことちらちら見るのやめてくれる?」

 「ごめんなさい。」

 そう言って俯く女生徒を見て、遙は溜め息を吐いた。

 「あの、えっと、柏木君。」

 席に戻ろうとしたときそう声を掛けられて、何?と振り向く。

 「この間の課題。製法は指定されてなかったけど、皆ミシンでやってたのに、柏木君は手縫いで綺麗に縫ってたよね。外から縫い目が全然見えないし、どうしても露出するところはあえてアレンジして飾りみたいに見せるように縫ってて凄いなって。あの統一課題であれだけ個性って出せるもんなんだって感動しちゃって。」

 「はぁ?今その話題?意味分かんないんだけど。」

 「あ。いや。あの縫い方、どこで覚えたのかなって。服飾手芸部で?それとも本とか?授業じゃ習ってないよね、あんな方法。今度の文化祭課題、せっかくデザインから色々できるし。でも、わたしそんな自分でデザイン考えるのとか苦手だし。そうゆう縫い方でちょっとアレンジできたら素敵かなって。やり方載ってる本とかあるなら教えてもらいたくて。」

 「何?あんた、デザイン考えるの苦手でデザインコース選んだの?バカじゃない。」

 「苦手だから勉強したいんだよ。服作るのは好きだから。自分でちゃんとできるようになれたら良いなって。でも、全然ダメで。ダメなままで。授業ついていくのがやっとだけど。でも、だからってここにいちゃいけない訳じゃないでしょ。ここは勉強する所なんだから、できなくてもいてもいいでしょ。できる人しかいちゃいけない場所じゃないでしょ。柏木君には、関係ないじゃん。」

 自分と顔を合わせないようにして、どこかびくびくした調子で、でもそうやって食いついてくる姿に、なんだちゃんと自分の言いたい事言えるんじゃんと思って、遙は笑った。

 「あんた、名前は?」

 「え?」

 「だから、名前。俺、興味ないこと覚えないから、クラスメイトでも名前覚えてないんだよね。教えてよ。」

 「藤村(ふじむら)紗音(すずね)。」

 「藤村ね。覚えておく。」

 「あ、うん。ありがとう。で、あの縫い方・・・。」

 「あーあれね。シェアハウスで一緒に住んでる奴に、裁縫得意なのがいてさ。そいつに教えてもらったんだよね。帰ったらなんか教材ないか聞いといてあげる。あいつの裁縫の腕、母親仕込みらしいから教材ないかもしれないけど。期待しないで待ってて。」

 「ありがとう。」

 そんなやりとりをして、遙は紗音の席を離れ自分の席に戻り、そして帰り支度をして教室を後にした。紗音とのやりとりを思い出して、遙はあのタイミングで縫い方聞いてくるとか変な奴と思った。あいつトロそうだし、ちゃんとパートナー見付けられてるのかな。組む奴いないなら、あいつとなら組んでやっても良いかも。真面目そうではあるし、邪魔にはならなそうだし。デザイン苦手ならその部分俺の好きにできそうだし。都合が良い。帰ったら一臣(かずおみ)に縫い方のこと聞いて、その結果伝えるついでに明日、俺と組む気ないか訊いてみようかな。そんなことを考えながら。遙は一人帰り道を歩いていた。


         ○                           ○


 「ねぇ、ちょっと。柏木君と組むとか、あんたどういうつもり?」

 服飾手芸部の部室に忘れ物をしたことに気が付いて昼休みにとりに向かった先で、放課後以外は普段人気がないはずのその場所からそんな声が聞こえてきて、遙は眉根を寄せた。

 「そもそもあんた、実技面の成績最下位じゃん。見た目どころか技術的にも釣り合わないでしょ。直接組みたいって言わないで、全然違う話で気を引くとか。性悪。柏木君からの申し出断りなさいよ。迷惑になるから。」

 そんな言葉が続いてうんざりする。

 「誰が誰の迷惑になるって?」

 声のする方につかつか歩いて行ってそう言うと、紗音を囲んでいた女生徒達があからさまに動揺してたじろぎながら振り返って、遙はその姿に苛ついた。

 「あんたらの方がよっぽど性悪でしょ。俺がこいつに組む気ないか訊いたのに、あんたらには全く関係ないじゃん。バカじゃないの。影でこそこそこんな事してるとか、本当、軽蔑するんだけど。」

 そう言って睨み付けると、女生徒達の顔が青白くなって言い訳を口にし始めて、遙は本気で苛ついた。

 「ねぇ、いいかげんにしなよ。本当、見苦しいから。どんな言葉並べたってあんたらのしたことは変わらないからね。目障りだから消えてよ。あんたらみたいなの見てると本当苛つく。」

 思ったままを口にして、思った以上にドスのきいた声が出て、それを聞いた女生徒達が小さな悲鳴を上げて逃げていくのを見送って、遙は溜め息を吐いた。

 「大丈夫?呼び出されたかなんか知らないけど、ああいうのにホイホイついていくとかバカじゃないの。」

 そう紗音に声を掛けると、慣れてるからと返事が返ってきて、遙は溜め息を吐いた。

 「何か言おうとすると、ちゃんと何か言う前にヒートアップしちゃうから。相手の気が済むまで付き合うのが一番かなって。」

 「バカじゃないの。」

 「ほら、あの人達も勘違いしてるみたいだったし。落ち着いてから、わたしは柏木君と組むつもりないよって言おうかと。」

 「なに?藤村、俺と組む気ないの?パートナー決まってないって言ってなかったっけ?他に誰か決まったの?」

 「そうじゃないけど。」

 「ならなんで?パートナーいないなら良いじゃん、俺と組めば。なに?俺と組むんじゃ不服なわけ?」

 「不服なわけないけど。柏木君とわたしじゃ釣り合わないから。」

 「なにそれ。誰が決めたのそんなこと。」

 「誰がっていうか、成績見れば一目瞭然。わたしじゃ足手まといになっちゃうかなって。合同課題だもん。二人で作った結果が、お互いの評価に繋がるでしょ。柏木君、真面目だから、合同課題って言いながら自分一人で全部やっちゃうとか絶対しないだろうし。わたしがパートナーじゃ、せっかくの柏木君のデザインも技術も殺しちゃうと思うから。」

 まるでそれが当たり前みたいにそんなことを言う紗音を見て、遙は苛ついた。

 「なに、その自己評価の低さ。いくら成績最下位でも、及第点とれるだけの技術はあるんでしょ。つまり基礎はちゃんとできるってことじゃん。あとはお前の打ち込み方次第でしょ。それを最初からダメみたいなこと言ってチャレンジすらする気がないとか、バカじゃないの。せっかく成績上位の俺が一緒にやってあげるって言ってるんだから、技術盗んでやるくらいの意気込みない訳?お前は今のままで満足なの?何しにこの学校入ったの?」

 「えーっと。あの・・・。」

 「あー。もう。本当苛つく。決めた。もう俺と組まないかなんて訊かない。お前は俺と組むに決定だから。」

 「え?」

 「お前の足りないとこは俺が補ってあげるから。ちゃんと教えるし。俺と組んどいてまともな物作れないとか絶対許さないから、覚悟しといてよ。俺、妥協しないから。」

 「あ、うん。わかった。」

 そんなやりとりをして、二人で担任の所に報告に向かう。あー、本当。苛々する。デザインが苦手なら俺の好きにできるかなって、都合良いと思って組まないか声かけたけど。でも、このやる気のない感じ、凄く苛々する。服作るのが好きだから一から作れるようになりたくて、デザイン苦手でもここに入ったんでしょ。わざわざ専門色が強いこのコースに来たんでしょ。なのに、なんで。本当、苛つく。

 「柏木君ってさ・・・。」

 「何?言いたい事があるならハッキリ言いなよ。途中で止めるのやめてくれる?」

 「もっと怖い人かと思ってた。」

 「何それ。本当、意味分かんない。何が言いたいのお前。」

 「えっと。ありがとう。」

 「別に俺、何もしてないから。たまたま目についたから言いたい事言っただけだし。」

 「いや、あの。縫い方きいてきてくれて。教材なかったからって、わざわざ手書きでわかりやすく資料作ってくれたし。」

 「はぁ?今、それ?そっちに対するお礼だったの?お前、本当ズレてない?」

 「ごめん。なんて言うか、資料もらったときに言おうと思ったんだけど。言う前に、組まないか訊かれて。どっちを先に言えばいいのか迷ってたら、チャイム鳴って柏木君行っちゃって。言うタイミング逃しちゃって。」

 「バカ。本当、トロくさい。タイミング逃したならそのまま流しときなよ。わざわざ巻き戻しで言う必要ないでしょ。」

 「あ、うん。ごめん。」

 「ごめんとかいらない。もう、本当、お前見てると苛々する。」

 そんなやりとりをしているうちに職員室について、遙は紗音を引き連れて担任のもとに行き報告した。

 「柏木と藤村が組んだか。意外な組み合わせだな。大丈夫か?」

 そう担任に言われて、遙は何がですかと訊き返した。

 「お前等タイプが違うし色々合わなそうだからな。でも、まぁ、たまにはこういう組み合わせも面白いかもしれないな。お前等の作品楽しみにしてるぞ。」

 そう言って担任が差し出してきたプリントを受け取って、遙はそれに目を通した。不思議の国のアリスをテーマにした給仕服の作成か。ってことは、今年は食品科のどっかのクラスと合同で喫茶店とかやらされて、給仕担当する感じかな。そんなことを考えていると担任から、藤村はなんて言うかマイペースだし、ちょっと手がかかると思うが、ちゃんと面倒見てやってくれと言われて、遙は解りましたと応えた。そして、職員室を後にして、遙は、完全俺のお荷物扱いな言われようしてたけど悔しくないの?と紗音に話しかけた。そして、それがさも当たり前のことのように、その通りだと思うし悔しくないと言う紗音を見て、遙は苛ついた。

 「一緒にやってくのに最初からお荷物になる気でいるのやめてくれない?迷惑。」

 「ごめん。」

 「少しは何かないの?自慢できること。これだけは得意とかさ。」

 「えっと。特に、そういうのはないかな。」

 「あっそ。じゃあとりあえず、今日から放課後付き合ってくれる?お前とだと本当に時間かかりそうだし、進められることはどんどん進めてくよ。文化祭までにちゃんと作品仕上がらなかったらしゃれになんないから。俺、部活もあるし、そっちの制作もしなきゃいけないから、つきっきりはムリだからね。俺におんぶに抱っこできると思わないでよ。」

 「あ、うん。頑張る。」

 「なにその気の抜けた返事。本当に頑張る気あんの?最初から言ってるけど、俺妥協する気ないからね。途中で投げ出すなんて許さないし、最後まできっちり一緒にやってもらうから。」

 「それは解ってるよ。ちゃんと、解ってる。わたし、柏木君が思ってるほどやる気ない訳じゃないと思う。」

 そんな紗音の反論を聞いて、遙はどうだかねと思って溜め息を吐いた。


 放課後の教室で、早速紗音と打ち合わせをしようとしたら外野の視線がうるさくて、遙は彼女を連れ立って学校を後にした。

 「あー。もう学校って落ち着かない。どっか、ファミレスでも行こう。」

 「えっと。ごめん。わたし、お金ない。」

 「じゃあ、うちくる?共用スペース、文化祭まで使わせてよって頼めば、あいつら快く承諾してくれると思うんだよね。これから作業進めてくこと考えたらベストだと思うけど。」

 「え?柏木君のお家で作業するの?」

 「俺ん家っていうか、俺の住んでるシェアハウスね。場所、散葉町(さんようちょう)なんだけど、お前ん家何処?門限とかあるの?」

 「家、仁ノ塙(にのはな)だから、散葉町なら一駅かな。歩いても帰れる距離かも。門限は特にないけど、遅くなるなら連絡しなさいって、いつも言われてる。」

 「なんだ、学校より近いじゃん。なら、サクラハイムで作業するに決定ね。荷物うちに置いといて、作業行程に入ったら、俺がいなくても上がり込んじゃえばいいよ。」

 「え?いいのかな、そんなことして。住人の人に迷惑にならないかな。」

 「一応後で了承とるけど、どうせあいつら良いって言うに決まってるんだからいいよ。」

 そんな会話をして、遙は紗音を連れサクラハイムへ向かった。そして最寄り駅からサクラハイム迄の帰り道の途中で楠城(くすのき)浩太(こうた)と鉢合わせをし、驚いたような声を上げられた。

 「遙ちゃんが女の子連れてる。え?遙ちゃん、彼女いたの?ってか、いつの間にそんな相手できたの?俺、全然知らないんだけど。」

 そうたたみかけられて遙はうんざりした。

 「うるさい。違うから。こいつはただのクラスメイトだから。」

 「なんだ、ただのクラスメイトか・・・。って、えー?遙ちゃんがただのクラスメイト連れてくるとか、それなに?何が起きたの?ありえなくない?」

 「本当、うるさい。何、ありえないって。俺がクラスメイト連れてきちゃいけないの?文化祭課題で二人一組の合同課題が出されて。こいつは俺のパートナーなだけだから。学校で落ち着いて作業するスペース確保できなかったから、サクラハイムで課題しようと思っただけだから。」

 「あー。なんだ。そういうことか。ビックリした。遙ちゃん、女嫌いなのに何が起きたのかと思った。」

 「別に、女嫌いじゃないし。下心がある女が面倒くさいだけ。管理人さんや花月とは普通に接してるでしょ。こいつもそういう面倒くさいタイプじゃないから平気。トロくて別の意味で苛つくけど。」

 そんなことを言いながら、ふと浩太を見て固まっている紗音を認識して遙は彼女に声を掛けた。

 「藤村。こいつは俺の幼馴染みで、同室の楠城浩太。見た目ヤンキーだけど、こう見えてこいつハーフで金髪は地毛だし、中身は普通だから。そんなにビビんなくても大丈夫だから。」

 それを聞いた紗音が戸惑ったように、あの、えっと、と言葉を詰まらせて、遙は溜め息を吐いた。

 「わたし、藤村紗音です。柏木君の彼女じゃないです。」

 「今、そこ否定するの?遅くない?」

 「えっと。柏木君達の会話のテンポに入っていくタイミングが解らなくて。でも、ちゃんと否定しないと、わたしなんかが彼女と勘違いされたんじゃ、柏木君に迷惑かなって。あと、自己紹介もちゃんとしないとって。」

 「なにそれ。まず迷惑って何?意味分かんないんだけど。」

 「だって。わたし、別に美人でも、かわいいわけでもないし。わたしみたいなのが柏木君と並んだら、釣り合わなくておかしい・・・。」

 「何言ってるの。君もかわいいよ。遙ちゃんは確かに美人だけど、君が並んでおかしいなんてことないよ。そんな風に自分を卑下しちゃダメだよ。」

 そう浩太に言われて紗音が戸惑ったように目を泳がせる。

 「紗音ちゃんだっけ?かわいい名前だね。その優しい感じの綺麗な声によく似合ってる。紗音ちゃん。人の魅力は見た目だけじゃないよ。遙ちゃんは美人だけど、美人なだけが遙ちゃんの良いところじゃないし。並んで恥ずかしいと思うような相手と遙ちゃんは並んで歩いたりしないから。それに、遙ちゃんは人を見た目だけで判断なんかしないから。だから、見た目で並ぶのが釣り合わないとかおかしとか、そんなこと言わないで。そんなこと言ったら遙ちゃんが可哀相だよ。自信を持って。大丈夫、君は充分魅力的だよ。」

 そう笑顔で続けられた浩太の言葉を聞いてどう返せば良いのか解らないのか更に戸惑っている紗音を見て、遙は大きな溜め息を吐いた。

 「ったく。浩太。何ナンパしてるの?バカじゃない。こんなとこで口説くのやめてよ。恥ずかしい。俺も同類とか思われたら迷惑なんだけど。」

 「何で俺そんな扱いされてるの?遙ちゃん、酷くない?そもそも俺、ナンパなんてしてないし。口説いてなんかいないから。普通に話してるだけだから。」

 「はいはい。浩太にとってはそうだよね。でも、それ普通じゃないから。日本でそれやったらただのナンパ男だっていつも言ってるでしょ。」

 「え?どこら辺が?俺、そこまで変なこと言った?」

 「言ってる。湊人(みなと)にちょっと浩太の真似して言ってみてよって言ったら、確実に、誰がそんな恥ずかしい台詞吐けるかって赤面して反対されるような台詞言ってる。」

 「え?マジで?」

 「本気に決まってるでしょ。俺からしたら、なんでそういうことスラスラ言えて告白ができないのって感じだからね。」

 「えー。そんなこと言われても。正直、遙ちゃんに言われてる意味が俺解らない。俺の何がおかしいの?女の子に優しくしたり、女の子を褒めて気分を良くさせてあげるって言うか、女の子に笑顔でいてもらえるように努めるのは男として当たり前でしょ?それと愛の告白は違くない?好きな人に、好きです付き合って下さいって言うのは全然違うって。」

 「はいはい。まず、そのお前の基本理念であるレディーファースト精神は日本人にはないから。俺なんて、なんで女だからってそこまで気を遣ってやらないといけないのとか思うくらいだからね。お前、日本育ちのくせに、母親の英才教育と従兄弟達の影響受けすぎで基本理念が日本人離れしてるから。その辺もうちょっと自覚しなよ。誰彼構わず誑しこんでて、肝心の相手に本気にされないとか、勘違いされてフラれるとかしても知らないからね。」

 「えーそんな。そんなことってあるの?そんなこと言われたって、俺、今更これ直すとかムリだし。それに女の子に優しくしなかったら、母さん達に何言われるか解んないし。人格すら否定されかねないし。」

 「あっそ。なら好きにすれば?お前の人生だし、俺はどうなったって知らないから。」

 「そんなー。遙ちゃん。」

 そんな二人のやりとりを見ていた紗音がふふっと声を立てて笑って、遙は何笑ってるの?と訊いた。

 「ごめんなさい。その。なんか面白くて。柏木君って、そんな顔もするんだね。」

 「何それ、意味分かんないんだけど。」

 「学校にいるときと全然違うなって。意外と、普通の人なんだね。」

 「何それ。俺のこと普通じゃないと思ってたの?」

 「ごめんんさい。そうじゃなくて・・・。」

 「遙ちゃんって学校じゃどんな風なの?」

 「えっと、無愛想?いつも不機嫌というか、ちょっと怖い感じがしてた。」

 「あー。それ、遙ちゃんのデフォだから気にしないで。」

 「うん。話してみたら、意外と優しくていい人だった。」

 「でしょ?遙ちゃん、キツいし口悪いから勘違いされやすいんだけど、凄い優しいんだよ。面倒見良いし。好き嫌いハッキリしてるから、嫌いな人には本当酷いけどね。酷いと、目障りだから死ねばとか平気で言うし。」

 「さすがに死ねはもう言わないから。お前が死ねとか簡単に言っちゃダメだよってしつこく怒ってきたんでしょ。直したのにそれが俺の普通みたいに言うのやめてくれない?」

 「ごめん。でも、多少改善したって、遙ちゃんの口の悪さはあまり変わらないよね。それで片岡(かたおか)さんとしょっちゅう喧嘩してるし。」

 「それは湊人が口うるさいから悪いの。あいつ本当小言多くて面倒くさい。ちょっとしたことで、すぐその言い方はなんすかとか、少しは相手の気持ち考えて物言うっすよとか。そんなんでちゃんと学校でうまくやってるんすか?もう少し周りに合わせること覚えた方がいいっすよって。本当お節介。本当うざい。」

 「何、大きな声で人の悪口言ってるっすか。丸聞こえっすよ。」

 そう片岡(かたおか)湊人(みなと)の声が会話に入って来て、遙は後ろを振り向いた。そこに買い物袋を下げた彼の姿を見て、買い出し行ってたの?お疲れ様と声を掛ける。

 「悪口じゃなくて事実。湊人もさっさと俺の言動に慣れなよ。小言言われるの本当うざいから。」

 「小言言われたくないならその口の利き方さっさと直すっすよ。全く、遙は本当頑固なんすから。そこに意地張る意味が全く解らないっす。」

 「はいはい。ところでおかん、今日の夕食何?」

 「今日は餃子っすよ。あと、春雨の中華風サラダと、タマネギとわかめと卵で中華スープにでもする予定っす。ところで、その子は誰っすか?友達?」

 そう訊かれ、湊人にも紗音を紹介する。一通り浩太にしたのと似たようなやりとりをして、これ皆にしなきゃいけないのかなと思って、遙は少し面倒くさくなった。

 「文化祭課題って、去年、遙、当日までかなり根詰めてやってなかったっすか?結構時間かかるっすよね。」

 「あー。アレはどちらかというと部活の方のノルマが終わらなくてさ。去年は課題の方はたいしたことなかったから、部活の方に力入れたらちょっと凝り過ぎちゃって、同じクオリティーで個数用意するのにギリギリになっちゃったんだよね。でも、今年は共同課題な挙げ句、こいつトロいから、課題の方で時間くうかも。けっこう遅くまで藤村居ることになるかもしれないから、遅くなるときはこいつの分の夕食も作ってやってよ。食費、俺から二食分とっていいから。」

 「別に良いっすけど。サクラハイムで課題やることちゃんと藤村さんの親御さんは了承してるっすか?課題じゃしょうがないっすけど、同級生の男子の家に娘が一人で遅くまでなんて、心配掛けてもいけないっすから、帰ったら管理人さんに電話掛けてもらった方が良いんじゃないっすか?あと、遅くなるなら親御さんに迎えに来てもらった方が良いと思うっすよ。夜道を女の子が一人歩きとか危ないっすから。」

 「そこまですること?湊人、心配しすぎじゃないの?でも、まぁ、帰ったら管理人さんに電話はお願いすることにする。迎えは、藤村がそうしたいなら親に来てもらえばいいんじゃない?まぁ、親が来ないなら、送るくらいしてやっても良いけど。」

 「送るなら、真田(さなだ)とか三島(みしま)さんとかに一緒に行ってもらうっすよ。遙、一人じゃ危ないっすから。」

 「湊人、過保護すぎ。高二男子捕まえて何言ってんの?バカじゃない。それじゃ、俺が凄くひ弱か、ここら辺の治安が凄く悪いみたいじゃん。やめてよね、そういうの。」

 「まったく、なんすかその言い方は。そんなんだから心配するっすよ。万が一変なのと遭遇して絡まれたら、遙は火に油注ぎそうっすから。なんかあってからじゃ遅いっすからね。用心しとけるとこはしといた方が無難っすよ。」

 「バカじゃないの。本当、意味が解らない。俺、状況読めないほど頭悪くないから。ちゃんとTPOに合わせて立ち振る舞い変えられるから。」

 「どうだか。普段そんなんじゃ、何の拍子でいつその悪態が飛び出るか解ったもんじゃないっすよ。遙は案外短絡的なとこあるし、そこまで手放しに話し鵜呑みにして安心はできないっす。」

 「ったく。本当、湊人って過保護。保護者面するのやめてくれる?あんたのそういうとこ本当うざい。」

 「遙ちゃん。その辺にしときなよ。どうせ後で気にして謝るんだからさ。」

 湊人と言い合いをしていると、そう浩太に間に入られ、遙はふて腐れたように黙り込んだ。それを見た紗音がまた声を立てて笑って、遙は面白くなさそうにそれを睨んだ。

 「何笑ってんの?」

 「だって。柏木君があまりにも子供っぽくて。普段とギャップありすぎて。おかしい。ちょっと、ツボったかも。」

 そう言って必死に笑いを堪えようとする紗音を見て、遙は眉根を寄せた。

 「お前こそ、キャラ違うんじゃないの?なにそれ。ちょっと前までおどおどしてたくせに。」

 そう言うと、だってと何か言おうとして、言葉の前に笑いがこみ上げた紗音が爆笑して、遙は不機嫌に顔を顰めた。

 サクラハイムに到着すると、紗音が素敵な建物だねと目を輝かせて、遙はなにがそんなに面白いのと、冷めた声で呟いた。そして中に入り、お帰りなさい、皆一緒だったんだねと出迎えた篠宮(しのみや)花月(かづき)の姿を見て、紗音が綺麗な人と呟いて彼女に見惚れる。そんな紗音の姿に不思議そうにしながらも挨拶する花月に一通り説明をして、遙はいつまでも惚けて戻ってこない彼女を見て溜め息を吐いた。そういえば管理人さんも花月に甘々だし、うちの姉さん達も猫かわいがりしてるし、女も美人に弱いんだなと思って呆れたような気持ちになる。そうこうしていると、浩太が荷物を置きに自室に戻り、湊人が買ってきた物をしまいに食堂へ向かい、遙は自分はどうしようかなと考えた。

 「湊人。買い出しご苦労様。しまうの手伝うよ。」

 「ありがとう。今日の夕飯は餃子っすよ。皮作りからやるけど、花月も一緒にやるっすか?」

 「いいの?やりたい。餃子の皮とか作ったことない。どうやるの?」

 「小麦粉捏ねて伸ばすだけっすから、少しコツはいるっすけどそこまで難しくないっすよ。教えてやるから一から作ってみるっすか?」

 「うん、やる。」

 湊人とそんなやりとりをしながら食堂へ消えていく花月の姿を目で追って、紗音がかわいいと呟いた。

 「荘厳なお屋敷に住む、可憐で綺麗なお嬢様。好奇心旺盛で、ウサギを追って迷い込んだ不思議な世界を目を輝かせて冒険する。アリスのイメージにぴったり。あー。どうしよう。創作意欲が。イメージが溢れて止まらない。」

 うっとりとした様子でそう言葉を発して、そわそわし始める紗音を見て、遙はお前どうしちゃったの?とちょっと引き気味で声を掛けた。

 「柏木君。今すぐ始めよう。デザイン。今なら書き起こせる。早く。」

 そう勢いづいて言われて、遙はそれに押されて、紗音を共有の談話室に連れて行った。すると、早速ノートを広げぶつぶつ言いながらもの凄い勢いでデザインを描いていく紗音を見て、遙は、デザイン苦手って言ってたくせに、何こいつと思った。

 「アリスのお茶会の給仕服だから。客人のアリスより招待者のマッドハッターか三月ウサギの方がいいのかな。ウサギも良いな。でも女の子の帽子屋さんって言うのもありかも。あぁ、イメージが止まらない。かわいいよ、かわいすぎるよ。本当、お人形さんみたい。あんな女の子実際にいるんだ。」

 そんなことを呟きながら微妙に笑みを浮かべひたすらにデザインを描き続ける紗音にどこか狂気じみた物を感じて、遙は声も掛けられずただ彼女の作業をずっと見ていた。どんどん仕上がっていくデザインを見ながら、こいつやればできるんじゃんなんて思う。何がデザイン苦手だよ。普通にできてるじゃん。ちょっとファンシー過ぎる気はするけど、悪くない。文化祭の衣装だし、少し大げさなくらいが良いかもしれないし。ただ、こいつが着るにしてはちょっとな。せっかく作っても衣装に着られたんじゃ。やっぱり、着る物は着る人を引立てる物じゃないと。それに給仕するんだから、動きやすさも考えて・・・。そんなことを考えていると、紗音がようやく手を止めて、ふーと息を吐いて、遙は終わったの?と声をかけた。

 「お前、何がデザイン苦手だよ。こんだけの枚数あっという間に仕上げてさ。できるんじゃん。」

 そう続けると、紗音がハッとしたように書き散らかしたデザインを拾い集めて、恥ずかしそうにそれで顔を隠して、ごめんなさいと言ってきて、遙は溜め息を吐いた。

 「なんで謝るの?謝る必要ないでしょ。まぁ、二人一組で合わせなきゃいけないのに、俺のこと置いてけぼりにしてさっさかやってたのはアレかもしれないけど。でも、とりあえずイメージが湧いたときに描き出してみるっていうのは良いんじゃない?できあがったデザインちゃんと見せてよ。」

 そう言って手を差し出すと、紗音がこれは・・・と言葉を詰まらせて、頑なにデザインを見せなくて、遙は苛ついた。

 「さっきは今すぐ始めようって、人のこと急かしたあげく置いてけぼりにしたくせに、今度はできあがった物見せないってどういうこと?ふざけてんの?」

 「いや、ふざけてはないけど。これは・・・。」

 「何?別に勢いで描いたものにそこまでのクオリティー求めてないから。下手でも何でもいいから、とりあえず見せてよ。」

 「いや。でも・・・。」

 「あー。本当、うざいな。そんなこと言ってたら先に進まないでしょ。はい。それかして。」

 そう言って遙は紗音からデザインを奪い取るとそれを眺めた。

 「ちゃんとできてるじゃん。別に、そんな恥ずかしがって見せないようにするほど酷い出来じゃないと思うけど。」

 そう言うと、紗音が顔を真っ赤にして俯いて、遙はまた溜め息を吐いた。

 「で?お前はこの中ならどのデザイン採用したいの?俺の方の衣装はそれに合わせて考えるから、とっとと決めてくれる?」

 そう声を掛けるが、紗音が俯いたまま顔を上げず黙り込んでしまって、遙は内心苛ついた。なにこいつ。本当、うざい。おどおどしたり、人のこと見て笑ったり、勢いづいてやり出したかと思ったら今度はだんまり。本当、意味分かんない。そんなことを考えながら、遙は紗音から取り上げたデザインを眺め、やっぱこいつが身につけるにはちょっとなと思った。どのデザインも華やかで可愛らしくて良くできてると思う。おとぎ話の住人のようなこのデザインは、文化祭課題のテーマには合っていると思う。ただ、給仕服だし。それに控えめな本人に合わせるならもう少し服もおとなしくした方が似合う気がする。このデザインの中なら、この三月ウサギのコスチュームが一番、藤村には合うかな?藤村が三月ウサギなら、俺はマッドハッターか。そうすると、こんな感じかな?いや、何かこれだとデザインがバラバラで統一感がないな。ここをこうして、藤村のデザインの方を、ちょっといじって、アウターをジャケットにして、帽子をおそろいでつけるとか・・・。そんなことを考えながら自分のデザインを描きだしていると、紗音の声が聞こえて、遙は顔をかげた。

 「それ、その。わたしが着るんじゃないから。」

 そう言われて疑問符を浮かべる。

 「あの子見たら、イメージが湧いてきて。それで、あの子に似合うだろうなって、あれこれイメージが湧き出てきて。それは、お人形さんみたいなあの子に着てもらいたいデザインで、わたしが着るのじゃないから。わたしじゃ、そんなの全然似合わないから、だから。」

 調理場で湊人と並んで餃子の皮作りをしている花月を眺めながら紗音がそう言って、遙はバカじゃないのと呟いた。

 「花月とお前、体格は似たり寄ったりなんだから、あいつに合うなら大抵お前にも合うから。別にお前ブスって訳じゃないし普通なんだからさ。スタイルも、まぁ普通だし。ちょっとの努力でなんとでもなるレベルでしょ。花月の場合は基が美人だしスタイル良いから、多少変な格好しても本人の補正が入ってアリに見えちゃうところがあるけど。普通の奴はそうはいかないから何かで足りないとこ補うんだよ。化粧や髪型でも印象は変わるし、服装に合わせてそれに合うように自分を変えるって言うのも必要だからね。自分はこうだからダメだじゃなくて、自分はこうだからこれをこうしようみたいなさ、そういう努力したら?」

 そう言って、遙は紗音に自分の描いたデザイン画を差し出した。

 「お前のデザイン、確かにお前が着るにはちょっとなとは思ったけど、悪くないと思うよ。この三月ウサギの衣装ならお前にも似合いそうって思ったし。ただ、ちょっと色味が派手だから、お前に合わせるなら色合いはこんな風に変えた方が良いと思うんだけど。それで、これに合わせて俺の方の衣装も考えてみたんだけど、デザインに統一感がなくてバラバラでさ。お前のデザインいじってこうしたらどうかなって思って、ちょっと試しにそれでデザイン仕上げてみたんだけど。」

 そしてデザイン画を受け取って、紗音が目を輝かせて素敵と呟く。

 「わたしのデザインが、こんな風に変わるなんて。やっぱ、柏木君って凄いね。」

 そうキラキラした目で見上げられて、遙は居心地が悪くなって別にと呟いて視線を逸らした。

 「お前だって、これだけのデザイン一気に描き上げられるとか充分凄いじゃん。俺はお前の見てそれに合わせて、テーマと自分達に合うようにするにはどうしたら良いかなって考えただけだから。正直、そんな風に夢中にデザイン仕上げられるのちょっと羨ましいって思うし。俺のデザインは優等生過ぎるってよく言われるし、俺自身そんなに自分には才能ないんじゃないかなって思うときあるから。」

 「柏木君もそんなこと思うことあるんだ。」

 「何?悪い?」

 「いや。悪くないけど。なんて言うか、柏木君っていつも自信満々というか、人のこと見下してるイメージがあったから。自分に才能がないとか思って悩むことあるんだなって。意外というか何というか。」

 「何それ、喧嘩売ってるの?」

 「売ってない。喧嘩なんか売ってないよ。ただ、ちょっとホッとした、かな。完璧超人だと思ってた柏木君も、自分と変わらないんだなって思ってさ。」

 「なにそれ。本当、意味分かんない。」

 そんな会話をしていると、調理場の方から湊人が吹き出すのが聞こえて、遙は不機嫌そうに何笑ってるのと言った。

 「いや。だって、遙が完璧超人とか。笑うしかないっしょ。わがままで口悪くて、うちじゃ一番手がかかるのに。遙のどこをどうとったら完璧超人なんて印象が持たれるんすか?」

 「なにそれ。俺、別に世話焼いてもらってる覚えないけど。自分のことは自分でできるし。」

 「共同生活してるのに、自分のことしかしないって言うのはどうかと思うっすよ。」

 「うるさい。迷惑掛けてるわけじゃないんだからいいでしょ。それに、俺だってたまには手伝ったりもするし。こんだけ人が居るんだからわざわざ俺がやらなきゃいけない意味が解らないから。お節介は焼きたい奴が焼いてれば良いでしょ。俺にまでそれ押しつけないで。」

 「ほら、またそうやって、ああ言えばこう言う。そういう素直じゃないとこが手が焼けるって言ってるっすよ。」

 「ねぇねぇ、完璧超人ってなに?」

 「うーん。何でもできて凄い人ってことっすかね。」

 「遙って、学校だとそんなに凄いの?」

 「凄いよ。眉目秀麗、成績優秀、運動神経も抜群で、柏木君は皆の憧れの的だもん。」

 「え?遙って運動神経良かったの?」

 「俺が運動できるってそんなに驚くようなこと?ここの中じゃ微妙だけど、世間一般的に言ったら普通にできる方だから。それにうちの学校、全体が家政科系で男子も少ないから、俺くらいでも学内では断トツで運動神経良くなれるの。」

 「いや、でも、柏木君って本当に凄いよ。去年の体育祭の時のリレー。うちのクラス最初に走った子が出だしで転んじゃって出遅れちゃって、アンカーの柏木君にバトンが渡るときには先頭からかなり引き離されちゃってたのに、そっからぐんぐん追いあげて一位とったりして。ゴールした瞬間のクラスの女の子達の黄色い悲鳴がちょっと、いや、かなり怖かったな。」

 「あー。遙、かなりモテるらしいっすもんね。にしても、藤村さんの話し聞いてると、遙って少女漫画のヒーローみたいな感じっすよね。ファンクラブとかあったりして。」

 「何言ってんの。そんなわけないでしょ。」

 「いや、でもそれに近いものあるかも。柏木君、本当にモテモテで。なんか柏木君を取り巻く人達の雰囲気が怖いし。」

 「俺を取り巻く人達?何それ。俺、そんなの知らないんだけど。」

 「いや、ほら。クラスの中心的な女子とか。柏木君に近づく人に目を光らせてるというか。かなり怖いよ。だから易々声を掛けられないというか。なかなかアレに割り込んでいける人って居ないと思う。それに本人もちょっと怖そうというか、近寄り難い雰囲気があったし。ちょっと聞きたいことがあるだけでも、話しかけるの躊躇うレベル。」

 「なにそれ。もしかしてそれでお前最初あんなおどおどしてたの?バカじゃない。」

 「いや。だって、あの柏木君の方から話しかけられて、しかも一緒に課題やらないか誘われるなんて思ってもみなかったから。本当にビックリして。なんていうかパニックになっちゃったというか。」

 「なにそれ。本当、バカじゃない。俺、そんな別世界の住人じゃないと思うんだけど。」

 「え。あ。うん。そうだね。今はそう思う。ずっと、柏木君ってわたしとは全然違う世界の人だと思ってたけど、案外身近な存在だったなって。なんだろう。ここに来てようやく、ちょっと肩の力抜けてきたかも。わたし、緊張しすぎて、ちょっと・・・。」

 「はぁ?お前、緊張してたの?あれで?」

 「してたよ。凄くしてた。なんか柏木君、さっさと決めてずんずん行っちゃうし、もう訳わかんないというか、なんというか。」

 「なにそれ。ここ着いてすぐ俺のこと置いてきぼりにして課題に没頭し始めた奴に言われたくないんだけど。」

 「それは・・・。えっと。ごめんなさい。」

 そんな言い合いをしていると食堂にやって来た浩太に、遙ちゃんは着替えないの?と訊かれて、遙はじゃあ俺も着替えてこようかなと、紗音に声を掛けて部屋に戻った。

 制服を脱いで壁に掛ける。私服に着替えながら、ふと帰宅途中鉢合わせした浩太の驚いた顔を思い出して、言われてみれば俺が自分の生活圏内に学校の知り合い連れてきた事なかったなと遙は思った。浩太の奴、人のこと女嫌いとか言いやがったけど、そもそも実家に居た頃から俺、女どころか男すら連れてきた事ないじゃん。考えてみれば俺友達少ないもんな。その少ない友達もほとんどがイギリスに居た頃の学友か浩太を通して多少仲良くなった奴で、本当にちゃんと友達なんて呼べる奴はきっと浩太と花月だけだと思う。そもそも浩太以外の友達なんて、友達じゃなくても家族以外で一緒に過ごしてもいいと思える奴なんて、サクラハイムに来るまでいなかった。ここに来るまで俺は浩太さえ居れば良いと思ってた。だから浩太以外の奴となんて仲良くなる必要なんてないと思ってた。でも今は・・・。そんなことを考えて、サクラハイムの住人達の顔が頭に浮かんで、遙は小さく笑った。最初はシェアハウスって思ってたよりずっと互いが近くて、過干渉で面倒くさいと思ってたけど、今はこの窮屈さが悪くないと思う。皆と過ごす時間が心地よくて、今はここの生活が好きだ。そう考えると俺、ここに来てだいぶ変わったんだな。全然変わってないと思ってたけど、俺、いつの間にか変わってたんだ。いつの間にか普通に浩太以外の他人も受け入れられるようになってたんだな。だから当たり前のように他人に声を掛けて、普通に生活圏内に呼び込んだ。そんなことを考えて、遙は不思議な気分がした。そして、そうやって受け入れられる世界が広がったから、俺は生まれて初めて恋なんかしたのかなと考えて、少し胸が苦しくなった。表には出すつもりはない。手を伸ばす気は。あいつの恋を俺は見守るんだって、あいつらの恋を俺は応援するんだって、そう決めてるのに。時々それでも手に入れたくなる自分がいて嫌になる。どうせなら、どうせ始めて誰かを好きになるなら、余計なことごちゃごちゃ考えずに自分の想いをぶつけられる相手だったら良かったのに。そう思って、自分の大切な親友と、彼が自分よりずっと前から恋い焦がれている自分の思い人の姿を頭に描いて遙は辛くなった。

 着替え終わって食堂に戻ると、紗音が住人に混じって和気藹々と話しながら餃子作りをしている姿を見て、遙は何やってるのと声を掛けた。

 「えっと。その、花月ちゃん達に一緒にやらないか誘われて。」

 「あっそ。お前、状況に流されすぎじゃない?嫌なら嫌ってハッキリ言いなよ。」

 「えっと。嫌じゃないよ。楽しいし。」

 そんな紗音の答えを聞いて、遙は溜め息を吐いた。

 「あ、遙君。片岡君から話しを聞いて、藤村さんのお家には連絡入れておいたから。でも、いくら課題を一緒にやるとはいえあまり遅くならないようにね。」

 そう管理人の西口(にしぐち)和実(かずみ)に言われ、遙は、解ってると答えた。

 「まったく、いつの間にか皆で餃子作りしててさ。なんか凄い量ある気がするんだけど、どれだけ作るの。ってか、この半透明の白いのって、もしかして大根?大根も餃子の皮にしてんの?」

 「あ、それはお姉ちゃん用。」

 「管理人さん用?」

 「餃子、ダイエット食バージョン用の皮だって。沢山作るから、食べたかったら他の人も食べて良いって湊人が言ってたよ。」

 「管理人さん用にまたわざわざダイエット食作るとか、湊人、本当甘やかしすぎ。それに、この人が太ったの気にしてるようなこと言うと、全然大丈夫っすよって、もっと太っても平気っすって、擁護するし。そんなんだから、太った太った言いながらこの人痩せる努力しないんでしょ。本当に気にしてるなら、運動するなり間食控えるなりするべきなのにそうゆうことしないでさ。このまま湊人に甘やかされ続けて本当にぶくぶくに太っても知らないからね。」

 「うー。返す言葉もないです。自分でも気をつけます。」

 「はいはい。そんなこと言って、どうせダイエット始めたって三日坊主で続かないんでしょ。いつもそうじゃん。本当、根性ないよね。」

 「う。それを言われると、本当返す言葉が・・・。」

 「お姉ちゃんもまた一緒にランニング行く?」

 「いや、それはちょっと。三島君も花月ちゃんも速いし体力ありすぎだから。わたし、あれについて行けない。そもそも早起き苦手だし。もうアレは勘弁です。」

 「まったく、毎日運動してる奴等の日課に運動不足の人間がついて行けるわけないでしょ。何か運動しようかなとか言い出して、花月にじゃあ一緒にランニング行く?って言われたからって気軽についていったのが間違いだから。」

 「うーん。でも、お姉ちゃんが一緒に行ったとき、健人、管理人さんが一緒なら、ゆるめにしとくかって言って、ペースもだいぶおとしてたし、ルートも平坦なとこにして距離もだいぶ短くしてたんだよ?」

 「え?アレで?アレも結構走ってた気がするんだけど。」

 「えっと。お姉ちゃんと行ったときは公園の中のランニングコース回ったけど、いつもは公園には入らないで外周に添って走って、公園の裏の坂のぼってってぐるっとまわって川沿いを下って戻ってくる感じだから。」

 「なにそれ。毎日そんなルート走ってんの?ぐるっとがいったいどの辺指してるのか全然解らないけど、聞いて分かる範囲でも、それ、もうガチでアスリートじゃん。しかも花月、健人とランニング行くだけじゃなくて、浩太とジャグリングとかケボーしたり、一臣となんかゲーセンやスポーツ施設行って、体感系ゲームだのスポーツだの、その他の運動もよくしてないっけ?それで、健人の芝居の稽古にも付き合って。リアル格ゲーごっこだっけ?意味の解らない対戦アクションやったりさ。お前、何目指してるの?将来アクション俳優にでもなるつもりなの?」

 「アクション俳優?」

 「ほら、アクションシーンの多い映画とかに出てる俳優さんのことだよ。アクション映画、花月ちゃんも好きでしょ?この前、アメコミヒーローものの実写映画がテレビで放映されてて、ここで皆で見たじゃん。あんな戦闘シーンをスタントマンなしでする俳優さんの事だよ。」

 「なるほど。アクション俳優、格好いいね。わたしでもなれるかな?」

 「ったく。本気で考えないでよ。冗談だから。まぁ、花月なら、本気で目指そうと思えばなれそうな気がするけど。運動神経ムダに良いし。市ヶ谷学園大学演劇部の部長に演技指導されてるし。」

 「花月ちゃんがアクション俳優になったら、凄いアクションやりそうだよね。花月ちゃんのユリヤ、マジで格好良くて綺麗だったし。アクション俳優の花月ちゃんも凄く良いと思うな。」

 「アクション俳優。将来そういうお仕事するのも楽しそうだな。でも、オトーさんのレストランで働くのも楽しいし、そういうお店の店員さんとかも良いな。将来どんなお仕事に就くのか考えるとわくわくするね。これからもっと他にも楽しそうなお仕事が見つかるかもしれないし。とりあえず、今のわたしの夢は大学行くことだから。その先の将来のことはもっと色々知ってから考える。」

 「まったく。花月は悠長なんだから。そんなこと言って、お前の場合、色々知ったらアレもやりたいコレもやりたいで、結局決めきれなくてフリーターっておちがありえそうなんだけど。まぁ、お前ならフリーターだろうが何だろうが、端から見たらそれで大丈夫?って生活してても脳天気に楽しくやってそうだけどさ。」

 「健人は舞台俳優で、光は学校の先生。遙はデザイナー。祐二は翻訳家。耀介は舞台美術家?一臣はカメラマン。皆の夢を聞いてるだけで、ワクワクするよね。湊人や浩太は将来なにになるんだろう?わたしも。これから見付けるって言うのも凄くワクワクする。楽しい。お姉ちゃんは、進学とか、職業決めるときとかどうだったの?お姉ちゃんも、皆みたいにワクワクしてた?」

 「わたし?わたしのはな。進学も就職も夢がないって言うか。どちらかって言うとわたしは上手くいかなかった人の見本だから、これからに夢見てる花月ちゃんに聞かせるような話しじゃない気が・・・。」

 「そうなの?お姉ちゃん、絵本作家になりたくて頑張ってたって。頑張ってた時って楽しくなかった?」

 「うーん。夢見てたときは楽しかったかな。絵本描いてたときは凄くワクワクしたし、凄く楽しかったよ。でも、基礎がなってないって言われて、わたしの描いた物がくだらない価値のない物だって言われ続けて、その流れでちゃんと勉強しろって美大に進んだ感じでさ。その先は、ちゃんとしたモノをって思えば思うほど自分が描きたいモノが解らなくなって、描きたかったはずのモノがどんどん見えなくなって。描けなくなって。普通に就職しろっていう親に反発して引き籠もり。去年ひょんなきっかけでここの管理人になることになって、今に至ると。そんな感じ。進学にも就職にも夢がないでしょ?」

 「わたし、お姉ちゃんの絵本大好きだよ。裕貴(ゆうき)も大好きだって言ってた。わたし、お姉ちゃんが高校生の頃に描いた『ゆうきのはな』も、この前くれた新作の『わたしのかえるばしょ』も。お姉ちゃんの描く絵が、物語が、わたしは大好きだよ。」

 「うん。ありがとう。今はもう立ち直ってるから大丈夫だよ。最初、花月ちゃんがわたしの描いた絵本を発掘してきたときは本当に恥ずかしかったし、凄く後ろめたいようなそんな気持でいっぱいだったけど。そうやって花月ちゃんが言ってくれるから。わたしの一番のファンでいてくれるから。わたしはこれでいいって思えるようになったんだ。ちゃんとしたモノが描けなくてもいい。こうやって誰かの心に届いて、誰かに大切にしてもらえる、そんな絵本が描けた。それで充分だって。わたしの夢は絵本作家になることだったけど、それは有名になることじゃなくて、こうやって誰かの心に寄り添う物語を描き上げることだったなって、花月ちゃんのおかげで思い出せた。プロじゃないけど、わたしはちゃんと自分がなりたかった絵本作家になれたんだよ。新作を楽しみにしてくれてるファンのために、これからも地道に少しずつ描いてくからね。」

 「うん。お姉ちゃんの新作、楽しみにしてる。」

 そんな会話をしていると、餃子が全部包み終わって、湊人が包む作業していた面々にお疲れ様と声を掛けた。

 「それにしても凄い量だね。コレ、全部食べるの?」

 「藤村さんも夕食くってくっていうし、あればあっただけ耀介が食うからと思って多めにしたんすけど、流石に作りすぎたっすかね。ちょっと、冷凍して取っておいて、今度スープにでも再利用するっす。」

 「何?藤村、今日夕飯食べてくの?」

 「えっと。せっかく一緒に作ったんだから一緒に食べようって。」

 「それ、花月が言ったんでしょ。」

 「うん。一緒に作ったなら一緒に食べたいでしょ。せっかく一緒に作ったのに、紗音は食べないなんてもったいないもん。一緒に食べたほうが絶対美味しいし、わたしは嬉しい。」

 「まったく。遅くなるなって言われてる奴を早々に夕食まで食ってけって誘うとか、何考えてるの。まぁ、お前らしいけど。」

 そう言って、遙は溜め息を吐いた。

 「夕食できあがるまでもう少しかかるだろうし、どうせならさっきのデザイン見直して、もっと良いのにするよ。」

 そう紗音に声を掛けて談話スペースに向かうと何故か他の面々も付いてきて、遙はなんであんたらまで来るのさと苦言を漏らした。

 「皆で談話スペースに集まって何してるんだ?」

 帰宅した真田(さなだ)一臣(かずおみ)がそう声を掛け、談話スペースのソファーの後ろから低床テーブルを覗き込んだ。

 「遙達が文化祭課題で、文化祭で自分達の着る衣装作るんだって。それのデザイン考を今考えてるんだよ。」

 「遙、達?あぁ、お客さんがいたのか。こんにちは。」

 一臣がソファーに座る紗音に気が付いて、そう言って腰を落として柔和に笑いかけると、彼を目の前にした紗音が固まった。そんな彼女を横目に、遙はさらっと二人にお互いを紹介した。

 「一臣、でかくてゴツいけど、そんなビビることはないから。てか、お前が知りたがってた縫い方こいつ式だからね。こいつが例の裁縫が得意な同居人だから。」

 そう言うと、紗音が目を丸くして、え?あ、え?と戸惑って、遙は呆れたように溜め息を吐いた。

 「あぁ、この子が遙が言ってた縫い方知りたいって言ってた子なのか。テキスト的な物はないって言ったら、俺が説明書作るからちょっとやってよとか言われて、俺が実戦したのを遙がなんか書き取ってたが。大丈夫だったか?なんなら、実際にやり方見てあげてもいいが。」

 「え?あ。大丈夫です。柏木君がわかりやすく図解して描いてくれていたので。ありがとうございます。」

 「そうか、それは良かった。文化祭課題を遙とやるのに来たって事は、暫くここに通うことになるんだろ?もし何か手助けできる事があれば言ってくれ。課題に関係なくても、繕い方とか編み方とか、気になることがあればなんでも教えるから。」

 そう一臣に微笑まれ紗音がまた固まる。

 「おーい。大丈夫か?」

 「一臣、ちょっと距離が近い。そんなに近づくから怖いんじゃない?」

 「そうか?立ったまま見下ろして話す方が威圧感があって怖いかと思ったんだが。子供なんか、こうやって視線合わせて話した方が怖がられないですむんだけどな。」

 「真田君、背も高いし体格良いもんね。確かに立ったまま見下ろされるのも怖いけど、その距離で近づかれるのも、女の子からすると怖いかも。正直わたしも、最初サクラハイムの前で見かけたときちょっと怖じけ付いて声かけるの躊躇ったくらいだし。」

 「それで、管理人さん最初、俺と話してるとき挙動不審っぽかったんですね。」

 「いや、それは。どちらかというと、真田君の大人の魅力に動揺してたほうが大きいかも。真田君、すごく落ち着いてたし、声のトーンとか立ち振る舞いとかなんかさ・・・。これで、年下なのかと思うと色々と。絶対わたしより年上だと思ってたら、四つも下だよ?知り合った当時、この落ち着きと色気持ち合わせてまだ未成年だったんだよ?本当、ビックリだったよ。今は真田君の事も若いなって微笑ましく見てるけど、当時はかなりの衝撃だったよ。」

 「管理人さん、今さらっと凄いこと言ったよね。へー。一臣のことそんな風に見てたんだ。何?管理人さん、一臣みたいなのタイプなの?」

 「そういえば管理人さんが格好いいって言ってた俳優に真田さん似てるよね。あの俳優、普段髪長めだけど、この前映画で刑事役やってたとき髪かなり短くしてたじゃん。アレ見たとき、この人真田さんに似てるなって思ったんだ。」

 「あー、言われてみれば確かに似てる。男性用の制汗剤とかボディーソープのCMで脱いでるとこ見るけど、あの俳優も結構マッチョだよね。へー。管理人さんってマッチョ好きだったんだ。」

 そう遙がニヤニヤしながら言ってきて、和実が顔を真っ赤にしてそれに反論し、言い合いをして最終的にふて腐れたように俯いた。

 「管理人さん。そんなに恥ずかしがらなくても、マッチョ好きいいと思うよ。遙ちゃんみたいな線の細い美形が好きな人もいれば、真田さんみたいな男らしい見た目の人が好きって言う人もいるよ。俺も真田さん格好いいと思うし。」

 そう言う浩太がフォローを入れてくれているつもりだとは解っているが、和実は余計恥ずかしくなって、もうその話題掘り下げるのやめてとぼやいた。

 「にしても、文化祭の衣装、デザインから自分達でするのか。大変そうだな。」

 そう呟く一臣に、遙がむしろそれがやりたくて高校選んだんだから望むとこと返した。

 「コレ、遙がデザインしたのか?色々あるな。」

 「ほとんど藤村が創作意欲のままに描き上げたやつ。俺はこれだけ。」

 「へー。藤村さんが。かわいいデサインだな。」

 「えっと、花月ちゃんがお話の中のお嬢様みたいで、それで。似合うかなって。自分の衣装考えるって言うより、そっちに夢中になっちゃって。」

 「その中で、良さそうなの俺が選んでそれに合わせて自分のデザイン起こして、微調整したのがこっち。マッドハッターと三月ウサギの衣装。」

 「なんだ。柏木は文化祭で不思議の国のアリスの劇でもやるのか?」

 「マッドハッターと三月ウサギは狂ったイメージだから、せっかく衣装を一から作るなら、もう少し冒険しても良いと思うけど。これだと綺麗に収まりすぎというか、真面目すぎと言うか。嵌め外して見るのも良いんじゃないかな?」

 会話の中に突如、三島(みしま)健人(けんと)香坂(こうさか)(ひかる)の声が入って来て、二人の帰宅に気が付いた花月がおかえりと声を掛けた。

 「劇じゃなくて、喫茶店ね。給仕係用の衣装だから、あまり奇抜なのもどうかと思うけど。」

 「文化祭の出し物としての喫茶店でテーマが決まっているなら、小さく纏まるんじゃなくて、ある種ショーとして客に楽しんでもらうというのもありだと思うけどな。テーマがあるなら、その役になりきってゲストを楽しませる。そんな喫茶店があっても良いと思うが。せっかくテーマに沿った衣装を作っても、それでただ給仕するだけはつまらないだろ。」

 「はいはい。流石、演劇バカ。人の高校の文化祭の出し物の中身に口出さないでよ。そういうの決めるの俺達じゃないし。」

 「でも、お客さんに楽しんでもらって、そして自分達も楽しむためにも、ただ言われたことをやるんじゃなくて自分の意見を出して、皆で色んな意見を出し合って、既存のモノを変えていく。そういうことも必要だと思うよ。」

 そう二人から言われて、遙は何か考え込むように顔を顰め俯きながら、ちょっと考えてみると呟いた。

 「花月をイメージしてデザイン起こしたってことだが、花月はこの中でどれか着てみたいのとかあるのか?なんなら作ってやるぞ。せっかくこれだけデザイン起こしたのに、なにもしないのももったいないしな。」

 そんな一臣の言葉に促されて花月がデザイン画を見て、でもどれか一つを選べなくて、遙が、藤村は花月にどれ一番着て欲しいの?と訊いた。そして、紗音がえっとと、恐る恐るといった様子でアリスのデザインを指す。

 「アリスか。良いんじゃないか。俺もこの中じゃ一番このエプロンドレスのデザインが良いと思ってたんだ。じゃあ、コレを作るか。」

 「一臣って、こういうヒラヒラふわふわしたの結構好きだよね。」

 「せっかくなら服に合わせて髪飾りとか小物も作るか。」

 「うわっ、このデザインに合わせて、真田さんが更に小物まで作るとか。完成した花月ちゃんのアリス姿、絶対メチャクチャかわいいよね。凄く見たい。」

 「そう期待されると、どうだろうな。小物はともかく、洋服は作ったことがないから。正直これを何処まで再現できるかは自信ないんだが。」

 「意外。一臣、裁縫全般何でも来いなのかと思ってた。」

 「ほつけた所を繕ったり、既存のモノを加工したりは良くしてたが、一からはな。まぁ、構造は解るし、何とかなるとは思うんだが。良かったら、遙達の衣装作りに一緒に参加させてもらって、色々教えてもらえると有難いんだが。」

 「別に良いよ。何なら浩太。花月に合わせてお前にも白ウサギの衣装でも作ってあげようか?どうせなら二人で出来た衣装着てうちの文化祭遊びにおいでよ。」

 そう急に遙に話しを振られ、浩太が顔を真っ赤にさせて、花月ちゃんとコスプレして文化祭とか、と呻く。そんな浩太の横で花月が何それ楽しそうと目を輝かして、一緒に遙達の作ったお洋服着て文化祭に遊びに行こうねと笑顔を向けられて、浩太は、その笑顔に惚けながら、うんと頷いた。

 そんなこんなしていると、もう夕食できるぞと声がかかる。

 「ほら、皆で食事の準備っすよ。マットと箸並べて、盛り付けるから皿運ぶっす。誰か、部屋にいる二人にも声かけてやってくれるっすか?」

 そう言う湊人の声に動かされて、それぞれが動き出す。

 「わたし、あっちに炊飯器持っていってご飯よそるね。」

 「じゃあ、わたしは汁物よそおうかな。」

 「俺、二人を呼んでくる。」

 「じゃあ、僕達でテーブルの準備かな。来客用のマットとお箸ってあったっけ?」

 「マットは予備がその棚の一番下の引き出しに入ってますよ。箸は、食器棚の右端の引き出しですね。」

 そんな会話をしながらそれぞれがぞれぞれの持ち場にばらけていく。

 「こうやって見ると、お皿は沢山あるけど、お茶碗とかお椀とかそういうのが全然ないんだね。今度来客用に少し買っておこうかな。」

 食器棚からお椀を取り出していた和実がしみじみとそう言って、それに湊人が同意した。

 「そういえば、自分達が外食外泊はあっても、誰かを呼んでここでご飯食べるとか泊まってくって事はなかったっすもんね。」

 「昼間はちょこちょこ来客あるけど。皆が揃ってるところにってことが今までなかったもんね。花月ちゃんも大学生になったら友達とかできて、ここに連れてくるようになるかな。」

 「花月が大学生か。全然、想像つかないっす。でも、上手くいけばあいつ、再来年は大学生っすもんね。あの調子でちゃんとやってけるんだか。バイト先でもちょっと浮いてるし、心配っすよ。で、シフト被ったとき目に付くと、ついつい、口出したり手出しちゃったりするんすけど。最近、そういうのが余計なお世話で、そういうとこが遙に過保護過ぎって言われるんだろうなって思ってきて。俺のそういうとこ、直さないといけないのかなって、ちょっと思うっす。」

 「うーん。絶対に直さなきゃダメって訳じゃないと思うけど。直さなきゃって思う気持ちも解るかな。確かにちょっと過保護すぎるところあるもんね。でも、それが片岡君の良いところでもあると思うし。ムリしてまで変わる必要はないと思うよ。でも、気になってるなら、少し相手を信じて見守るっていうのができるようになるといいかもね。」

 フライパンや鍋を片付けながらそんなやりとりをしていると、テーブルの方から、二人ともいつまでそこでいちゃといてるの?と遙の声が聞こえてきて、二人していちゃついてないと反論した。

 「はいはい。どうでもいいから早くこっち来なよ。配膳終わってるし、皆揃ってるんだけど。さっさとご飯にしよう。主に耀介が待てないから。」

 そう遙に促され、調理器具の片付けをしていた二人も席に着き、皆でいただきますをした。ワイワイと話しをしながらのいつも通りの夕食が繰り広げられ、各々食べ終わったら片付けをして。

 「ねぇ、藤村。まだ時間に余裕があったら、ちょっとさっきの続きしたいんだけど。」

 そう遙は紗音に声を掛けた。

 食後の余韻を楽しんでいる面々を横目に、談話スペースに移動して二人でまたデザインを眺める。

 「さっき、光達に言われたこと考えててさ。ちょっと変えてみようかと思ったんだ。デザインはほとんどこのままで良いと思うんだけど。柄とか色味を変えてみたらどうかなって。藤村の三月ウサギの方は、スカートの柄を不規則なチェックにして、色をちぐはぐな感じにして。俺のマッドハッターは、ぱっと見はこのまま。裏地を藤村のスカートと同じ柄の少し色味を暗くした感じにしてみたらどう?」

 そんなことを言いながら遙が色鉛筆で修正を加えていく。

 「あ、何か凄くそれっぽい。このデザイン良いかも。それならさ、もっとこっちをこんな風にして。柏木君の衣装、もう少しここのデザインこうしたらどうかな?裏地だけじゃなくて、表にも少しへんちくりんなとこ入れてみるの。ほら、柏木君も着る人が良ければ本人補正が入って、変な格好でもアリに見えるって言ってたじゃん。柏木君なら着こなせるよ。」

 そんなことを言いながら紗音がまたデザインを修正していく。そして、あーだこーだ話をしながら、改変を加えて、最終案を描き上げていって・・・。

 「もう俺がバイトに出る時間っすけど。そろそろ帰らなくて平気っすか?」

 そう湊人に声を掛けられて、二人はハッとした。

 「もうこんな時間?本当に帰らないと、流石に怒られるかも。」

 「いつの間にこんな時間になってたの?全然気が付かなかった。」

 「集中するのは良いっすけど、あんま遅くならないように気をつけるっすよ。あれなら、今度からタイマー掛けとくと良いかもしれないっすよ。」

 そう湊人に優しい声音で言われて、遙は今度からそうすると応えた。

 「藤村さん、仁ノ塙だっけ?俺のバイト先もそっちの方だから、すぐ出られるならついでに送るっすよ。」

 そう声を掛けられて慌てる紗音を視界に入れ、遙が呆れたように慌てて支度しなくて良いからと声を掛けた。

 「俺が送ってくから、湊人は気にしないでバイト行っていいよ。コンビニによってできあがったデザインコピーしたいし。」

 「そうっすか?じゃあ、俺は出るけど。気をつけるっすよ。」

 「解ってる。大丈夫だから。湊人はさっさとバイト行きなよ。いつぞやみたいに遅刻ギリギリになっても知らないよ。」

 そう面倒くさそうに返す遙を何か言いたげな目で見て、そして、湊人は何か言葉を呑み込んで、じゃあ行ってくるっすと声を掛けて出掛けていった。その後ろ姿を見送って、遙は紗音の支度ができるのを待った。そして、わたしも行こうか?と言う和実に、大丈夫と返し、じゃあ行ってくると声を掛け、遙は送りに出掛けた。

 家の場所を聞いて、本当に歩いて行ける距離じゃん、歩くにはちょっと距離があるけどなんて他愛のない話をしながら並んで歩く。

 「ってかさ、そこ最寄り駅から結局けっこう歩くよね。このまま歩いて帰るのと、電車で帰るのとそんな変わらないんじゃない?このまま家まで送ってくよ。次から一回家に帰って着替えてから自転車で来れば?」

 「え?あぁ。うん。そうする。ありがとう。あ、でも、うちまで歩いて送ってもらったら、柏木君、帰りかなり遅くなっちゃうんじゃない?」

 「別に平気。最悪、一臣に連絡して迎えにきてもらうから。」

 「真田さん?真田さんって、車持ってるの?」

 「いや、バイク。車持ってるなら送らせてるから。うち、あんだけ成人してる奴いて、誰も車持ってないんだよ。信じられる?湊人なんて今年の夏にようやく免許とったくらいだし。」

 「そうなんだ。」

 そこで会話が切れて、暫くの間、無言のまま並んで歩いた。それに対し遙はどうとも思わなかったが、沈黙が辛かったのか、紗音が口を開いた。

 「サクラハイムって良いところだね。なんて言うか、皆仲が良さそうで。同居人っていうより、本当に家族みたいだなって。」

 「そうだね。他人のくせに皆距離が近すぎて、ちょっとうざいと思う時もあるけど。まぁ、悪くないよ。」

 「なんていうか。柏木君、あそこにいると凄く子供っぽいよね。」

 「はぁ?なにそれ。喧嘩売ってるの?」

 「いや。売ってない。喧嘩なんて売ってないよ。なんていうか。ちょっと、羨ましいなって。そう思って。」

 「何が?俺が子供っぽいっていうのと羨ましいが全然繋がらないんだけど。」

 「いや。あそこにいる柏木君が自然体の柏木君なんだろうなって思って。そういうのが羨ましいなって。わたしも、今日、ちょっとの間だけだったけど。なんか空気感っていうか、雰囲気?が凄く居心地が良くて。安心するっていうか。サクラハイムの皆さんと関わって、なんて言うか、凄く気持が軽くなって、とても楽しかった。それで、積極的に意見が出せてた。気が付いたら、びくびくしないで柏木君と対等に話ができてた。そうやって一緒に作業ができて、なんだろう。嬉しい?わくわくするって言うか。なんか、胸がいっぱいで。こういう気持ち、凄く久しぶりだなって。あそこにいれば、自然体の自分を受け入れてもらえる気がして、このままの自分で大丈夫な気がして。そんな場所だから、柏木君もあんな風にいられるのかなって。だって、柏木君。学校にいるときと本当に全然違うもん。顔つきからして全然違う。そういうの良いなって。ああいう人達に囲まれて、そういう風にいられるのが本当に羨ましいなって。わたしにもそういう居場所があったらな、なんて、思ったりして。」

 「なにそれ。意味が解んないんだけど。でも、まぁ、あそこが居心地良いのは認める。余計な気を張らずにすむっていうのも。でも、今でこそああだけど、最初からあんな感じって訳じゃなかったよ。特に俺は。俺の口の悪さもいけないんだけど、誤解されることも多くてさ。何かあるとすぐ俺の方が悪いって決めつけられてたし。こっちは本気で真剣に訴えてるのに、俺の話し真面目に聞いてもらえないこともあったし。でも、今はあんな感じ。まぁ、言い合いはしょっちゅうしてるけど、ギスギスはしなくなったかな。あそこの連中がお人好しばっかって言うか、良い奴ばっかだから今の俺がこうしていられるっていうのもあるけど。でも、藤村もああいうのが良いって言うなら、自分から少し主張してみれば?お前、学校だと存在感ないくらい全然主張しないじゃん。でも、本当は色々想うモノは持ってるわけだし、それを言えない訳じゃないんだしさ。主張して、受け入れてもらえないこともあるけど。でも、そのままの自分を受け入れてもらえたなら、受け入れてくれた誰かとの関係を大切にして、無くさないようにすれば、ああいう自分の居場所をお前も作れるんじゃないの。」

 そんな話をしながら、遙は去年の自分を振り返っていた。サクラハイムに来た当初、結局環境を変えても自分の味方は浩太だけだと思っていた。浩太が間に入ってくれなければ、いくら自分が正しいことを言っていても、どんなに必死に訴えても、自分の話なんてまともに誰にも受け止めてもらえないと、悔しかった。苦しかった。嫌気もさしていた。浩太が花月に一目惚れをして浮かれていたとき、結局お前も見た目が一番なのかよとちょっと苛ついた。見た目だけで中身をちゃんと見てもらえない花月に自分を重ね、同情もした。でも今は。今は違う。一年以上一緒に暮らしてきて、お互いのことが解るようになって、小言は言われても誤解はされなくなった。浩太の恋も上辺だけじゃなくなって、あいつ自身凄く変わった。そして俺は、サクラハイムに来る前には想像すらしなかった自分を見付けた。自分の変化が怖くて、苦しくて、でも悪くないと思う。きっと、悪いことではないと思う、今はまだ、折り合いがつけられないだけ。でも、きっと、こういうのを乗り越えて、ちゃんと大人になっていく。だんだんそう思えるようになってきた。そんなことを考えていると、紗音が家そこだからと言って立ち止まり、遙は意識をここに戻した。

 「じゃあ、また明日。学校で。」

 そう声を掛け、うん、じゃあねと返事する紗音を残して踵を返す。

 「あの。柏木君。」

 そう声を掛けられて、遙は振り向いて、何?と問い返した。

 「あの。えっと。ありがとう。」

 しどろもどろそう言う紗音の様子に、なんでそれだけ言うのにそんな挙動不審になるのと思ってため息が出てくる。

 「どういたしまして。ってか、送ってくくらい普通だから。そこまで恐縮しなくて良くない?普通にできないの。」

 「いや、その。送ってもらったこともだけど。えっと。」

 「全く。さっきまで普通に話してたくせに、なにそれ。お前、本当、意味分かんない。今日はなんかノリで普通に話せたけど、一晩明けたら振り出しに戻りますとかやめてよ。面倒くさいから。」

 「あ。うん。大丈夫、それは。多分。」

 「多分って何?本当、藤村って変な奴。」

 そう言って、笑いがこみ上げてくる。

 「じゃあ、俺も本当に帰るから。藤村もいつまでもそんなとこ突っ立てたないで、さっさと家に入りなよ。」

 そう声を掛けて歩き出す。その背中に、わたし頑張ってみると紗音の声が聞こえて、遙は心の中で良いんじゃないと呟いた。


         ○                           ○


 ホームルームで担任から文化祭に向けた具体的な説明がされるのを聞き流しながら、遙はどうせ今年はうちのクラスはこういう出し物になるからって説明で終わりなのに、なんでいちいち話し合いの形式とらなきゃいけないんだろと思った。しかし、いつも通り何か意見がある者はいないか声が掛けられ、いつも通り誰も何も言わないと思っていたら、思わぬ所から手が上がって、遙は驚いた。そして、指されて立ち上がり、恐縮したように身体を縮こませ口籠もる紗音を見て、遙は、手挙げて立つまでしたんだから後は口に出すだけでしょ、なにやってんのと、呆れたような気持になった。

 「どうした?言いたい事があるなら、何でも言って良いんだぞ。」

 そう言われて、顔をうつむける紗音にちょっと苛つく。

 「藤村。それじゃ時間のムダだから。言いたい事があるならハッキリ言いなよ。お前は、ちゃんと言える人でしょ。」

 痺れが切れてそう口に出すと、堰を切ったように周りの生徒達が紗音にヤジを飛ばして、それを受けて更に縮こまる紗音を見て、遙はうんざりして、皆にちょっと静かにしてと声を上げた。そしてクラスの注目を浴びて、一呼吸付く。

 「そんな風に責められたら、藤村も何も言えなくなるでしょ。まぁ、俺もちょっと痺れが切れて口出しちゃったのは確かだし、皆のこと悪く言えないけど。でも、俺は意見を言うって決めたなら、ちゃんと口に出すべきだって思ったから声を掛けただけだから。で?藤村は文化祭で何がしたいの?」

 できるだけ落ち着いて、できるだけ穏やかに遙はそう紗音に声を掛けた。

 「えっと。あの。せっかくなら、テーブルクロスとかコースターとかそういう物も自分達で作って、壁とかも飾り付けて、会場全体を物語の世界観に染めちゃうのはどうかなって。自分達もただ衣装を作って着るんじゃなくて、物語の登場人物になりきって給仕するとか。そういうの、どうかなって。」

 下を向いたまま、でも意を決した様に制服の裾を握ってそう言い切った紗音の言葉を聞いて、それいいかもと賛同するような声と、そんなことしてるヒマなんてないと言う否定的な声とが入り交じりクラス内がざわついた。ざわめきの中で、肯定的な声がだんだん否定的な声に呑まれて後ろ向きになっていき、そしてそんな面倒な事を提案した紗音への批判的な声が大きくなっていって、遙はうんざりした気分で手を挙げ立ち上がった。

 「俺は、藤村の意見良いと思う。でも、実際、今回の文化祭課題は自分で考えて色々やらなきゃいけないことも多いし、他に時間を割いてる余裕はないのも解る。だから、そういう余分なことは有志を募ってやりたい奴だけでやるってどうかな?当日の接客も、そういう遊び心があっても良いんじゃない?正直、俺はやりたくないけど。でも、せっかくの文化祭だし、少しくらい嵌め外した方がきっと楽しいと思うよ。全員が全員キャラになって接客するんじゃなくて、たまにはそういうのもアリかなって思えた奴が、少しそういうのにチャレンジしてみる程度でさ。そういうのに参加しなかった奴も、それを否定するんじゃなくて、できる範囲でフォローに回るとか、そんな感じでやってみるのはどう?」

 そう提案して席に着く。そして、またざわめきが大きくなって、それならとかなんとか肯定的な方に風向きが変わって、遙は紗音の方を見た。目が合った紗音が驚いたような顔をしているのを見て、何その顔と思う。そして、担任が手を叩いて、意見を集約して、文化祭に向けた有志が募られそれに何人かの生徒が立候補して、遙は良かったじゃんと思った。ちゃんと届く奴には届く。解る奴には解ってもらえる。でも、その一歩を踏み出すのは自分自身だし、一歩を踏み出した後、そこから歩いて行くのも自分自身。居心地の良い居場所が欲しいなら、頑張りなよ。勇気を出して声を上げた事は認めてあげるから。そんなことを考えて、遙は紗音に笑いかけた。

 放課後、紗音と簡単にこれからの事を話し合い。そして、藤村が言い出しっぺなんだから、ちゃんと纏めて頑張りなよと声を掛けると、紗音がおろおろ戸惑うのを見て、遙は溜め息を吐いた。

 「俺は部活や余計な制作作業もあるし、クラスのそんなに手伝えないから。でも、できるとこは手かしてあげる。あと、最悪間に合いそうになかったら、一臣や花月に声かければあいつら手伝ってくれると思うよ。課題じゃないから、部外者に手伝わせたって問題ないでしょ。」

 そう言って遙は、余計な作業増えたからって課題の手を抜くなんて許さないから、あと、藤村が花月用にデザインしたんだから、ちゃんと一臣の作業見てやってよ、とニヤニヤ笑いながら追加した。そして、それに対して最初オロオロしていた紗音が少しムッとしたような顔をして、わざと追い込むようなこと言ってるでしょと言い返してきて、声を立てて笑った。

 「藤村に纏めろとかムリだと思うから、それはそういうのが得意な奴に任せても良いと思うけど。でも、自分で言い出したくせに手を抜くのは許さないって言うのは本気だから。一臣の方はあいつの趣味な部分もあるし、せっかっく藤村がデザインしたんだから最後まで監修すれば?ってぐらいで、他にも作業があるのにそれに本腰入れて取り組めとは言わないけど。でもどうせなら、やりたいこと全部、ちゃんと本気で楽しみなよ。」

 そう真面目に伝えると、紗音が少し黙り込んでから、柏木君ってさと呟いて、遙は何?と返した。

 「言葉の選び方っていうか、言い回しが凄く悪い。」

 「よく言われる。」

 「でも、ありがとう。わたし、頑張ってみる。色々。」

 「そう。良いんじゃない?自分の言葉呑み込んでるよりずっと、今の藤村の方が俺は好感持てるよ。その調子で有志の連中ともちゃんと向き合えたら良いんじゃないの。纏めろとは言わないけど、自分の言葉呑み込んで流されるだけになるなんて許さないから。妥協できないところは妥協しないで、絶対、文化祭は藤村の納得できる物を仕上げて見せてよ。期待してるから。」

 そう伝えると、紗音がハッとしたように顔を上げて、神妙な面持ちでうんと頷いて、遙は小さく笑った。

 「にしても、藤村。健人に毒されすぎじゃない?当日キャラになりきって接客とかさ。うち来ても絶対その話し健人にはしない方が良いよ。そんなこと言ったら、あいつ絶対本気で演技指導とかしてくるから。俺なんてやる気ないって言ってるのに、あの後、マッドハッターのキャラ作りさせられたからね。適当に流してたら、もっと真面目にやれだの、そこはそうじゃない、動作はもっとこうした方がとか、本当面倒臭かったんだから。」

 「え?柏木君。マッドハッターのキャラ作りしたの?じゃあ、当日やってみたら?」

 「嫌だよ。誰がそんなこと。ってか、絶対マッドハッターは接客に向いてないから。だって、やらされたのこんなんだよ?ようこそ、マッドティーパーティーへ。この狂ったお茶会に招待もされていないのにやってくるなんて、なんて図々しいお嬢さんだ。それで、自分の席がどこかだって?何処でも好きなところに座ると良い。君の席なんてここには用意されていないがね。」

 そう、健人に強制的にやらされたマッドハッターを、やらされた通りどこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら身振り手振りをつけてやって見せて、遙は、ね、向いてないでしょと同意を求めた。しかし紗音に、柏木君かっこいいと呟かれて、遙は、はぁ?と声を上げた。

 「いや。良いよ。柏木君、本当にそれ当日やってよ。絶対うけるよ。」

 「はぁ?コレの何処が良いの?本当、意味が解らない。絶対やらないから。」

 「えー。そんなこと言わないで、やってよ。お願い。」

 「何お前。急に図々しくなってない?嫌だから。絶対やらないから。」

 「だって。柏木君が妥協するなって言ったんじゃん。わたしが納得できる物仕上げろって言ったんじゃん。協力できるところは協力してくれるんでしょ?」

 「何それ。ってか、お前、キャラ変わってない?そういう図々しさいらないから。物作りは手伝うけど、そういうとこは協力しないから。そういうのはやりたい奴だけやれば良いって言ったでしょ。俺はやりたくない派なの。やりたくない奴に無理矢理強制とかやめて。そういうの本当迷惑。」

 そんな言い合いをして、そしてなんだか可笑しくなって遙は笑った。それにつられるように紗音も笑って、二人で笑い合っていた。

 

 サクラハイムに帰って、遙は文化祭に向けて浩太の衣装作りをするために彼を捕まえて自室に連れて行った。え?服脱がないとダメなの?とか言ってくる浩太に、ちゃんとやるなら脱ぐのが一番正確だからと言って半分強制的に服を脱がせて採寸を始める。

 「浩太ってさ、意外とガタイ良いよね。背丈はないけど、腰の位置も案外高いし。こうやって計ってみると、流石半分ヨーロッパの血が混じってるだけあるなって思うわ。」

 「そう?体格にイタリア人の要素が出るなら、どうせならもっと背が高くなりたかったな。向こう行くと本当ドチビ扱いだし。今年の夏休み遊びに行った時なんて、ブルーノにチビだし体毛薄いし十七にもなったのにまだ子供みたいだってからかわれたからね。それでテオにも笑われたし。」

 「まぁ、ただでさえ日本人って幼く見えるらしいしね。お前、髪と目の色素が薄い以外は見た目完全日本人だし。ってか、体毛に関しては、日本人にあいつらと同じくらい濃くなれってないでしょ。まぁ、たまに日本人でも凄い奴いるけどさ。俺はああはなりたくない。」

 「そう?俺は結構、ああいうの男らしくて格好いいと思うけど。胸毛とかちょっと憧れる。俺、全然ないし。」

 「いや、なくて良いでしょ。てか、似合わないからやめときなよ。それに、体毛濃いの日本人の女子には人気ないよ。うちの姉さん達なんて、男でもちゃんと処理しないのとかありえないとか言ってるくらいだし。花月がどうか知らないけど。でも、これからも日本で生活していく気なら、とりあえず日本に基準合わせといたら?なんていうか、時々お前、基準が日本人離れしてるよね。日本生まれ日本育ちのくせに。」

 「そうかな?遙ちゃんぐらいにしかそんなこと言われたことないけど。」

 「いちいち言わないだけでしょ。まったく。浩太って、母親や従兄弟共の影響かなり受けて変に日本人離れしたとこあるけど、何でそこは日本人寄りなのって思うくらい恋愛に関してはヘタレだよね。チャラそうに見えて奥手とか。そこはイタリア人の血を見せなよ。」

 「う。ブルーノにも似たようなこと言われた。好きな子いるのに口説かないとかありえないって。なんなら女の子の扱い方教えてやろうか、こっちじゃ父親からそういうの教わるの当たり前だけど、日本人の男って女性の扱い方下手だからなとか言ってさ・・・・。」

 そう言って、浩太は顔を押さえて、俺にはムリと呟いた。

 「ちょっと。採寸してんのに動かないでよ。」

 そう怒ると、ごめんと言って浩太が俯き気味のまま手を下ろして、遙は溜め息を吐いた。

 「ブルーノに何教わったか知らないけど。それを実行しないにせよ。本当にいったいいつになったら花月に告白するの?」

 「そんなこと言われてもさ。今は花月ちゃん、高認試験に向けて勉強中でそれどころじゃないだろうし。勉強の邪魔したくないし。」

 「ったく。試験勉強してるって言ったって、根詰めてそれだけに精出してるわけじゃないでしょ。あいつは勉強とその他ちゃんと両立してるじゃん。それに、高認試験終わったら次は大学受験で、結局今と状況変わらない。ってか、お前等の志望大学、市学なんだから、高認試験よりはるかに大学受験の方が難易度高くてそれどころじゃなくなると思うんだけど。大学行くようになったらなったらで今度は、大学入ったばっかで大変そうだしとか、部活も始めて忙しそうだしとか。どうせそんな理由つけて結局、告白しないんでしょ。そういう言い訳は良いから、本当にどっかで腹くくってちゃんと告白しないと、本当にこのまま一生良い友達止まりで終わるよ。」

 「そんなこと言ったってさ。そもそも遙ちゃんだって告白とかしたことないくせに。」

 「俺はする相手がいないからいいの。バカ。」

 「バカって。遙ちゃん酷い。ってかさ。なんていうか、花月ちゃんはちょっと距離が近すぎて、余計尻込みするというか。同じ場所で暮らしてるのに気まずくなったらどうしようとか、まぁ色々。色々考えちゃうとそう簡単に腹とかくくれないから。」

 「まったく。本当、浩太はヘタレなんだから。」

 「だってさ。本当に好きだから、怖いんじゃん。一緒にいてスゲー楽しいし。凄く嬉しいし。花月ちゃんの笑顔見れるだけで本当幸せ。一緒に勉強したりして、すぐ近くにいて、マジでかわいいと思うし。本当、どんどんかわいくなってるように見えるし。マジでドキドキ止まんないし。前よりずっと、ずっとさ。俺の中の好きって気持ちが大きくなって。ずっとこのまま一緒にいたいななんて思って。だから、今の時間がなくなるのがスゲー怖い。恋愛とか面倒くさいとか、そういうのいらないからとか言ってる遙ちゃんには、俺の気持ちなんてわかんないんだよ。」

 そう浩太に吐き出されて、遙は少し胸が痛くなって、でもいつも通り呆れたように、はいはいとそれを聞き流すフリをした。そんなこと言ったら、浩太にだって俺の気持は解らない。俺がどんな気持ちでお前の恋愛応援して見守ってるかなんて、お前には絶対に解らない。そんなことを考えて苦しくなる。ちゃんと背中を押してやりたいのに押してやれない俺の気持なんて。あいつからあんなに好意を向けられてるくせに、一歩を踏み出さないお前に苛つく俺の気持ちなんて。俺の辛さなんて、お前には絶対に解らない。このバカ。そう心の中で悪態を吐きながら、遙は採寸を進めた。

 「白ウサギの衣装。どうしようか悩んでたけど、今の浩太の体格なら大人っぽく仕上げても着こなせそうだし、英国紳士のイメージでダンディに仕上げてあげる。男のスーツは三割増しって言うし、ちゃんと浩太が大人格好良く見えるようにしてあげるから。当日はそれで花月のことエスコートして、たまにはあいつの方をドキドキさせてやるくらいの意気込み見せたら?」

 細かいところの採寸も終え、記録したメモを眺めながら遙はそう言って、浩太に視線を向けた。自分の言葉を聞いて、花月ちゃんの方をドキドキさせるとか・・・なんて戸惑っている浩太を見て溜め息が出てくる。本当。普段と違う大人な雰囲気の浩太を見て、あいつもいつもと違う雰囲気に呑まれて少しぐらい何か変わればな。近すぎて、当たり前に一緒にいすぎて、あいつの場合は無自覚なんだろうし。そういうきっかけで自分の気持ちにあいつが気が付けば。そうしたら、浩太がヘタレでも二人の関係が進展するかもしれないし。浩太つつく以外で俺ができる後押しなんてこんなもんだから。浩太の方がダメだからって、あいつに自覚促すために何かなんて、俺は積極的にはできないから。多分、本当は一言。お前、浩太のこと好きなんでしょって、いつもの軽口のようにそう言うだけでいい。なんなら、付き合っちゃえばってそんな言葉を足せば良いだけ。それだけで、きっとあいつはちゃんと自覚する。あいつにとって浩太が特別だって。他の奴とは違うって、自覚する。でも、あいつがそれを自覚する瞬間なんて、俺は見たくないから。それを目の前にしたとき、自分がちゃんといつも通りを偽れるのか自信がないから。だから、これが俺の限界。これが俺ができる精一杯の後押し。

 「浩太。知ってると思うけど、俺、何もしないくせにただぐだぐだ言い続けてるの聞くの嫌いなんだよね。進展もなければ、生産性もないし。本当、そういうの時間ムダ。苛々する。あいつに振り向いてもらうための努力も、告白する気もないなら、さっさと花月のこと諦めくれない?いいかげん、お前のそれ聞くの嫌気がさしてきたんだけど。」

 本心を隠しながら、それでも半分本音で苛々をぶつけてみると、浩太が、そんな遙ちゃんと情けない声を上げて、遙はあからさまな溜め息を吐いて見せた。

 「だって、お前のその進展させる気配がない片想いの状況ひたすら聞かされて、俺に何の特があるの?ってか、毎日毎日、今日も花月ちゃんマジでかわいかったとかさ。こんなことがあってさ、本当マジヤバい、俺どうにかなりそうとか。聞きたくもないのにそういうの聞かされ続ける俺の気持解る?それで口出したら、俺にはお前の気持ちは解らないとか言われたし。本当、うざい。」

 「う。ごめんなさい。」

 「謝るくらいなら、次にそういう話しするときは少しは進展見せてくれる?」

 「うー。それは・・・。」

 「ったく。お前のそういうとこ、本当うざい。もう何かしろとか言わないから、そのまま何もしないで失恋しちゃえ、バカ。」

 「うわっ。そんな。遙ちゃん、酷い。ってか、本当ごめん。俺が悪かったから。遙ちゃんには俺の気持は解らないんだよとか言ってすみませんでした。もうそういうこと言わないから。お願い、見捨てないで。ってか、話し聞いて。吐き出す場所ないと俺、本当ムリ。」

 「そんなの知らない。他の奴にでも聞いてもらえば?俺が付き合ってやる義務ないし。」

 「そんなー。そんなこと言わないでさ。お願い。本当、ごめん。本当、俺が悪かったから。許して。」

 そう懇願してくる浩太を見て少し鬱憤が晴れて、遙は、しかたがないから許してあげるけど、今度俺の言うことに反発したらもう絶対お前の恋バナなんて聞いてあげないから、と不機嫌そうに答えた。


         ○                           ○


 「どう?会場の飾り付けの方は。進んでる?思ったより自分の制作物がさくさく進んで余裕できたから、ちょっとこっちの方手伝いに来たんだけど。」

 文化祭の日程が近づいてきたある日、遙は会場飾り付け有志の面々が作業場にしている教室に顔を出し、そう声を掛けた。

 「あ、柏木君。ありがとう。えっと。テーブルクロスとコースターは完成してて。今は飾り付ける小物作りしてるとこ。あと、今、せっかくならもうちょっと壁とかも工夫したいよねって話ししてて。」

 そう中で作業をしていた紗音が返してきて、遙はふーんと言いながら皆の作業を覗き込み、置いてあった完成品を眺めた。

 「テーブルクロスは全部白で統一して、テーブルごとで刺繍の模様を変えたんだ。その分コースターカラフルにして。結構凝ったの作ってるじゃん。ってかさ、藤村。こっちの方ばっかかまけてちゃんと課題の作成進んでる?合同課題で、お前の作品の出来が俺の評価にも繋がるんだから、ちゃんとしてもらわないと困るからね。」

 「ちゃんとやってます。都合が合うときちゃんと細かく打ち合わせもしてるし、サクラハイムにも寄らせてもらって、実際に柏木君の作成中の衣装確認しながら自分の作業進めてるの知ってるくせに。柏木君の方こそ、全然一緒に作業してないし、わたしの衣装確認してないけど大丈夫なの?」

 「大丈夫に決まってるでしょ。直したいところがあるときはちゃんと伝えて摺り合わせしてるし、お前が余程打ち合わせと違ったアレンジでも加えてない限り、できあがりがどうなるかなんて見なくても解るんだから。まぁ、最終調整はちゃんと現物見て仕上げないといけないと思うけど。実際に着てどうなるかもあるし、そろそろ予定合わせてちゃんと合同作業始めるから、そのつもりでいてよ。」

 そんな会話をして、遙はコレ差し入れ、と持っていた袋を紗音に渡した。

 「わぁ。ありがとう。良い臭い。美味しそう。」

 紗音が袋の中を覗いてそんなことを呟く。そして、作業をしていた他の面々も手を止めて、袋の中を覗いて、それぞれに、美味しそうだとか、ありがとうだとか口にした。

 「別に、俺が用意したわけじゃないから。お礼は帰ったらコレを俺に持たした奴に伝えとく。なんならちょっと休憩にしたら?購買で飲み物ぐらい買ってきてあげるけど。皆、何が良いの?」

 そう声を掛けると、その場にいた面々に驚いたような顔をされて遙は怪訝そうに顔を顰めた。じゃあわたしは紅茶でと遠慮なく伝えてくる紗音を皮切りに、他の面々もじゃあと戸惑ったように要望を伝えてくる。そして、飲み物を運ぶのを手伝うと言ってくれたクラスメイトに、お盆借りて運んで来るから良いよと伝えて遙はその場を一度後にした。

 戻ってくると、もう既に皆が袋からスコーンを取り出しておしゃべりしながら食べていて、遙は呆れたような気持になった。

 「あ。柏木君。お帰りなさい。ごめん。良い臭いにつられて、先食べ始めちゃった。」

 少し申し訳なさそうにそういう紗音を見て、ちょっと可笑しくなる。

 「お前、本当図太くなったよね。」

 「ごめんなさい。」

 「別に謝らなくても良いけど。悪いことじゃないと思うし。はい、紅茶。えっと、もう一人の紅茶はあんただっけ?で、これがココアで。こっちコーヒーね。一応シロップとミルクももらってきたから、使いたい奴は使えば?」

 そんなやりとりをしながら皆に飲み物を配って、遙は自分もそこに座った。

 「ごめんね。先食べ始めてて。コレ美味しいね。」

 そんな紗音の言葉を皮切りに、そこにいた面々が口々に、本当に美味しいだの、コレ何処のお店のだの言ってきて、遙はこれ売り物じゃないからと適当にあしらった。そしてそのままそこに混ざっていると、最初ぎこちなかった紗音以外の面々も普通に話してくるようになってきて、遙は不思議な気分になった。休憩を終えて、作業に加わって。テーブルクロス、白で統一は良いけど、模様の周り色で縁取ったら?給仕するとき目印にできるしとか、壁を工夫したいって言ってたけどどんな感じにしたいの?うちに舞台背景の勉強してる奴いるから、なんか片付けやすくてうまく飾る方法ないか聞いてきてあげるよとか話しながら作業を進めて。遙は、こうやって学校で普通に皆となにかするっていつぶりだろうと思った。

 「柏木君って、案外話しやすいんだね。」

 隣で作業していた子にそう言われ、遙は何それと呟いた。

 「いや。柏木君って、なんか近寄りがたいというか、怖いイメージあったから。スズちゃんと普通に話してるの見て、ビックリしちゃった。」

 「人と普通に話してるだけで驚かれるって。俺ってそんな怖そうに見えるの?藤村も最初びくついてたし。」

 「いやー。だって。ね。」

 「実際怖いよ。なんか威圧的だし。俺に近寄るなオーラが凄くてさ。正直、こういうのに参加するって信じられなかったし。」

 「あー解る。クラスで盛り上がってたとしても、そういうのバカみたいって参加しないタイプだと思ってた。スズちんがこういうのやりたいって言ったとき、柏木君が後押ししたの凄い意外だったもん。」

 「本当、本当。なんて言うか、柏木君って話してみると結構普通だよね。口は悪いけど、思ったままを口にしてるだけで悪気はないって言うか。意外といい人でホッとした。」

 「何それ。まったく。お前ら人のこと好き放題言いすぎじゃない?もう。無駄口叩いてないで作業進めるよ。お前等だって自分の課題があるでしょ。まだ時間あるようで、実際はそんなに時間ないからね。」

 「そういうとことか、意外と温和だよね。絶対短気だと思ってたもん。絶対、軽口とか叩いちゃいけない相手だと思ってたよ。」

 「はいはい。本当、そういうのいいから。ちょっと、ここ弱くなってるよ。これじゃほつれてくるから、補強したら?あとこっち、手間だけど裏地をしっかりあてた方が安定するよ。ここはちょっと技術がいるから俺が手直ししてあげる。ちょっとあそこにあるの取ってくれる?」

 そんな風に指示を出しながら自分もせっせと針を動かす。

 「おー。柏木君が来たら一気に作業が進むね。流石、優等生。」

 「なんかちょっと手が加わるだけでこんなに雰囲気変わるんだ。凄い。」

 「まったく。感心しないで手を動かす。俺が手かしてるのに、中途半端な物作るなんて許さないからね。だから、口動かしてないでせっせと働け。」

 「はい、はーい。」

 そんなやりとりをして、しばらくの間は黙々と作業をするのに結局また皆話し始めて、遙は心の中でどうしようもないななんて呟いて溜め息を吐いた。女子が集まると本当うるさい。でも、口は動いてるけど、ちゃんと作業は進んでるし、ま、いっかなんて思う。ぐだぐだ言って作業が進まなかったり、意見に対して後ろ向きなことばっか言われるのは嫌いだけど、こういう雰囲気は嫌いじゃない。そんなことを考えて、遙はサクラハイムで、一臣や花月と一緒に、ここはこん風にした方が良くない?なんて話をしながらパッチワークでクッション作りをした時と今を重ねていた。ここの雰囲気はあの雰囲気と似てるななんて思う。今は趣味の時間じゃないから、凝れる範囲は限られてるけど。でも、限られた中で最高の物を仕上げたいと思う。でも、納期に追われて切羽詰まるんじゃなくて、その時間をめいっぱい楽しみたい。きっと藤村のしたかったことってそういうことなんだろうな。そんなことを考えて、遙は仲間に囲まれて楽しそうに作業をする紗音に視線を向け、良かったじゃん、ちゃんと気持に応えてくれる仲間ができてさと、心の中で呟いた。

 「ねぇ、ねぇ。柏木君って、やっぱ彼女いるの?」

 そう急に話しを振られて、遙は嫌そうに顔を顰めた。

 「何、急に。いないけど。それがどうかした?立候補するとか言わないでよ。そういうのうざいから。興味ないし。」

 「でた。柏木君の恋愛嫌い。この話題になったら急に機嫌悪くなったよ。有名だよね。告白した人、ぼろくそ言われて泣かされるって噂だし。」

 「何それ。俺、別に恋愛が嫌いって訳じゃないから。興味がないだけ。そもそも告白してきた奴に暴言吐いてるつもりないけど。あんなんで泣く方が悪いんでしょ。そもそもろくに知らない奴に好きとか言われてもはぁ?ってなるの当たり前じゃない?お前、俺のなに知ってんのって思うでしょ。それで酷いとか言われて、マジうざい。女子と恋愛系の話しすると、大抵そこから、じゃあわたしとかどう思う?とかおかしい方向に持ってかれるし。だからそう言う話題振られるの嫌いなだけ。」

 「あー。モテる故の苦悩か。柏木君って結構こじらせてるタイプだ。かわいそう。」

 「なんかその言われよう腹が立つんだけど。」

 「いや。柏木君の言い様の方が腹立たれるでしょ。モテない男からしたら嫌みだし。女の子からしたら酷い奴。っていうかさ。自分がそういうの嫌だからって、相手を傷つけて良いって訳じゃないでしょ。そもそも、柏木君が相手をよく知らないからって、相手が柏木君の事、本当になにも解ってないとは限らないじゃん。柏木君、整った見た目してて目を引くし。それで気になって見てるうちに、色々知ってそれで好きになって告白してって子もいたと思うよ。それを勝手に決めつけて、切り捨てて。よく知らない相手と付き合いたくないなら、そう言えばいいだけじゃん。なのに、あえて相手を傷つけてきたのは柏木君でしょ。なのに、それをあんなんで泣く方が悪いって。凄く嫌な感じ。」

 そう一人に酷く険のある調子で言われて、遙は少し考え込んだ。今までそんなこと考えた事もなかった。相手が自分の見た目だけじゃなくて、見た目じゃない部分の何かに惹かれて告白してたかもしれないなんて、想像すらしたことがなかった。よく知らない相手から告白を受けたら、まず拒否反応が先に出て、いつだって苛つくままに相手を否定する言葉を投げつけていた。それが、あえて相手を傷つけてきたと言われたらそうなのかもしれない。そんなことを考えると遙はどうしようもない気持になった。

 「大丈夫?」

 そう声を掛けられてハッとする。

 「あ。うん。大丈夫。ちょっと、今までそんなこと考えた事もなかったなって。もし、本当に俺のことちゃんと見て、好きだって言ってくれてた奴がいたなら、そいつには悪いことしたかなって思ってさ。まぁ、過ぎたことだし。今更謝ったりしないけど。付き合うつもりがないのには変わりないし。でも、これからはちょっと、言葉の選び方気をつけようかなって思う。」

 そう言って遙は浩太のことを考えた。そう。一目惚れから始まる恋だって確かにある。最初が相手の見た目に惹かれたからって、その気持ちが軽いなんて、そんなの本当はそうだなんて言い切れない。

 「お節介な同居人に、よく言われてるんだよね。俺のこの態度とか言葉選びかトラブルのタネだって。もう少し相手のこと考えて言葉を選べってさ。じゃないと大変なことになるぞって。別にそんなのどうでもいいとか思ってたけど。でも。今、ちょっと反省したかも。なんかごめん。」

 そうばつが悪そうに口にして、笑われて、遙はムッとした。

 「何だよ。なんか文句あるの?」

 「いや。柏木君ってさ。案外かわいいね。ちょっと、今のは萌えた。ねぇ。ハルちゃんって呼んでいい?なんか、格好いいイメージ総崩れして、本当、かわいいんだけど。」

 「はぁ?意味分かんないし。」

 「ハルちゃんか。良いね、ハルちゃん。今日から、柏木君はハルちゃんね。」

 「よろしくね。ハルちゃん。」

 「なんだよ。皆して。ハルちゃんとかやめて。そもそもちゃんとか付けられるの嫌なんだけど。」

 「え?浩太君、柏木君の事、遙ちゃんって呼んでるよね?」

 「あいつは幼馴染みだし、小さい頃からそれで呼んでるから良いの。今更、直せって言って直るもんでもないし。」

 「そんなつれないこと言わないでさ。同じクラスの仲間じゃん。それに一緒に作業してる同士でしょ。仲良くしようよ。ね、ハルちゃん。」

 「そうだよ、ハルちゃん。仲良くしようよ。」

 「あー。もう。うるさいな。もう、勝手にすれば?好きなように呼べばいいでしょ。お前ら、本当うざい。」

 そう苛ついた様子で言い放って、遙は不機嫌な調子のまま作業に没頭してからかうように色々話しかけてくる外野の声を聞こえないふりをした。


 帰り道を紗音と並んで歩きながら、遙はまだ不機嫌そうに顔を顰めていた。それを見て紗音が、笑いを堪えきれないといった様子でクスクス笑ってきて、遙は更にムッとした表情で彼女を睨み付けた。

 「ったく。笑わないでよ。」

 「ごめん。でも、なんかさ。」

 「もう、本当あいつらうざい。もう絶対、手が空いてもあの場には手伝いに行かないから。」

 「まあ、まあ、そんなこと言わずに。せっかく仲良くなったんだし。」

 「あっちが一方的に言ってるだけ。俺は別に仲良くなったつもりないし。」

 「いやいや、充分仲良しだったよ。だって柏木君、完全に自が出てたもん。サクラハイムにいる時みたいに子供っぽくなってたよ。」

 「なにそれ。ってか、俺、子供扱いされるの嫌なんだけど。」

 そうぼやいて、また紗音に笑われて、遙はまた一瞬ムッとして、それから何か諦めたように溜め息を吐いた。

 「でも、ま。良かったじゃん。皆仲良さそうで。お前も楽しそうにしてたし。」

 「そうだね。でも、ああやって仲良くなるまで、何もなかったわけじゃないんだよ。ちょっと、柏木君に言われたこと意識して、自分の意見譲らないように頑張ってたら、偉そうだとか、言い出しっぺだからって押しつけないでとか言われたりとか。ちょと柏木君に庇ってもらったからっていい気にならないでとかも言われたし。」

 「うわっ。女子って怖っ。」

 「でも、負けないように頑張って、一生懸命どうやったら伝わるだろうって。強く言われたからって、そこで引っ込まないように、自分の言葉呑み込まないように踏ん張って。色々、言葉だけじゃ伝わりにくいかなって、絵に描いてみたりとか。実際に、試作品作って見せたりとか。それで、じゃあどうしたら良いと思うって、聞いてみたりとか。そんなことしてたら、次第に認めてくれるようになって。本音で話せるようになった、のかな?なんか、あんな雰囲気で作業ができるようになって。柏木君のおかげだよ。」

 「はぁ?なんでそれが俺のおかげになるの。頑張ったのお前でしょ。全部、お前の努力の賜じゃん。」

 「わたし一人じゃ絶対頑張れなかったよ。柏木君が背中押してくれたから。わたし、頑張れたんだよ。変わりたいって思って、変わらなきゃって、一歩踏み出せた。」

 そう言って、少し俯いてはにかむように笑って、紗音は言葉を続けた。

 「わたしね。高校に入る前は、結構積極的に活動してたんだ。ドールハウス作りが趣味で。中でも、お人形のお洋服作るのが大好きで。色々作って、ネットで販売とかもしてた。みんなに素敵だねとか、かわいいねとか褒めてもらって。自分のお人形の洋服作って欲しいとか依頼されることもあるくらいで。凄く楽しくて、凄く充実してた。で、ある時、お人形とお揃いで自分用にお洋服作ってもらえませんかって依頼があって。最初はムリって断ったんだけど、その人と色々チャットで話してるうちに、挑戦してみようって気になって。それで、始めて本当に人が着るためのお洋服を作った。形は同じにできて、凄く喜んでもらえたんだけど、でも、やっぱお人形が着るのと人間が着るのじゃ違ってさ。ちょっと、着にくいというか。色々、問題があるできで。やっぱ難しいななんて思って。でも、なんだろう。その時の達成感て言うか。凄く充実感があって、それが忘れられなくて。ちゃんと作れるようになりたいなって、そういう勉強したいなって思って。それで、この高校に入学したんだ。でも、入学して実際勉強始めたら、それまでに培ってきたわたしの技術とか、デザインとか本当にこれでもかって言うくらい全否定されて、ぼろくそに言われて。先生にぼろくそに言われたのは基礎がなってなかったからなんだけど。でも、その評価だけ受けて、わたしが何やっても周りは認めてくれないって言うか。バカにされて否定されるみたいなのが、クラスの中でも当たり前みたいになって。最初はそれでもって思ってたんだけど。基礎ができるようになっても、先生から評価されるようになっても、一回できちゃった周りとの溝って言うか、なんていうか、わたしの立ち位置って変わらなくて。いつまで経っても、ダメなレッテルが剥がれなくて。声を上げれば上げるほど、主張すれば主張するほど、否定される言葉はキツくなっていったから。だんだん、自分の意見とか、言うのが怖くなって。自分を出すのが怖くなって。自分の色を出すのが怖くなって。何も言えなくなってた。高校三年間は基礎を学ぶための場所だと思って我慢しようって。何も主張しないで、おとなしく、目立たないようにしてやり過ごそうって。そんなことばっか考えて。でも、時々、コレ素敵だなとか。こういうのってどうやるんだろうとか。人の作品見ては心が疼いて。でも、そういうこと口に出したら、また藤村のくせにって。わたしなんかがって言われるんじゃないかって、怖くて。怖くて。何もできなくて。柏木君が声を掛けてくれて、バカにしないでわたしの話し聞いてくれて。凄いって言ってくれて。それから色々。怒られることは多かったけど、でも、わたしの言うこと否定したりしないで、本当にちゃんと一緒にやってくれて。頑張りなよって、やりたいこと全部全力で楽しみなって言ってくれて。それで、昔のドキドキって言うか。作品作るワクワクって言うか。そういうの思い出せて。怖がってばかりいないで、また前に進もうって。頑張ろうって。だから、わたしが頑張れたのは柏木君のおかげだよ。皆とちゃんと仲良くできるようになったのも。」

 そう言われて、遙はなんとなく気恥ずかしい思いがして、そっけなく、あっそとだけ呟いた。なんとなく沈黙が流れて、なんとなく気まずいような気がして。そして、

 「文化祭まであと一ヶ月を切ったね。本当、このままあっという間に、当日になっちゃうんだろうな・・・。」

そうしみじみと口にする紗音を見て、遙は呆れたような気持になった。

 「なに当たり前のこと言ってるの。もしかして、手を広げすぎて時間がないとか今更焦ってるわけじゃないよね。お前、焦ってても端から見たらよくわかんなそうだし。実は切羽詰まってるとかありそうで怖いんだけど。」

 そう言うと、そういうわけじゃないんだけどと言いながら紗音が少し困ったような顔をするのを見て、遙は溜め息を吐いた。

 「別にどうでも良いけど。助けて欲しいときは早めに言ってよ。本当にどうしようもなくなってから、できないどうしようって泣きつかれてもムリだから。まぁ、それならまだ代替案とか考えられるかもしれないけど。それよりなにより、何も言わないで当日になってやっぱできなかったとか言われたら、本当最悪。頑張ってきたのが水の泡だし。周りにも迷惑だから。ここまで来たのに仕上げないで中途半端に終わるとか、本当許さないからね。」

 そう言うと、紗音が可笑しそうに笑って大丈夫と答える。

 「中途半端にはしないよ。絶対。自分が納得できる物を仕上げて。そして、心から皆と楽しむんだって。わたし。そう決めてるから。」

 そう言って、柏木君も全力で楽しもうねと紗音に笑いかけられて、遙は小さく笑って、そうだねと返した。

 「文化祭楽しみだな。真田さんの作ったエプロンドレス見た?わたしの原画から、更にアレンジ入ってて、凄くかわいいんだよ。真田さん。それに合わせて髪飾りとか、ブレスレット作ってて。当日、それを身につけた花月ちゃん見る楽しみだな。絶対、お人形さんみたいにかわいいよ。デザイン画しか見てないけど、浩太君の衣装も素敵だよね。アレ着て、髪の毛下ろしたら、浩太君王子様みたいになるんじゃないかな。想像するだけでワクワクしちゃうな。」

 「浩太の衣装、王子様じゃなくて白ウサギだけどね。それにあいつ、あの髪型気に入ってるから、下ろさないんじゃない?ってか、かっちりキメた服装にオールバックは合うし、髪下ろすと幼くなるから、俺的にはいつも通りの方がベスト。俺の中で、あいつの衣装のテーマは大人格好良くだからね。」

 「えー。下ろした方が良いよ。その方が絶対花月ちゃんと並んだとき、二人共お話しの中の住人みたいでかわいいと思うし。」

 「かわいいとかいらないから。そもそも俺は浩太にかわいさとか求めてないから。あいつ、エスコートは得意だから、大人っぽく決めてリードさせたいの。あいつの普段と違う一面を引き出させたいの。」

 そんな会話を交わしているうちに、いつの間にかよく解らないなんとなく気まずいような変な雰囲気がなくなり、いつも通りの調子に戻ってきて、遙はなんとなくホッとしたような気がした。楽しそうに笑いながら隣を歩く紗音を見て、こいつ本当に変わったなと思う。下を向いて自分を押し殺すのはやめて、自分の居場所を自分で作って。そのきっかけが自分だと言われると、何か照れくさい気がして。でも、悪い気はしない。こいつが作った居場所の中に自分もお邪魔して、うざいことは多かったけど、でも本気で嫌なわけではなかった。思い返してみればあんな風に学校で誰かと言い合ったり、対等に話しをするなんてずっとなかった気がする。今日の作業場でのことを思い出して遙はそう思った。幼い頃からずっと普通に人と関わろうとしても色々な物が邪魔をして、他人と上手く関わることができなくて。気がつけば居心地の良い場所に引き籠って、その他のモノを全部排除してきた気がする。新しい人間関係を築こうとか、近づいてきた相手を少しは理解しようとか、そう言う前に全部拒絶してきたような気がする。それが当たり前で、ずっとこのままで良いと思っていたはずだったのに。そんな自分を変えたのは何だったっけ。そう思って、遙はサクラハイムの面々を、そして中でも浩太と花月の姿を鮮明に思い浮かべて、胸が暖かくなるような、それでいて締め付けられるような、そんななんとも言えない変な気分になった。結局、俺が変わったのは、浩太が花月に一目惚れして、俺のこと置いてけぼりにしてどんどん変わってったからかもね。そんなことを思う。浩太が一目惚れした相手が花月だったから。努力家で、何でも全力で取り組んで、何でも思いっきり楽しんで。いつだって全身全霊で生きている。そんな花月が相手だったから。自分が軽蔑することなく、拒絶反応も起きず、人として尊敬できるところがあると認められる相手だったから。浩太と自分の間にこいつなら入ってきても良いかなって、そんな風に思える相手だったから。そんな風に思っちゃったから、俺は変わったんだ。なんだ、結局、俺がこんな風に他人に開くようになったの、花月のせいじゃん。俺、そんな前からあいつに惹かれてたんだ。浩太の自分勝手な片想いに苛ついてた頃。その頃にはもう、俺はあいつのこと気になってたんだ。なんだよ、それ。本当、バカみたい。あの頃に自分の気持に気が付いてたら、今みたいに浩太に譲ろうなんて絶対思わなかったのに。浩太に怒って。浩太に宣戦布告して。浩太がモタモタしてるなら、容赦なく奪い取ってやったのに。そんなことを考えて、そして、遙はそんなことを考えてしまう自分を心の中で更にバカみたいと自嘲した。


         ○                           ○


 文化祭当日の朝。遙はかなり早めに登校した。皆が来る前に飾りの最終確認と場合によっては修正をしようと思っていたのに、学校に着くともう紗音が登校していて、遙はお前早すぎと言って笑った。

 「だって。何か、緊張するというか。ワクワクすると言うか。落ち着かなくて。そう言う柏木君だって、こんな早くから来てるじゃん。集合時間よりまだだいぶ早いよ。」

 そう言い返してくる紗音に呆れたような視線を向ける。

 「まったく。俺をお前と一緒にしないでくれる。俺は最終確認のために早く来ただけだから。結構ギリギリまで皆作業してたし、最終的にはなんかハイみたいなおかしなテンションで仕上げてたから、出来映えどんなだか解らないでしょ。お前等、昨日、完成したって達成感で解散してたけど。今日来て落ち着いて見たらとんでもない出来になってましたとかなってたら最悪じゃん。あんなに頑張ってたのにさ。だから、もし変なのがあったら直すなり、除けるなりしてやろうかと思って。なんていってもこのクラスじゃ、俺が一番技術があって、作業が早いからね。当日の当日でそんなことできるの俺だけでしょ。」

 そう言うと、紗音がそっかと呟いて照れくさそうに笑って、じゃあわたしも確認作業やるよと言ってきて、二人で最終確認を行った。

 「藤村さ。落ち着かなくて早く出てきたは良いけど、そんな状態で大丈夫?忘れ物とかしてないよね。まさか自分の衣装とか、そういう肝心な物持ってこないとかやらかしてないよね。」

 どことなくそわそわした様子で確認作業をする紗音に、遙はそうからかい半分で声を掛けた。

 「そんな。忘れるわけないじゃん。昨日、何回も確認したし。」

 「何回も着てみて出来を確認してたら、鞄に入れ忘れて置いてきましたとか、お前やりそうだよね。」

 「何、そのわたしのイメージ。わたし、そんなにおっちょこちょいじゃないけど。」

 「そう?なんか、挙動不審になってること多いし。時々変なことしてるし。肝心なとこでポカしそうとか思ってたんだけど。」

 「そんなことは。わたし、そんな変なことしてないよ。挙動不審になったりとか。」

 「いや、してる。作業中とか、凄い集中してやってるなと思ったら、一息吐いた瞬間、急に持ってた針落としそうになって慌てて持ち直そうとして指刺してたりとか。」

 「あれは。えっと。集中しすぎてて、柏木君が来てたの気が付かなくて、顔上げたらいたから凄いビックリしちゃっただけで。おっちょこちょいじゃ・・・。」

 「いや。それで、指刺すとか充分おっちょこちょいでしょ。そもそも、別に凄く近づいてたわけでもないし、そこまで驚くのがおかしいんじゃない?普通、あ、来てたんだで済む話しでしょ。」

 「それは・・・。」

 そう言葉を詰まらせる紗音を見て遙は、ほら言い返せないじゃん、とからかうように笑った。言い返す言葉を探しているのか顔を俯かせて唸る紗音を見て可笑しくなる。

 「で?衣装はちゃんと持ってきたの?冗談のつもりが、本当に忘れてましたとかしゃれにならないからね。まぁ、今なら親にでも連絡して持って来てもらえばどうにかなると思うけど。」

 「だから。忘れてません。ちゃんと確認したって言ったじゃん。」

 「俺は親切心で言ってあげてるの。本当にあるか確認してきたら?」

 「もう。その顔、絶対からかってるし。ちゃんと皺にならないように他の荷物と別で持ってきて、自分のロッカーに掛けたんだから、忘れてるわけないじゃん。」

 そう反論してくる紗音を見て、なら良かったと遙はクスクス笑った。睨み付けてくる紗音を見て、そんな顔しても全然迫力ないしと思って余計可笑しくなってくる。

 「そんなに笑わないでよね。」

 「じゃあ笑わせないでよ。お前が変な顔してるから悪いんでしょ。」

 「変な顔なんてしてない。」

 「変な顔になってるって自覚ないなら睨み付けてくるのやめたら?全然迫力ないし。」

 「もう。柏木君の意地悪。」

 そんなやりとりをしているうちに自然と二人笑い合って、和気藹々と話をしながら確認作業を進めた。確認作業を終えて、多少のほつれなどが見つかったものの、どうにもならないものがなくて良かったななんて遙は思った。これならなんとかなる。そう考えながら今度は手直しをしていく。

 「わたしもやろうか?」

 そう声を掛けてきた紗音に別にいいと返す。

 「大した量じゃないし。お前は皆が来たときすぐ動けるように、どれを何処に置くのかとか確認してれば?実際置いてみるとイメージと違ったなんてこともあるし、皆が来たらちゃっちゃとやって、最終調整する時間欲しいでしょ。」

 「なるほど。さすが柏木君。いつも思うけど、そういうところまでちゃんと考えてて凄いよね。」

 「そう?こんなの普通じゃないの。」

 「いや。わたしなんて、言われるまでそんなの考えてなかったもん。」

 「それは藤村が抜けてるんでしょ。」

 「いやいや。わたしだってちゃんと計画的に色々やってるよ。皆にしっかりしてるって言われたし。」

 「え?お前が?お前がしっかりしてるとかそれこそイメージないんだけど。結構、思いのまま突っ走るというか、暴走するというか。集中すると周り見えなくなって時間も忘れるし。こっちがリードしてやらないと、藤村、あっちこっちとっちらかして纏まんないじゃん。」

 「それは。えっと。柏木君相手だから。むちゃくちゃしても何とかしてくれる安心感が・・・。」

 「そんなこと言って。お前、最初からそんな感じだったじゃん。なに普段はそうじゃないようなこと言ってるの。元々でしょ。」

 「いや。普段は本当にちゃんとしてるよ。最初は、確かに、花月ちゃん見て、ちょっと暴走しちゃったけど。でも、柏木君がそのこと肯定してくれたから。その。そういうの許してくれるというか。フォローして助けてくれるし。それで。柏木君が一緒なら、大丈夫って。」

 「なにそれ。それって、自分は好きなようにやって、俺に面倒くさいこと押しつけてたって事?最初以外は故意的にやってたの?」

 「えっと。そうじゃないって言いたいけど。そう言われると、そうなのかも。ごめん。」

 そう言ってシュンとする紗音を見て、遙は別に良いよと言って笑った。

 「俺の言い方が悪かった。それって俺のこと信頼してるってことでしょ。悪気があってそうしてたわけじゃないって解ってるから、そんなに気にしないでよ。それに、周りが見えなくなるほど好きな物に熱中して一生懸命になれるって、良いと思うよ。藤村のそういうとこ、俺嫌いじゃないし。」

 そう伝えると、紗音が顔を上げ、目が合って、遙は何その間抜けな顔とからかうように言った。紗音が、間抜けな顔なんかしてないと言い返してきて、それがまた可笑しくて、遙はまた笑った。

 皆が来て、準備も順調に終わり、開会宣言が行われ、何事もなく文化祭は始まった。出だしは客も少なく、訪れた客に対し各々が遊び半分で自分のキャラクターになって接客している様子を見て、遙はなんだかんだ言って皆ノリノリでやってるじゃんなんて思った。

 「柏木君もやったら?」

 そう声を掛けられて、遙は嫌だと応えた。

 「本当、ハルちゃんってノリ悪いな。皆がやってるのに自分だけやらないとか、そっちの方が浮くよ。」

 「なんだかんだ言って、ハルちゃん実は恥ずかしいだけなんでしょ。かわいい。」

 「うるさいな。そんなんじゃないから。かわいいとか言うな。」

 「ほら、まだ少ないとはいえお客さんいるのに、そんな顔してたらダメだよ。ハルちゃん。」

 そう皆によってたかって言われて、遙は面倒くさそうに、はいはいと返事した。そんな時、廊下に浩太達の姿を見付けて、遙はそっちに向かった。

 「いらっしゃい。ってか、招待もしてないのに来るとか、図々しい連中だよね。でも、せっかく来たんだから、楽しんでけば?あんたら用の席なんてないけど、勝手に空いてるとこ座ればいいでしょ。」

 入って来た浩太達に意地の悪い笑みを浮かべながら遙はそう告げて、浩太に遙ちゃんその対応酷いと嘆かれた。

 「招待してない?遙が、浩太と一緒に文化祭に来ればって誘ってくれたんじゃなかったっけ?」

 そう小首を傾げる花月に一臣が、コレはそういう仕様だろと返した。

 「一臣が正解。俺はやらないって言ってるのに、あいつらが皆やってるんだから俺もやれってうるさくてさ。お前等相手なら良いかなって。ちょっとそれっぽくやっただけ。」

 「なんだ、そうだったんだ。」

 「でも、そうならもうちょっとちゃんとやらないと、健人に怒られるよ。」

 「あいつどうせ来ないから適当にやったってバレないでしょ。ってか、遊びみたいなもんだし、あんな本格的に俺だけやるとかムリだから。」

 「遙、健人と光に指導受けながらあんなに練習したのにちゃんとやらないの?健人と光も、劇じゃないからあんまり狂気染みてるのも、相手を小馬鹿にする程度でどうかなとか、接客のパフォーマンスとしては、台詞で相手を落としつつ、動作や仕草でちゃんと客をエスコートして、こんな感じでどうだとか言いながら、遙の役作りあんなに真剣に取り組んでたのに。もったいない。」

 「アレはあいつ等の趣味に俺は巻き込まれただけで、及第点出るまで離してもらえなかったから、しかたなくやってただけ。俺は別に文化祭のために練習してたわけじゃないから。」

 そんなやりとりをして、遙は三人を空いている席に案内しようとして、一臣に今のうちに写真を撮っていいか訊かれて立ち止まった。別に良いけどといいながら、浩太と花月に適当にあいてるとこ座れば?と促す。

 「藤村さんも、手が空いてるようならちょっと並んでくれないか?一緒に撮るから。」

 そう言って、一臣が紗音も呼び寄せる。

 「何?一臣、わざわざ写真撮るために二人についてきたの?」

 「せっかくだしな。自分で作った衣装も撮りたかったし、どうせなら皆のこともな。想い出は沢山残しておきたいだろ?」

 「なにそれ。まぁ、写真に残しておきたいのは解るけど。正直、学校に来るカメラマンより一臣の方が腕良いし。でも、別に最初からあいつらと一緒に来なくても良いのに。ちょっとは空気読みなよ。本当、一臣ってそういうとこ気が利かないよね。」

 そう言いながら遙は、かわいいお嬢さんこちらにどうぞなんて言いながら、仰々しい仕草で椅子を引いて花月を座るように促している浩太を眺め、一臣に何がだ?と首を傾げられて溜め息を吐いた。

 「別に。なんでもない。」

 そう呟いて、ほら、せっかくなら皆も撮ってもらったら?印刷したらもってきてあげるから、なんて他の面々にも声を掛ける。そして、席に着いている浩太達を見て、良い感じじゃんなんて思って、なんとも言えない気持になる。衣装とこの場の雰囲気に流されてそうなったのかしらないけど、浩太、言葉回しが台詞みたいになってるし、しぐさも普段よりちょっと大げさになってるけど、ちゃんと似合ってる。それより何より、本当、二人ともいい顔してる。何アレ。本当、さっさと付き合っちゃえば良いのに。本当、浩太、頑張りなよもうちょっと。今のそのノリで、普段じゃ言えないとこまでもっと大胆に踏み込んじゃえば良いじゃん。そうやって心の中で精一杯のエールを浩太に送って、そして、遙は二人から目を逸らした。

 ワイワイと写真を撮ってもらっている間に客が増えてきて、遙も接客に当たリ始めた。

 「一臣も座ったら?一臣よく自分のお菓子作りの参考に食べ歩きしてるけど、うちの製菓コースのお菓子も結構評判良いから、色々食べて行きなよ。因みに俺のお勧めはマドレーヌね。あんたの作るのも嫌いじゃないけど、ここのはシンプルだけどくどくない甘さで結構後引くんだよね。管理人さんなんかに食べさせたら止まらなくなること間違いなしだから。」

 接客中の自分達を撮っていた一臣に遙はそう声を掛けて、彼を花月が座っているテーブルに促した。そして、メニュー表を渡しながら、花月に浩太は?と訊ねた。

 「浩太?浩太なら、色んな人に呼ばれてなんか働いてるよ。」

 そう返されて。遙ははぁ?と声を上げた。そして、周りを見回してみると、浩太がキャーキャー言われながら接客をしていて、あいつなにやってるのと思った。一緒に写真撮ってもらっても良いですかとか言われて、それに快く応えている浩太を見て、何どうでもいい女相手に媚び売ってんの、お前が相手しなきゃいけないのはそっちじゃないでしょとか思って苛々する。

 「あいつ、花月のことほったらかしてなにしてんの。バカじゃないの。」

 「あんな格好してるし、店員の学生と間違われたんじゃないか?」

 そんな一臣の言葉を聞いてなるほどとは思うものの、遙は心底呆れた気持になった。

 「そんなの違うって言って断れば良いだけのはなしでしょ。まったく・・・。」

 そうぼやくと、花月が浩太って凄いよねと、接客している浩太を愛おしそうに眺めながら呟いて、遙はお前も何言ってるのと思った。

 「花月、お前さ。浩太の奴、お前と遊びに来たくせにお前のことほっといてあんなことしてるのにそれでいいの?」

 「わたし、ここでお茶してるし。一臣も皆の写真撮りに行ってたし。まだどっか見に行かないから良いと思う。」

 「そうじゃなくてさ。一人でほっとかれてつまらなくない?」

 「つまらなくないよ。色んな衣装着た人が働いてるの見てるの楽しいし。お茶もお菓子も美味しいし。浩太がああしてるの見てるのも楽しいし、なんか嬉しい?よく解んないけど、なんか暖かい気持になる。やっぱ浩太は人気者だな、凄いなって。あんなに沢山の人を笑顔にできちゃうんだもんなって思う。浩太がメニュー持ってきてくれたり、紅茶のお代わりとか入れてくれてたら、こっちにもお願いしていいですかって声掛けられて。最初は浩太、自分はここの学生じゃないからって断ったんだけど、声かけてきた人が残念がってたら、ちょっと行ってくるねって。浩太は優しいよね。そしたら、次々声を掛けられてあんな感じになっちゃったんだけど、時々、こっち見てごめんって手合わせてくるの。なんか、そういうの見てるのも楽しい。」

 本当に楽しそうに笑いながらそう言う花月を見て、遙はなんとも言えない気持になった。本当、花月も浩太もバカなんだから。そんな惚気話しとか聞きたくないし。まったく、本当、こいつらさっさと付き合っちゃえよ。心の中でそんな悪態を吐いて、遙は、好きなだけゆっくりしていきなよと声を掛けて、自分の仕事に戻って行った。

 暫くして、相変わらず客の対応に追われる浩太を置いて、一臣と花月がブースを後にするのを見て、遙は本当あいつ何やってるのと思った。そこは客置いてお前も抜けろよバカ。本当、何しに来たの。うちの連中にも、俺も好きでやってるんだから気にしなくて良いよとか、忙しそうだけど頑張ってとか言ってるだけならともかく、その衣装自分で作ったんでしょかわいいねとか、このワンポイントとか君の雰囲気と合ってて素敵だねとか言ってるし。あいつのデフォだって解ってるけど、本当腹立つ。好きな奴ほっといてすることじゃないでしょ、それ。バカ。本当、バカ。そんなことを考えて苛ついていると、浩太君の人気凄いねと紗音が話しかけてきて、遙は、本当あいつなにやってんのバカと呟いた。

 「真田さん達、浩太君から全然お客さんが引かないから、とりあえず何か食べるもの買いに行ってくるって。わたし達ももうすぐ休憩だって話ししたら、浩太君の分も含めて適当に買ってくるから一緒に食べるか?って言ってたけど。」

 「じゃあ、とりあえず、休憩入ったらそっこう浩太のこと強制連行して俺の体操着に着替えさせてくる。本当、バカじゃないの。なに、あいつ。遊びに来たくせに働いて。客相手だけじゃなくて、うちのクラスの連中まで誑し込んでるし。あいつのイタリア人の血を見せるとこ根本的に間違ってるから。ったく、俺はあんなことさせるためにあいつに衣装作ったんじゃないんだけど。あいつ、あとで締め上げてやる。」

 そう毒づいて、紗音に、え?そこまで怒ること?と言われて、遙はそれには答えず、俺達もあとちょっと頑張るよと声を掛けて、仕事を続けた。

 休憩時間に入って、悪態を吐きながら浩太を着替えさせて、遙は花月達が戻ってくるのを待った。合流して、昼食にして、あっちでこんなことやってたんだよとか、こういうの売ってたんだよとか、目をキラキラさせて話す花月の話しを楽しそうに聞きながら相槌を打っている浩太を見て、遙はお前はそれでいいのかよと思った。お前が他の女達を誑し込んでる間に、花月は一臣と文化祭思いっきり楽しんでたんだぞ。その状況に嫉妬とかしないの?それに、一臣が撮ってきた花月の写真見て惚けてるけど、お前も一緒に行ってればそれを直で見れたし、一緒に楽しめたんだぞ。余計なのはくっついてるけど、花月と同じ時間を楽しんで同じ想い出を作って、もっと距離を縮められるようなきっかけだってさ、あったかもしれないじゃん。バカ。

 「午後は?遙ちゃん達はどうするの?」

 「休憩終わったら、今度は客寄せ。看板持って、その辺彷徨ってる予定。浩太は?全然文化祭楽しんでないでしょ。去年、市学の文化祭に遊び行った時の花月の二の舞じゃん。ってか、花月の場合は健人に急に呼び出されて光の代役頼まれて劇出ることになってだけど、お前の場合やらなくても良いこと自分で積極的にやって。本当バカじゃないの。」

 「う。それは。なんかノリというか。一度始めたらやめられない雰囲気に・・・。って、さっきも言ったじゃん。さっきも散々遙ちゃんに怒られたよね?それまた蒸し返さなくてもよくない?」

 「お前のバカさ加減に本当腹が立ってしょうがないの。本当、バカ。このバカ。バーカ。浩太って本当バカだよね。このバカ。」

 「うわっ。なんか凄くバカ連呼されてんだけど。遙ちゃん酷い。」

 「大丈夫だよ、浩太。確かに接客は遙達に任せないといけなかったのかもしれないけど。でも、浩太がああやって皆の期待に応えようと頑張って、それで皆を笑顔にしてたの、わたし凄いと思う。接客してる浩太、キラキラしてて格好良かったよ。」

 そう花月に笑顔を向けられて、浩太は惚けて、ありがとうと呟いた。

 「本当、給仕してる浩太君格好良かったよね。対応がスマートで優しくてさ。クラスの子達も皆いいなって、わたしも給仕されたいとか言ってたよ。」

 そう、紗音に付け足されて、浩太は意識をここに戻した。

 「マジで?遙ちゃんの作ってくれた衣装の効果かな?普段、何言ってるのとか言われて笑われるだけで、そんなこと言われたことないんだけど。」

 「バカじゃないの。あの格好であんな事してたら完全そういう仕様だと思われるの当たり前。普段じゃどん引きでも、こういうとこでアレやったら場の雰囲気に流されるというか、ちょっと非現実に浸っちゃうんでしょ。結構、女子ってああやってちやほやされるのに憧れるとこあるみたいだし。こういう場だからこそキャーキャー言われてただけだから。チビでチャラくて普段着だと完全見た目ヤンキーなお前が、普段からこんなにモテることはまずないから。」

 「チビは認めるけど、俺そんなにチャラくない。」

 「いや。言動がチャラい。俺、散々言ってるでしょ。いいかげん自分の言動がチャラいって自覚したら?バカ。」

 「うわっ。遙ちゃん酷い。」

 「で?浩太達はこのあとどうするの?花月は一臣と一緒に回って来ちゃったんでしょ?」

 「そうなんだよね。花月ちゃん、なんか回っててもっとじっくり見たいなとか、もう一回いきたいなとか、気になったとこあった?」

 「んー。特にはないけど。色んな物が売ってて、見てるだけでも凄く楽しかったから。浩太にも見せてあげたいな。」

 そう花月に笑顔を向けられて、浩太がまた惚ける。

 「浩太、あの調子でずっと接客してたなら疲れたんじゃないか?」

 そんな一臣の言葉を聞いて花月が、そっか、そうだよねと残念そうに呟く。それを聞いて、浩太がハッとしたように、いや、俺は全然平気だからと大きな声を上げて、花月が驚いたような顔をした。

 「大丈夫。俺、体力には自信あるし、まだまだいけるよ。一緒に回ろう。花月ちゃんが楽しかったとこに俺も案内してよ。俺、それスゲー見たい。」

 勢いづいて放たれた浩太のその言葉を聞いて、花月が心底嬉しそうに笑ってうんと言うのを見て、遙は心の中でたまにはやるじゃんと呟いて小さく笑った。

 「一臣。花月のこの勢いに付き合ってもう一度回るの面倒くさいでしょ?お金渡すから、俺の代わりに皆にお土産買ってってくれない?今、リスト作るからさ。」

 そう伝えると、そういうのは自分で買って渡した方が良いんじゃないか?と返されて、遙は、こいつ本当にいつもこういうとこの空気読めないんだからと思って苛ついた。

 「それでも良いけど。色々バタバタしてるうちに、崩れたり潰れたりしてたら嫌だから頼んでるの。一臣ならちゃんと持って帰ってくれるでしょ。文化祭テンションでハイになってるこいつらには任せらんないから。お願い。」

 そう少し強い口調で言って、一臣が、解ったと柔和に微笑み返してくるのを見て、遙は心の中で溜め息を吐いた。まったく、本当空気読めない奴いると面倒くさいなんて思っていると、お使いなら別々に行動する必要なくない?と浩太の声がして、遙はせっかく二人で回れるように気を遣ってやったのにお前何言ってるのと思った。

 「遙ちゃんが俺達に任せられないってい言っても、別に持って帰るのを真田さんに任せれば良いだけだし。別に急いでないから、遙ちゃんがリスト作るの待ってるよ。」

 そう呑気に続ける浩太を遙は睨み付けた。

 「え?何その顔。遙ちゃん。何か凄く怖いんだけど。俺、今なんか変なこと言った?」

 「別に。脳天気なお前見てたら何か苛ついただけ。勝手にすれば。」

 そう言って、心の中で本当俺はもう知らないからと付け加えて、遙は書き殴るようにリストを作るとそれを浩太に押しつけて、紗音にそろそろ戻るよと声を掛けて、自分達のブースに戻った。

 ブースに戻って、そこにいたクラスの女子達に、浩太のことをあれこれ聞かれ、中には紹介してくれないかなんてことも言われ、遙はただでさえ苛ついていたのに更に苛ついて、それらを全て一蹴した。

 「ハールちゃん。友達の方がモテてるからって、そんな苛ついちゃダメだよ。」

 「そんなんじゃない。」

 「今までハルちゃんの一人勝ちでライバルとかいなかったもんね。ハルちゃんの友達、ハルちゃんと違って人当たり良いし。見た目だけのハルちゃんと違って、そりゃ人気出るよね。」

 「うるさいな。だから、そんなんじゃないし。ってか、あいつ好きな奴いるから、あいつ狙ってもムリだからね。」

 「付き合ってる子がいるじゃなくて、好きな子がいるだけならまだチャンスはあるんじゃない?好きな子いても、別の相手からアプローチされてそっちに気が移るとかあるあるだし。」

 「あーあるあるだよね。中学の頃さ、そこそこ仲良かった男子がうちの友達のこと好きなんだけど協力してくれないとか言ってきて、色々手かしてたことあったんだけど。友達のこと散々良いよなって、好きって言ってたくせに、別の子から告白されてそっちと付き合ってたからね。本当、何それって思った。しかも、友達も結構その気になってきててさ、そいつが別の子と付き合い始めたって知ったらショック受けてて。まだ付き合ってたわけじゃないし、わたしも友達にそいつが友達のこと好きだって事は伝えてなくて。だから、結局友達の方が片想いで失恋したみたいな形になっちゃったんだけど。あっちもわたしのこと好きなのかなって感じしてたんだけどなとか言って泣いてる友達見たら、本当のことなんて言えなかったよね。あの時、本当、腹立った。まだ、告白して上手くいかなかったとかならともかく。散々人に惚気ておきながら、二の足踏んで告白できなかっただけのくせに。何もする前から手頃な方に転がってさ。男ってサイテーて思ったよ。」

 そう憤る女子を見て、遙はこいつの話し共感できるなと思った。もし浩太が、花月に告白する前に別の奴から告白されてそっちと付き合い始めたら。多分、絶交する。絶交しないにせよ、絶対しばらくは口聞いてやらない。そんなことを考えて、友達を想って憤る女子の姿になんだか鬱憤が晴れてきて、遙は少し気持ちが落ち着いた。

 「それは、酷いと思うけど。でも。男の子皆が皆そういうわけじゃないと思うよ。」

 思い出し苛々をして収まりが付かなくなっている女子を落ち着かせようとしているのか、オロオロしながらそんなことを言っている紗音に、そういうのはほっとけばおさまるから行くよと声を掛けて、遙は客寄せに歩き出した。

 客寄せのついでに他のクラスの出し物を覗いたりして歩く。

 「そういえばさ。あいつらは俺のことハルちゃんとか言ってくるのに、藤村はずっと柏木君のままだよね。なんで?」

 「え?いや。なんか。呼び方変えるのって、ちょっと気恥ずかしくない?」

 「なにそれ。意味分かんないんだけど。」

 「いや。やっぱ、あだ名とか下の名前で呼ぶのとかってさ。ちょっと、抵抗があるっていうか。なんていうか。」

 「はぁ?それこそ意味分からないんだけど。あいつらのことはあだ名とかで呼んでるじゃん。それに、俺よりずっと付き合い短い花月や浩太のことは下の名前で呼んでるくせに。何で俺だけよそよそしいままなの。何?実は俺のことまだ怖いとか思って距離とってるわけ?結構垣根なく話せるようになって、それなりに仲良くなれたと思ってたのに。そう思ってたの俺だけなの。」

 「そんなことは・・・。」

 「何?そうじゃないって言うなら、どうして俺だけまだ微妙に距離とってんの?」

 「それは。いや。なんて言うか。ほら、花月ちゃんは、皆が下の名前で呼んでたから、ノリというか何というか。浩太君は、最初に浩太で良いよって言われたからで。皆のことは女の子同士のノリというか。なんていうか。色々、柏木君とは違うんだよ。柏木君の事はずっと柏木君って呼んできたし、改めて変えるってなるとちょっと、さ。それに、ハルちゃんって呼ばれるの嫌がってたし、皆のノリに乗って呼び辛かったと言うか、なんというか。」

 「何それ。変なとこ図太くなったくせに、そんなこと気にしてたの?バカみたい。」

 「バカみたいって。なにそれ。相手が嫌がってることするのは抵抗があるの、当たり前でしょ。」

 「あっそ。じゃあ、遙って呼びなよ。たいして仲良くしてるつもりがないあいつらにハルちゃんって呼ばれてるのに、お前にいつまでも柏木君って呼ばれるの、なんか癪だから。俺がそう呼べって言ってるんだから良いでしょ。」

 そう言うと紗音が固まって、えっと、その、としどろもどろになって、遙は溜め息を吐いた。

 「何?名前で呼ぶのってそんな抵抗ある事なの?本当、意味分かんない。そんなに呼びたくないなら良いよ。」

 そう言うと紗音がまたオロオロして、そして俯いて蚊の鳴くような小さな声で遙君と呟いて、遙はその様子が可笑しくて小さく笑った。

 「笑わないでよ。」

 そう真っ赤な顔で怒ってくる姿がまた可笑しくて、遙は思わずクスクス声を立てて笑った。

 「だから、笑わないでよ。」

 「だって、名前呼ぶだけで。お前、可笑しいでしょ。」

 そう言うと紗音がちょっとムッとした顔をして恨めしそうに睨んできて、遙は何?何か文句あるの?と訊いた。

 「色々言ってたけど。そんなこと言って、そっちだってわたしのことずっと藤村のままのくせに。」

 俯いた紗音が放ったその呟きを聞いて、遙はそれもそうかと思って、紗音と声を掛けた。そうすると、紗音が驚いたように顔を上げて、目が合って、彼女の顔がみるみる赤みを増していって。

 「何、その顔。」

 そう言うと紗音がしどろもどろになって、急に名前呼ぶからビックリしたんだよ等と、言い返してきて、遙は彼女から視線を逸らし意味解らないと呟いた。紗音の反応に何故かモヤモヤする。もしかしてこいつ俺に気があるの?とか思うと少し胸が苦しくなってちょっと嫌な気持がする。こいつとなら友達になれると思ってたのに。学校にも、垣根なく接せられる気心が知れた相手ができたと思ってたのに。結局、距離が近くなればこうなるの。友達にはなれないの。どうしてすぐ女って恋愛とか絡めてくんの。バカみたい。そんなことを考えて、文化祭の準備で有志の面々と作業していたときに女生徒の一人から言われた事を思い出して、こんなことを考えてしまう自分は本当に自分勝手だななんて考えて、遙は辛くなった。こいつに声を掛けたのは俺で。こいつと距離を縮めたのは俺で。こいつは最初から俺と付き合いたいとか思って近づいてきた訳でもないのに。好意を向けられてるかもと思ったらいきなり面倒くさいとか思うとか。本当、俺ってどうしようもない。そう思う。こいつのことは嫌いじゃない。こいつとは良い友達になれるかもって期待したぐらい。だから、もしそうなら、ちゃんとこいつの気持ちとは向き合ってやらないと。こいつが俺をどう思ってようと、俺は、こいつのことちゃんと友達として大切にしたいから。そうも思う。

 「やっぱ、名前呼びとかいいよ。俺も、お前の事これからも藤村って呼ぶから。」

 そう言って、え?と自分に視線を向ける紗音に遙はいたずらっぽい笑顔を向けた。

 「だって、俺学校で名前呼びしてる奴とかいないし。お前だけ名前呼びして、俺とペア組んだ時みたいにまた変な奴等に囲まれたら面倒くさいでしょ?」

 そう言って、遙は、ほら真面目に客寄せするよと言って、看板を持ち直した。あ、うん。とか言いながら後を付いてくる紗音の存在を感じて、遙は、こいつが俺に気があるとか俺の勘違いで、ずっとこのままの距離でいられたら良いのになと思った。


 「ハルちゃん。打ち上げしようよ、打ち上げ。」

 文化祭最終日。閉会宣言も終わり、片付けも落ち着いて、だいたいの生徒が下校した頃。有志の面々に捕まって、そんなことを言われて、遙は面倒くさいと答えた。

 「ハルちゃん、ノリ悪い。せっかく終わったんだしやろうよ、ここまで一丸となって頑張った有志の打ち上げ。うちら頑張ったんだしさ。成功したし。楽しかったし。ここは最後にパーッとね。」

 「はぁ?意味分かんない。そもそも俺、有志参加してないし。お前等だけでやりなよ。」

 「何言ってるの。ハルちゃんも有志の仲間だよ。有志参加してない人で手伝ってくれたのハルちゃんだけだよ?有志に手を上げてなかっただけで、ハルちゃんは立派な有志諸君です。」

 「そうだよ。それに、ハルちゃんがいなかったらここまでの物はできなかったし。この成功はハルちゃんなくしてありえないんだから。ね?スズっち。」

 「うん。わたしも、そう思う。だから、良かったら一緒に打ち上げやらない?」

 そう、女生徒に背中を押された紗音が言って、ほら皆こう言ってるんだしと促されて、遙は溜め息を吐いた。

 「はいはい。行けば良いんでしょ、行けば。で?打ち上げって何するの?」

 「カラオケとか?」

 「却下。」

 「えー。良いじゃん、カラオケ。何?ハルちゃんって実は音痴なの?」

 「音痴じゃないけど。なんでお前等とカラオケ行かなきゃいけないの。うるさそうだし。まぁ、何処行ってもお前等うるさそうだけど。」

 「うわっ。その言い方ひどっ。」

 「うるさいって言うなら、カラオケ良いじゃん。カラオケならうるさくしても周りに迷惑にならないし。」

 「なんでそんなにカラオケが良いの。本当、意味分かんない。お前等が全員プロ並みに上手いっていうなら付き合ってあげてもいいけど。そうじゃないなら嫌だから。俺、カラオケ苦手なんだよ。自分が歌うのも好きじゃないけど、たいして上手くもない歌聞き続けるのも苦痛でしかないから。頭痛とかしてくるし。」

 「わたしもあまりカラオケ得意な方じゃないから言ってる意味は解らなくはないけど。そう言う言い方しなくて良くない?ハルちゃんって、本当、余計な言葉が多いよね。」

 「ああいうのはノリを楽しむ物なんだから。別に上手くなくてもいいんです。そんなんだからハルちゃん友達少ないんだよ。」

 「余計なお世話。ってか、お前等こそ余計な言葉多いと思うんだけど。」

 「それはハルちゃん相手だからです。ハルちゃんがそんな態度だから、こっちもこういう態度なんだよ。」

 「なにそれ。じゃあ、俺の事なんて誘わずにお前等だけで楽しんでくれば良いでしょ。」

 「あ、ふて腐れた。ハルちゃんのそういうとこカワイイよね。別に、皆ハルちゃんのこと嫌いって言ってるわけきゃないんだからさ。むしろ楽しんでるから。機嫌直しなよ。」

 「それ、フォローしてるつもり?喧嘩売られてるようにしか聞こえないんだけど。」

 「売ってない、売ってない。」

 「えっと。じゃあ、柏木君はどこならいいの?」

そう訊かれて、遙は少し考えて、ファミレスぐらいなら付き合ってあげると答えた。それを聞いた面々が、ブーブー文句を言っていたものの最後にはファミレスで打ち上げで落ち着いて、遙は湊人に電話をかけた。文化祭の打ち上げに行くことになったから夕食はいらない旨と遅くなる旨を伝えると、驚いたような声を上げられて、俺ってどんな奴だと思われてるのと思ってちょっと苛つく。そして、あまり遅くならないように気をつけろだとかなんとか心配するような言葉が続いて、本当過保護なんだからなんて思いながら少しうんざりした口調で解ってるからと返す。最後に、楽しんでくるっすよとスマホ越しに湊人の優しい声が響いて、遙は小さく笑って解ったと返して通話を切った。

 「何?ハルちゃん、にやけちゃって。あやしー。」

 「怪しいって何?ってか、まずにやけてないし。」

 「電話の相手、文化祭に遊びに来てたあの女の子とか?すっごい綺麗な子だったよね。あの子も一緒に住んでるんでしょ?なに?彼女いないとか言っといて本当はあの子と良い感じだったりするの?」

 「そんなわけないでしょ。そんなことを嘘吐く意味が解らないし。それにあいつには相手がいるから。俺とあいつが良い感じになるとかありえないから。」

 「そうなんだ。じゃあ、管理人さんとか?優しい落ち着いた感じのお姉さんなんでしょ?」

 「なにそれ。それ、藤村のイメージ?俺、あの人に落ち着いたお姉さんのイメージとかないんだけど。」

 「そんなこと言って。実は一緒に暮らしてる大人のお姉さんにドキドキとかしちゃったりとかあるんじゃないの?」

 「それこそありえない。管理人さんにときめくとか本当ありえないから。藤村は客だから、まだあの人、藤村の前じゃちゃんとしてるけど。あの人、ものぐさだし、だらしないし。本当、俺らの前じゃ気抜きすぎでどん引きするレベルだから。俺、節制できない奴とかありえないから。」

 「へー。じゃあ、ハルちゃんってどういう人がタイプなの?」

 「何、急に。どうしてそんなこと教えなきゃいけないの。」

 「ハルちゃん、見た目だけは良いし。やっぱ相手もハルちゃんと釣り合うぐらい見た目良くないとダメとか?」

 「あー。ハルちゃん。ナルシストっぽいもんね。」

 「あー。解る。完璧主義っぽいって言うか。自分自身にも妥協しなさそうだけど、相手に求めるレベルも凄く高そう。美人でスタイルも良くて頭も良くて、バリバリ仕事もするけど家のこともきっちりして、みたいな。完璧女子じゃないとダメそう。」

 「解る。でも、ハルちゃん、案外面倒見良いし。意外とちょっと抜けてるタイプの方がいいかもよ。ついつい世話焼いてるうちにほっとけなくなって、みたいな。」

 「ちょっと。勝手に人を題材に変な妄想しないでよね。まったく。お前等、好き勝手言いやがって。俺、そんなんじゃないから。」

 「じゃあ、実際はどんなんなの?」

 「どんなんって。見た目は正直どうでもいい。あんまり不潔なのとかは嫌だけど。自分の気持ちに正直で、目標に向かって真っ直ぐ努力できる奴は良いなって思う。全身全霊で頑張れる奴は尊敬するし、それを全力で楽しめる奴には憧れもする。俺自身そう在りたいから。そう在ろうとする奴のことも好感が持てるし、応援したいと思う。まぁ、好感が持てるってだけで、好きになるって訳じゃないけど。そんな感じ?」

 「あー。それで、ハルちゃん。スズちゃんが文化祭の出し物について提案出したとき、スズちゃんの肩持ったんだ。」

 「スズっち頑張ったもんね。本当、凄かった。文化祭、スズっちの提案がなければこうはならなかったし。スズっちが妥協しないで、わたし達と張り合わなければ、ここまでのことはできなかったもんね。」

 「ねーねー。ハルちゃん。スズっちみたいなのはどうなの?どう思う?」

 「どうって。まぁ、一緒に組んだばっかの頃の藤村みたいなのはあまり好きじゃないけど、今の藤村みたいなのは嫌いじゃないよ。文化祭課題一緒に組んでみて、俺にはない感性持ってて結構刺激も受けることも多かったし。文化祭終わったからって努力もお終いにしなければ、俺の良いライバルになってくれそうだよね。これからの藤村にはちょっと期待して、楽しみにしてる。」

 「なにそれ。なんか、それ違くない?」

 「何が?」

 「あー。ほら。ずっとここでしゃべってたら、打ち上げできなくなっちゃうよ。さぁ、行こう。ファミレスだよね。どこのファミレスにしようか?」

 そう紗音が会話を打ち切って、まだ何か言いたげな女生徒を引っ張って、ほら行こうと促して、一行は打ち上げに向かった。

 歩きながら皆で話し、皆の家の中間だと思われる駅まで移動して適当なファミレスに入って、打ち上げを始める。ワイワイ姦しく話す女子達を見て、本当こいつらうるさいとか遙は思った。ちょこちょこ話しを振られ、面倒くさいなとも思う。どうして俺はここにいるんだろう。どうしてこいつらと一緒に打ち上げなんか。そんなことを考えて、こうやって自分が後ろ向きに思うのは、この集まりの後ろ側にあるモノが丸見えだからだよななんて思う。こいつらはうるさい。こいつらといるのは本当に面倒くさい。でも、この姦しい中に入って文化祭の準備をするのは嫌じゃなかった。女が姦しいのは姉さん達で慣れてるし、別に苦じゃなかった。正直、楽しかった。本当にその状況を楽しんでいる自分がいた。だから、これが本当にただの打ち上げだったら。普通になんの策略もないただの打ち上げだったなら、きっと、俺は誘われたことを喜んで心からコレを楽しんでいた。そんなことを考えて、遙は自分のことを本当にバカみたいだと思った。あの時は大変だったよねとか、こんなことがあったよねとか、文化祭の準備から本番にかけての思い出話に花を咲かせて盛り上がっている女子達を見て、打算はあるのかもしれないけど、こいつらだって本当に打ち上げがしたいって思ってる部分もあるのにさ。きっと、俺を誘ったのも打算だけじゃなくて、本当に一緒に頑張った仲間として一緒にお疲れ様会をしたいって、そう言う気持もあるはずなのに。なのに、俺は。本当、バカみたい。そんなことを考えて、楽しんでくるっすよと言った湊人の声が脳裏に蘇って、遙はそうだよね、楽しまないとねと思って笑った。

 「なに、ハルちゃん。急に笑ったりして。何か良いことでも思いだした?」

 「別に。ただ、お前等と作業するの楽しかったなって。今年の文化祭は、今までの学生生活で一番楽しかったかも。来年もこういうのできたら良いよね。」

 そう返すと、皆が驚いたような顔をしてまじまじと自分を見てきて、遙は不機嫌そうに何その顔と呟いた。

 「ハルちゃんがデレた。」

 「うわっ。超レアだ。今の録音しとけば良かった。」

 「いや、録音より動画でしょ。貴重すぎでしょ。何、今の顔。ハルちゃん、そんな顔もするんだ。今の超萌えた。」

 口々にそんなことを言われて遙は更に不機嫌そうに眉根を寄せて顔を顰めた。

 「ほら、そんなヘソ曲げないでよ。」

 「そうだよ、ハルちゃん。ハルちゃんがデレて超嬉しいから。」

 「お前等のそういうとこ本当嫌い。」

 「ほら、ハルちゃん。デザート奢ってあげるから機嫌直してよ。」

 「俺、別に甘い物そんなに好きじゃないし。」

 「そんなこと言わずに、ほら、どれがいい?」

 「だから、いらないから。そんなんで俺の機嫌はとれないから。まったく。人が素直に物言えば、お前等さ。もう、絶対言わない。お前等の前じゃ絶対楽しかったとか言わないから。」

 「本当、ハルちゃんってそういうとこ子供っぽいよね。」

 「本当、素直になれば良いのに。」

 「うるさいな。そういうこと言われるの本当、嫌。」

 「まぁまぁ。そんなに怒らないでよ。柏木君が楽しかったって言ってくれて嬉しかったんだよ。来年もこういうのできた良いよねって言ってくれたのも。本当に来年もまたやろうよ。」

 「そうだよ。ハルちゃん。ハルちゃんが言ったんだし、来年も皆でこういうのやろう。」

 「そうだよ。またこのメンバーでさ。今年以上のもっと凄いのをさ。」

 「来年は今年よりもっと楽しくなるようなのしたいね。それこそ、ハルちゃんの学生生活最高に楽しい思い出を更新しちゃうようなやつにしちゃおうよ。」

 「あ、いいねそれ。」

 「ハルちゃんは、来年はどんなことしたい?もう今から考えちゃおう。」

 「なにそれ。まだ来年の文化祭課題がどんなのになるのか解らないのに、何言ってるの。バカじゃないの。」

 「いいじゃん考えるの。まだ何も決まってないからこそ色々考えられるんじゃん。考えるのはタダだよ。こんな事したいなとか、こんなことできたら楽しいなとか色々妄想して膨らませてくと、本当にワクワクしてきて楽しいよ。」

 「なにそれ。本当、意味分からない。」

 そう言って、遙は笑った。そして、ホッとした様な顔で笑い返してくる紗音を見て、少しだけ後ろめたいような気持ちがして苦しくなった。でも、まだ全くどうなるか解らない来年の文化祭についての妄想話に皆で花を咲かせて。笑い合いながら言い合いをして。遙はその時間を楽しんだ。この時間が楽しい。楽しいと思うから、どうかこのまま。こいつらとこのまま、本当に来年もこうやって楽しめる関係性のままでいたいと思う。だから藤村。お願いだから。お前のその気持ち、口に出さないまま、形にしないまま。このままでいてくれないかな。そんなことを考えて、紗音から視線を逸らしてそのことを考えないようにして、遙は今はただこの時を楽しむことだけを考えるように努めた。

 打ち上げが終わり、帰る方向が違う他の面々と別れて紗音と二人肩を並べて歩きながら、遙はこの沈黙重いなとか考えていた。そわそわした空気が伝わってきて苦しくなる。それを感じて、お願いだから何も言わないで欲しいなんて思っている自分がどんどん強くなってきて嫌になる。彼女に何も言わせないようにするために話す言葉も思いつかず、帰り道が同じ方向の彼女を送らずに置いてけぼりして帰る事もできず、遙は、早くこいつの家に着かないかななんて考えていた。

 「あのさ。柏木君。」

 そう紗音が口を開いて、ドキリとする。

 「何?」

 「わたし、柏木君に及第点もらえるくらいには頑張れたかな?」

 そう言われて、何それと思いつつ、ホッとしている自分がいて複雑な気持になる。

 「何、お前。俺に怒られるのが怖くて頑張ってたわけ?」

 「そうじゃないけど。なんていうか・・・。」

 「お前自身どう思ってるの?やりきったって満足できてるの?それとも何かやり残したことがあって、満足し切れてないの?」

 「わたしは。満足してる。本当に充実した文化祭だったって。後になって、あそこもっとこうしとけばよかったなとか。そういうのは出てきたりはしたけど。でも、今のわたしの目一杯頑張って、全力を出し切って、本当にやりきったって思えるような物ができたよ。本当に、楽しかった。楽しくて、本当に、来年はも今年の反省を生かしてもっと良くしたいって思った。」

 「なら、充分でしょ。人の評価なんて気にしないで、そのまんま続けなよ。」

 「それは、そうなんだけど・・・。」

 「何?なんかあるの?」

 「いや。なんていうか・・・。」

 「だから何?ハッキリ言いなよ」

 「やっぱ、柏木君には評価してもらいたいなって。なんだろう。ちゃんと見てくれない人の評価は気にしたくないけど。柏木君は、ちゃんと見てくれる人だから。認められたいって言うか、なんていうか。いや、ダメならダメってハッキリ言ってくれて良いんだけど。励みにしたいというか、糧にしたいというか。」

そうしどろもどろに言う紗音を見て、遙は呆れたように何それと呟いた。

 「俺の評価は打ち上げで言った通りだよ。まぁ、細かいところは色々あるけど、実際だいぶ手も出したし。でも、文句なし。よくやったなって思う。正直、お前のバイタリティ凄いなって思ったし、アレだけの物を描き出す想像力も、それを実現させてみせたことも凄いなって思う。俺にはあんなことできないから。あんな風に会場を作りあげることなんて。だから、お前のその能力には正直嫉妬するし、負けたくないって思う。俺も負けてられないって、そう思った。お前との作業は刺激があって、張り合いもあって、凄く楽しかったよ。」

 そう伝えると、紗音が良かったと言って本当に心底嬉しそうに笑って、遙はモヤモヤした。

 「あのさ、柏木君。」

 そう言う紗音の声が少し強張り緊張しているのが伝わってきて、遙は身構えた。

 「わたし。柏木君の事がさ。好きなんだ。」

 そう意を決した様に紗音が言葉を発して、遙は、やっぱりそうきたかと思って、視線を落とした。

 「ごめん。俺、好きな奴いるから。藤村の気持ちには応えられない。」

 そう返して、そっかと答えた紗音の声が震えているのが解って、遙は苦しくなった。

 「あのさ。もしかしてだけど。わたしが告白するって気が付いてた?」

 「まぁ。あれだけあいつらにあからさまに色々されたら、余程鈍感な奴でもない限り気付くでしょ。」

 「やっぱりか。そうだと思った。それに、柏木君、わたしのことどう思うか訊かれたとき、あからさまに話しをすり替えてたから、ダメだとは思ってたんだ。」

 そう言って空元気に笑う紗音を見て遙はなんとも言えない気持ちになった。

 「何、お前。ダメだって解ってて告白してきたの?」

 「うん。皆はイケるんじゃないとか言ってたけど、ダメだと思ってた。なんて言うか、本当はもっと前からダメだとは思ってたんだ。柏木君、わたしの気持ち気が付いてたよね?それで、距離とってたでしょ?」

 「何だ。お前それに気付いてたんだ。まぁ、確信はなかったけど。そんな気はしてた。それで、ちょっと面倒くさいなって思ってた。」

 「そういうとこ言っちゃうあたりが柏木君だよね。わたしの気持が面倒くさいとか、結構傷つくんだけどそれ。」

 「ごめん。」

 「謝らなくて良いよ。実際、好きでもない人から好意寄せられたって困るって言うか、面倒くさいと思うのしょうがないって思うし。柏木君こういうの嫌いだし、嫌な思いさせたよね。ダメだって解ってたし、柏木君がこういうの嫌だって知ってたのに、わたしの方こそ、ごめんね。」

 そうなんとも言えない微妙な顔で笑って言う紗音の言葉を聞いて、遙は思わず、違う、そうじゃなくて、と叫んでいた。

 「面倒くさいと思ったのは。お前の気持ちが嫌だったとかじゃなくて。俺は、お前と友達になりたかったから。お前となら良い友達になれるんじゃないかって思ってたからだから。俺は、お前と一緒に課題やって、本当に楽しかったよ。本当に刺激になったし、お前に影響受けたことも沢山あった。色々言い合いしながら、お互いに納得できる物を作りあげられて、嬉しかった。そんな時間をこれからも続けたいって思ってたんだ、本当に。でも、お前が俺のこと好きかもって思ったら、それじゃ友達でいられないじゃんって思って。本当にそうなら俺はそれに応えられないから。だから、お前から気持ちを伝えられたら、断るしかなくて。でもそしたら、もう今の関係ではいられないなって、それが嫌で。だから、お前が俺のこと好きかもなんて、そんなの俺の勘違いならいいのにって。勘違いじゃなくても、お前が告白なんかしてこなければいいのにって、そんなこと考えて。本当、面倒くさい。異性同士の付き合いって、本当に面倒くさい。面倒くさいから、本当に嫌だ。友達でいたい奴と友達でい続けるには、性別が違うって本当に面倒くさい。距離が近くなれば互いに、どっちかがどっちかを意識し始める可能性ががあって、そうなってそれが一方通行なら、その先はもう。こん風になるなら、俺、女に生まれてくれば良かった。そしたら、こんな思いしなくて良かったのに。」

 そんなことを吐き出して、遙は泣きたくなった。俺が男だから、花月と友達でい続けることが苦しい。俺が男だから、藤村と友達でいられないことが苦しい。俺が苦しいのは全部、俺が男だから。女になりたいわけじゃない。でも、自分が女だったらこんな思いはしないで済んだ。そんなことを考えて、遙は胸が締め付けられて苦しくなった。

 「柏木君。えっと、ちょっと落ち着こう。えっと、あ。あそこに自販機あるから、何か買って飲も。」

 そうオロオロする紗音に促されて、遙は自販機に向かった。飲み物を買って、縁石に腰を掛けて缶を開ける。

 「柏木君ってさ。なんて言うか、不器用だよね。」

 そう紗音が呟いて小さく笑った。

 「ありがとう。なんて言うか。ちゃんと言ってくれて。なんだろう。柏木君の気持が凄く伝わってきてさ、嬉しかった。どうしてもダメなんだなって言うのは、余計実感して、それはちょっと辛いけど。でも、なんて言うか。うん。やっぱ嬉しかった。」

 「なにそれ。意味分からないんだけど。」

 「いや、実は。撃沈するにしても、もっとぼろくそ言われるかと覚悟してたんだ。わたしの好きになった気持も全否定されちゃうんじゃないかなって。それで、もう俺に近づいてくるなとか言われるんじゃないかとか、ちょっとハラハラもしてた。」

 「バカじゃないの。本当、よくそんなんで告白しようとか思ったよね。」

 「皆も背中押してたし。柏木君は、ちゃんと話せばちゃんと話しを聞いてくれる人だって信じてたから。言わないで、後悔したくなかったし。ダメでも、ちゃんと気持ちを伝えようって。そう思ったんだ。」

 そう言って、紗音は飲み物を一口口にして、言葉を紡いだ。

 「わたし。柏木君の不器用で優しいとこ好きだよ。子供っぽいところも。ハッキリ物を言うところも。見て見ぬふりができなくて、意外とお節介なところとか。言葉は素直じゃないけど、思ってることがすぐ顔に出るとことか。真面目で、何でも真剣に考えるとことか。色々考えて思い詰めちゃうとこも、意外と弱いところあるんだなって、そんなところも・・・。好きなところ、言い出したらきりがないくらい。いつの間にか好きになってたんだ。最初は怖いって思ってたのに、柏木君の優しさに気が付いて、柏木君の頼もしさに安心して、それで。気が付いたら、柏木君の事が怖くなくなってて。柏木君の知らなかった一面を知る度に、こういうとこも好きだなって。真剣に作業してる柏木君見て、やっぱ柏木君って綺麗な顔してるなとか思って見とれちゃったりして、それで手が止まってるの気付かれたら怒られるって慌てて気を引き締めたりして。もう、バカみたいだよね。完全に、恋は盲目状態だよ。柏木君の全部が良く見えちゃうんだもん。どうしようもないくらいにさ。ドキドキが止まらなくて。でも、そんなんで集中できなくて雑な物なんて作ったら、柏木君に何言われるか解んないって。ちゃんとやらなきゃすぐバレて、柏木君は本気で怒るって思ってたから。柏木君の目はごまかせないから、柏木君がちゃんと認めてくれる物が作れたら、わたしはちゃんと頑張れたって事だって、全力でできたってことだって、思ったんだ。それで、柏木君に認めてもらえるものが作れたなら、ようやくわたしも柏木君と同じとこに立てるかなって。恥ずかしくない自分で、胸を張って告白できるかなって。そんなこと思っちゃったりして。バカみたいなんだけど。」

 そう言って、紗音はまた飲み物を口にして、本当に性別が違うって面倒くさいねと言って困ったような顔で笑った。

 「なんかさ。覚悟してたとはいえ、断られたときはショックだったし。好きな子がいるって言うのも本当にビックリして、なんかショックだったけど。それで、それごまかそうとしてなんか色々言っちゃったけど。柏木君の本音が聞けて、苦しいのは自分だけじゃないんだって。柏木君はわたしの気持に気が付いてて、それで凄く考えて、凄く悩んで、そのうえで答えをくれたんだって、そう思ったら、何か吹っ切れた。それだけ真剣に考えてくれてたって言うのが嬉しかった。いや、ショックだけど。本当、辛いけど。でも、本当にスッキリした。だから、明日から、わたしはちゃんとできるよ。恋人にはなれなかったし、友達としては居づらいけど。でも、柏木君のライバルになれるようにわたし頑張る。追いついて、追い越してみせるから。だから、これからもクラスメイトとして、競い合っていこう。」

 そう言われて、遙は視線を落として飲み物を口にした。

 「藤村ってさ。本当、バカじゃないの。でも、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいかも。成績最下位のくせに言ってくれるじゃん。俺も努力続けるし、そうそうお前に追いつかれたりしないから。本気で俺と張り合う気なら死ぬ気で頑張れば?」

 「言ったな。見てなよ。すぐ追いついて、ぎゃふんと言わせてやるから。」

 「なにそれ。お前、言葉のチョイス古くない?でも、まぁ、楽しみにしてる。」

 そんなことをぎこちなく言い合って、どこかよそよそしく笑い合って、二人で溜め息を吐いた。

 「柏木君。わたし、柏木君が好きな子と上手くいくように応援してる。」

 「別に応援しなくて良いよ。告白するつもりないし。」

 「え?なんで?相手の子彼氏でもいるの?」

 「いや。付き合ってる相手はいないけど、でも、そいつ好きな奴がいてさ。その好きな奴っていうのが、本当、良い奴で。それに、端から見てて本当にお似合いだなって思うから。だから俺は絶対告白しない。俺があいつのこと好きだって事も気付かれたくないから、この気持ちは隠し通して、そのうちちゃんと諦めるつもり。成就させるつもりがない片想いでお前の事フって悪いとは思うけど。でも、ちゃんと諦め切れるまでは次に踏み出せないから。中途半端な気持ちで次には行きたくないから。ごめん。」

 「あ、うん。なんて言うか、柏木君って本当、真面目って言うか不器用だね。さっき言ってた異性同士の付き合いが面倒くさいって、その子のことも含むなんだ。なんか、大変だね。なんて言うか、大変だね。」

 「なんで大変だって、それ二回繰り返すの。意味分かんないんだけど。まったく、他人事だと思ってさ。ってか、このこと知ってるのお前だけだから、誰にも話さないでよ。お前に話したのは、お前の気持ちに誠意を見せるにはちゃんと本当のこと言うべきだと思ったからだから。」

 「解ったよ。誰にも言わないよ。そんなに念を押さなくても誰にも言わないから。」

 そんなことを言い合って、紗音が何かいつもの調子に戻ってきたねと言って笑う。

 「そろそろ帰ろっか。あまり遅くなると、遅くならないように気をつけろって言っといたのにって、片岡さんが心配して探しに来ちゃうかもよ。」

 「あいつ、今バイトの時間だから、俺が帰ってないって気付かれるのまだかかるし。そもそも、探しに出る前に、今どこにいるって電話がかかってくるのが先。ってか、お前、俺が誰と電話してたか知ってたのかよ。」

 「いや。声が漏れてたし。皆、相手が男の人だって解ってたよ。」

 「まったく、解ってて、ああいう話振るのに利用するとか。本当、女子って面倒くさい。」

 そう言って、遙は飲み物の残りを一気に飲み干して、ゴミ箱に捨てた。

 「ほら。お前もさっさと飲んで行くよ。お前こそ女子なんだから。あまり遅くなると親が心配するでしょ。」

 「あ、うん。すぐ、飲む。」

 そんなことを言って、一気飲みしようとして噎せ返る紗音を見て、遙はどんだけ慌ててんのと呆れたように呟いた。そんなやりとりをして、そんなやりとりを普通にできている自分達を認識して。遙は、もう大丈夫と思った。心のしこりは残るかもしれないけど。でも、きっと明日からちゃんとクラスメイトとして接せられる。恋人でも友達でもなくても、同じ教室で切磋琢磨する良いライバルにならきっとこれからなれる。そうなれたら良いと思う。そういう関係でいられたら・・・。そう思って、遙は紗音を促して、夜の道を並んで帰路についた。


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