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サクラハイム物語2  作者: さき太
1/8

二年目の春

 「花月(かづき)。今日はいつにもましてご機嫌っすね。なんか良いことあったっすか?」

 そう片岡(かたおか)湊人(みなと)に声を掛けられて、篠宮(しのみや)花月(かづき)は首を横に振った。

 「何もないけど。今日はお花見だから。」

 そう心底お花見を楽しみにしている様子で笑いながら答える花月に、真田(さなだ)一臣(かずおみ)が、花見はお前の一大イベントだもんなと言って微笑みかけた。

 「うん。わたしの中でお花見=わたしの誕生会だから。今日は違うって解ってるけど、それでも嬉しくて。」

 そう言ってどこか恥ずかしそうに笑う花月を見て、湊人がそういうことっすかと納得したように呟いた。

 「お前、自分の誕生日知らなくて、桜が満開になったら一つ年をとるってずっと思ってたんすもんね。そんでもって、ばーちゃんがご馳走作ってくれてお花見しながら誕生日を祝うのが恒例行事だったっんすから、そう思うのもしかたがないっすよね。」

 そんな湊人の言葉を受けて、花月は目を細め遠くを見た。

 「昔のわたしにとって、お花見は一番楽しいイベントだった。お婆ちゃんやお兄ちゃんと過ごしたあの時間は嘘じゃなかったって、わたし信じてる。血の繋がりはなくても、二人が本当はわたしのことをどう思ってたとしても、それでも二人はわたしの大切な家族だった。だから、二人と一緒に暮らしてたあの時間はわたしにとって、かけがえのない、大切な、家族の想い出だから。今もお花見はわたしにとって特別で大切なものなんだ。その大切な行事をこのサクラハイムで、一緒に暮らしてる大好きな皆とできるのが嬉しくて。わたしの誕生日会じゃないの解ってるけど、でも、それでもその特別な行事を皆でできるってそれが本当に嬉しくて、幸せで。凄く楽しみなの。」

 そう言って本当に幸せそうに笑う花月を見て、湊人も、それは良かったっすねと言って笑った。

 「今日は俺と真田でご馳走作るっすから、花月は調理じゃなくて他の皆と会場準備とかしてるっすよ。」

 そんな湊人の言葉に、花月は疑問符を浮かべ首を傾げた。

 「真田が、せっかくなら花見にお前の誕生日祝ってやりたいんだって。メインが花見からそれない程度になんかできないかって相談されて、それで今日は俺たち二人でお前の誕生会仕様のご馳走作ってやろうって話しになったっすよ。」

 湊人のその言葉を聞いて、驚いたように目を輝かせて花月が一臣を見上げて、一臣は少し照れたように笑った。

 「去年の暮れに始めて知った本当の誕生日より、お前にとって桜が満開になったらの方が誕生日って実感があると思ってな。」

 「確か、ちらし寿司と卵焼きが欠かせないんすよね?真田が、ちらし寿司の他に手鞠寿司も作るって言ってるっすから、お前のテンションが凄く上がるような、綺麗でかわいいのを沢山作ってくれるっすよ。期待して、会が始まるの楽しみにしとくといいっす。」

 「その他は片岡任せだけどな。誕生日ケーキは当日に焼いてやるから、何ケーキが良いか考えとけよ。」

 「つっても、俺は唐揚げと卵焼き、お吸い物くらいしか作るものないっすけどね。唐揚げも下ごしらえはしてあるからあと揚げるだけだし、たいした手間はかからないっす。一応、卵焼きの味付けは甘いのと甘くないの両方作るつもりっすけど、甘いの多めの方がいいっすか?花月は元々甘いの派みたいっすし。」

 「うーうん。湊人の卵焼き、甘くないのも美味しいから好き。始めて食べたときは、卵焼きは甘いものだと思ってたから吃驚したけど、大根おろしと出汁醤油のかかってるやつ、凄く美味しかった。甘いのも欲しいけど、あれも食べたいな。」

 「了解っす。じゃあ、甘くないのはだし巻きで大根おろしつけとっくっすね。にしても、俺のだし巻き卵は、花月のみたいにちゃんと出汁とって云々じゃなくて、溶き卵に顆粒出汁と塩砂糖溶いて焼いたのに、大根おろし乗っけて、めんつゆと醤油合わせたのかけただけっすけどね。なんか、和食系作るのが得意なお前にそんな風に褒められると、恐縮するっす。俺の作るナポリタンが店で食べるのより好きとか、オムライスも真田が作るレストランで出てきそうなのより俺の適当な家庭的なのが好きだって言ったり。花月は、案外舌が貧乏性っすね。」

 「舌が貧乏性?良く解らないけど、わたし、湊人の作るご飯大好きだよ。いつも美味しいご飯作ってくれてありがとう。」

 「どういたしまして。」

 そんな二人のやりとりを見て、一臣が冗談っぽく笑いながら妬けるなと呟いた。

 「こう片岡に惨敗だと、闘争心に火かつくというかなんというか。それなりに腕には自信があるつもりでいたんだが、悔しいな。俺も片岡に負けないように料理の腕磨くか。」

 「一臣の料理もおいしいよ。一臣の作る料理はどれもお洒落で綺麗で、盛り付け見てるの楽しいし。一臣の料理だと、わたしアレが好き。パエリア。あと、ガレットとか。あとあれ、なんだっけ?パンの上に温泉卵みたいなのが乗ってるやつ。」

 「エッグベネディクトな。でも、お前、俺のは店より旨いとは言わないからな。俺も自分の趣味で見た目ばっか凝ったの作ってないで、もっと味付けとか工夫してみるか。花月、試食頼めるか?今度からお互いが昼にいるときは俺が昼食作るから。」

 「了解。」

 そんなやりとりをして、花月が二人にありがとうと微笑みかけた。

 「お花見にわたしのお祝いしようって考えてくれて、凄く嬉しい。二人とも、本当にありがとう。」

 「俺は真田に相談されてノッただけっすよ。礼なら全部真田にな。」

 「うーうん。湊人もありがとう。一臣から話し聞いて、それに賛成してくれた気持ちが嬉しい。」

 そう湊人に言って、花月は一臣に視線を移した。

 「一臣、ありがとう。わたしの話し覚えててくれて、それでこんなこと考えてくれて。凄く嬉しい。」

 そうはにかんで言って、花月はまた二人に向かってありがとうと言った。

 「「どういたしまして。」」

 「花月。これ。」

 そう一臣から、かわいくリボンの巻かれた小さな袋を渡されて、花月は疑問符を浮かべた。

 「俺からの誕生日プレゼントだ。」

 「え?今日は誕生日じゃないよ?」

 「本当の誕生日じゃなくて、お前が自分の誕生日だと思える日に渡したかったんだ。花月、誕生日おめでとう。」

 一臣がそう言って笑いかけ、花月はプレゼントを大切そうに胸に抱いて、本当に嬉しそうにありがとうと笑顔を返した。

 「開けてみて。」

 そう促されて袋を開けて、花月はうわーっと嬉しそうに声を上げ目を輝かせた。

 「最近は着てないけど、お前は和服のイメージ強いし、こういうのが似合うと思ってな。和装にも洋装にも合うようにとか、子供っぽくならないようにとか考えながら、つまみ細工で髪飾りを作ってみた。一応、自信作だ。」

 「これ、一臣が作ったの?凄い。一臣って器用だね。これ、大切にするね。ありがとう。」

 そう言う花月の手から髪飾りをとって、一臣は彼女の髪を手で梳いてそこに飾った。

 「思った通り、よく似合ってる。綺麗だ。」

 そう言って一臣は花月に笑いかけ、そしてその笑顔をいたずらっぽいものに変えた。

 「いつもより少しお洒落したことだし、これでお前が今日の主役な。皆には内緒で、今日の花見はこっそりお前の誕生会だ。」

 「こっそり誕生会。わたしと一臣と湊人の三人で。ありがとう。」

 「へ?俺もその中に入ってるっすか?俺はなにも用意してないっすよ。」

 「卵焼き。誕生日のお祝いの作ってくれるって。」

 「あぁ。じゃあ、腕によりを掛けて作らないとっすね。二種類しか作らない予定だったっすけど、こうなったら色々具入れて、色んな彩りのやつ作ってちょっとお祝いっぽくしますか。」

 「ありがとう。楽しみにしてるね。」

 そう笑顔で言って、じゃあ皆の所行ってくるねと去って行く花月を見送って、湊人が一臣に視線を向けた。

 「真田。お前、なんていうか、やることがエロい。ってか、よく人前であんなことできるっすね。人前じゃなくても俺はできる気しないっすけど。」

 「あいつ、俺のこと全く意識してないからな。あれくらいすれば多少はなんか反応するかと思ったんだが。全然だったな。」

 「まったく。プレゼント渡す予定だっていうのは聞いてたっすけど、あんなことやるとは思わなかったっすよ。なんすかアレ?耳元で開けてみてとか声かけたり、髪梳いて髪飾り付けて、あまつさえ似合ってるだの綺麗だの。好きな子相手にさらっとあんなこと。俺には絶対ムリっす。なんていうか、お前はそういう経験が豊富そうっすよね。」

 「そうか?そうでもないと思うが。そういうお前はどうなんだ?」

 「彼女いない歴=年齢の男に経験値聞いてもしょうがないっしょ。」

 「片岡が彼女いたことないとか意外だな。本当に全くないのか?」

 「マジでガチっすよ。正直、恋愛どころじゃなかったというか。中学の時に母さんが倒れて、そっからは色々大変だったっすから。」

 「つまり、お前の場合は彼女作る余裕がなかったってことか。」

 「そうなるんすかね。俺が高校生になる頃には暖人(はると)結奈(ゆいな)も落ち着いてたし、俺も家事にも慣れて、学校との両立もうまい具合にできるようになって。バイト始めたばっかの頃は色々あったっすけど、それでも、全く余裕がなかったわけじゃないと思うっす。俺自身、普通に彼女欲しいなとか思ってたし。ちょっとバカなバイトしてたときは、好きな子とこういうことできたら楽しいんだろうなとか考えてたりしたっすよ。それに、今までいいなって思う相手が全くいなかったわけじゃないし、告白されたことがない訳でもないっすから、きかっけがなかった訳でもないっす。でも、付き合ったところで結局、彼女にかける時間も金もあまりないし、俺は彼女より家族を優先させるだろうし、辛い思いさせるだけだろうからなって、全部諦めてきたっす。それで、彼女いない歴=年齢を続けてるっすよ。」

 「で、そんな調子で管理人さんの事も諦めるのか?」

 そう問われて、湊人はなんでそこで管理人さんが出てくるっすかと焦ったように返した。

 「なんでって、片岡は管理人さんの事が好きだろ。」

 そう断言されて、湊人は顔が熱くなって言葉につまった。

 「違うのか?」

 「いや、違わないっすけど。」

 そう言って、湊人は視線を落とした。

 「そうっすね。好きっすよ。俺は管理人さんが好きっす。去年色々あって、自分の独り善がり自覚して、家族とも話し合って、一人で突っ走るのもムリするのもやめて。人に比べたら全然っすけど、前に比べたらずっと、今は時間にも金にも余裕はあるっす。普段から金のかかることはできないけど、でも、デートする時間作ったり、記念日になにかちょっとしたもの贈るくらいの余裕は今はあるっす。だから、前ほど誰かと付き合うことに前向きになれないわけじゃないっす。それに、苦労させるかもしれないけど傍にいて欲しいって、俺と付き合ってくれたらなって、そんなわがまま考えちゃうくらい、俺は管理人さんが好きっすよ。」

 そう口元を綻ばせて自分の気持ちを確認するように言って、湊人はどこか諦めたように笑った。

 「でも、あの人は俺のこと、全然男として意識してないと思うっすから。(はるか)浩太(こうた)みたいに子供扱いされてる訳じゃないっすけど。でも、お前や三島(みしま)さん達への態度と自分への態度比べると、俺のことは、異性というより弟みたいな感覚でいるんじゃないかなって思うっす。それに、管理人さんは管理人さんっすから。あの人は仕事だからここに住んでるし、なにかあってもここに住んでなきゃいけないのに、意識もされてないのに、それでも自分の気持ち押しつける勇気は俺にはないっすよ。」

 「そうか。じゃあ、俺と同じだな。」

 「いやいや、同じじゃないっすよ。お前はアピールしてるっしょ。俺にはあんな風に自分をアピールするのも無理だから。」

 「アピールしたところで、あいつ、絶対、俺があいつのこと好きだって気付いてないけどな。バレンタインの時も、あいつがCM見て自分も作ってみたいって言うから、作り方教えながら皆に配るのを一緒に作って、それとは別にあいつにフォンダンショコラ作って、皆には内緒なって部屋に持ってったりもしたし。ホワイトデーには、お返しだって中にフルーツソースとかチョコとか入れたカラフルなマシュマロ作って渡して。あいつが、俺からもらったのにお返し用意してないって謝ってきたから、じゃあ気になってる店があるから付き合ってくれるかって、デートっぽいこともしたんだけどな。これだけやって相手に意識されない俺の方が、お前よりよっぽど絶望的な気がするんだが。今でも俺と、何もしてないお前がほぼ同列の扱いされるってあり得るか?若干お前の方が好感度高そうなのがまたな。」

 「お前、そんなことしてたっすか。全然気が付かなかったっす。なんてうか、花月は中身が子供っすからね。まぁ、ここに来るまでほぼずっと外界から隔離されてて、ほとんど人と関わらずに生きてきたんだからしかたがないのかもしれないっすけど。来たばっかの頃に比べたらだいぶ成長したし、見た目は年相応に見えなくもないっすけど。今も感覚的に小さな子供にしか思えなくて、正直、俺は花月は恋愛対象にならないっすよ。」

 「俺もあいつのこと、本当にガキみたいな奴だって思ってたんだけどな。昔は本当、あいつのどこが良いのか全く解らなかったし、夏樹(なつき)がなんであいつを気に入ってんだか、全く理解できなかったんだが。でも、去年再会して、色々あって。気付いたら惚れてたな。あいつを好きになってた。なのに、こっちの気持ちに全く気付く気配がなくて、もどかしい。今なら夏樹の気持ちが良く解る。」

 「お前の下心にもっすけど、あれだけあからさまな浩太の好意に気付かないくらいっすから、花月がそういうのに目覚めるのはまだ先の話なんじゃないっすか?正直、あいつに色恋はまだ早いって思うっすよ。でも、中身子供でもあいつ実際はもう大人だし、見た目だけなら本当に美人っすからね。これがまた、バイト先でモテてるんすよ。変なのが寄らないように、バイト中は音尾(おとお)さんが父親代わりみたいになって目光らせててくれてるし、俺も知らない奴から物もらうなとか、番号やアドレス渡されても連絡するなとか注意して、あいつも素直に言うこと聞いてはいるんすけど。正直、いつかなんかトラブルに巻き込まれないか心配っす。高認試験受かったら大学受験して進学するって言ってるっすけど、大学通うようになる迄にはもう少し、人との距離の取り方とか色々覚えて欲しいっす。大学なんか通い始めたら、今みたいに誰かしらが傍にいて注意はらってくれるわけじゃないっすからね。新年会の時なんて、気付いたら一瓶空けてて酔っ払って。管理人さんにだけじゃなくて俺にも抱きついてくるわ、浩太なんか飛びつかれて押し倒されるわ。しかも、あいつ自分がしたこと覚えてないし。大学の飲み会とかであんなことやったら大変なことになるっすよ。女の子なんだから、もっと節度を心がけて危機感持って欲しいっす。」

 「あいつ、危機感とか警戒心、ゼロだからな。十七の時に家出してきたときなんて、お菓子に釣られてほいほい男についてったような奴だしな。」

 「その次の家出では、熱出して倒れるまで野宿生活っすからね。拾ったのが三島さんで、管理人さんがここで保護したから良かったっすけど。本当、よく今まで無事に過ごしてきたと思うっすよ。花月の強運にはいつも驚かされるっすけど、あいつ、あの強運がなかったら今頃大変なことになってたんじゃないかって思うっす。」

 「そうだな。」

 そんな風に二人は、お互いの片思いをお互いに悲観していたはずなのに、いつの間にか話題が変わって二人して花月の心配をしていて、顔を見合わせてなんとなく笑い合った。


 「花月ちゃん。その髪飾り綺麗だね。よく似合ってるよ。」

 会場準備をしていた皆に合流すると、そう楠城(くすのき)浩太(こうた)に声をかけられて花月は、ありがとうと笑った。

 「どうしたの、それ。」

 そう柏木(かしわぎ)(はるか)に訊かれ、花月は一臣が作ってくれたんだと嬉しそうに言って笑った。

 「へー、これ、真田さんが作ったんだ。凄いね。売り物みたい。手芸も趣味だって聞いてたけど、こんなのもできるんだ。」

 「あいつ、あんな見た目してるくせに、見た目からは想像できないくらい繊細な物作るよね。自分が考えたデザイン通りに物作るのってかなり大変でさ。正直あいつの器用さが羨ましい。ってか、浩太。何感心してんの。もっと危機感持ったら?」

 そう遙に言われて、浩太は疑問符を浮かべた。

 「何もないのにこんな贈り物するわけないでしょ。」

 そう言われて更に疑問符を浮かべる浩太を見て、遙は溜め息を吐いた。

 「ねぇ、花月。なんで一臣から急にそんな物もらったの?」

 「これは・・・。あー。やっぱ、内緒。」

 「何それ。俺たちに言えないような物なの?怪しい。」

 「怪しくないよ。言えないわけじゃないけど、お花見が終わるまで内緒。」

 「何それ。」

 そんな二人のやりとりを見て、管理人の西口(にしぐち)和実(かずみ)が、わたしも気になるなと呟いた。

 「ねぇ、花月ちゃん。内緒でわたしに教えてくれない?」

 そう言われて、花月は少し考えて、じゃあ、お姉ちゃんにだけ特別ねと言って、和実の耳元に手を当てて内緒話を始めた。

 「一臣が、お婆ちゃん達と過ごしてた頃のわたしの誕生会の話し覚えててくれて、皆のお花見邪魔しないように、一臣と湊人でご馳走作ってこっそりお祝いしてくれるって。それで、誕生日には早いけど、わたしが誕生日だと思える日にって、誕生日プレゼントくれたの。」

 耳元で囁かれたその話しを聞いて、和実は、真田君も同じ事考えてたんだと呟いた。

 「同じ事?」

 「あ、いや。わたしも、花月ちゃんの誕生日はやっぱ桜が満開になったらかなって思っててさ。お花見始まって落ち着いたら、誕生日プレゼント渡そうと思ってたんだ。」

 そんな和実の言葉を聞いて、遙がそういうことと納得したように呟いた。

 「なんだ。会場準備、全然進んでないじゃないか。何してたんだ?」

 そんな三島(みしま)健人(けんと)の声がして、買い出し組が戻ってきた。

 「俺たちが買い出し行ってる間に、ブルーシート拭いとくんじゃなかったのか?それが広げてすらいないって。」

 「まぁ、皆でやった方が早いし。クーラーボックスに氷と飲み物入れたら、僕達も手伝おうよ。風もあるし、シートを抑えている人と拭く人に別れた方が効率的なんじゃない?」

 「杭でもあれば飛ばないように打ち込んどくんだけどな。」

 「去年はどうしたんだっけ?倉庫になんかないか探してくるよ。」

 そう言って屋内に入っていく和実を、俺も行くと言って藤堂(とうどう)耀(よう)(すけ)が追って行く。

 「あ、そうだ、花月。ちょっと早いが誕生日プレゼントだ。」

 そう言って健人から大きな袋を渡されて、花月はありがとうと笑った。

 「その袋の中身なんなの?」

 「スポーツウェアの詰め合わせだ。」

 「スポーツウェアの詰め合わせ?」

 「前から、花月がずっと管理人さんのお古の、胸に西口って刺繍の入った中学校指定のジャージを着続けてるのが気になっててな。スポーツウェアの詰め放題やってるの見かけて、誕生日も近いし丁度良いかと思ってやってきた。」

 「あーなるほど。」

 「買い出しに行ったら、ショッピングモールのスポーツ用品店で売り尽くしセールやってて。それ見た健人が、丁度良いから寄ってって良いかって。自分の物買うのかと思ったら、女性物のウェアの詰め放題始めるから、びっくりしたよ。で、僕からはスニーカー。健人が詰め放題してる間に店内見てたら、機能性が高くてデザインも良いって有名なフィンランドのメーカーのが八割オフでかなり安くなってたから。花月ちゃんよく動くし、ちゃんとしたスポーツ用品のスニーカーを一足くらい持ってたほうが良いんじゃないかと思ってさ。ちょと早いけど、誕生日おめでとう。」

 そう、香坂(こうさか)(ひかる)からも袋を渡されて、花月はありがとうとはにかんで笑った。

 「たまたまなの解ってるけど、でも、今日こうやって誕生日プレゼントもらえて嬉しいな。なんか、本当に今日がわたしの誕生日みたい。凄く、嬉しい。」

 そんな花月の言葉に、健人が何かを思い出したような顔をした。

 「そういえば、お前は桜が満開になったら誕生日だと思ってたんだったな。」

 そう言って健人が誕生日おめでとうと花月に微笑みかける。

 「ありがとう。健人も光も、本当にありがとう。」

 そう言って心底嬉しそうに笑う花月に、健人がそれ部屋に置いてこいと声をかけ、残った面々に会場準備始めるぞと号令をかけた。

 「浩太、完全に皆に出し抜かれてるけどいいの?実際の誕生日まで待たずにお前も渡してきたら?用意してるんでしょ。」

 部屋に荷物を置きに行く花月を見送って、遙は浩太にそう耳打ちをして肘でつついた。

 「あ、えっと。俺、ちょっと行ってくる。」

 そう言って走って行く浩太を見送って、遙は呆れたように溜め息を吐いた。それと入れかわるように和実と耀介が戻ってくる。

 「倉庫に杭はなくて・・・。」

 「代わりに重しになりそうな物は持ってきた。」

 「ダンベルなんて倉庫に入ってたの?」

 「元学生寮の倉庫なだけあって、下村学園高校の古い卒業アルバムとか教科書とか、他にも色々良く解らないものも沢山あるよ。」

 「管理人さんが高校時代に作った絵本が出てくるくらいだし、探してみたら掘り出し物が色々出てくるかもしれないね。」

 「つまり、ここの倉庫には下村学園高校第二学生寮としての歴史だけじゃなくて、管理人さんの歴史まで秘められてるかもしれないんですね。」

 そんな風間(かざま)祐二(ゆうじ)の言葉に、和実はうーんと唸った。

 「さすがにわたしのものはもう出てこないと思うけど。でも、絵本の時みたいに、誰かが倉庫の掃除とかして何かを見付けられるのも恥ずかしいから、皆が学校とか行ってる間に少しずつ整理しようかな。」

 そんな話をしながら、皆でブルーシートを広げて会場の準備をする。こうやって見るとやっぱ結構汚れてるねなんて言いながらシートを拭いて、これはどこに置くとか、去年はどうしてたっけなんて話をしながら、ワイワイと作業が進んでいった。

 「料理できたぞ。そっちの準備がいいなら運んでくれ。」

 食堂からそんな一臣の声が聞こえ、料理が運ばれ、会場の準備が万端になる。皆がそれぞれ適当に座って、皆の手に飲み物が渡って、皆の視線が和実に集まって・・・。

 「はいはい、わかりましたよ。わたしが乾杯の音頭をとればいいんでしょ、とれば。」

 そう投げやりに言って和実は立ち上がった。

 「えー。無事、年度内に全五室が埋まり、四月から正式にサクラハイムはシェアハウスとして運営できることになりました。色々あったけど、今こうして皆で、無事に二年目を迎える事ができて嬉しく思います。これからもよろしくお願いします。では、乾杯!」

 「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」

 そう皆で乾杯し、持っていた飲み物を飲み干して和実はその場に座り込んだ。

 「無事皆で二年目って、去年の今頃はまだ花月いなかったじゃん。正式に五室埋まったの去年の暮れにようやくだからね。全く、五室埋めなきゃここ潰されるって話しだったのに、全然何もしないでさ。ここが潰れないですんだの運みたいなもんでしょ。ちょっとは管理人としての自覚もったら?」

 そう遙に悪態を吐かれて、和実は言葉をつまらせた。

 「でもま、上手い具合に纏まったんだから良いじゃないっすか。遙も、過ぎたことあまり言うもんじゃないっすよ。」

 「この人、これくらい言ったところでへこたれないから。ハッキリ言ってやんないと解らないし。湊人は普段から管理人さんのこと甘やかしすぎ。家事分担だって、もう少し管理人さん枠増やした方がいいんじゃないの?普段、日中ここに残ってるのこの人くらいなのに、花月や湊人が負担しすぎな気がするんだけど。この人、根がものぐさなんだから、甘やかしてばっかいるとダメ人間になるよ。俺は管理人さんがダメ人間にならないように厳しいこと言ってあげてんの。これは愛の鞭だから。」

 「管理人さんは言うほど甘ったれじゃないから大丈夫っすよ。全く、そんなこと言って遙のそれは管理人さんつついて遊んでるだけっしょ。そういうのやめた方が良いっすよ。」

 「はいはい。考えとく。」

 「まったく・・・。」

 そんな会話をして、湊人は溜め息を吐いて、あんまり管理人さんで遊んでないで浩太達の方に行ってくるっすよと遙を追い払い、和実の方を向いた。

 「お疲れっす。何か飲みます?」

 そう言われ、和実はじゃあお茶でとコップを差し出した。注いでもらって、一口飲んで一息ついて、わいわいと花見を楽しむ皆を見て笑う。

 「本当、遙君と浩太君の幼馴染みコンビと花月ちゃんって仲良くて、あの三人が同級生みただね。」

 遙が浩太と花月が話してる所に入って、なにやら浩太を茶化して遊んでいる様子を眺め、和実はそう呟いた。

 「そうっすね。花月があと数日で二十一になるって、凄く不思議な感じがするっす。あいつはこれから高認試験受けて、大学行ってって考えてるみたいっすけど。あいつと同い年の俺や真田は、今年はもう大学三回生で、そろそろちゃんと将来のこと考えてかないといけないんすよね。いつまでも学生じゃいられないっすから。正直、学生じゃない自分なんて想像つかないっすよ。バイトじゃなくて、ちゃんと就職して働いてる自分なんて、全然。来年どういう職種受けるのかとか、ちょっとちゃんと考えてかないとな。」

 「そっか、そんな年なのか。そうだよね、大学三回生っていうと普通はそうやって就職とかどうするか考えてく年だよね。わたしは今の片岡君くらいの時、全然そういうの考えてなかったな。大学卒業した後は、親のすね囓ってフリーターと言う名のほぼニートしてたくらいだし。なんか流れでここの管理人勤めることになって、今はどうにか社会人してるけど。なんていうか、そういうのちゃんと考えてる片岡君見ると、自分がどうしようもなさ過ぎて情けなくなるな。三島君と香坂君は今年四回生だから、大学院に進むつもりじゃなければ、今年は就活生で、来年は社会人か。皆いつかは学生じゃなくなって、社会に出て行くんだよね。最初顔合わせたときはまだ中学生だった浩太君や遙君も、そんな二人と同じくらいにしか見えない花月ちゃんも、そのうち社会に出て働くようになる。なんか、それって不思議な感じがするな。あ、でも、社会人になった花月ちゃんは想像できないけど、お嫁さんになってる花月ちゃんは想像できるかも。花月ちゃんなら良いお嫁さんになりそうだよね。良い子だし。美人で料理上手で。毎日、家中ぴかぴかにしておいてくれてさ、あの笑顔でお帰りって迎えられて労われたら、一日の疲れも吹っ飛びそう。花月ちゃんみたいな子お嫁にしたら、旦那さん幸せそうだよね。わたしが男なら、花月ちゃんお嫁に欲しいな。本当、癒やされるもん。あー、そう考えると、本当わたしどうなんだろう。遙君の言う通り、わたし、ちょっと片岡君や花月ちゃんに甘え過ぎてる気がするな。わたしが一番時間あるのに、なんかほぼ二人任せで、実家暮らししてたときとあまり変わらないくらいしか家事してない気がする。花月ちゃんも居候じゃなくなったし、前ほど時間がある訳じゃないから、わたしがやらなきゃって思うんだけど。二人みたいに手際よく色々できなくてさ。気が付くと帰ってきてて、わたしがやりきれてなかったとこやってくれたりとか。不動産屋の方に顔出して仕事して帰ってくると、花月ちゃんは、お姉ちゃん今日はお仕事で疲れてるんだからのんびりしててって言うし、片岡君も、管理人さんは仕事から帰ってきたばっかなんすからゆっくりしててくださいって、二人して優しい笑顔で甘やかしてくるんだもん。わたしもそれについつい甘えちゃってさ。二人だって、バイトや学校から帰ってきてから家事してるんだから、疲れてるの同じなのに。ダメだな。」

 そうぼやく和実に、湊人は管理人さんはダメじゃないっすよと言った。

 「俺や花月は、子供の頃から毎日家事やってた人間っすから、やるのが当たり前になってて家事するのが苦じゃないんすよ。だから、甘えて良いんすよ。それに、つい甘えちゃうって言うっすけど、管理人さんが俺たちに甘えるのなんて、本当に疲れてるときだけで、動けるときはちゃんとやってるじゃないっすか。それに、一年前と比べたら、かなり手際も良くなってるし、料理の腕もあがったっす。俺たちだって無理してやってるわけじゃないし、管理人さんが一人でやることでもないっすから。自分の部屋の掃除くらいしか家事してない遙の言うことなんて、気にしたらダメっすよ。お互い無理せず、今まで通り、みんなで分担して協力してやりましょ。それに、俺が食事当番してるのは食費を浮かすためっすから。管理人さんは元々色々気を配ってやってくれるし、声かけてくれるし。来たばっかの頃と違って、俺も買い出しやらなんやら気軽に頼んで甘えさせてもらってるっすから。持ちつ持たれつ、お互い様っすよ。」

 「ありがとう。そう言ってもらえると、ちょっと気が楽かも。」

 そう言って笑う和実を見て、湊人は目を細めた。

 「管理人さんは・・・。」

 「ん?」

 「今年、二十五っすよね。」

 「あー。そうだね。もう二十五歳か。早いな。」

 「やっぱ、結婚とか意識して焦ったりしてくるっすか?」

 「う。すみませんね、いい年して男っ気なくて。遙君からはいつも、ちょっとは女磨きしたらとか、いくら気心知れてるとはいえ、俺たちの前で気抜きすぎじゃないのとか言われてるけど、まさか片岡君にまでそんなことを言われるようになるとは。」

 「あー。違うっす。違うっすよ。そんなつもりで言ってないっす。遙はからかってるだけだから気にしたらダメっす。管理人さんはそのままで充分魅力的っすよ。そのままで大丈夫っすから。」

 そう焦ったように言う湊人を見て、和実は吹き出して笑った。

 「片岡君。今度は浩太君みたいなこと言ってる。いつも遙君に貶されると、浩太君がそん風にフォローしてくれるんだよね。」

 そう言って、和実は視線を落として溜め息を吐いた。

 「やっぱ、二十代も後半になれば結婚とか考えなきゃいけないのかな?実家にいたときは、定職につけだのなんだの言われてたけど、働き出したら働き出したで、今度はいい年なんだから結婚相手見付けろだのなんだの親から言われるようになってさ。正直、自分が結婚とか想像つかないし。そもそも、それ以前に彼氏ができるかどうかさえ疑問だし。浩太君見てると、青春だなって気がして、ちょっと羨ましいなって思うけど。でも、羨ましいより微笑ましいの方が強くて、自分があんな風に心ときめかせるとか考えられないし。そもそも、そこまで積極的に恋愛したいとか、結婚相手みつけたいとか思えなくてさ。」

 「そうっすか。でも、浩太みたいに浮かれたり、そこまで積極的ではないにせよ、ほんのちょっとでも、管理人さんは誰か良いなって思う相手とかいないんすか?例えば松岡(まつおか)さんとか。あの人、確か独身っすよね。」

 「いや、ないない。松岡さんはないよ。怖いし。」

 「そうっすか?松岡さん、ここのこと気に掛けて色々してくれてるし、管理人さんもあの人のこと頼りにしてるじゃないっすか。よく電話してるし、結構気軽に仕事外のことも頼んでる気がするっすけど。」

 「よく電話してるのは仕事でだよ。確かに、松岡さん、なんだかんだ言って面倒見良くて頼もしいから、困ったことがあると何とかしてくれそうな気がしてつい頼っちゃうとこあるけどさ。でも大概は怒られるからね。なんて言うか、松岡さんはお父さんみたいな感じかな。意外にもあの人まだぎりぎり二十代で、わたしとそんなに年離れてないって知って吃驚したけど。あの人が松岡不動産の社長なのかと思ってたら、実はお父さんがまだ現役で社長だったんだよね。なんか、松岡さんが一切合切仕切ってる気がするけど、社長って普段何してるんだろ。」

 そんなことを笑って話す和実を見て、湊人はそうなんすねと呟いて、そして、意を決して言葉を紡いだ。

 「じゃあ、この中の誰かとか、どうっすか?やっぱ、学生は対象外なんすかね。」

 「対象外って言うか、考えた事なかったな。そもそも皆からしたらわたしが対象外じゃない?一番年が近い三島君や香坂君でさえ、わたしより三つも年下だし。花月ちゃんみたいに美人でスタイル良くてって訳でもなければ、知っての通りものぐさのぐーたらで。自分で言うのもなんだけど、遙君の言う通りだと思うくらい女としてどうなんだろって思うし。うちには見た目も良くて家事スキルも高い花月ちゃんって存在もいるしね。それどころか、片岡君や真田君にも女子力勝てる気がしないから。あと、ある意味で遙君にも・・・。この素の状態を見られてて、わたしが皆の恋愛対象になるとはとても思えないんだけど。」

 そう返されて、そんなことはないと言おうとして、言えなくて。そんなことはないと思うっすよと湊人は呟いた。そして、フォローしてくれてありがとうと言われて、フォローなんかじゃないと思いながらも、一歩踏み出した言葉を伝える勇気がなくて、湊人は飲み物を口に含んだ。

 「管理人さん、覚えてるっすか?去年の今頃、こうして皆で花見しながら親睦会したときのこと。その時、管理人さん言ったっすよ。ここが俺にとって、ホッと息を抜いて、肩の力も抜いて、安心してダラダラできる場所になれば良いって。家は一番気を抜いて落ち着ける場所だからって。言われたときは、なんだろう、なんか妙に嬉しくて。でも皆と一緒に座ってこうやって同じ位置にいるのがちょっと落ち着かない感じだったっす。俺、実家にいたときは周りが見えてなくて、自分がやんなきゃ、頑張んなきゃって、家族に心配掛けないように大丈夫って笑ってなきゃって、いつも気張ってたっすよ。それが家族にはバレバレだったって気付かないでそんなこと続けて、結奈のこと怒らせて家出して。でも、ここに来て、管理人さんが気付かせてくれたっす。大切なことを、気付かせてくれたっす。おかげで解ろうとしてこなかった家族の気持ちにも向き合えるようになって、仲直りもできて、今はこうしてこうやって皆と同じ目線で同じように同じ時間を普通に楽しめるようになったっす。管理人さんは、いつだって俺達のことよく見ててくれて、必要ななところに手を差し伸べてくれて。でも、気を張って頑張ってるような様子は見せなくて。ちょっとだらけてるっていうか、人に頼るとこは頼って、ムラなくいつも同じような状態でいてくれて。そんな管理人さんがいるから、ここにいると気が抜けるし、安心するっす。だから、管理人さんは今のままでいいと思うっすよ。」

 そう言って、湊人は今のままが良いっすという言葉を呑み込んで

 「そんな素の管理人さんを良いなって思う奴もいるんじゃないっすか?」

 と言って笑った。なんかそんなこと言われると恥ずかしいなと照れたように笑う和実を見て、胸が熱くなると同時に苦しくなる。普通に、俺は貴女が好きっすよと言えたなら、そう考えて、そう言ってもこの場じゃ冗談か何かで済まされて本気にされなさそうだなと思って。そんなこと言ってるとまた遙君に甘やかしすぎだって言われるよなんて言ってくる和実を眺めながら湊人は心の中で溜め息を吐いた。

 「そういえば、意外なことに、皆付き合ってる人いないんだよね。わたしが知らないだけかもしれないけど。」

 「遙はあのお姉さん達見て育ったせいで、女性に幻想抱けないらしいっすよ。恋愛とか面倒そうだし、彼女なんていらないって言ってたっす。」

 「それはまた。まぁ、遙君のお姉さん達強烈だからね。それに、あれだけ美人なお姉さん達に囲まれて育ったんじゃ、そこら辺の女の子のことかわいいとか思えなさそう。実際、自分の方が美人だってよく言ってるし。こんなこと言ったら怒られそうだけど、女装ヤダって言ってる割に、女装姿の自分は好きだよね。遙君ってけっこうナルシスト。」

 「三島さんは女運が悪いらしくて、懲りたって言ってたっす。今まで告白されて付き合ってっていうのばっかだったらしいんすけど、だいたい外面に騙されて付き合って、そのうち本性表して嫌な思いをするって言うのを繰り返してきたらしいっすよ。この前ここで呑んだとき、なんかのきっかけでそんな話しになって、香坂さんがその話しで三島さんの事からかってたんすよね。三島さん、しばらくは恋愛する気はないし、するとしても自分から良いなって思える相手じゃないともう付き合わないって言ってたっす。」

 「そうなんだ。三島君の場合、彼女より部活優先しすぎて上手くいかないとかありそうだなとは思ってたけど、まさかの女運が悪くてとは。」

 「実際どうかは知らないっすけど、祐二と耀介はいなさそうっすよね。香坂さんは普通にいそう。街中でばったり会って、普通に紹介されても驚かないっす。まぁ、いなくても驚かないっすけど。」

 「あー。解る。あと、真田君に関してはいないに一票だな。」

 「正解っすけど、なんでっすか?」

 「あー。いやー。真田君は片想い中の相手がいるのかなと。」

 「あー。解るっすか?」

 「解るって言うか、結構あからさまな気がするんだけど。さりげなくだけど、いつも邪魔してるし。最初は気のせいかなって思ってたけど、たまたまっぽいことも続くとね。故意的にやってるんだなって思うよ。」

 「俺なんて本人に打ち明けられるまで全く気付かなくかったっすけど。見る人が見ればあからさまなんすね。俺も手かしてるし、抜け駆けしてるのは知ってたっすけど、邪魔してるなんて全然気付かなかったっす。」

 「そう言う片岡君はどうなの?結奈ちゃんが、ミナ兄はずっと家のことばっかで全然自分のことしてこなかったから、普通に恋愛とかして彼女とか作ってほしいなって言ってたよ。学生のうちに少しは青春っぽいことして欲しいなって。社会人になったらそういうの難しそうだしってさ。」

 「結奈の奴そんなこと言ってたっすか?」

 「お兄ちゃんのこと心配してるんだよ。かわいいじゃん。」

 「全く。俺の前じゃ絶対そんなこと言わないくせに。なんかいつもあいつの話し相手してもらってすみません。迷惑かけてないっすか?」

 「迷惑なことなんてなにもないよ。わたしも結奈ちゃんと話しできるの楽しいし。それに、結奈ちゃんも年頃の女の子だから、なかなかお兄ちゃんには素直になれないこともあるよ。お母さんも近くにいないし、結奈ちゃんには気軽に話せる同性の大人が必要な事ってあるんじゃないかな。わたしでよければ、話し相手にくらいいくらでもなるよ。」

 「ありがとうございます。なんていうか、結奈の奴すっかり管理人さんに懐いちゃって。本当、管理人さんには頭が上がらないっす。」

 「そんな、頭下げないでよ。本当に全然迷惑じゃないし、むしろわたし兄弟いないから、ああやって懐かれると妹ができた様な気がして嬉しくなっちゃって、ついついお姉ちゃんぶりたくなっちゃうんだよね。結奈ちゃん、本当にかわいいんだよ。こないだなんて、和実さんみたいなお姉ちゃん欲しかったなって、和実さんが本当にお姉ちゃんになってくれたら良いのになんて言ってきて。その言い方がさ、またすっごくかわいくて、思わず抱きしめたくなっちゃった。」

 そう和実が顔をニヤつかせて話し、

「つまりそれは、管理人さんにお兄ちゃんのお嫁さんになってってことですかね。ということは、片岡と管理人さんが一緒になれば、妹さんの願いが叶うし、管理人さんもかわいい妹ができて一石二鳥だな。」

 と、急に一臣の声が割って入ってきて、湊人は飲んでいたお茶が変なところに入って噎せ返った。

 「大丈夫?」

 そう和実に背中を擦られて、湊人は大丈夫っすと答えた。

 「ほら、真田君が変なこと言うから片岡君咽せちゃったじゃん。」

 「ん?俺、なんか変なこと言いました?」

 そう言って首を傾げる一臣を見て、和実は少し考えるように視線を落として、ハッと顔を上げた。

 「そういえば。わたし、花月ちゃんに誕生日プレゼント渡そうと思ってたんだ。ちょっと、行ってくるね。」

 そう話題を逸らすように言って立ち上がり、和実が花月のいる方へと向う。そんな彼女の背中を見送って、湊人は一臣に視線を向けた。

「真田、お前さっきまであっちいなかったっすか?」

 「あー。遙に睨まれる前に退散してきた。」

 そう言って一臣も座り、湊人にお前も呑むか?とビールの缶を渡し、自分の缶を空けて一口飲んだ。

 「さっき勧めてきたんだけど、花月はビール、ダメなんだよな。苦くて好きじゃないって。」

 「お前、あいつに酒呑ませたっすか?あいつに呑ませたらだめっすよ。」

 「自分の許容範囲とペース覚えるには呑まないと覚えられないだろ。外でやらかす前にここでちゃんと覚えさせといたほうがいいんじゃないか?」

 「そう言われれば、そうかもしれないっすけど。でも・・・。」

 「あいつも子供じゃないからな。年相応にはまだ遠くても、それでもあいつはちゃんと社会性を身につけようと努力してる。子供扱いして過保護にして、あいつの成長妨げるのはおかしいだろ?それに、あいつの世界もこの中だけに留まってる訳じゃない。これからここの連中以外との付き合いも増えていくし。あいつ、どんどん自分の世界を広げてくけど、今のままで渡ってくには世間は厳しいから。俺は、あいつがあんな風に楽しそうに目を輝かしたままであいつの世界を広げてけるように、助けてやれるとこは助けてやりたいって思う。正直、自分の手の中におさめておけたらとか考えることもあるけど。でも、あいつは誰かの手の中でじっとしてられるような奴じゃないから。そんな事したら逃げてくだけだって解ってるから。あいつが自由に世界を楽しめるように、俺にできる事は何でもしてやりたいって思う。だから俺は、あいつを過保護にはしない。お前もあまりしすぎるなよ。」

 そんな事を話しながら花月のいる方を見て目を細める一臣を見て、湊人も小さく笑ってビールの缶を開けた。

 「上手くいくと良いっすね。俺は、お前の事を応援するっすよ。」

 「ありがとな。俺もお前の事応援してるよ。」

 そう言い合って、二人はお互い呑んでいた缶をぶつけ合い笑い合った。


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