進路希望
それは魔法の呪文だった。扉を開けてすぐ。
「理系ね」
「はい」
失礼します、などの挨拶すらすっ飛ばした、速攻だった。
それにより、私の気力は息を吹き返したが如く、次へと意識を切り替えることが出来た。
◆
それは面談中のこと。
目の前の面談相手はどうすべきかを眉間に皴を寄せてお悩み中。
彼、高橋君は進路自体が明確だった。とある私大に入学したいと。
そのためその大学の受験可能な選択肢を増やしたい、と文理問わずに受験しようと考えていた。
彼の能力では、合格は厳しい、と判断した結果らしい。
この学校では1年から2年に上がる時に文理などのコース分けを行っている。
そのための進路相談だ。
彼は学校内ではオール4となかなかの成績。
ただ、学校のレベルが低いというのが、ね。
地方の学校だし。
その上、彼は頑張っている。
部活動も、それで推薦も狙っていたようだ。残念ながら去年監督が辞めてしまって1回戦負け。
しかし内申もあるため、部活は続けるようだ。
得手不得手もなく、万遍なく勉強を熟している。
だからこそ、成績を上げる余地が少ない。
もっと時間を掛けるぐらいだろうか。
効率的な勉強法でも手に入れれば、別かも知れないけども。
彼自身は時間をこれ以上掛けても成績の向上は難しいと考えているらしい。
そのために数で勝負する腹積もりだ。
そこで問題となるのが、うちの教師陣。
特に理系の教師が不足している現状。
化学や生物の就職先が多い所為か? だが物理や地学も教師不足はしているし……
理系コースだと物理と化学。文系だと生物か化学。他で地学か化学か。授業を限定している。
一応授業を交換して他のクラスで取ったりと融通はする用意はあるけど、それでも補習は必要だ。
専門学校コースでも薬学系には化学、医療や介護などには生物など必要な授業が取れないなどの対策と合わせている。
進学校ではないため、落ちこぼれないように進度がゆっくりだが、その分生徒にも教師にも時間的に負担が掛かっていた。
だから多数に手を広げればそれだけ負担が増加する。
高橋君はある程度までなら成績は手を広げても大丈夫だと考えたようだ。
だが上位陣には時間を掛けても敵わないと判断している。
上位陣。全体でならオール5の吉田君。体育の実技で足を引っ張り保体が3で残りが5の坂本君。確かに彼らには、残念ながら、敵わないに違いない。
個々の教科でなら、吉田君ですら敵わない、数学トップの増田君。数学は次席だが理科なら抜群の、次の面談予定の、田辺君。読書家の佐藤君には国語や社会で圧倒だろうし、杉山さんの英語は留学したいという希望から努力が窺える。
自身の特徴から手を広げるという方法も頷ける。
もう次の面談予定時間は過ぎている。次の田辺君のことを考える。
数学教師曰く、計算に飽きて疲れて途中でケアレスミスするらしい。また文章題で気力が復活しても論理の飛躍で減点になり、増田君に一歩及ばない。
理科については分野別でも全てにおいてトップだ。
それに引き換え、他は大体が成績で3と振るわない。興味のあるなしが極端だ。
現国が良くても古文漢文で相殺。
美術では1学期に5、3学期に1と評価されている。美術教師自ら。
あのひとは芸術家で勝手に評価するから困る。
美術は成績順に付けた他の生徒とはちょっと違うけど。
帰宅部なのに、体力テストでも上位の張り出しに顔を出してたり、そうかと思うとソフトボール投げで最下位だったりと。
わざとなのかと疑いたくなる乱高下。
今、高橋君が欲している才能があるんだろう。
だからこそ、ちゃんと彼にも頑張って上を目指してもらいたい。
まあ、選択肢が存在しないため仕事的には楽。これで文系行きたいと言われても、こちらも困る。
―― バサリ ――
資料を捲り、吟味している高橋君。
経済系なら数学が必要。どれを選んでもいいだろう。補習はした方がいいでしょうけど。
考古学や語学など。一応国語や英語はどのコースも同じ。フランス語やら中国語なんてないし。
医療系では問題で生物や化学で選択になってくる。
工学系は校舎の問題なのか、立地が違い、出願はしないと選択肢から除外されていた。
「先生」
「決まった?」
「はい、専門クラスでお願いします」
「分かりました。その方向で進めます」
「お願いします」
「次の田辺君を呼んできてね」
「はい」
そして高橋君が席を立って一礼して出ていく前についでに頼みごとを追加した。
「あ、その次の中村君にも準備させておいて」
「え? わ、分かりました」
さあ、もう中村君の予定時間だ。遅れをリセットする切り札の見せ場だ。
準備などで手間を掛けたからか、ちょっと高橋君に感情移入し、この後田辺君の扱いがかなり雑になって後悔することになる。