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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
9/47

良き隣人との遭遇

出張と飲み会が続きまして、ようやく書く時間ができました。

 ――夢うつつの意識を現実に引き戻したのは何だったのか。小鳥の囀りだったような気もするし、家の前をけたたましく通り過ぎて行ったバイクのエグゾーストノートだったような気もする。……いや厳密には排気音を再現してるだけの電動バイクのはずなのだが、あの音がないと物足りないからじゃあスピーカー再生しようぜ! みたいな。ライダーって生き物は業が深いっすわ……


「――知らない天井だぁ……」


 くぐもった自分の声が耳に届く。どちらにせよしばらくうつらうつらしていた俺の意識が覚醒を始めたのは間違いない。うつ伏せの寝姿勢からころん、と体を半回転させて仰向けになり、のそりと起き上がって見えたカーテンから差し込む光の輪郭はくっきりとしていて、とっくに日は昇っているぞと主張してくる。

 カーテンをジャッ、と開けて灰になりそうになりつつも遅めの朝の光を全身に浴びると、ぐーっと体を伸ばして俺の意識は完全に覚醒した。おはようございますこんにちは。



 寝間着のまま部屋を出て軽く顔を洗ってから、キッチンに行き冷蔵庫からヨーグルトを取り出して皿にぶち込み、バナナと黄粉と蜂蜜を雑に投下してグッチャグッチャと混ぜたら朝兼昼食の完成である。見た目はあまりよろしくないのであるが栄養と味は悪くない。

 リビングに持っていき、テレビをつけてもくもくと食べ始める。

 特に見たい番組があったわけでもないのだが、何も音がないのは寂しいというか落ち着かない。流れていたワイドショーをぼけーっと眺めていると聞き覚えのある名前が耳に届いて、俺は思わず食事の手を止めた。


 今話題のものを紹介するというミニコーナーで、本日サービス開始の『Ethos』を扱うということらしい。でっかい家電量販店の入り口前で待ち伏せして、ゲームのパッケージを買ってそうな客にインタビューしてやろうという卑劣極まりないやり口だ許せねえなぁ……昨日すっきりばっちり発散したと思っていた珠鳳への恨みの炎は、まだ消えずに俺の心の奥底にくすぶっていたみたいだ。

 さて、画面の中では外国人モデルみたいなすこぶる目立つ見た目の客が捕捉され、困惑しながらも「楽しみだったんですよー」なんて言いつつにこやかにインタビューに応じている。この子レイトティーンくらいなのに日本語流暢だな、ネイティブスピーカーかな、というかよく見なくても芸能人かゲームキャラかってくらい美人だなー、色んな人がゲームやってんなー、なんてことを考えているうちに、いつの間にか次の犠牲者へ映像は切り替わっていた。

 そうだよな、『Ethos』は今やゲーム界の一大勢力と化したVRゲーム界隈における期待の大型新人だ。続編として待ち望んでいた人も新作として楽しみにしてた人も等しく今日からプレイし始めるわけで。


 食事を平らげた俺は、キッチンで食器を洗いつつ今日の予定を考えていた。


「うーん、これからプレイヤーさらに増えるよなあ」


 ダウンロード購入勢の先行組だけでも深夜帯のわりに中々盛況だったのだ。街はともかくフィールドは混雑でまともに狩れなくなる見込みが大きい。

 とっとと次の街を目指すか狩場を変えるか、少なくとも狩場に関してはふれあい動物ランドよりも街から遠いところに移るべきだろうな。別に羊を狩りたくないとか、そういう理由からではない、決して。これでも経験者揃いだし、パーティのバランスは完璧に一分の隙無く取れているし、もっと強い敵が出てくれないとむしろ物足りないくらいなのだ。

 とりあえずあいつらが何時ごろログインするのか確認して、予定はそれ次第になるかな。集まるのが遅くなりそうなら最悪一人で狩場の偵察でもしに行けばいいかー。


 俺は食器を洗い終えて自室に戻り、ベッド脇で充電放置されていた携帯端末にグループチャットの通知が来ていることに気づいた。アプリを開いてチャット履歴を見てみると、朝のあいさつに始まり今日の予定はどうしようかー、全員起きてから決めるベー、なんてことが書いてあった。しばらく時間をおいてから反応がない誰かさんの話題になると、やれ「どうせあいつは昼まで寝てる」だの「いや夕方まで寝てるでしょ」だの「ダメ人間ですね」だの「あれで現実投げ捨ててはないからもう起きてるかも」だの……本当にこいつらは人のことをすーぐ槍玉にあげて、言われる人の気持ちを考えたことがあるのだろうか。

 俺は身内の根性の悪さに心の中で涙しながら、チャットの入力窓に文字を打ち込んだ。


「まったく、栞はこれだから、早く起きろよー……と、ほい送信」


 もう一人のチャット不参加者の名前を書いて俺はメッセージを送ってやった。これで君らの矛先は栞に向いているという構図になったのだよ。ばかどもめ、俺は栞とは違ってわりかし健康的睡眠サイクラーなのだ。その辺理解して自覚もある栞は、この後例え取り繕っても自分に向かって言われてるってちゃんと判断してくれるぞぉ。ふははは良心の呵責に苛まれろぉ……! 何だか胸がチクチクするような感じがするのは気にしないことにしよう、うん。


 腹ごなし、そしてゲームの前には軽く運動だ。陽の光を浴びて、全身を温めてやらないとゲームするにもパフォーマンスが上がらないということは、VRゲームをやってる人間は嫌でも実感させられている。VRじゃなくゲームパッドやマウス・キーボードでプレイする古式ゆかしいタイプのゲームにしても、精度や反応が明らかに()()()感覚は無視できないものであることが多々ある。

 中には集中力にあまり依存しないタイプの、イベント期間中如何にして睡眠を削り稼働時間を増やすかということだけに心血を注ぎこむことで順位を争うような、捨てた寿命が多い人間が強えってことなんだよ! と言わんばかりの、これゲームじゃなくてただのストレステストだろってな物もないとは言わないけれども。それに付き従う奴らは秒単位の休息を重ねたり半覚醒状態でプレイしたり、といった手段で生命を維持することによって理論値を延々出し続けるという人間性をペイした連中であるからして、一般市民からすれば全く参考にはならない。我々はリボルビングスリーパーでもイルカでもないので、健康的な生活の下で健全なゲーマーライフを送ることを念頭に置いておく必要があるのである。

 結局スポーツやるのとそこまで意識に違いはないんだよな。ウォーミングアップした後に動かすのが現実の体か仮想の体かという差があるだけで――なるほどeスポーツって言うだけはあるな。


 俺は外に出るために半袖七分パンツのランニングウェアに着替えると、「大体いつ頃からやれる?」とだけチャットに書き込んでから、ポケットに端末を突っ込んで散歩に出かけることにした。




「あれ、おはよう……こんにちは、かな? そーちゃん。お出かけ?」

「んお?」


 玄関を出て鍵を掛けようとしたタイミングで、突然お隣の玄関ポーチの辺りから声が飛んできた。向こうもちょうど出ようとしていたところだったらしく、門を出たところで合流し二人並んで歩き始める。

 白の、あの裾がふわっとした、何ちゃらワンピースを着たお隣さんがとても眩しく見えて、俺は目を細めながら話しかけた。


「みー……美悠(みゆ)ちゃ、さんは、どこ行くの?」

「何でいきなりそんなに他人行儀なの? 寂しくなるからいつも通り呼んでよー。ほらっ、どうぞ?」


 どうぞ、って言われてもなぁ。さすがにそろそろあだ名で呼び合うのも小恥ずかしく感じる歳なわけでありましてですね。

 俺より二つほど年上のこちらのお姉様、祖父江(そぶえ) 美悠(みゆ)は物心ついた頃からずっと「みーちゃん」「そーちゃん」と呼び合ってきた俺の幼馴染最古参なのであるが、この人はこの歳でこういう呼び方するの気恥ずかしくならないんだろうか。そう思って表情を窺ってみてもにっこにこしてるだけでそんな気配は微塵も感じられない。

 仕方ないか、呼ばずに拗ねられても後から困るのは俺の方なんだしな。


「……みーちゃんはデートっすか。リア充ぱないっすね」

「もー、そんな人いないの知ってるでしょ。大学の友達と遊びに行くだけだよ」

「ふーん」

「ふーんって、そっちから聞いてきたのに興味なさそうな。そーちゃんはお散歩?」


 分かってるけど一応聞くね、といった様子のみーちゃんに対して、俺の悪戯心がひょっこりと顔を出してきた。どうせ軽く流されるだろうけど、試しだ試し。


「いや、これからデートだけど」

「その恰好でデートに行くの? それにそもそも彼女いないじゃない」

「最近できたんだよ」

「……」


 おや突然立ち止まって黙り込んで、思ったより効果が出たか? いえーい悪戯成功アルヨー。ちょっと予想外だったが、俯いて微動だにしないみーちゃんを見て十分満足した俺は、今のはもちろん冗談だと伝えることにして


「なぁんて、ウッ――」

「そーちゃんどういうこと」

「ソォ、え? いや、だから」


 伝えようとした瞬間、俺はみーちゃんの据わった目に射竦められた。食い気味で詰め寄ってきたみーちゃんの有無を言わさぬ迫力に、さっきのは嘘だと伝える間もなく、我が姉的存在はそのままお説教モードに突入した。


「どこのどなたとお付き合いしてるのか知らないけど、その人はちゃんとしてる子なの? 最近って言ってもここ数日の話じゃないんでしょう。それならどうして私はその子のことを知らないの? 私に言えないような相手なの? 私前そーちゃんに言ったことあるよね、彼女にする相手はちゃんと選びなさいって。悪い子もたくさんいるんだから見た目とか、なんとなくとかで選んじゃだめだよって。それで傷つくのはそーちゃんなんだからねって。ちゃんと覚えてるよね? その彼女に騙されてるわけじゃないよね? そーちゃんはその子のこと好きだからお付き合いしてるんだよね? ねえ、私の目を見て、答えて」


 ひぃっ、普通に怖ぇですよっ! 今更になって思い出したけど、そういえば俺が高校入ったばっかりくらいの頃に同じようなことをやらかしてた気がするわ。その時は学校の中でこんなんなったせいで、野次馬から散々修羅場だの痴話喧嘩だの言われた挙句、俺がみーちゃんを弄んで飽きたからポイ捨てしようとしたみたいな噂が広まって……うっ、頭が……

 瞬きすら許さんと言わんばかりの視線を受けた俺は、一刻も早く返事しないとやばいという焦りから、ついさらなる燃料をくべるという悪手を選んでしまった。


「それはだから、違くて、嘘で――」

「嘘? 嘘ってなに? 好きでもないのにお付き合いしてるってこと? 何度もそういうのはだめだよって私言ったのに。その子の見た目がよかったの? 顔とか、その、体つきとかがそーちゃんの好みだったの? そういうことに興味があるのは男の子だし仕方ないと思うけど、好きでもない人とそういう関係になるのは私絶対よくないと思う。お互い好きになった同士で、愛を伝え合うためにすることだと思うの。だから……ねえ、まだ手を出したりなんかしてないよね? なんとなくお付き合いを始めたっていうだけで、ちゃんと健全なお付き合いをしてるんだよね?」


 いやぁしくじったなこりゃ止まんねーわー、落ち着くまで待ってそれから伝えればいいかー、なんて呑気に説教されてたのだが。まっすぐこちらを見つめていたみーちゃんの目がだんだんとさまよい始めて、挙動と話の流れがちょっと怪しくなってきた。珍しいというか初めて見るような様子だが、何となく強引にでも止めないといけないような危うい感じがひしひしとする。

 みーちゃんはグルグル目を回すくらいに忙しなく視線を動かしながら、俺に言ってるのか独り言なのかあやふやな雰囲気で言葉を発し続ける。


「もしかして、もう……? だめだよ、そんな……私おじさまにもおばさまにも見ててねって頼まれてるのに、()()()()()にも、あーちゃんに……あわわわ、どうしよう」


 待て待て待て、なんでいきなり(あやり)が出てきたの? あいつ一体何をして――


「お願いそーちゃん私のために今すぐ別れてえぇーーー!!!」

「いやちょっと落ち着けーーー!?」


 ほんとに何しやがった綾麗(あやり)ぃーーーー!!!







「――ごめん、つい出来心で」

「ほんとにもぅ……あー恥ずかしかったなあ。ああいう冗談はだめだよ? びっくりするし、言われたのがそーちゃんのこと好きな子だったらすごくショック受けちゃうかも」

「ん? んー……まあ、以後気を付けます」


 人通りのある道端で昼メロの真似事はさすがに恥ずかしかった。手早くみーちゃんに冗談だと理解させてから足早に集まる注目から逃れて、ようやく色々と落ち着くことができた。

 俺は自販機で二本カフェオレを買い、一本をみーちゃんに手渡した。俺の目的地はここからすぐのコンビニであるから、別れる前にもう少しだけ話でもしようかということで一服することにしたのだ。

 二人並んで缶を傾けながら、俺はどうしても気になることを聞いてみた。


「それで、綾麗に何言われたのさ」

「……秘密」

「いや秘密って……まさか、何か脅されてるんじゃないよな? あいつちょっと絞っとくか?」

「ち、違うよ!? あーちゃんはそんなことしないよ! 大丈夫だから心配しないで、ね?」

「そうかぁ? まあ、言えないこともあるのかもしれないけど、何かあったら遠慮しないで言ってな」

「うん、ありがとう。そーちゃんが変な女の子に捕まらなければそれでいいの。それで何も問題はないの」

「……」


 もう深くは聞かんぞ。とりあえず何やらロクでもないことになってるような気がするし、やはり折を見て尋問しておくべきか。


 空になった缶をカランカランとゴミ箱に捨て、駅へと向かうみーちゃんを見送ることにする。


「それじゃあ、行ってくるね。そーちゃんはゲームするのもいいけど、休憩はしっかり取るんだよ?」

「はいはい、ちゃんと分かってますよー。みーちゃんも気を付けて行ってらっしゃい」


 手を振って別れを告げるみーちゃんにこちらも手を挙げて応えると、みーちゃんは嬉しそうな笑顔を浮かべて駅の方へ歩いて行った。その後ろ姿をしばらく見つめてから、俺は目的地だったすぐそばのコンビニへと足を向けた。




 エナジーなドリンクを数本、チョコミントのカップアイス、骨なしのフライドチキンを買った俺は、行きと比べて平和な復路に何となく物足りなさを感じていた。いや散歩に刺激的なイベントなんて全くこれっぽっちも必要ではないのだが、気の置けない同行者がいると退屈しなくて済むという点では行きの方が良かったな。

 そんな帰り道もすでに終わり、準備を終わらせてエートスの続きをやるのだと思うと、気分もだんだん上向きになってきた。

 〈からくり士〉は現状どうみてもネタ枠のジョブだが、ネタならネタなりの楽しみ方があるわけで、楽しむための手札を増やすためにもまずは育成、レベリングだ!



 俺は買ったチキンを貪り食い、アイスをエナドリを流し込んで、意気揚々と自分の部屋へと向かっていった。

仕事の疲れがもっと後に出そうと思っていたキャラを引っ張り出し、さらに変な属性を追加して召喚。

いったいどうしてこのようなことに……(自業自得)


20180915修正


可能性が高い→見込みが大きい


セルフ言葉狩り。気を付けてるつもりでもぽろぽろ出てくる。

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