やましい気持ちは決してございません。ほんとなんです
変な性癖付いてない?大丈夫?
ベルと名乗ったディルス天教会のシスター少女は、じーっと俺の目を見続けてくる。何でもいいから話を聞きたいんだろうな。でもいろいろ聞きたいことがあるのは俺の方なんだよ。
というわけで、気になることを一つずつ聞いていこうと思います。
「ベルは、好きな男の子とかいるの?」
「? いえ、私は天に仕える身ですから、そのような方は」
こいつは何を聞いてるんだ? というようなぎこちない表情でベルは首をかしげる。しまった、バッドコミュニケーション……! このくらいの年齢の女の子と会話した経験が足りなかったかっ。
俺の知り合いでベルと同年代なんて我が妹か妹分か、強いて言えば千歳もか……どれも参考になんてなりゃしないな。腹黒いか我儘か、はたまた何を言っても柳に風。多分我儘なのが一番その年頃らしいタイプなんだろうけど、残念ながら目の前のこの子はお行儀がよろしそうな様子。
今後またこんな出来事があるかもしれないし、VRギャルゲーやってコミュニケーション力を上げなければいけないか……
とにもかくにも他の話題を振らなければ。ぱっと目に飛び込んできた微動だにしない人形をネタに、俺は話の舵を取り直した。
「さっき俺が〈からくり士〉だって分かったのは、この人形を見たから?」
「はい、以前親しくしていただいた〈からくり士〉の方が同じような人形を使ってらしたので、もしかしたらと思いまして。……ふふ、あの方も人形から受け取ったお茶を飲んでは渋い表情をしてらっしゃいました」
「ああやっぱりロクな味じゃないんだなこのお茶……」
先達の〈からくり士〉が『茶運人形』を使ってもまずい茶が出てくるというのなら、今後スキルレベルを上げても期待できないかもなあ……
だけど他の〈からくり士〉の情報があるのはいいな。しかも口ぶりからするとNPCの〈からくり士〉だ。ゲーム内で集められる情報は極力ゲーム内で集めたいし、できればお近づきになりたい。それが叶わないとしてもベルが持っている情報はできる限り聞き出したいところだ。
昔を懐かしんでか、くすくすと笑うベル。俺は、手で吊ったまま宙を揺蕩っていたティーカップを人形の持つ銀盆に戻した。人形はそれを待ちかねていたように、役目は終えたとばかりに消えていった。
「やっぱり、サルヴァにカップを戻すと消えるのですね。何度見ても不思議で、面白いです」
「全然消えないと思ったらそういう仕組みなのか。それで、その〈からくり士〉の人とは今も親しくしてるの?」
「それが、私がまだ教会に身を置くよりも前に、ほんの短い期間だけのことでしたので……その時は旅の途中に立ち寄ったらしく、今は残念ながらどこで何をされているのかということも分からないのです」
「そっか。ちなみにその人の名前って聞いても大丈夫かな」
「オグデン、と名乗っておりました」
〈からくり士〉の「オグデン」か。どっかで見つかるかもしれないし覚えておこう。旅をしているということは街の外を気楽に散歩できるくらいには高レベルである可能性が高い。まあ護衛付きの乗り合い馬車で延々金任せの旅をしてるなんてことも十分有り得るが、根無し草を積極的に探すつもりはないので気にすることもないだろう。
俺はオグデンという名前を頭の片隅に置いて、残りの聞きたい情報を聞いてみた。
「他に〈からくり士〉の知り合いとか、〈からくり士〉がいる場所とかってないかな」
ベルは少し考える素振りをしてから、すぐに申し訳なさそうな顔になる。
「私あまり知り合いがいなくて……知り合いに〈からくり士〉はオグデンさんしかいないのですが、『ノースルタの街』というところは職人が多く技術が発達した街なので、ひょっとすると〈からくり士〉もいらっしゃるのではないかと」
「『ノースルタの街』……なるほどね。というか〈からくり士〉って職人系のジョブなのか? いまいちしっくりこない感じがあるなあ」
「いないというわけではないのですが、やはり数は少ないですから情報もそれだけ少ないのです。オグデンさんは荒事は苦手とおっしゃっていましたが、それもジョブのことなのか単に性格のことなのかもはっきりとはいたしませんし」
やっぱ少ないんだなあこのジョブ……いないわけでもないっていうなら探せば情報は出てくるだろうし、とりあえず文献漁りなんかも考慮に入れておくべきか。
とりあえず『ノースルタの街』なるところに行ったら探してみてもいいかな。職人系が集まるっていうのはNPCの生産職が多いってことで、その分全体のレベルが高いだろうしおそらくいつか行くことになるだろうな。
軽く考え込んだ俺の様子を見て俺が気を悪くしたとでも思ったのか、ベルは慌てた様子でフォローを入れてくれた。
「私が勉強不足なだけで、他に詳しくご存知の方はいらっしゃると思います! それに、これまでは我々地の民だけでしたが、マクス様のように〈からくり士〉の天の御使い様がいらっしゃったことで新しい発見もたくさん出てくると思います!」
その様子が微笑ましくて、俺はつい相好を崩す。
「ごめん、気を遣わせたな。ベルの話はすごく参考になったよ、ありがとう。〈からくり士〉の話はこれくらいにして……時間は大丈夫?」
「はい、次の鐘がなるまでは大丈夫です。まだお話していただけるんですか?」
いや切り上げようと思って聞いたんだけど、なんて言えるはずもなく。ほんとにキラキラした目で嬉しそうな顔してるんだもんなあ。
これはしょうがない。ベルの身の上やら気になることはあるわけだし、時間いっぱいまでこの子と一緒にいますか。いやあしょうがない、ほんとにしょうがない。俺は寝たいんだけどなー! しょうがないなー。
俺は顔がにやけないように気を付けつつ、ベルと話を続けた。
「いいよ、もうしばらく話そうか。そうだな……」
結局鐘がなるまで、時間にして十分足らずといったくらいではあるが、仲良く楽しく話をしていた。ほとんどベルのことを俺が聞き出しているだけだったが。
ベルは物心ついてからしばらく経って、家の方針で教会に出されたそうだ。末の子で、家族と接することがあまりないまま家を出たらしく、それを話しているときのベルは少し寂しそうな雰囲気だった。『モネーロの街』の生まれではなく、ここの教会に連れてこられてからはほとんど街の外に出たことがなく憧れのようなものがあるらしい。
俺に話しかけてきたのは、〈からくり士〉が珍しいとか、昔優しく接してくれたおっさんを思い出したとか、見かけない顔と突然湧いた似たような服装の連中と同じだったとか、そんなような諸々が合わさって話しかけずにはいられなかったらしい。
天の旅人……教会の人間は天の御使いと呼んでるみたいだが、俺たちプレイヤーのことは崇め奉るのではなく、時に見守り時に支えるようにと言われているそうだ。なんでも、天に仕える天教会としては御使い様を手厚くもてなしたいらしいが、プレイヤーは地に生きる存在だからとお告げがあったことでそんな妥協が生まれたらしい。
鐘が鳴って、ベルは名残惜しそうに何度もこちらを振り返りながら去っていった。街の中央にあるでかい白い塔の根本にある、これまた白い大聖堂の方へ向かっていったベルが見えなくなったのを確認すると、俺はすぐさまゲームからログアウトした。
――サービス開始から最初のプレイは、様々な厄介ごとを抱えた挙句、ギャルゲーじみた会話イベントを最後にこうして幕を閉じることとなった。
「……あー……ねっ、むい」
予定よりだいぶオーバーして眠気もなかなか強いのがきている。俺は重たく感じる体を気力で動かし、椅子からベッドに移動する。
「今日は……とっても楽しかったな…………起きたらもっと……ぐぅ」
ベッドに転がると数分も経たずに、今度は夢の世界へと俺の意識は没入していくのだった。
初日はまだ続きますが、初回が終わりました。
思った以上にのんびりしましたがそろそろちゃんとゲームしてくれるんじゃないでしょうか……
20180722修正
前
俺の知り合いでベルと同年代なんて千歳か我が妹かくらいのものだし、どっちも参考になんてなりゃしない。千歳には何言ってもさらっと流され、妹に至っては計算高く腹がドス黒くて色々だめだ。
後
俺の知り合いでベルと同年代なんて我が妹か妹分か、強いて言えば千歳もか……どれも参考になんてなりゃしないな。腹黒いか我儘か、はたまた何を言っても柳に風。多分我儘なのが一番その年頃らしいタイプなんだろうけど、残念ながら目の前のこの子はお行儀がよろしそうな様子。
原因:増える設定