表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
7/47

出涸らすデカダンス

羊を出してからのあのネーミング……

 みんな……みんな、俺の前からいなくなってしまった。いつだって俺は最後まで取り残される。去り際のあいつらはいつも笑っていて、俺の気持ちなんて考えていやしない。

 何度も何度も繰り返されてきた運命。繰り返す都度擦り減る俺の心は悲鳴を上げることすらしなくなった。孤独にはもう、慣れてしまった。

 慣れてしまったから――




 ――とりあえず俺ももう少ししたら落ちよう。ミケのやつに逃げられたのは誤算だったが、それならそれで一人のうちに試しておきたいことがある。

 というわけで俺は『モネーロの街』に一人で()()()()()()()。やってきた、とはどういうことか。パーティの解散は街に戻ってからのことで、やってきたというのは表現としておかしい。いた、というべきではないのか?

 答えは否だ。俺は正しく天から再びやってきた。〈からくり士〉「マクス」ではなく、〈戦士〉「マク()ス」として。


 当然だが「マクス」を消したわけじゃあない。キャラ保有枠数はデフォルトでも三枠あるから気になったことを調べるために新しくキャラクター作成したというだけの話だ。ちなみにアバターの外見は寝ていたリージアを叩き起こして作らせた。

 どうやらジョブの件はオールラウンダーをわざと曲解してくれやがったらしい。とんだ腐れAIである。一体誰に似たというんだ……最初はけなげにサポートしてくれる素晴らしいやつだと思っていたのに。

 その中で一番俺に合うやつを選んだなどとぬかしてやがったが、それを胸張って言うあたり大概な性格である。


 性別身長は現実に合わせ、あとは好みでどーぞと丸投げしてやったところ完成したアバターの見た目は「金髪碧眼、少し彫りが深い甘いマスクにほっそりとしたシルエット」というまさに王子様といった具合のものであった。名前は即決で「マクベス」になった。なんとなくイメージとは合わないが分かりやすさを優先した。

 そうして完成したアバターに意識を切り替えてリージアを弄んでやろうとしたら「中身が中身なのであまりそそられませんね」と言い残して、すっと消えていった。

 釈然としない思いを抱えながら俺は「マクベス」としてログインし、今ここに至るというわけなのである。



「マクベス」は、しっかりと『モネーロの街』に二本の脚で踏み入れた。初期装備は「マクス」が持っているのと同じ「バスタードソード」だったため、俺はどこに寄ることもなく一直線に東門から町の外に出ると、そのまま先ほどまで毛のついでに命を刈られていた「迷い羊」の生息域まで突っ走った。

 まず走破した段階で実感できる程度の違いがあった。そう極端ではないが、〈戦士〉の方が持久力があって速度も出せた。WPの量の違いが出たんじゃないだろうか。最高速度は確認していないのだが、今のところは大きな違いはないんじゃないかと思う。〈からくり士〉でも確認してないし知らぬが仏よ。

 羊ゾーンに着いた俺は、早速剣を抜くと――


「よいしょおっ!」


 手近なところにいた羊の首目掛けて振りかぶった剣を叩きつける。羊はHPバーをごりっと三割ほど減らし、怯んだ様子を見せた。

 一撃当てて離脱した俺は、羊がとった怯みモーションを見て反射的に飛び込み斬りつける。HPは残り四割、もう一撃入るかというところで怯みが解除され、再びバックステップで大きく距離を離すなり羊の角が横合いから強襲してきた。

 にらみ合いの形で羊はこちらを威嚇しながら僅かに重心を落とす。俺は先に打ち込む余裕はないと判断し、迎え撃つ構え。

 状況は膠着することなく、二つの風穴をぶち開けてやらんとばかりに鳴き声を上げて羊は強く大地を蹴り疾駆し、俺は突進を紙一重で躱すべく斜め前方に一歩踏み込む。

 ――激突はなく、しかしてすれ違う瞬間、俺は剣先をただ鋭く速く走らせ獲物へと振り抜いた。


 強い手応えとともに、羊はHPを全て失い光の粒と消滅した。ドロップした「折れた迷羊角」と「羊毛」を一応回収し、一息つく。


「最後がクリティカルだったとしても、三発って……次はスキルでも試してみようと思ったけど心がポキッと折れて〈戦士〉に倒れかねないし、もう街に戻ろ」


 戦士じゃなくてもチャンバラはできる。むしろ攻撃力低いからより長く楽しめていいじゃないかと慰めにもならない言い分で自分を納得させ、街に戻るために踵を返したところで、


 もふんっ


 ……進めた脚がもこもこに包まれた。もこもこボディーの持ち主はこちらを振り返って、じいっと見つめてくる。


「……」

「……」


 しばし見つめ合った後、もこもこは興味を失ったようにふいっと頭を戻して草を食べ始めた。

 まじかよこいつ骨の髄までノンアクティブじゃねえか……! やっぱりここただの牧羊地なのではなかろうか。セルディにはそれっぽい意見を言ったけど、俺にはもうチュートリアルエリアじゃなくてふれあい動物広場にしか見えなくなった。

 敵対してもいいやと投げやり気味の覚悟を決めて羊を一撫でしたのだが、むしろ気持ちよさそうに草をもしゃる様子を見て俺は人間の罪深さを嘆きつつ、とぼとぼ街に引き返した。


 帰りの道中、狩られる羊を見ては心中で悼み、狩られるプレイヤーを見ては溜飲を下げた。

 ……初心者かな、頑張ってくれ。





 街に戻り、すぐさま「マクス」で入りなおす。そろそろ寝ようかとは思うのだが、あと一つだけ確認しておきたいことがあった。

 〈からくり士〉の初期スキル、Lv.1から習得していた『茶運人形(ティーマトン)』を俺はまだ使っていなかった。スキル説明を読んでも「茶運人形を一体召喚する」としか書いていないからなーんにも分からん。ただ一つ言えるのは、このスキルは絶対戦闘で使うようなスキルじゃないということくらいか。基本戦闘不可の街中で使用可能になっているのが一つの裏付けになるだろう。あと一つは雰囲気。

 街で使えるならわざわざ外に行かなくてもいいよな。公園にでも行ってちゃちゃっと確認してみるか。



『モネーロの街』中央エリアにある公園は、遅い時間にもかかわらず中々盛況のようだ。ゲーム内は昼間だからNPCもプレイヤーも入り混じって、さながら観光地の様相を呈している。

 人が少ない所を探してしばらくさまようと、どうも塔寄りの場所は比較的空いているらしい。真新しい木のベンチに座ると、俺は今作初めてのスキル発動を行った。


「……念じただけじゃ発動しないか。『茶運人形(ティーマトン)』」


 MPを消費し、得体の知れない喪失感と引き換えに「地味な給仕服を身に付けた六十センチ程の人形」が目の前に出現した。人形は両手で銀の盆を持ち、その上には茶らしきものが注がれたティーカップが一客載せられている。

 俺がカップを持ち上げると、その姿を追うように人形の首が動いた。


「わざわざスキル使って出すくらいだし、飲むと何かしら効果があるんだろうか」


 とりあえずステータスを見て比較しながら……おいおいMPほとんど残ってねえぞ、どうなってんだこれ一回で九割も持ってかれてるじゃねえか……!

 人形からの無言の圧を感じながら、意を決してカップを口元へと近づける。


 シンプルなつくりのティーカップは白無地の見込みで、茶本来の水色(すいしょく)を楽しめるようにできている。そこに注がれた茶は、朝の麗らかな光を優しく受け止め包みこんだような淡黄蘗(うすきはだ)色。香りの主張もごく控えめで、さながら心地よい微睡みの中にいるような儚さを感じさせる。

 目と鼻で楽しんだ後は、静かに一つ口に含んだ。舌に馴染ませるように転がしながら、じっくりと味わう。癖のない味だ。口当たりは非常に柔らかく、苦味や渋味をほとんど感じさせず澄み切った味。雲一つない空の下、初夏の緑の気配をかすかに漂わせるような味わいだ。

 二口、三口と飲み進め、最後は僅かに音を立て飲み干した。……うん、このお茶


「薄っっっっす…………出涸らしぃ……」


 もはや色水と言わんばかりの薄さ。何茶なのかもさっぱり分かりゃしない。眉をひそめれば渋味でも出ないかと試してみるもそんなことはなく、ステータスも特に変わってなけりゃバフが付いたわけでもなし。スキルにレベルがあるがそれで変わっていくんだろうか。MPの自然回復はWPと比べると相当遅いが今のところ他に使い道はないし、暇を見て使っていこうかな。ついでに奴らにもこの繊細極まる味を楽しませてやろうフフフ……



 俺は空になったカップを人形の持つ盆の上に戻そうとして


「――こんにちは。もしかして、〈からくり士〉の方ですか?」


 声のした方に振り向くと、話しかけてきたのは長く美しい空色の髪をした十代中ごろくらいの美少女だった。注視してもカーソルも名前も出現しない、ということはNPCか。時たま見かける祭服姿のNPCと同じく、少女もまた青い祭服を身に着けている。

 俺は突然発生したイベントに若干の緊張を覚えつつも、慎重にされど気さくに会話を繋げることにした。


「こんにちは、お嬢さん。その通り、まだ新米だけど俺は〈からくり士〉のマクスっていうんだ。それでお嬢さんは? 見た感じ教会の人のようだけど」


 俺の質問に一瞬目を瞑った少女は、見た目よりも大人びた雰囲気を纏い儀礼的な挨拶を返してくれた。


(わたくし)のことはベル、と呼んでくださいませ。ディルス天教会の末席に名を連ねておりますれば、こうして天の御使い様たるマクス様とお話しさせていただけること大変光栄に存じます」


 澱みなく謙ったベルという少女は、堅苦しいのは終わりとばかりに自然に俺の隣に腰を下ろすと、興味津々です! とでも言いたげなキラキラした目でこちらを見つめてきた。お、ベルの頭の上に「ベル」という表示が出た。NPCでも名前を認識したらカーソルは出なくても名前の表示は出るんだな。

 そんなことより距離がすっげー近いの。大人びたシスター系のキャラかと思ったら中身見た目相応だなこりゃ。


 さて、これが重要イベントなのかただのランダム会話イベントなのかは置いておいて、やたら友好的な美少女キャラと仲良く会話することをワタクシ普通に楽しんでもいいでしょうか。いいですね? ありがとうございます!

会話は次回。

味覚嗅覚はおよそ現実に近い形で感じられますが、完全にというわけではありません。

こういう感じという雰囲気をもっともらしく再現したものになります。

なので現実で知らないものはそれっぽいな程度になり、知っているものは脳で勝手に補間されて現実にほど近い感覚になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ