執行猶予のプアアタッカー
はじめてのたたかい
うちのリージアが敢えて〈からくり士〉を勧めたのか、参照したデータ上は要求通りの性能だったのか。今確実に言えることは、経緯がどうであれ選んだジョブがなかなかにやべえ性能だったということだ。
間違いなく晩成型とか専用装備依存とかそういうオニオン感のあるやつだと思うし、俺はとりあえずこのまま進めてみようかなという気分でいる。いるんだが……
さすがに全会一致で「職変えろ」なんて言われたら大人しくキャラ作り直そう。今度は〈かばん持ち〉になるんだ……! と他のメンバーにお伺いを立てた結果、
アーウィン曰く
「今すぐキャラ消せ」
ミケ曰く
「死なないならいいよ」
タマオ曰く
「別にいいけど友達料払ってね」
セルディ曰く
「錬金術の素材取ってきてください」
イリス曰く
「倍働いてくれたらいいわよ」
とのことだった。友達料は払わねえ。約一名過激だがこれは許されたと考えていいだろう。いいよな? そもそも前衛火力職やれとは言われたけどやるとは言ってないしな。とはいえ選択肢は「前で殴る」しかないので前衛火力職から火力を引いた鉄砲避けか何かかといった存在になりそうではあるが。肉壁はミケじゃなく俺だったか。
ちなみに武器で悩んでたのは俺だけだったらしく、他のメンバーは初期装備のままでとりあえずは行ってみるということらしい。すなわち、アーウィンとタマオが両手杖、イリスが片手杖、ミケが片手剣に盾、セルディが弓になるようだ。ちなみに俺の初期装備は棒だった。混じりっけなしのただの木の棒。
棒は便利な武器だとは思うが、特に序盤は火力不足の予感があるのに加えて、なんだかんだ剣でズバズバやりたいという少年心が俺を捉えて離さない。それなのになぜ戦士じゃないのかと聞かれれば変なジョブで遊びたいからという部分がやっぱり大きい。思った以上に変というか現状ステータスだけ見ると弱職極まってる感じがあるので、おんぶにだっこにはならないようにしないとな。
ところで他の変ジョブはステータス大丈夫なんだろうか……そういう類のやるやつなんて効率投げ捨ててるだろうからどうであれ好き勝手にやってるんだろうなとは思うのだが。
武器屋の看板娘に特に効果の付いてない「バスタードソード」を頼むと、ゲーム内貨幣を800ダール支払って受け取った。開始時は1,000ダール貰えてるようなので、ほとんど使い切ってしまった形だ。これじゃ防具は買えないな。当たらなければどうということはないの精神で、もとい貧弱さが後衛並みだから攻撃を食らわない立ち回りをしないとポンポン死ぬことになりそうだ。
買ったばかりの「バスタードソード」を装備して、腰に下げる。これだけで棒を背負ってた時と比べるとファンタジーさに雲泥の違いがあるな。
「武器も買ったし、行きますか。狩りの時間じゃー」
「その前に防具屋と道具屋も確認しとこうよ。回復アイテムも買っておいた方がいいかもしれないし」
「――それもそうか。俺は買えなさそうだし任せる」
武器屋を揚々と後にして、ミケとそんな会話をする。武器屋の近くに防具屋も道具屋もあったのは武器屋に入る前の段階で分かってはいたのだが、街の東エリアにこれだけ集まってるということは他のエリアにもまた別の店舗があるということなんだろうな。歩いている感じ東西横断するだけで結構な時間がかかりそうなくらい街の広さがある。最初の街にしては規模が大きいような気がするが、テレポートなんかのショートカット的なものはちゃんとあるんだろうか。前作は確かそういうNPCがいたような覚えがあるけど……
俺たちは防具屋と道具屋の冷やかしを終えて、準備は万端と街の東門の前までたどり着いた。
防具屋では俺が布かぎりぎり革系防具じゃないと装備ペナルティがきついということが判ったり、道具屋では「Lv.1 HPポーション」を買って俺の所持金がすっからかんになったりといったような出来事があった。頑張って生きようと思う。
さあ、ついについに外の世界へ冒険だ! と、じっと街門をみつめるが、閉じたまま動きがあるわけでもない……どうやって出るんだこれ。もうちょい近づくと開くのか? ときょろきょろ周りを見渡していると
「門のそばまで行くと外に出られるようになっているんじゃないでしょうか」
「ああなるほど」
確かに、よく門を見てみるとモヤッとした青いオーラみたいなものがあるのが分かる。もう少し近くまで行けばセルディの言うように外のフィールドに飛べるようになってるんだろうな。
門に近寄ろうかとしたところで、タマオが何かに気づいたようにあ、と声を漏らすとすっかり忘れていたというか気づいてなかったことにつっこんだ。
「ねー、パーティまだ組んでないけどどうするの?」
「ああそうだった、パーティ組んでなかったな。作って申請飛ばすわ」
アーウィンが宙に手を走らせると、視界にパーティ申請のウィンドウが現れた。許可の文字に触れて「アーウィンのパーティ」と書かれたパーティに参加すると、視界の端にパーティメンバーの名前とレベルに加えて、HPを示すのであろう緑のバーが表示される。
全員Lv.1の初々しいパーティが完成したところで、俺たちは足並み揃えて門に近寄る。十歩ほど進んだところで視界に割り込んできた
《街の外に出ますか?》
というメッセージに俺は「はい」を選ぶと、めのまえがまっしろになった。
視界が白に染まったのはほんの一秒ほどで、戻った視界に映ったものは一面に広がる青々とした草原だった……と言いたいところだが、そこそこ人いるなこれ。
とりあえずパーティと合流しようと周りを見てみると、ばらばらではあるが近くに全員飛ばされたらしくすぐに集まることができた。最後に近づいてきたアーウィンは呆れたような表情をして苦言を呈した。
「ちょい、ちょい、パーティで外に出ようや。お前ら全員先走りすぎだろ」
「……そういうのもあったわね。次から気を付けるわ」
「リーダーが早う出ればよかったのでは?」
「出ようとした時には全員おらんかったわ。というかお前が真っ先に消えたわ」
俺はバツが悪そうにしているイリスをかばって点数稼ぎしとこうと思ったが、こちらに矛先が向いただけだった。このままじゃ分が悪い、と俺は話を逸らすべく狩場をどこにするか相談することにする。
「それは置いといて、どこで狩るかね。ひとまず周辺で狩るとして、どっか進みながらにするか?」
「私はあまり長くはプレイできないので、街の近くでお願いできれば」
「さすがに軽く狩ったら寝るわよ。ド深夜だし、肌と健康に悪いし」
気づけば丑の刻といった具合の時間表示。土曜で全員休みといっても、セルディは高校生だし、タマオは一応見られる仕事をしてるしそれはしょうがないか。女性陣の中でもイリスは中々に不健康な生活をしてるから周りに合わせられるのだろう。ゲームに限らず徹夜で読書しちゃうような人種だしな。だーからちんちくりんなんだよなぁ……
「マクス、あとで二人っきりで反省会でもしましょうか?」
「ノー、アイムイノセントボーイ」
どうして考えてることが見抜かれてしまうのか、俺は不意に髪をかき上げ天を仰ぎみて無実を主張した。
男連中もあまり長くやる予定ではなかったらしく
「僕はちょっと遅くてもいいけど、それでも二時間くらいかな」
「俺は寝る。家でやることもあるし、昼以降だな」
ミケは居残り連行するとして、アーウィンもまともな人間みたいなことを言っている。元ネトゲ廃人めまっとうな生活を送るようになりおって。仮眠取った分を考慮して俺も日が昇る前にはログアウトすることにしよう。続きは寝て起きてからだ。
「なら動きの確認がてらのレベル上げみたいな感じで。戦闘チュートリアルってやつだな。よし行くぞやれ行くぞゴー!」
「こら先走るなマクス! ――ああもういいやよし行くぞお前らー」
時間が惜しい体が疼く! とぱっと見人が少な目だった街の北東方向に向かって、俺はメンバーを置いて勢いよく駆けだした。
WP(気力値)が半分ほど減ったあたりで不意に立ち止まった。じわじわと回復していくWPバーを横目にみつつ、パーティメンバーが追い付いてくるのを待つ。走りながらも回復していたようで、全力疾走でなければ現時点でも現実より息切れせずに走れる感覚がある。ちなみに現実の俺は通学でチャリを使う程度の運動しかしていないので比較対象としてはミジンコレベルだと思われる。
ぱたぱたと駆け寄ってきた明らかにビギナーな見た目のパーティメンバーは、これまた疲れた様子なく立ち止まると、それぞれ武器を手に持った。一匹の敵性モブ――にしてはやたらファンシーな見た目をしているが――がそろそろ後衛の射程圏といったところに居る。
「迷い羊」……もこもこと可愛らしい見た目でのんきに草を食んでいる普通の羊。迷い羊のくせに周りにいるのも「迷い羊」なせいで一体何に迷っているのか。人生ならぬ羊生に迷っているというのか。
カーソルカラーは黄色のようだが、これはノンアクティブということだろう。拍子抜けというか抜けるのは気というべきか。羊さんを集団でぼこぼこにするという絵面を想像して心優しい俺はこの世界の非情さを嘆いた。
「確かに狩りとは言ったが、毛刈りのことを言ったわけではないんだよなあ……本当に俺たちはこいつを狩らなきゃいけないのか? 他に道はないというのか?」
「澱みなく剣を抜いてばっちり構えてから言うセリフではないな。一応角の先は正面向いてて殺意は高そうだぞ。まあ、最初はもうちょっとこう、小鬼人みたいなそれっぽいのを行っときたい気持ちはすげー分かるんだが」
「奴らはいても森の中だろうなあ。さ、きりきり狩るぞー。後衛組先手よろしく」
「締まらねえなぁほんと……とりあえず慣らしだ各自適当にいこう。イリスはバフを、セルディは俺の魔法飛んだら攻撃よろしく。」
「前衛の防御を上げるわね……『守りの加護』」
羊は完全に戦闘圏内に入った。俺とミケがイリスの魔法を受けると、アーウィンの指示で各自おおよその位置にばらけ今作初戦闘は冷ややかな一撃で幕を開ける。
「行くぞ……『氷気の小弾』!」
「――撃ちます!」
氷混じりの冷気の弾が「迷い羊」に向かって飛んだのを確認して、セルディは番えた矢を放つ。ヒーターシールドを前面に構えたミケから半歩下がったライン上に俺が立つと同時、食事中にちょっかいをかけられた羊さんのカーソルが赤に変わる。怒りを露わにするように一つ鳴き声をあげ、見た目に反し俊敏にぶちかましてきた。
「よっ! おっ、結構重いね! コイツ」
ガツン! と鈍い衝撃音を伴ってミケがぶちかましを正面の盾で受ける。多少押し込まれたようだが、完全に勢いを殺し切ると盾で抑え込みつつ逆手に持ち替えたショートソードを羊の首に突き立てた。羊の首元から赤色の光の粒子が舞う。わあ、えぐぅい。
じりじり削れていく羊のHPは尚六割ほど残っている。俺は側面に回り込んで胴体に剣を叩き込んでみる……が毛皮が邪魔してほとんどダメージが通らない。一旦下がって後衛の攻撃が入ったのを確認すると、すかさず距離を詰め深く踏み込み、後ろ足関節部めがけて剣を水平に薙いだ。
脚にダメージを負った羊は押し込む力を失ってしまったようで弱々しくメェ、と鳴くと抵抗が徐々に小さくなっていく。やりづらさが半端じゃないが、残り二割を切ったところで考えたってしょうがない。俺は羊の右側面に移り、この一撃で終わらせてあげようと高く構えた剣をその首へと振り下ろした。
……ちょっと残った。ミケがいたたまれない様子で再び羊に剣を突き込むと、今度こそHPを削り切って羊は淡い光の粒子となって消えていった。
こうして、初戦闘は何とも言えない形で終了したのである。
後に残ったドロップアイテムを全員が無言で見つめていた。俺はついぽつりとやるせなさを漏らす。
「……俺が悪いんか?」
「うーん、保留!」
「こういうこともあるわよ。気にしないの」
仕事がなかった回復役とあんまりなかった支援役はあまり強く言えないのか責めてはこなかったが、自分の思った以上にダメージが出なくて俺は少し不安になった。これはほんとに倍頑張んないといけないかもしんないぞ……
イリスは、アイテムに触れて所持収納に回収しているアーウィンを見ながら、「それに」と続けて話す。
「もこもこした毛のせいかアーウィンの魔法もあまり通っていなかったみたいだし」
「お、こっちに飛び火したぞ? 俺が飛ばしたのは氷だが」
「寒いですよ、氷だけに。私の弓も胴体にはほとんど有効打になりませんでしたね。最初の街のそばに出るモンスターにしては堅いように思いましたが」
俺もしかして顔に出てたんだろうか。イリスは気を遣って話の流れを変えてくれたように感じる。さっむい洒落で頭も冷えたことだし、気を取り直そう。
俺はイリスに心の中で感謝を告げると、セルディの問いかけに答えた。
「動きは単純だし、しっかり捌いてしっかり部位を狙うっていう基本を身に付けるにはうってつけなのかもな。上達は時間短縮で実感できるだろうし」
「そういうことなのでしょうか。私もしっかり気を引き締めて狙わないといけませんね」
セルディは気合を入れ直したように表情を引き締める。そこまで気負わなくていいよ、と身振りで伝えると、パーティはいつでも移動できる状態になったらしい。
それでは次の羊を狩りに行こう。羊じゃなくてもいいんだけど周りに羊しかいないんだよな。解散までさほど時間はないが、ちゃきちゃきと狩りにいそしみましょうか――
――結果、パーティが解散するまでの間に狩った羊の数は十五匹ほどだった。
解散した後ミケと「たのしいでぇと」でもやろうと思っていたのだが、「こき使われそうだから寝る!」と言って逃げられた。解せぬ。
大量の迷い羊。
ちゃんと迷ってるので近くの羊が延々とリンクして羊牧場みたいにはなりません。
厳密にはしないんじゃなくリンク範囲がやたら狭いだけなのですが。