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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
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大惨害 森を散策しようの会(死亡回数九回)

たいへん、ながらく。

 称号「九死一生」

 期間性称号 残り71:56:27

 複数回取得可

 デスペナルティを途切れさせることなく9回連続で死んだ者に与えられる称号。称号所持者のデスペナルティ持続時間が30%増加し、デスペナルティ持続中の連続死亡回数が9回を超過した場合、1回超える毎に20%ずつ追加でデスペナルティ持続時間が増加する。めげずに頑張りましょう。




 この身が偉大なる(おしおき)称号「九死一生」を授かるに至った、儚くも険しい道程を後世に残さねばという一方ならぬ使命感の元、ここに筆を執った次第である――


 ――なんて、実際に書き連ねるわけではないんだけど。しばらく神経を張り詰めさせてたせいで結構疲れたし、どうにも目的を見失いかけてたことに気づいてしまったから、休息がてらここまでのことを振り返ってみようと、単にそういうことなのである。デスペナルティは四十分ほどに膨らんでしまっているが、のんびり昼飯食べてる間におそらく解消されるだろう。


 ああ死にたての体に茶が染み渡る。総身で味わうこの不味さ、程よい達成感に浸っているところに冷や水ならぬ泥水を浴びせられるかのようだ。ただひたすらに薄いのにどうしてこんなに不味く感じるのか。敢えて言葉にするならば、旨味甘味など微塵もなく、苦・辛・渋味だけが「オレオレ!」と遠くで叫んでる塩梅。もう少し近くに寄ってこようものなら不味さで耳鳴りがするようになるかもしれない。『茶運人形(ティーマトン)』Lv.1の時って、心なしかこれより薄かったような気がするんだが、まさかね。


 俺は未来の不安とこちらを凝視する人形から目を逸らすべく、過去に遡ること三時間分ほどの苦難に思いを馳せることにした。




 CASE.1 速すぎる


 『静謐の深蒼森林』の浅層を越え中層へ。そこに目に見える境界があったわけではなく、ならば踏み越えたと認識したのは何に因るものか。

 フィールドが変わると片隅に表示が出たり、読み込みで一瞬カクついたりするゲームはたまにあるが、エートスにそんな演出やら仕様やらはない。強いて言えば雰囲気が、重苦しいものに変わったように感じたことだけは間違いない。

 ここは捕食者の領域、狩るモノたちの世界で、俺は狩られる側の存在だ。ともすれば迷える子羊か、あるいはただの鴨だろう。

 俺は周囲に注意を払いながら慎重に進む。新調した剣は抜き放ったまま、足音を忍ばせ、樹のそばを通るように努める。頭上の注意はあえて抑え目だ。進行が牛歩になりそうだし、上を取られている時点で後手に回っているも同然なのだから、覚えたばかりの『危機察知』スキルが不意打ちを知らせてくれることに期待した方が、何かと順調に行くように思うのだ。


 ()()と遭遇したのは中層に足を踏み入れてから程なくの時だった。十本余の樹の陰を抜け、視界に飛び込んできた大柄なその姿。体高二メートルほどの、二本足で直立する狼の頭上を仰いでみれば「下級人狼(ガルルプス・ミノル)」という表示。レベルもHPゲージも当然見えはしない。

 ミノルって、牛? いや下級ってことはマイナーか。あの筋骨隆々さと、こちらを睨む精悍な目つきを見たら下級なんて修飾語は何の慰めにも……おや、何だか目が合っている気がするぞ。

 俺は状況を飲み込むべく人狼としばし見つめ合う……なんてことにはならない。プレイヤーはさておいて、このゲームのモンスターが敵性存在を感知した場合、次の行動は即座に決定される。動くか、動かないか。その判定基準はそいつがアクティブか非アクティブかということでしかない。そしてあの人狼は見た目通りに――まさしくアクティブモンスターだった。


 人狼はこちらに気づくやいなやすぐさま猛然と突っ込んできた。人狼の右腕から円状に、薄い波のようなエフェクトが現れ、人狼の疾駆をはるかに上回る速さで広がっていく。人狼が攻撃の構えを終えた頃に波は俺の体を通り抜け、身震いにも似た感覚を残して消えていった。

 人狼は発達した前肢を人間のように振り上げ、人間にはない強靭な大爪を獣の速さで叩きつけてくる。『危機察知』スキルのパルス波様の知らせによれば、あの爪撃を食らうとどうやら俺の命は危ないらしい。


「見りゃわかるわな……!」


 舶刀で『パリィ』はしない。片手剣片手持ちで成功判定が残ってるか怪しいというのもあるが、ここには戦闘をしにきたわけじゃないのだから、この選択は逃げ一択。勢い込んで迫ってくるところをやり過ごせれば多少は逃げやすくなるだろう。逃げられるかどうかは今は考えないでおく。

 タイミングを見極め、眼前に迫った人狼が腕を振り下ろし始めたタイミングで『ライトステップ』。多少余裕を持って人狼の右腕側へ、すれ違うように体を滑らせる。

 背後から届いた風を裂く音に一瞬安堵し、更に一歩離れ、さよならでも告げておこうかと振り返ろうとした――その矢先。何故か感じた体の震えと、遅れて目に飛び込んできた遠く過ぎ行く『危機察知』の波、そこでようやく頭で危機を察した俺は――背中を貫く衝撃で、あっさりと街に送り返されたのだった。




 CASE.2 いくらなんでも二体は無理無理


 いや初っ端からひどい洗礼を受けたもんだ。背中から一撃なんて、気を抜いてたつもりはなかったけど些か甘く見すぎていたか。

 まあおそらく左腕で突かれたんだろう、と思う。隙が小さすぎたのは独立した二つの攻撃ではなく、右腕からの左腕という繋がりで一つの行動だからだろうな。次遭遇したら注意しとこう。

 とりあえず予想通りポーションは必要なさそうだから、そのまま再出撃することにしよう。


 中層に舞い戻った俺は、背後の人狼から身を隠すように樹を背負い、沈思の中へと逃げていた。

 人狼の索敵は眼が基本。感知範囲も敵対範囲も定かじゃないが、さっきは十数メートルで発覚即敵対だったから少なくともそれ以上ではある。敵対範囲だけでも把握できればいいんだけど、そのために見つかりに行くのは本末転倒だ。

 今はとにかくやり過ごせるタイミングを待つだけ、と樹の向こう側の様子をそろりと窺ってみる。やがて姿が見えるだろうというところまで首を横に伸ばしてもそこに人狼の影はない。ならば反対側は、と一旦体勢を戻してみれば、探していたその姿は何故か真正面にあった。思わずびくりと、固まる。

 俺が樹の根元から飛び出すのと、人狼の頭上に浮かぶカーソルが透明さを失ったのはほぼ同時。人狼に背を向けて、全力で駆けだす。こういう時だけは何食らっても死ぬ状況がむしろありがたい。どんな攻撃が来るのであれ『危機察知』が働いてくれるから、ギリギリのタイミングまで逃走に専念できる。

 それにしてもいつの間に正面まで回り込まれていたのか。動かなければ感知されないタイプなんだろうか? いやそれ以前にそこまで行くまでの間に気づかなかった俺に問題が――なんて余計なことを考えていたお陰か、突如横合いから襲ってきた爪撃に違和感を覚えるより先に、前方へと転がるように無意識の回避行動をとっていた。


「――げ、二体」


 振り返り、状況は一拍遅れて把握できたものの、俺にできたのはそこまでだった。




 CASE.3 キづいたら死


 二体はどう考えても無理無理。同士討ちでもしてくれるなら可能性あるかもしれないが、そんな気配はなかった。横から来た奴が元々隙を窺ってた一体で、もう一体正面にいた奴はまた別だったみたいだな。それが分かってたとしてもあの段階ではどの道手遅れだった。

 さて二体同時が無理なら一体だけならどうにかなるのか? という話だが……それについてはまあ、現状を鑑みるに――どうにか戦闘を長引かせるくらいはできている。


「蹴りは癒し!」


 腕と大してリーチが変わらない癖に予備動作は長いという、人狼の残念な回し蹴りを飛び退いて躱す。

 殺意の高いヘラジカみたいな見た目のモンスターから距離を取りながら進んでいたところ、性懲りもなくまた人狼に見つかり、回避だけに専念することそろそろ一分。深層を目指す意味では良いとは言えない進行速度だが、周囲を確認しつつ、少しずつでも進んでいるのは流れとしては悪くない。

 欲を言えばテリトリーを外れて敵対状態が解除されれば御の字なんだが――と、右腕。高く構えたってことは次は左右の連撃か。『ライトステップ』は二撃目の突きに残すようにして、最初の振り下ろしは気合で躱そう。

 俺は人狼の吶喊を万全の構えで待ち受けて――しかしその攻撃が届くよりも早く、俺のHPゲージは弾け飛んでいた。


「……はい?」


 呆けた声が街の空気に溶けていった。そう、街なのだここは。最後にこの光景を見てからまだ三十分も経ってはいない。

 何が起きたか訳が分からない。死に戻ったということは分かるが、なんで死んだのか全く分からない。人狼の攻撃はまだ到達まで秒単位で猶予があったし、人狼の右腕からのものの他に『危機察知』が反応したわけでもなかった。

 つまり……何か? 人狼の右腕から不可視の遠距離即死攻撃が飛んできたということか? もしそうだったとしてどう対処すりゃいいのか。攻撃の形も速さも分からないし、そもそも右腕だけからしかやってこないのかというのも分からない。

 うぅん…………無理じゃね?




 CASE.4 手ごたえがない(こちらだけ)


 人狼ならどうにかなるかもという儚い希望は、抱いた端から粉微塵に打ち砕かれた。とりあえず人狼との戦闘は絶対回避の方向で行こう。中層まで検証をしに行っているわけではないのだ俺は。


「「影狼(ウムブラ)」……人狼じゃなければいいってことじゃあないんだが」


 小柄な狼のシルエットがこちらをじっと見つめている。見つめていると言ってもその姿は文字通りの影絵(シルエット)であるから、実際に目で見てるかどうかは微妙なところだ。

 アクティブモンスターなのは頭上の赤いカーソルを見れば一目瞭然だ。カーソルが半透明なことから戦闘状態に入っていないということも分かる。しかし、あの影狼は微動だにせずこちらを向いている……ような形をしている。たまたまこちらを見ているだけか、感知圏内敵対圏外なのか。

 このまま膠着状態では埒が明かない、と俺が足を引くとほぼ同時、正しく影が光に浚われる時のように影狼の姿はすぅと消えていき


「ッ! 質悪っ!」


 俺の足元に再び影を落とした(現れた)。反射的に飛び退きながら振り抜いた舶刀は抵抗なく影を通り抜け、影狼はお返しとばかりに俺の胴を前脚で引っ掻いた。

 被ダメは半分強。死にはしなかったがそれだけだ。実体がないせいで『パリィ』は効果がないだろうし、次は発動するであろう『危機察知』も回避が間に合うまでに発動しない気がする。「森林狼(カニス・リカオン)」の時もそうだったが、俺の耐久が貧弱すぎるせいで小技を重ねてくる敵に対して割とどうしようもない現状があった。

 影狼は俺から距離を取るようにその姿を移して、その前肢をちょうど馬が威嚇する時の如く持ち上げた。その行動は威嚇か挑発かという風にも見えたが、そんな無意味なものではなかったらしい。

 『危機察知』が働く。遠ざかる半波はどの方向にもほぼ同等に離れていき、俺はぎょっとして自らの足元に目を移した。

 足元の影は細く蠢きながら浮かび上がる。ああそんなスキルもあったなと、俺は他人事みたく呑気に思い出していた。

 闇属性魔法『茨成す影(シャドウソーン)』。発動から〇・五秒後に、対象とした影から「影の茨」を立ち昇らせるスキルだ。「鬼人(オーガ)」くらいなら軽く覆ってしまう範囲と出の速さがウリの優秀なスキル。()()()()()()()()()()()()()、躱せないこともない。


「……来ると分かってればね」


 結果躱す間もなく数多の黒棘に刺し貫かれ、俺は街に送り返された。




 CASE.5 群れないと大したことないけど際限なく群れる


 あの森の狼はどいつもこいつもイカれてやがる。全回避全逃げ一択だ。

 そんな感じで走り回っていたらゴブリンの集団に見つかった。若干保護色気味なせいで普通に見落として接近してしまった。不覚。

 一、二体なら最悪倒してしまおうかと思ったのだが……「隊伍小鬼人・戦士ゴブリンコープス・ウォーリアー」が五匹、「隊伍小鬼人・弓兵ゴブリンコープス・アーチャー」が二匹、「隊伍小鬼人・魔法使いゴブリンコープス・ソーサラー」が一匹の計八匹はもうどうしようもない。

 幸い奴らの足はそこまで速くないし、遠距離攻撃だけ気を付けながら十分逃げ切れる――!


 そう思っていた頃もありました。いつの間にか三方三小隊に囲まれていて詰みました。後ろを見る余裕があるからと前の注意が疎かになったのが反省点でしょう。




 CASE.6 蜂のように舞い、ライフルのようにぶっ刺す


 あわや集団リンチだったが、幸いにして二撃で死んだから袋にされることはなかった。

 中層の敵のレベルは体感30から40くらいだろうか。ぽんぽん死ぬせいで強さを図りづらいものの、大体その辺りにプレイヤー側の適正レベルもあるんだろうと思う。

 ならばレベル11の、戦闘職ですらない俺はこそこそと地を這うように進むのが道理というものだ。今更といえば今更な話だった。

 サバイバルシューティングゲームの気分で身を潜めながら中層を進む。俺はあまりやらないジャンルだから友人の見様見真似なのだが、要するに視線と射線を想定して、それらを上手くコントロールしながら動けば

 いいということだ。

 二体の人狼を上手くやり過ごし、俺は小さくガッツポーズをした。これならいける。物足りないというか、何のゲームやってるか分からなくなりそうなことを除けば完璧だ。

 ――まあその、何のゲームやってるか分からなくなりそうっていうのが一番の問題だったのだが。それに気づいた頃には後の祭り。


 ちか、と目が眩んだ。深い森ではあるが木漏れ日くらいはあちらこちらに差し込んでいる。光に釣られて顔を上げれば、赤い実の生る光沢のある枝が視界に入った。黒く、つるつるとしていて槍のように先端の尖ったその枝は宙に浮かび上がると、風もないのに宙を飛び回り、やがて波のようなものを発して……


「あっ」


 「強襲甲虫(アングリフケーファー)」の太く長い槍のような胸角に猛烈な勢いで胴を貫かれた。

 頭上の警戒を捨てるだけならまだしも、頭上に敵がいないと思い込んでいたことにようやくここで気が付いたのだった。

ちょっとぶつ切りですが長くなったので次回に続きます。

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