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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
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知識を鎖す洞

 外観も圧倒的であったが、内観もこれまた圧巻の一言であった。両者に異なる点があるとすれば、外観から受けた印象は建物の壮大さで、内観から受けた印象は自分の矮小さであったことだろうか。仄暗い内空間は神々しさよりも神秘を静かに湛えているように感じる。

 プレイヤーを遣わした神霊的な何かが降り来ることに、なんら疑義を抱かないくらいの荘厳華麗さがここには供わっていた。


 俺は典礼らしき集まりを横目に、方形様の回廊へと抜ける。典礼にはここに身を置く教徒全員が集まっているというわけではないらしい、というのは周囲を行き交うNPCや、対角にある建物の周りをいくつも動き回るシルエットからもよく分かる。

 門番に言われた通りに寄り道することなく回廊の突き当りを左に折れ、そこにあった階段から二階に上がった。

 半開きの扉を見つけ、恐る恐る中を覗き込んでみる。やけに物々しく、図書館独特の匂いもしないし、どうにも目的の場所ではないように思う。


「……どちらさま?」


 訝しげな誰何の声に足を縫い止められる。声の主へと目を向けてみれば、青の外套を纏った修道女が不機嫌そうな顔で、手元の本に目を落としていた。


「ここ、図書館で合ってる?」

「見れば分かるでしょ」


 見ても分からないから聞いたのだが。いや、よくよく、注意深く観察してみれば本の背表紙らしきものが、壁面を覆う金属の簾の奥にちらほらと見えるような気もする。

 カウンターを挟んでこちらを見るともなしに素っ気なく返した修道女は、燃えるように赤い長髪を僅かに揺らしながら、右手をこちらへ差し出してくる。


「はい、閲覧許可証見せて」

「え、何それ」

「ないなら出直してきて。ここはモネーロ大天堂が誇る、鎖にまみれた閉架書庫よ。諸人に開かれているわけじゃないの」

「ええ……閲覧許可証はどこでもらえば?」

「知り合いの教徒にでも聞いてみるのね」


 それだけ言うと、修道女は上に向けた手のひらをくるりと反して、しっしっと野良犬でも追い払うように手を振ってきた。修道女とは思えない態度の悪さに辟易するが、キーアイテムがないのにごねたところで良い結果が出ようはずもない。

 ここは大人しく引き返して、閲覧許可証なるものを取りに行くことにしよう。そう結論付けて踵を返そうとした時、ようやく顔を上げた修道女と初めて目が合った。


「――あんた、名前は?」


 僅かに目を見開いて、修道女は藪から棒にそんなことを聞いてきた。俺は修道女とは思えないぶっきらぼうな物言いに目を見張りながら、問われたことに答えるべく口を開く。


「マクスだけど」

「……それを証明できるものは」

「証明っつっても――ああ、これは?」


 名前が分かるもの、であればこれかとインベントリからトルネク商会の会員証を取り出してひらひらさせる。修道女はひったくるように会員証を奪い取り、まじまじと見つめてから、「はあ、あんたがそうなの」と小さく呟いた。

 修道女はため息をひとつ吐いて、手に持った羊皮紙を俺に突っ返してきた。


「ベル様から話は聞いてるから、許可証はいいわ」


 あからさまに視線を逸らして、修道女は気まずそうに声を漏らす。

 昨晩のベルとの会話でフラグが立っていた感じかな。フラグが立ったと言っても、実際の処理はベルがこの修道女に直接会って伝えるというアナクロなやり方でなされていただろうから、あの会話の直後に図書館に来ても門前払いを食らっていたはずだ。結果的には時間を置いてから来たのは正解だったみたいだ。


「で、何を探してるの」

「東の森に関する情報が書かれたものがあれば」

「そ。持ってくるから座って待ってて」


 修道女はカウンターそばのこじんまりとした閲覧机を指し示してから、澱みない足取りで書架の並びに向かう。四つほど棚を通り過ぎて急に立ち止まると、カチャカチャと音を鳴らしながら本に結ばれていた鎖を外して、労るように優しく胸元に抱えながら一冊の本を運んできた。


「鎖でわざわざ繋いでるのに外すのか?」


 机に備え付けの硬い木の椅子に腰かけたまま、素朴な疑問をぶつけてみた。

 本が貴重だからとか、そんな理由で盗難防止に鎖で結んであると思うんだが、読むときに外すのならあまり意味がないような気がする。許可制だからと言っても、つい魔が差して持っていくなんてことがあったらどうするんだろうか。

 修道女は「ああ、それ」と呟いて机に本をそっと載せると、聞かれ慣れている風につらつらと疑問の答えを口にした。


「持ち出させないためじゃなく、持ち出そうと思わせないためのものよ。要は事故防止用。本来の持ち出し、盗みの対策は――本を持ったまま扉をくぐればすぐ味わえるけど?」

「遠慮しとく」

「そ。それは残念――『立ち返り給え(ディコーデクス)』。戻すときは呼んで」


 修道女は薄く笑い、本に何かのスキルを発動してからカウンターへと戻っていった。

 そうだった。この世界には魔術の類が存在するのだ。多分持って逃げようとした日には扉を越えたあたりで天罰の雷でも浴びるのではなかろうか。

 革装丁の細工に魔術的な仕掛けでも施してあるのかなんて考えながら、俺は本のページを注意深く開いた。


 ――渡された本を読んでみた。

 キノコと草の話が延々と書かれていた。しかも食用用途のことしか書いてない。


「……返す。違うのくれ」

「あっそ」


 続いて渡されたのを読んでみた。

 肉の話が延々と書かれている。ヘビにウサギにシカにオークなどなど、食用用途のことしか書いてない。豚っぽい肉がちゃんと食材として扱われていることに感動を覚えたが、それだけだ。

 さも分かってる風に本を取ってきたからついそんなもんかと流してしまっていたが、何冊も条件に当てはまる本があるなら、細かい注文なしで目的のものが出てくる気がしない。


「食い物の話じゃなくてだな。来歴とか、強いて言えば狼に係る本がいいんだけど」

「なら最初からそう言いなさいよ」


 むしろ何で食糧の本を最初に持ってきたんだ。もっと大枠で綴られた本があるだろ。

 今度こそ目当てのブツが出てくるんだろうな、と再び本を取りに行く修道女に胡乱な目を向けてみれば、どうも顔がニヤケているような。

 文句を言ってやりたい気持ちを抑えて、再び届けられた本に目を遣った。

 古めかしく「静謐の深蒼森林を望みて」と書かれた――書き文字は異なるが、システム的にそう読み取ることができた――本の表題に今度こそ期待を寄せて、俺は革の軋む古書に目を落とした。




 ……なるほど、なるほどなるほど。

 調査報告書のようなものかと思ってみれば、実際は冒険譚だったらしい。とは言え、知りたかった情報は粗方得られた。惜しむらくは冒険の目的が達成されなかったからとオーサーがその名を記していないことか。


「ここってあんまり人来ないのか?」


 本を静かに閉じて、修道女に声をかけた。


「一日に二人くれば多い方。()()()()()はあんたが初めてね」

「おつかい様て」


 ()()()()よりは実態に即していようが、一応天を主と仰ぐ教徒じゃないのかこの修道女は。祭服を着ているのに出向で来ているだけってこともないだろうし、分かっててこの態度は不信心なのではなかろうか。

 そう思ったのが顔に出ていたのか、修道女は聞いてもいないのに弁解を口にする。


「別に信じてないわけじゃない。あたしだってここに身を置く一人だし」

「ベルは真っ先に天の御遣いって言ってたけど、色々あるんだな」

「ベル様は信じてる……そう、()()()()の。だからあたしも信じてる」


 修道女は自分に言い聞かせるように呟いた。信心にも色んな形があるとは思うけど、こうも外発的なのは如何なものだろうか。

 まあ、とりあえずの用事は済んだわけだし、そろそろ行動を始めるとしよう。


「……よし、これ返すな」

「探し物は見つかった?」

「一応な。詰まったらまた来るかもしれないけど」

「――そ。どうせ暇だし、次に来るまでにあたしなりに調べといてあげてもいいけど」

「そうか? じゃあお願いしようかな」


 椅子から立ち上がってカウンターの前に向かうと、何やら一枚の羊皮紙を渡された。


「これは?」

「閲覧許可証。あたしの名前で出しておくから。こんな閑職したがる子はいないし大丈夫だと思うけど、一応」


 相変わらず手元の本から目を離さないままの修道女から許可証を受け取った。

 ええと、「名前で出した」って言ってもアイテム名には出ないのか。ならフレーバーテキストの中は――テレジアから渡された許可証、と。


「ありがとう、テレジア?」

「……職務だから」


 俺が確認も含めて礼を告げると、テレジアという修道女は一瞬目だけこちらに向けて、それから表情を変えることなく元のように本を読み始めた。




 テレジアに別れを告げて、図書館を後にした。

 さて、やはり森の奥に行くほどに敵は強くなっていくらしい。本に曰く浅・中・深層の三層か。

 深層には踏み入れることすらできなかったなんて記述からして三層で収まらないような気がしないでもない。

 怪しいのは本の締めの辺りの一節。


 ――結論としては、我々の探索は達することなく終わりを迎えた。我々はこれ以上進むことはできないと、泣く泣く探索を断念したのだ。

 ああ踏み入れてはならぬ領域。目と鼻の先にまで近づいたというのに、彼の穏やかなる光が、果たして余映であったのか幻であったのか定かならぬ幽光が、しかしその儚さとは対照に、我々を明朗に拒絶していたのだ。それが終着であった。望んだものとは違えども、我々は確かに行き着いた。

 あれが警告であったならば、なんと慈悲深いことかと我々は酒の肴に語り合った。終ぞ出逢うことのなかった金色の狼の番いなのかもしれぬ、などという与太すら飛び出し、場を賑わせた。

 伝え聞く金狼、モネーロの者しか知らぬその獣は太陽と見紛うばかりと謳われているようだが、街と森の位置関係を見るに自然発生した民間伝承なのやもしれぬ。天教会において少数派である太陽崇拝の一派の数がモネーロに多いのも、太陽を森の守り手たる金狼と見なしたことに由来していると考えれば道理に敵うか。

 断罪の光と慈悲の光が番う彼の森は、なるほど確かに静謐と呼ぶに相応しい。――


 読んだ感じ深層の境目付近に目指すものがありそうだ。ならばやるべきことは単純明快。

 装備を整えて深層アタック(死ぬまで突っ走る)だ!

ブックマーク、評価などいつもありがとうございます励みになりますありがとうございます。

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