天の旅人、地の硬さを識る
書く間に知らない設定が増えていきますが私は元気です。
呼び起こされる肉体感覚。ああ、あの頃も同じだった。
ゲームを起動し自分のキャラクターを選択するまでのわずかな時間、ここには現実の俺がいる。単なる演出と言ってしまえばその通りではあるが、キャラクター選択は「現実の自分のアバターで、ゲームの自分のキャラクターに触れる」ことでなされる。五感を再現するのとはまた違う、ゲーム世界の一人になるような気分にさせてくれるこの演出がたまらなく好きだった。
残念ながら、今はまだここには俺一人しかいない。周囲の景色は初期設定の、こじんまりとした青空広がる草原だが、一人でいると少し物寂しさがある。俺はキャラクター作成を選択して――
――『Ethos Online』のアバターデータが存在します。インポートしますか――
……ほう、前のデータを引っ張ってこれるのか。少し悩んだが、どうせ見た目の方向性はほぼ変えないつもりだしインポートしてみよう。
現れた選択肢に一つ頷くと、懐かしいアバターが目の前に直立姿勢で出現した。同時に出てきたキャラクター作成用のシステムウィンドウを弄る前に、一通り眺めてみる。
身長は当時変えてなかったが、作ったころと比べると多少伸びてしまったので調整を加える。体格は……高校の頃の体格のスキャンデータそのままだったかな。今よりこう、筋肉があるというか、しっかりしてるというか。俺もうちょっと現実で体動かさないといけないかもと思いながらも敢えて変えなかった。
頭部はちょこちょこ弄ってあるんだよな。目尻少し下げて、眉ちょっと薄目にして角度下げて、顔を少し丸顔っぽくもしたかな。あとは細々とした部分を調整したはず。
目つき悪いとか顔が怖いとかきついとか言われるから、柔らかい雰囲気のある顔にしようと思ったのだ、確か。今は特に気にしてもいないから変えてもいいのだが、思い入れもあるしこのままにしてみようかな。
いや、でも身長をもう少し……いやいや、俺がまるで身長を気にしてるみたいじゃないかやだなぁ生真はピッタリ六尺もあってちょっとうらやましいなんて、いやいやいや。六尺だけに。
後ろ髪引かれる思いがしないでもないが、感覚無駄にズレるだけな気がするし止めておこう。次は、と後ろじゃないが髪に視線を引き寄せられる。
「これは……いや分かってはいたけど、改めて見ると」
アバターの髪は、今より少し短めで、ぎりぎりショートに入るくらいの長さ。長さはいいんだが、色が。
銀髪に赤のメッシュカラーがぽつぽつと。おかしい、キャラ作ったのは中学生の頃だったかな? やけにエキセントリック少年な見た目でかっこいいじゃないか。ダメだこいつまるで成長していない。
――よし、あとからでも変えられるし髪はそのままでいこうかな! 早くプレイしたいからしょうがないよね! 俺は仕方ない仕方ないと口から垂れ流しながら外観設定を終わらせると、ジョブ設定に移行した。
今作はジョブとアビリティがあるようだが、アビリティの方向性はジョブ選択で変わってくるだろうからここでの設定はなかなか重要なものになるんじゃないかと思う。ジョブ変更もできないことはないらしいから全てが決まるとまでは行かないが。
ざっと見る感じ〈戦士〉やら〈騎士〉やら〈魔法使い〉やら分かりやすいジョブが一覧に並んでいる……結構種類あるな。一覧をスクロールしていくと、マイナーと言って差し支えなさそうなジョブも目に入ってくる。〈かばん持ち〉とかあるけどこんなのやるやついるのか? アイテム所持上限が多いとかそんな感じかな。あれ、超便利じゃん誰かやってくれよ〈かばん持ち〉。
祥平には前衛火力やれって言われたけど、前衛で武器振ってれば後衛職でさえなければ問題ないと思うんだよな。さすがに後衛やると飽和するというか生真の控えができるやつがいないのは困るし、前衛をやるのは確定だ。ただ、ずっと戦闘してるわけじゃないしどうせなら面白いお遊び要素がありそうなジョブをやってみたい気持ちが強い。
思いのほか悩ましいジョブ選びと早くゲームしたい気持ちがぶつかり合った結果、一つの妙案が頭に浮かんだ。こういうときに頼りになる「やつ」がいるじゃないか。
思い立ったが吉日とばかりに俺はVR本体のメニューを開くと、日付としては昨日一度も見なかったアシスタントAIを呼び出した。
「リージアちゃん、かもーん」
一拍置いて俺の顔の前に出現した手のひらサイズの妖精アバター。リージアと俺が名付けたアシスタントAIである。
去年買った一人用VRRPGの初回特典に付いていた「アシスタントAI用アバターデータ」を使って、俺が調整してプレゼントした可愛らしいアバターなのだが、目の前をふよふよ浮いているリージアは不満を訴えるかのようなジト目でこちらを睨んでいる。せっかく可愛く作ったんだから馬鹿みたいに笑っててもらいたい。
「何かご用ですか、薄情な創吾様。昨日二度起動しておきながら一度もロビーにいらっしゃらなかったと思えば、こんな深夜に突然呼びつける創吾様」
「あー、すまんすまん。深夜なのはともかく、ロビーはちょっと急いでたから」
「二度目は、あまり急いでおられませんでしたが」
「……」
さらに目を細めたリージアから俺は目を逸らした。アシスタントAIは使う人間によって思考傾向が変わるものだが、なぜうちのリージアはこんな構ってちゃんAIになってしまったのか。コレガワカラナイ。
無言で手のひらを差し出すと、リージアは少し機嫌を戻してその上にぺたりと座った。さらにもう片方の手の指で頭を撫でると、すっかり上機嫌になった。ちょろすぎて涙が出そうになる。
ちょろAIが機嫌を取り戻したところで、俺は先の妙案を実行に移すことにした。
「リージアちゃん、この中からオススメのジョブない?」
「オススメですか。条件はどのような」
「おーるらうんだーで面白要素があって俺に合いそうなやつ」
俺のふわっとした要望を聞くと、すっかり笑顔になっていたリージアが一瞬で真顔になる。ほぼ丸投げに等しい要求に人間という存在のダメさを演算出力したのであろう。
ただこれは俺が考えるのがめんどくさくなったとか、そういうことではないのだ。今日穿く靴下も自分で決められないような優柔不断人間がアシスタントAIに意見を聞く時のために、アプリケーションの中にアシスタントAIが閲覧できる形になったデータベースが用意されていることがよくある。それを見て判断してもらった上で出てきた意見を参考にしようとそういうことなのである。
俺の評価がどうであれ頼んだことはやってくれたらしく、ほんの一瞬考えるようなそぶりを見せると、出した答えを伝えてくれた。
「〈からくり士〉というジョブがよろしいのではないかと考えます。平均的な能力と、個性的な要素を合わせ持っているようです」
「おっ、じゃあそれで」
今度こそリージアの俺を見る目がごみデータを見るそれと同じになった。アシスタントAIのくせして俺が自分で考えないとやたら不機嫌になるのだ。
しかしそれなりの付き合いの中でこいつの扱い方は熟知している。俺は二本の指でリージアの頬を挟んで、むにむに捏ねながら感謝を込めて囁いた。
「ありがとうリージア。俺はお前を信頼しているから」
「物は言いようですね。下心が透けて見えるようです」
全く効果がなかった。前は覿面に効いたのにいつの間にか修正のアップデートが入っていたらしい。
この空気をさてどうしようかと考えながらむにむにし続けていると、リージアは優しく微笑みながら両手で俺の指を持ち、手の平の上に立ち上がった。
「創吾様が今日をとても楽しみにしていらしたのは存じております。先ほどの意見は参考程度にして、どうか思うまま楽しい時間を過ごしてください」
そう告げると、リージアのアバターは空間に溶けるように消えて戻っていった。実際参考にしよう程度で呼んだわけではあるのだが、そんなこと言われると無下にはできないというか。うちのアシスタントAIは優秀だなあなんて親馬鹿臭いことを考えながら、最終的に二つで悩んだ上で〈からくり士〉にすることにした。
決定するその時まで脳裏に浮かんでいたのは、手提げかばんをフルスイングしてドラゴンに叩きつける俺の雄姿だった。
外見とジョブ設定を終えて、新米〈からくり士〉のキャラクターに「マクス」と名前を付けてようやく完成を迎えた。
そのキャラクターの肩に手を乗せてひとつつぶやくと、俺は最後に渡されてからずっと「創吾」が持ち続けていた感覚のバトンを、再び「マクス」に手渡した。
「また、これからよろしく頼むな、俺」
――あなたは旅人 天の旅人――
一気に視界が開けると、全身を包み込むような心地よく涼やかな風を感じる。聞こえてくる声は中性的でどこから来ているのかはっきりとしない。
――失いし定めは薄れども なお地にあらん――
オープニングはこんな感じなのね。プレイヤーは旅人、か。それは前作と同じだが「天の」旅人か。新しい設定なのか、はたまた前もだったのか。
ところで、浮遊感というかすごい落下してる感があるんですがこの後地面にべしゃっ、とかなりませんよね?
――子よ 地を識りなさい 地を愛しなさい――
――そして願わくは 地に愛されんことを――
――子よ お行きなさい――
――我ら彼方より 見守っています――
うーん、つまり変なことしたらすぐ運営がすっ飛んでくるから心しておけよってことかな? オープニングじゃなくて注意喚起だったか。絶対違う気がする。
一瞬視界全体が白に染まったかと思うと次の瞬間、等間隔に並び立った石造りの円柱で形作られた神殿らしき空間の中心に俺は立っていた。唐突に足元がしっかりしたので面食らってしまう。
気を取り直して周りに目を向けると、目の前の二本の柱の間から眩しい光が差し込んでいた。おそらくその先に踏み込めば「旅」とやらは始まるのだろう。
ここにきての葛藤なんて欠片もない。高鳴る心に駆け足でいざ! 飛び込み行かん――としたところで見えない力で押しとどめられた。なぜにか! とさらに速く足を回せどいっこうに進まない。ランニングマシーンに乗ってるような状態である。
……あ、もしやこれもしかしてまだ。
――汝の旅路に 幸多からんことを――
天の声が響き終わるやいなや、ふっとかけられていた力がなくなり弾かれたように体が前にぶっ飛んだ。ムービースキップできないオープニングゥ!
意味深な導入の余韻などどこかに吹っ飛び、俺の新たな地での物語はまず地べたにダイナミック五体投地したところから始まったのだった。
前回で本編に入ったので今回も本編に入ってますね(目グルグル)。