猛亀腐毒 結
「奴が口を開けたら舌か毒液。毒液の時は事前に耳腺が収縮するような動きをするから、そこを注意しとけばいい」
フィールドボス「猛る毒蛙亀」の正面でタゲを取る場合の注意点を伝えると、そばに立つカスミは剣と盾を前に構えながら、小さく一つ頷いて見せる。
言ったそばから甲羅ガエルの口が開き、俺は掲げた腕を振り下ろした。
「前触れなく口が開いたら今みたいな感じで舌が飛んでくる」
カスミを狙って放たれた舌を『パワースラッシュ』で打ち落とすと、甲羅ガエルはすぐさま舌を引っ込めつつ怯みモーションを取った。
やはり舌へのカウンターは確定怯みになるのだろうか。二度とも『パワースラッシュ』でやってしまったから普通に斬った場合にどうなるかを確認しないと、確定かどうかは分からない。
「……『錬鉄の構え』で良かったのですよね?」
「ああ、そっちが確実。というか優先」
カスミはスキルの後硬直で動けない俺に生暖かい目を向けてくる。
流石に盾役に対して、舌を打ち落とせなんて指示を出すつもりは毛頭ない。二度やってみて、やろうとすればそう難しくもなくできるとは思ったが、ミスったら死ぬなんてリスクと釣り合うわけもない。
「にゃっ!? 何!?」
「ただの怯みですよ、きゃりぃさん」
「おおう怯みか、びっくりした……セーちゃんありがとー!」
甲羅ガエルの右脚側と左脚側に分かれた前衛陣の反応は対照的だった。
右脚側は慎重派。突然の見慣れぬモーションにきゃりぃは大げさに反応し、身構えた。それに釣られたように毛が頭にない鈍器使いも一歩下がって様子を窺っている。
左脚側は脳筋派。アルフは別として、ナターシャも斑鳩も甲羅ガエルの怯みモーション自体は認識した上で、とりあえず殴りながら考えればいいだろうと判断したのが手に取るように分かる。残念なことに俺もこいつらと同類だ。
どちらが正しいというものでもないが、今回に限っては脳筋が相応しい。これが常に、じゃないというのは、先ほど斑鳩が毒液で白濁まみれになったという事実が物語っている。
援軍にとっては初見の毒液だったが、慎重派は難なく回避し、ナターシャは鋭い反応で躱して見せた。流石の上手さだった。
火力組がごりごり削ってもタゲはしっかり固定されている。左脚組は最高率で殴るとヘイト値が盾役を上回りそうな感じがあるが、ちょくちょくカスミの動きを確認して調節はしているようだし問題はないだろう。
共闘を始めてからの削りは大体一分あたり八……七パーセントほどだろうか。残りの甲羅ガエルのHPは四割ちょうど。ミケが合流することを考えればOTLモードに入らず終わらせるには十分な時間的余裕がある。
このままのペースで進めるためには、とにかく事故に気を付けなければならない。追加モーションがなければ俺のパーティは前衛が少ないこともあって盤石だろうが、斑鳩たちは動きの慣れの面で不安が残る。盾も火力も抱えているから壊滅されるとほぼ詰みだ。広範囲に及ぶ攻撃は総じて指示が間に合うし、俺がやるべき仕事は一早く甲羅ガエルの次の動きを察知して、その対処を伝えるというものになるか。
「――退避! 飛び跳ね来るぞ!」
甲羅ガエルの後ろ脚が沈み込むのが見えて、俺はすかさず指示を叫ぶ。
指示と同時にナターシャときゃりぃが、わずかに遅れてアルフと斑鳩と神月がそれぞれ後退し、甲羅ガエルとの距離を開く。
神月とアルフ以外は予兆を見て下がったように見えた。脳筋どもはぎりぎりまで殴ってから下がろうという魂胆が見え見えだった。斑鳩に至っては敵を突いた反動で後ろに下がるという徹底っぷり。あれは槍の『スラストアウェイ』だろう。
「カスミ、三連飛び跳ねは――」
「下がりならジャンプ、ですよね? 大丈夫です」
「特に二段目は気を付けてな。ランダムだから」
「了解――来ます!」
俺と少し距離を置いたカスミへと、甲羅ガエルは跳びかかる。カスミは甲羅ガエルの着地に合わせて更に下がるようにジャンプし、回避する。距離が近かったことでカスミのHPはわずかに削られたが、十分許容範囲だろう。
二段目は、進行方向を九十度変えて、俺の方に跳ぶ。少し距離を詰められたものの、俺は問題なく回避する。
三段目はそのまま真っ直ぐ……また俺か!
流石に距離が近すぎる。『ライトステップ』で下がっても確実にダメージがある。死ぬことはないどころかおそらく多くとも半分ほどしか食らわないが、こんな攻撃二度も食らうのは癪だ。
無敵時間のあるスキルがないのだから、完全に躱すためには攻撃の範囲外に行くしかない。だが範囲外までは届かない。攻撃範囲は甲羅ガエルの周囲一帯で――そうか、周囲だ。
俺は一歩位置を調整し、眼前に迫る甲羅ガエルに向かってジャンプしながら『ライトステップ』を発動する。甲羅ガエルの頭と右前脚の間をすり抜け、タイミングを合わせて右前脚を蹴飛ばし、自分の体を甲羅の上へとスライドさせた。そしてさらに甲羅を踏みつけ、横移動の勢いを殺ぐべく、くるりと前宙をしてみせる。
「ほい! Eスコア九・七!」
「何遊んでやがるアホー!!」
「うるせータコ! いや、イカー! これが正攻法だ!!」
「いやいくらなんでもそれは流石にねえわ。サルならできるVRかよ」
足元、タイミング的には天地逆さで頭の下で甲羅ガエルは着地し、一拍遅れて俺はその甲羅の上にビタリと着地してやった。空中姿勢が乱れた自覚があるから減点だ。残念。
やってもいない演技の実施点は減ったものの、俺のHPは見事無傷だ。やはり甲羅の上は攻撃範囲に入ってなかったようだ。
いやしかし、もしかして甲羅メテオも今みたいに回避できるのか? 地表近くの落下速度は倍近く違うわけだし、タイミングが果てしなくシビアになるか……ああ違う、そもそも落下中に甲羅から触手が勢いよく伸びてくるから無理なのか。おや? 何か頭に引っかかるものが――
どこから、触手?
思考が繋がった瞬間、俺の体は宙を舞っていた。
そして――
「ぶべえ」
顔から真っ直ぐ地面に突っ込んだ。落下ダメージで一割近く削れた。
半ば本能的に『ライトステップ』で宙に飛び出した結果、勢い余って着地体勢に入ることすらできなかった。
「何やってんの……と言いたいところだけど、間一髪だったわね。はい」
「見えてないけど、やっぱそうか。にょろったか。サンキュ」
タマオに助け起こされながら、俺は直感が正しかったことを悟る。今までメテオでしか見てこなかった甲羅ガエルの触手だが、実際に行動が解禁されたのは三連ストンプの後で甲板の欠片が落下したタイミングだろう。
あの時は怒りか形態移行かと予想したものの、その実、行動追加だったわけだ。背中までは攻撃が届かないと高を括って甲羅にノコノコ乗ってみれば、すなわち成人向けの絵面にされてしまうと、そういうことか。
そもそも甲羅に乗って何ができるかという話であるが。後頭部でも殴るにせよ、すぐに飛び跳ねられて振り落とされるのがオチだよなあ。
「にょろーちゅうより、ずばっ! ちゅう感じの勢いやったけど……んー、クレイオってそないなこと?」
きゃりぃはぬるっとこちらに近づいてくると、意味深なことを口にした。「どないな?」と返してみれば、彼女は「真似せんの」と眼を細めて俺を睨み、その考えを語りだした。
「端的に言えばクリオネの由来なんよ、クレイオって。最初はクレイズからかなと思うとったんやけどな、触手が六本出てきたなら疑いようもあらへんよな。結局はまんまやったと」
「ほー、ちなみにクレイズは何で?」
「亀甲割れと、暴力的な感じから? 亀に絡めてイイセン行ってると思たんよ。クリオネもハダカカメガイで亀絡みなんよね」
なるほど、と思わされた。きゃりぃの馬鹿に。悔しいことに。
名前だけで予測できるものがあるというのは時に有用だ。クリオネまんまじゃないのはその体の一部位だけ使っているからだろうか。ミスリードを誘っているようで、実際はそのものずばりという。しいて言えば「猛る」に惑わされたような形か。
さて、思わぬところで小さな収穫があったが、残念ながらこの戦闘中に役立つ情報ではない。
近接火力役の下から二人であっても、サボればそれなりに削りに影響が出る。俺はカスミの補助もしなければならないし、とっとと前に戻るぞ、ときゃりぃに目配せをした。
何を勘違いしたのかあの馬鹿がバチーンと返してきたウィンクを、一応了承したのだと受け止めて、甲羅ガエルの動きに注意しながら前線へと駆け戻った。
まずはカスミにサボりを謝罪しておこうと開いた口は
「――退けッ!!」
目的を達することなく、ただ「なりふり構わず下がれ」の合図を響かせた。
弾かれたように退却を図る前衛陣。
前兆行動は何もなかった。あの甲羅ガエルは間違いなく、まるでそこにいることが自然であるかの如く、不意に高々と浮き上がった。
皮肉なことに何気なく跳び上がったからこそ合図は刹那的に飛んだ。結果だけがそこにある異常性を本能が否定した。
巨塊は三度地を蹂躙する。
衝撃は襲えども、身を震わせるはこれまでの二度より弱く。それが俺だけに限らないということは、二パーティ全員の生存が如実に物語っている。
カスミは残り三割弱、他の前衛は軒並み半分以上。後衛に至っては全員がノーダメージだ。カスミのHPは、メテオの着弾直前に俺が咄嗟に投げつけた「Lv.3 HPポーション」の効果で回復を始めている。
「チャンス二十秒! 削れ削れー!」
餌に群がる鯉のように、脳筋前衛集団は甲羅ガエルに集っていく。起き上がるまでに三分の一までは削っておきたい。五パーセント近くあるが、火力陣が頭を殴れる今なら十分狙える範囲だろう。
アーウィンは変わらず右後脚を冷やし続けている。部位破壊の可能性は薄くとも、チャンスだからと軽々に初志を曲げないところは頼もしい。
「回復は任せてください! 前衛の皆さんはとにかく攻撃を!」
「任せろー! 『治癒の光よ』!」
「丁度更新タイミングだから、攻撃強化も掛け直すわ!」
後衛支援組からのサポートも手厚い。立て直しと攻撃の両立も恙なく、まさしく順風満帆といった……待て、イリスは何て言った。
俺は自分のステータス欄、『攻めの加護』のバフアイコンに表示された残り秒数が2から179に変化したのを確認して、半ば確信を抱きながらイリスを問い質す。
「イリス! 前の攻強化いつ入れた!?」
「え? 確か、大ジャンプの後だったと思うけれど……マクスはきゃりぃと遊んでたわねぇ」
「その前は!」
「な、何? どうしたの、突然……その前は」
真面目な話だと察したようで、イリスの答えが一旦途切れる。
「その前は、その前も――大ジャンプの、後……?」
「だろうな。サンキュ!」
思えば、もう少し早めに指摘しておくべきことだったんだろうと思う。もはや無意識の癖のようなものなのだろうが、イリスが『攻めの加護』を掛ける順番は、前と変わらず俺が一番最初になっていた。微々たる差でも、火力が高い奴から掛けていくべきであるにも係わらず、だ。
どうあがいてもナターシャの半分ほどしかDPSが出ない火力(笑)からバフを掛けてしまうのは、ほぼ身内としかプレイしていない弊害とも言えようが、それでも丁寧なバフ管理のお陰で予想外に攻略の糸口を掴めた。
甲羅ガエルの大ジャンプ、メテオ、呼び方はなんでもいいが、前兆なく繰り出す大技の実態は、「再使用時間三分の優先行動」でおそらく合っている。違っていても構わない。突然来ても最悪どうにかなるということは先ほど確認できた。
モーションキャンセルで繰り出したのは最初の一回のみ。あれは例外として、直前の行動が引っ掻きや叩きつけならば、誤差は数秒足らずで収まる。
「メテオは180秒CTのつもりで、よろしく!」
「なるほど、優先行動の類か」
「まじか! 違ったら罰ゲームな!」
「じゃあ合ってたらお前の頭つるつるにしてやる」
俺の言葉に、前衛組は俄かに沸き立つ。
常に警戒しなくともよくなることに歓喜したのかと思いきや、何だか場の空気がじっとりとしている気がする。
「……違ったら、罰としてキャラデリ」
「重すぎる却下」
「違ったらうちとデート!」
「罰ゲームって自覚してるんだな……」
「違ったら、たぶん死ぬので恨みます」
「し、死ななかったら、許して?」
おかしい、信用が足りていない。もっとこう、「すごい!」「さすが!」「かっこいい!」みたいになるはずではなかったのか。
振るう剣を緩めることなくウンウン唸っていると、後方からガチャガチャと金属同士がぶつかるような音が、一定のリズムを刻みながらこちらに近づいてくることに気づく。
「ごめん! 今戻った、んだけど……おお、ほんとに共闘してた」
「おかえり! なああの甲羅ガエルの大ジャンプ180秒CTみたいなんだが!」
「え? ああ一回きりじゃなかったんだ。確かにあの後も皆のHP減ったタイミングあったね。もし違ってて事故ったら罰ゲームでいい?」
「そんな馬鹿な」
死に戻ってきた幼馴染にまで疑われるなんて、おかしい。こんなはずでは。
「『守りの加護』、『攻めの加護』。日頃の行いよねえ」
「こういう時はふざけ無しで真面目にやってるんだが?」
「真面目にやってるならいいじゃない。自信あるんでしょう? それだけ信頼されてるのよ」
「その言い方は卑怯では!」
即座に反論を封じられ、ほんのりと気がくさくさしてくる。
HPを三分の一まで減らされ起き上がった甲羅ガエルを見据えながら、いっそ今すぐ跳び上がらねえかな、なんて自棄っぱちな考えが一瞬頭を過ったが、当然そんなことが起こるはずもなく。
フルメンバーが揃って、上手くパターンが嵌ったことで戦闘は順調に進み、そして遂に――
《フィールドボス「猛る毒蛙亀」の討伐に成功しました》
《討伐時間:29分48秒15》
《フィールドボス「猛る毒蛙亀」初討伐ボーナスが報酬に追加されます》
《ジョブレベルが2上昇しました》
《ジョブレベル上昇によりスキル「からくり生成」を取得しました》
《戦闘経験によりアビリティ「感知」を取得しました》
《戦闘経験によりスキル「危機察知」を取得しました》
《戦闘経験によりスキル「カウンタースラッシュ」を取得しました》
《戦闘経験によりスキル「アクロバットムーブ」を取得しました》
《称号「鉱木乾岩の丘を覇する者」を取得しました》
《称号「領域の主を打倒せし者」を取得しました》
予定外に差し込まれたフィールドボス戦がようやく終わりました。最後ちょっと駆け足でしたが……
一章は終わりが見えてきました。その前にサービス初日の終わりがようやっと来ます。長かった(白目)
じゃあ私、やりたいゲーム始まったんで、ちょっと行ってきますね。




