猛亀腐毒 四
たぶんと書いていたことによって、たとえ今話で終わっていなくてもせーーーふ!
凄まじい衝撃が駆け抜け、俺の目の前は真っ暗になった。
ここまで死闘を繰り広げていたフィールドボス「猛る毒蛙亀」の姿も、他人様の戦闘を見事に邪魔しくさりやがった、頭にドを付けてなお形容するに足りない馬鹿の姿も、何もかもが俺の視界から失われてしまった。
体がふわりと浮き上がる感覚。
息絶えたプレイヤーの体は消滅という形で回収され、現在の復活地点、俺ならば『モネーロの街』にて蘇ることとなる。
物質としての肉体は消えども、情報としての肉体は消えることなく存在し続ける。魂か、霊魂とでも言うべきか、その状態で動くことは叶わないが、少なくとも触覚が残された何かであるということは疑いようのない事実であるようだ。
両わきを支点にして俺の体が救い上げられたことを認識する。
闇が晴れた視界に飛び込んできた、女神のような明眸皓歯の非現実感と、まるでこけた子供を助け起こす時のような現実感がごちゃ混ぜになって、頭が考えることを放棄した。
天来の美貌が視界から消え、それから体がふわりと包み込まれた。
どこか……いや、ひどく懐かしい気持ちになった俺は、考える間もなく右手を宙に走らせ――
「Arrête! 待って! 通報はあかんってー!」
勢いよく突き飛ばされ、地面に背中を打ち付けた。
構わずシステムメニューから「ハラスメント報告」の項目を選択しようとすると、女は「あかんしー!」なんてぬかしながら俺の腕を掴み、そのまま馬乗りの体勢で押さえつけてきた。
「感動の再会に冷や水ぶっかけるような真似しいひんでやー。ハグなんてほんの些細な挨拶みたいなもんやろー?」
「うるせえ黙れ、エセフランス人が。フランス語で話せ」
「日本の方が長いんやもん」
子供っぽく頬を膨らませる女を見て、俺は頬が引きつるのを感じた。
黙ってさえいれば……というか黙れ、と何度この女に対して思ったことか。同窓会ちっくなあの会合で話題が出た時から、いずれは再会してしまうんだろうと覚悟はしていたものの、さすがに一時間かそこらで遭遇するなんて露ほども思ってなかった。心の準備が間に合ったはずもない。
ゲームの中なれど現実逃避を図るため、投げやりに身を投げ出してはみたものの、幸か不幸かしっかり生き延びていまったらしい。
女は俺の腰に跨ったまま、何が楽しいのかその体をゆったり揺らめかせている。このセクシャルに際どい行為もよく考えずにやっているのだろう、と考えるのが大きな間違いであることは過去のこいつの言動からも明らかであり……何が言いたいかというとだ、後ろの方でひっくり返っている甲羅ガエルが起き上がる前に、今度こそ本気でお仕置き部屋送りしたろかこいつ……
「とりあえず降りろ、今すぐ」
「えぇー、何でぇ? 久しぶりのうちの体にどきどきしてもーたん?」
「んなわけあるか馬鹿女! 通報されるか蹴り飛ばされるか好きな方を選びやがれ!」
「むー! ……もぅ、相変わらずいけずなんやからー」
そういう素っ気ないところもそそるんやけどなー、なんて寝言を吐きながら、しぶしぶといった様子で女は立ち上がった。小首を傾げながら差し出された女の両手を無視して、俺は一人で立ち上がる。
無意味な行為だと分かっていても、目の前でニヤニヤと上目遣いをしている女のプレイヤー名表示につい目をやってしまう。
そんな無駄を嘲笑うように、女は得意げに芝居がかったポーズを取りつつ、無慈悲な現実を妄言混じりで告げてきた。
「アナタの! 愛しの! きゃりぃちゃんっ! が愛に来たんやよ?」
「……はぁ」
デスヨネ。こんなのが他にもいたら俺の胃は終わる。そう思って、わずかでもこいつで良かったと安心してしまったのが腹立たしくてたまらない。
唐突なド級馬鹿の襲来については面倒極まりない天災のようなものだった。が、そういやこの馬鹿がボッチで行動するはずがないよなという考えに至ると、金に輝く髪色以外は現実の造形そのまんまらしいこの女が、途端に救いの女神のように見えてきて、やっぱり腹が立ってきた。
「で、お前の保護者はどこだ?」
「保護者て……うちを何やと思うてるんよ」
「何やと思うかはお前のこれからの働き次第だ。とにかく忙しいんだこっちは。いいからさっさと、急いで、呼んでこい」
「……まあ、ええけど。近くにおるやろし。丁度後ろのごついのも起き上がったとこみたいやし」
「――げっ、マジだ! と、とにかく頼むぞ!」
気付けば死にかけだった俺のHPは全快していて、メテオから復帰した甲羅ガエルはアルフをタゲにして動き始めるところだった。
俺はきゃりぃが走り去って行くのを確認すると、すぐにそちらへの意識を切って、甲羅ガエルとの戦闘に復帰した。一瞬、アルフが牙をむいてこちらを威嚇してきたような気がしたが、あくまで戦闘モードなまま状況を確認しただけで、他意はないと思いたい。
アルフがタゲを持ってくれている間に、パーティメンバーを集めて手短にこの後の相談を済ませた。
緩やかに破綻に向かっていた戦況に希望が出てきたという話だったのに、話し合いの空気は何故か重苦しかった。特に女性陣の俺を見る目が刺々しかったのは何だったのか。サボって遊んでたように見えたのかもしれないが、俺がアレとそんな風になるはずがないだろうに。
特にタマオとセルディの目が怖ろしかった。腐った生ごみを見るような目で見据えられ、俺はとりあえず地面に手と膝をついてごめんなさいしておいた。
複数の足音と、耳障りが良くて逆にイラっとする声が俺の耳に届いた。
甲羅ガエルに意識を傾けたまま俺は駆け寄ってくる集団に目線を流す。その中に金属鎧で身を包んだ見覚えのあるキャラクターを見つけて、つい顔がにやけるのを抑えきれなかった。
パーティメニューを手早く開き、フィールドボスの占有は解除せずに指定救援依頼を迷わず飛ばす。若干のタイムラグの後、自分のパーティメンバーのステータス情報の下に「斑鳩のパーティ」という名前と、五人分のステータス情報が追加で表示された。
追加されたキャラクターは、斑鳩、ナターシャ、神月、きゃりぃ、そしてカスミの五人であった。斑鳩と神月がLv.9で、ナターシャとカスミがLv.8、きゃりぃがLv.6か。俺たちのパーティよりも平均が高いな、いいぞ。
「マーちゃーん! 連れてきたえ!」
「よし、よくやった! お前はもう帰っていいぞ!」
真っ先に駆け寄ってきたきゃりぃはピタリと足を止め、露骨に悲しそうな表情を作った。
「ひどない? うち真剣に泣きそうなんやけど……くすん」
きゃりぃは手で顔を覆いながら、くすんくすん、と下手な泣き真似を披露する。遅れて追い付いてきた斑鳩パーティの連中は何とも言えない目できゃりぃと俺を見比べてきたが、中でも一人、金属鎧の女キャラはきゃりぃの頭に優しく手を当て、わずかに非難をにじませた視線を俺にぶつけてきた。
「マクス、お久しぶりですね。うちのお馬鹿はこれで結構繊細なのですから、あまりいじめないであげてくれませんか?」
「しばらくぶりだな、カスミ。ところで、つい今しがたそこの馬鹿に、いきなり抱きつかれて押し倒されたんだが」
「反省しなさいきゃりぃ。全くあなたはいつもそうなんですから」
「かーやんはどっちの味方なん!?」
「被害者の味方ですよ。当然でしょう」
カスミに頭をぐりぐりされながら「役得やんかぁ」と呻くきゃりぃ。
馬鹿な子はほっといて、他のメンバーとフィールドボス戦の話をとっとと済ませよう。
「いきなりフィールドボス戦に引っ張り込まれたのはまあいいんだけどよ。旨いし……まず一つ聞いておかにゃならんことがあるんだが」
「時間の話ならもうじき二十分経つな」
斑鳩の質問を遮るように先んじて情報を渡す。
「あ、あー、なるほど……まあ、そんなら何とか」
斑鳩は一人納得するように小さく呟いた。二パーティ分の火力で残りの半分弱を削ることを考えて、現実的に倒しきれる想定ができたのだろう。
「マクス、配置と立ち回りはどうすればいい。あと要注意行動も教えてほしい」
ナターシャが無表情のまま問うてきた内容に、俺は思考を巡らせる。
俺たちのパーティだけで戦っていた時から大きく変更する必要はないだろう。しかし、パーティが一つ追加されるのだから全く同じというわけにはいかない。こいつら全員前衛職だから尚更だろう。
盾役が左前脚、他が右で分けていたが、それだと右側が飽和してしまう。攻撃が来る頻度が高い左側にちゃんとした前衛火力を振り分けるとして……
「カスミ、ヘイトスキルは拾えてるか?」
「めなたんならいけますよ。プロボがないので固定は不安ですが、そこは火力の方で調整していただければ」
「オーケー、把握した」
ペルソナータの堅物委員長風サブリーダーたるカスミが「めなたん」なんて澄ました顔で口にするの、相変わらず似合わなくて笑いそうになるな。
まあそれはともかくとして、カスミならスキルがあればタゲ維持できるだろう。甲羅ガエルのモーションに慣れるまで俺が補助に回るとして、左脚側には斑鳩とナターシャに行ってもらうか。それで右には神月ときゃりぃで。
「ちなみにきゃりぃ双剣?」
「やーん、覚えとってくれはったん?」
「……」
めんどくさい反応は無視無視。本来ならきゃりぃと斑鳩の配置は逆の方がいいんだろうけど、〈かばん持ち〉というジョブ名からロクに戦えるイメージが湧かないし、このままでいいか。
よし、こんな感じで。俺が前もってパーティメンバーに伝えておいた内容と大きく違いはないし、あとは実際に動いて調整していく感じで大丈夫かな。とにかく今は時間が惜しい。
「じゃあ手短にいくな。まずは――」
「――以上。無理に攻める必要はないから、様子を見つつ頼むな」
特に配置に反対も出ず、大まかではあるが説明を済ませた。
こいつらなら初見の攻撃でもどうにか対処するだろう。退避しないとまずいものは俺が指示を飛ばせばいい。唯一懸念があるとすれば、まだ対応できていない盾役の……
「ところでマクス、ミケはどこだ? パーティには居るようだが姿が見えんぞ」
「もうすぐ来るんじゃねえかな」
「……ミケのところ、真新しいデスペナが付いてるように見える」
「さっき死んだからな。そこで」
「――え、マクス? あの、聞いてませんよ?」
「言ってないからな。ほら、きりきり狩るぞ。カスミも行くぞ」
「あの、あの、とても不安になってきたのですが、本当に大丈夫なのですか? 私、ミケさんより上手くやれる自信は全くないのですが」
「へーきへーき。よし行こう」
たぶん。
全力で退避すれば、レベルが低く脚が遅い盾役でもメテオから生存できるだろう。
たぶん。
「……今、多分って思いませんでしたか? あ、ちょっと待ってください置いていかないでください。なあなあで押し切ろうとしてますね? 待って、待ちなさいマクス! そういうところは昔のままですか!」
待ちません。そんな余裕はありません。こちらの火力は増せども、盾役がいなければそれは機能しないのです。
まあ三、四割方メテオでぽっくり逝っちゃう予感がしているが、それはそれ。少なくともミケが帰ってくるまではカスミ一人で頑張ってもらわなきゃならないのだ。恨むのならば、文句を零しつつもしっかり俺についてくる、その押しに弱いところをこそ恨んでくれ。
さあさ、気を取り直して第二ラウンド。思わぬ援軍のお陰で勝ちの目も見えてきた。
ここから先が、正念場だ。
戦闘シーンがなかった(白目)
20180927 本文修正




