猛亀腐毒 三
今回は短いですと書こうと思っていたのにそうでもありませんでした。
(投稿間隔からすると)短いです。
千々に砕かれた大地は緩やかに元の様相に戻り始めていた。どうやら『猛る毒蛙亀』の甲羅墜落に地形破壊効果はなかったらしい。
三連ストンプが地上に立つ敵を対象とした小範囲攻撃だとするならば、メテオは空中にいる敵も対象とする広範囲攻撃だ。いっそ全体攻撃と言ってしまってもいいのかもしれない。
その範囲に入っていればジャンプしようが問答無用でダメージを受けるというのは、俺のHPが半分以上持っていかれたことからもよく分かる。と言っても、無敵時間のあるスキルがあれば範囲内でも回避は可能だろう。返して俺の『フェイタリィイベイド』……いやピーキーすぎるから『イベイド』でもいい。返して。
甲羅ガエルのメテオによる俺たちパーティの被害は甚大だった。死亡は一人だけだから壊滅的とまではいかなかったけども。
まずアルフを庇って触手に捕まったミケは即死。そのHPゲージは一撃で消し飛んでしまっていた。おそらく触手に捕まった時点で死亡確定なのだろう。拘束からの超ダメージとは、捕食同様かなり質の悪い攻撃だ。
ミケに庇われたアルフは瀕死。そのHPゲージは一割も残っていないが何とか生き残っている。
アルフのような従魔の蘇生はプレイヤーのものとは異なり、デスペナルティーがない代わりに金と時間が掛かるという面倒さがあるから、優しい優しい我が幼馴染殿はそれを気にして、自らを犠牲にしてまでアルフを守った……というわけではなく飛び出す触手を見てから背に庇った辺り、自分はどうあがいても死ぬと悟った上での最善の行動を選んだということだろう。
そう、戦闘続行のための最善をあいつは選んだのだ。
他のメンバーのHPは、上がタマオの六割強、下がアーウィンとセルディの二割弱。パーティの立て直し自体は余裕で出来る。出来てしまう。
正直なところ、ミケがアルフを庇わなければ俺はパーティに撤退を呼び掛けていたと思う。撤退というか、全滅か。
一度フィールドボスと戦闘状態に入ると、戦闘離脱のアイテムかスキルがないと基本的に逃走ができなくなる。それでも逃げたければ死ぬか、ログアウトして死亡扱いになるしかない。
十分ほど前にはフィールドボスの強制占有時間が終わっているのに、ちょくちょく見かけるプレイヤーどもが群がってこないのは、そんな生きるか死ぬかの戦闘に尻込みしているという事情もあるのだろう。
現状死ぬ方に思いっきり天秤が傾いている状態だしな。甲羅ガエルのメテオが決定打になったような節もある。
もっとも、PKもFFもあるこのゲームで無差別に救援を受けたいかと問われれば、全くそんなことはないのではあるが、一切来ないというのもそれはそれで困る。
ミケが街からここまで全速力で戻ってくるとして六、七分は掛かるだろうか。それまでは俺とアルフで甲羅ガエルのタゲを受け持って耐えることになる。
やってやれないことはないが、俺にしろアルフにしろヘイト値を稼ぐ力に乏しいのが問題だ。後衛、特にアーウィンが魔法を撃てばたちまちタゲが飛ぶことになるだろう。ミケが死んだことでおそらく現在のタゲはアーウィンに向いているだろうし、まずそのヘイトを剥がせるかという懸念もある。
何よりもボス討伐を見越すのであれば、戦闘時間が三十分を大きく超えるのが確定してしまったということが一番痛い。
フィールドボスは一定の戦闘時間を超えると、俗にOTLモードと呼ばれる状態に移行する。OTLはOverTime-Lethalの略であり、つまりは「いつまでもちょろちょろしやがっていい加減目障りなんじゃブッ殺す」ということだ。
OTLモードは、基本的に戦闘開始三十分経過後に強制突入し、そこから三十秒や一分おきに攻撃力と行動速度が際限なく上昇していくというものである。範囲攻撃持ちはその攻撃範囲も広がることがある。
あと少しで倒せるという状況でもなければ、OTLモードは実質時間切れを意味するに等しい。それすなわち死刑宣告。OTLは「断頭台に頭を載せる」ことを示すテキストアートでもある。
「――とにもかくにも、今は耐えるしかないか」
タマオの『治癒の光よ』がアルフの体を包んだのを確認して、俺はインベントリから取り出したHPポーションを一息に呷った。セルディ、イリスも同様に自己回復。アーウィンは……揺れですっ転ばされて動けないでやんの。さては魔法の発動待機状態でメテオ食らったな。
甲羅ガエルはひっくり返った状態のまま、じたばたと脚を動かしている。HP半分の特殊行動という大技だけあって、技の後隙は相当でかいらしい。
俺は甲羅ガエルに駆け寄り、天地逆さまの側頭部目掛けて『フォウメントブレード』を叩き込んだ。
「アルフ! マクスのサポートを!」
「……ガゥッ!」
あの狼め、主の命令に露骨に嫌そうな反応しやがったな。
アルフは渋々ではあるが命令には従うつもりのようで、甲羅ガエルとの距離を保ちつつ回り込み、俺の後ろに着いた。
遠距離攻撃があるわけでもないのに何を、と思ったその時、両肩に重みと衝撃を感じた。新しい攻撃かと反射的に身構え、見上げてみれば、ひっくり返った甲羅ガエルの胸の上で佇む狼の姿が目に飛び込んできた。
他人の肩を足場に使いやがったあの犬っころ。体勢を崩さなかったからいいものの、サポートどころか下手すりゃ邪魔じゃねえか。
どこか勝ち誇っているようにも見えるその顔から視線を切り、俺は甲羅ガエルのヘイト値を稼ぐべく剣を振るう。
カエル頭はぐらぐら揺れるが、その動きは規則的で狙いを付けるのはたやすい。
弱点と思しき場所を見据えてタイミングを見計らい、俺は構えた剣を突き込んだ。
狙いは左目。大きなダメージを与え、あわよくば部位破壊に繋げたかったが、その目論見は外れてしまった。
「チッ、まぶたまできっちり閉じんのか」
突きが当たる直前、甲羅ガエルはまぶたを閉じ、剣先はまぶた表面を滑るように受け流された。不自然に滑った感じはダメージ不足か破壊不能か、いずれにせよ有効打にはなりえないようだ。
転倒中の甲羅ガエルは毒液を飛ばすことも舌を伸ばすこともしてこないらしい。起き上がるために脚をばたつかせて体を揺らすだけで、攻撃という攻撃は全くない。正しく隙だらけの状態であった。
それだけに歯がゆい。タゲを取るためにアーウィンは攻撃を控えていたが、いっそダメージを稼ぐべき時だっただろうか。メテオは行動キャンセルからの特殊行動だったし、ヘイト値がリセットされる行動だった可能性も捨てきれない。
どうであれ、過ぎたことを考えても仕方がない。出たとこ勝負に変わりはないのだから、目的が果たされればそれでいいし、ダメならその時考える。
甲羅ガエルの首に当たる部分に噛みついていたアルフが、甲羅ガエルの腹面から俺のそばへと飛び降りた。
それから甲羅ガエルは、二往復ほど大きく体を揺らすと横に転がるように、体勢を元の腹ばいに戻した。起き上がった甲羅ガエルはおもむろに頭を動かし、はっきりと俺とアルフの方を向いた。
タゲは何とか取れていたみたいだ。二十秒程度の殴りで火力職のヘイト値を超えるられるなんて、〈からくり士〉もやればできるじゃないか。〈からくり士〉のスキルは何一つ使ってないけど。
そもそも多分、ヘイト値リセットされたんだろうけど……
俺は甲羅ガエルの左前脚と頭の間付近で、アルフは左前脚のそば。存命中のミケの位置に俺が行っただけというわけではなく、立ち回りの違いから位置取りは若干変えなければいけなかった。
甲羅ガエルの甲羅の左側が僅かに後ろへ下がるのが見えた。次に来るのは左の薙ぎ払い。方向は後ろから前。
俺は『ライトステップ』を使わずに退避できると判断して、甲羅ガエルの顔の正面方向へと三歩飛び退く。外から巻くような軌道で襲い来る脚の射程を脱し、タイミングを合わせて『フォウメントブレード』ですれ違いざまの一撃。目の前を通り過ぎて行った脚が引き戻される前に、『クイックスラッシュ』でもう一撃。
薙ぎ払いが掠ったことで三割ほどHPを減じたアルフに向けてポーションを使うか寸刻思案する。インベントリを思考により操作するために左手を引いて腰の後ろに添えて――予兆なく始めた甲羅ガエルの口が見えて、即座に行動を切り替えた。
『ライトステップ』を発動すると同時に左足で地面を蹴り、体軸を右へずらす。体一つ分動いた瞬間、右足を地面に突き立て急制動。間を置かず、左下段に構えていた剣を『パワースラッシュ』で真上に斬り上げた。
剣から伝わる僅かな手応え。伸ばした舌に攻撃を受けて、甲羅ガエルは怯んだように身じろぎをしてみせた。
甲羅ガエルの捕食攻撃、一直線に打ち下ろされた舌を回避できたのは予定通り。アドリブで加えた攻撃が命中したのはたまたまのラッキーだったが、確定で怯みが取れるのならば次も試してみる価値はありそうだ。
もっとも、ミケが盾役ならタイミングを見計らわなくても簡単に舌を殴れるんだよな。有効な手かもしれないが使う機会はほとんどなさそうだ。とりあえずあと四、五分ほどの間は使えるだろうか。
『パワースラッシュ』の硬直は解けたが、甲羅ガエルとの距離は詰めず、一旦様子見をする。
半分まで減ったWPではリスクが高い。再使用時間ごとに二度『ライトステップ』を使わされればペナルティをもらってしまう。左脚に近づいて行動誘発するのも手だが、脚による攻撃が確実に来るとは限らない。ボディプレスならまだいいが、三連飛び跳ねが来ると一度目のジャンプで『ライトステップ』を使わされて最悪詰んでしまう。
散発的に飛んでいたアーウィンとセルディの攻撃も俺の様子見に合わせて止まり、戦場から一時音が消える。
そんな中で生じた地面を踏み躙る音は、鮮明に俺の耳に届いた。
「――――ちゃーーーん」
ついでに遠くの方で誰かが叫ぶ声が聞こえた。
体がゾクリと震えたように錯覚する。先の音は甲羅ガエルが跳ぶ予兆に違いはない。しかし跳ぶといってもどちらの行動か分からない。
俺はとっさに後退の指示を叫ぶ。パーティメンバーが動くのに一拍遅れて、俺も身を翻した。
甲羅ガエルの体は真上でなく、俺を目掛けて斜め前に跳び上がる。運よく、と言っていいか微妙なところだが三連飛び跳ねだ。『ライトステップ』は使わなくても大丈夫だが、振動の範囲は抜けられないか。行動阻害は絶対避けなければ。
「――ほっ!」
甲羅ガエルの着地に合わせて、俺は下がりながらジャンプ。
甲羅ガエルの飛び跳ね二回目は元の場所に戻るように後ろへ。三回目はそのまま真上に跳んだ。よしよし、かなりデレなパターンを引いたな。WPを使わずに済んだのは大きい。
「――――ぁーーーちゃーーーーーん」
あぁ、うるさい。馬鹿みたいにうるさい。というか間違いなく馬鹿なのだろう。どこの誰だか知らないし知りたくもないが、さっきよりも近くで馬鹿が叫んでいる気がする。お陰で集中力がごっそりと持って行かれた。
騒音から意識を逸らすために甲羅ガエルに駆け寄りながら注視する。三連飛び跳ねの後隙はどれくらいだったか……そろそろもう一回メテオがきてもおかしくない頃だし、今度こそ予兆を見極めないと――
「マーーーーーーーーちゃああああああああん!!!!!!!!!」
「うるっっせーーーーー!!!! 人違いだバーーーーーーーカ!!!!!!!」
馬鹿うるさい声でハリボテの集中は軽く吹き消された。
我慢ならねえ、というか看過できねえ。とても関わりたくないし無視していいと言われれば喜んで無視してやりたい。
しかし衝動的に振り向いてみれば、目線の先には思った通り、明らかに俺に向かって手を振りながら馬鹿みたいな笑顔で走ってくる見知った顔があるではないか。
「会いたかったよおおマーーーちゃああああん!!!!!」
「俺は会いたくなかったわ!!! 回れ右してとっとと帰れバーーー――」
手を大きく広げて駆け寄ってくる馬鹿に罵声を浴びせてみれば、ふと、体が後ろに引っ張られるような感じがした。
「――カ……?」
はて、そういえば何か考え事をしていたような? 俺は今戦闘をしていて――戦闘?
弾かれたように後ろへ振り返る。そこには少し前にはいたはずのドデカイ奴の姿はなく。
「あっ……」
振り仰いでみれば、空高く舞う、黒い影。
そうして再び、大地は爆ぜた。
一体どこの馬鹿のせいでマクスくんがおかしく……
たぶん次回で終わります。たぶん。
・インベントリ操作について
インベントリ操作は大きく分けて二通り。
一つめは、手でメニューを操作する方法。
二つめは、基本腰の後ろに装備されているインベントリ袋に触れながら、開いたウィンドウを思考で操作する方法。
手操作だと両手を前にしておけるためとっさの対応ができる代わりに操作が遅く、思考操作だと片手が後ろに回るため対応力が落ちる代わりに操作が速い。
どちらにせよ手を使うことになるが、それぞれに長所短所があるため状況に応じて使い分けるのがベスト。
20180924 本文修正




