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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
36/47

猛亀腐毒 二

どんどん諄くなっていくような……

 フィールドボス『猛る毒蛙亀(クレイオ・ドトードス)』は、最序盤に出てくるものにしては中々な嫌らしさと鬱陶しさをした厄介さんだった。


 まず一つ目には、何よりもその甲羅。亀と同様背中から回り込むように腹側もガードしておきながら、蛙としての機動性が損なわれていないという卑怯さ。剥き出しになっている脚もしくは頭部を攻撃せざるを得ないが、その近くにいると容赦なく殴る蹴る食べるのいずれかが襲い掛かってくる。一番マシなのは殴るを担う前脚か。攻撃範囲がさほど広くないことに加えて、威力についても近接職であれば被弾しても何とか耐えられる程度だと思う。近接職なら、ね。

 そして二つ目。俺たち六人と一匹が七分ほどの時間を掛けて甲羅ガエルのHPをちまちま削った結果、たった今甲羅ガエルのHPゲージは残り四分の三を割り込み――


「うわっ!?」

「ぶえっぷ!?」


 甲羅ガエルが耳辺りと口から同時に勢いよく飛ばした液体によって、俺とミケは全身汁まみれになった。

 HP減少で解禁された毒攻撃。それが二つ目の厄介ムーブであった。


「だぁっ! ミケ優先!」

「『浄化の光よ(キュアライト)』、『治癒の光よ(ヒールライト)』!」


 投げやり気味の俺の指示とほぼ同時に、タマオが回復魔法をミケに掛ける。

 ミケは捕食攻撃に備えて『錬鉄の構え(アイアン・スタンス)』を発動したようだが、それが裏目に出てしまったか。舌の代わりに飛び出してきた葵色をした液体を、ミケは躱すこともできず真っ向から受け止めてしまった。

 まあ、あれは仕方がない。タイミングが悪かったのもあるし、そもそも毒は食らうことが前提だったし。

 しかし、俺が食らったのはいただけない。テメーはヒキガエルか! なんてツッコミを脳内でしてしまった時点でアウトだ。警戒不足だったと言われたら何も否定できない。いやしかしヒキガエルってあんな大ジャンプしたっけか? 俺たちにとっては大ジャンプだが奴にとってはそうでもないのか。そもそもモンスターに常識を当てはめるのもナンセンスか……


 俺たち二人が食らった毒液はどうも性質が違うものだったらしい。乳白色の毒液によって俺が食らった状態異常は、深度1の毒と二割の防御ダウン。ミケはそれに加えて毒液命中によるダメージと、毒とは別のDoT(持続ダメージ)を受けている。

 非公式なものではあるが、分類としては腐食毒と呼ばれるものか。予想だと毒と行動阻害の複合である神経毒だったから、それと比べればマシではある。口からの毒液は溶解液か何かと混ざってでもいるのだろう。直撃ダメージ、二重のDoT、防御ダウンの複合弱体(デバフ)からは、盾職絶対殺すという意志がひしひしと伝わってくる。そしてついでのように前衛火力職(自称)も殺されそう。

 『浄化の光よ』では毒に付随する弱体が解除できないのが厄介だな。副次的な弱体は『清爽なる風よ(リフレッシュ)』で解除できるのだが習得はまだまだ先だろうし、今は時間経過で消えるのを待つ他ない。


 俺はインベントリから「Lv.1 解毒ポーション」と「Lv.1 HPポーション」を引っ張り出して、素早く栓を抜き中身を飲み干した。タマオの回復は再使用時間(クールタイム)中で使えない。仮に再使用時間が明けていたとしても、ここからはセルディも合わせてミケに集中させる必要があるだろうし、自分の回復は自分でやらなければならない。ダメージ量次第では解除せずに放置しようかとも思ったのだが、さすがに三秒置きに7ダメージの毒が残り50秒は不味すぎた。ほっといたら二十秒くらいで死んでしまっていた。


 俺の仕事は、死なず毒液を食らわず甲羅ガエルの右前脚を攻撃、あわよくば耳腺を破壊しにいくことか。セルディがミケの回復に備えて位置取りを甲羅ガエルの正面寄りに動かしているし、弓で耳腺を狙ってもらうのもありだろうか。


 甲羅ガエルが前脚をカエル泳ぎのように水平に掻く。それを見越して後退していた俺は、前脚を迎え撃つべく『パワースラッシュ』で薙ぎ払う。スキルの硬直が解け、元の場所に戻った前脚へ追撃を叩き込もうと一歩足を進めると、甲羅ガエルの耳周りが収縮するのが目に入り、反射的に足を止めた。その収縮がより強くなったと同時に耳腺から白が滲み、すぐさま毒液が飛んだ。

 毒液が襲い来る直前、俺は『ライトステップ』で右へと回避していた。

 分かりやすいと言えば分かりやすい前兆行動。最初の毒液飛ばしをちゃんと見ていなかったのが惜しいところだが、毒を飛ばす前には常に耳腺を蠢かせるのであれば、毒への警戒レベルはかなり下げられる。そして今回、口からの毒液がなかったのはどんな理由によるものか。いくつか考えられるが、あと何度か見てみないことには判断がつかないな。


 次の行動追加は怒り状態に入るか、残HPが五、六割を切ったタイミングだろうと予測し、耳腺周りに注意を向けつつ、俺はWP(気力)収支を確認しながらスキル回しを模索していた。


「マクスさん、私は耳の毒腺を狙ったほうがよいでしょうか」


 甲羅ガエルのボディプレスを回避すべく俺が後方に下がると、それを待っていたようにセルディは判断を仰いできた。

 さっきはそれもありか、と思ったのだが、今のパーティの配置だと右の耳腺が潰れて嬉しいのは俺だけなんだよな。ダメージを見れば後脚よりも頭部を攻撃するべきということにはなるだろう。このあとの追加行動が耳腺に係るものである可能性を否定することもできない。しかし、だ。


「アーウィーン。後脚割れそうかー?」

「分からん。壊せ()()()()言い切れん」


 なる、ほど。俺もそんな気がしているし、よしんば破壊できたところで甲羅ガエルの行動に影響は出ないんじゃないかと思っちゃいるんだよな。

 よし決めた。セルディには――


「このまま後脚でよろしく」


 現状のまま行ってもらおう。そう伝えるとセルディは意外そうな、気遣わしげな表情になり、遠慮がちに小さく口を開いた。


「そう、ですか。毒腺なら間違いなく壊せると思いますし、壊せればマクスさんの負担も減ると思うのですが……」

「これ以上楽になったら戦闘中に茶が飲めてしまうなあ。つらいなー。戦闘中に不味い茶飲むのはつらいなー」

「飲まなければいいでしょうに……ふぅ、分かりました。このまま後脚の攻撃を続けますので」


 ため息を吐きながらセルディは下がっていく。俺はそちらに目を向けることなく、アーウィンと一瞬視線を交わし、すぐに甲羅ガエルとの距離を詰めた。


 やはり『トライエッジ』を再使用時間ごとに回すとWPの回復が追い付かなくなるな。効率を考えるなら『トライエッジ』が一番いいスキルではあるから、基本のダメージソースはこれ以外にはない。あとは甲羅ガエルの薙ぎ払い攻撃にカウンター的に『パワースラッシュ』を叩き込むのが地味ながら重要か。ダメージ増が狙えて、スキル後硬直は回避から攻撃に移る場合と同程度で収まる。叩きつけに合わせた場合は、攻撃に戻れるタイミングが早いせいで『パワースラッシュ』はDPS(秒間ダメージ)に寄与しない。普通に殴るのと変わらないからWPの無駄遣いになってしまう。

 WP管理はおよそ八割の維持を心がけていればいいだろう。『ライトステップ』一回で三割近く消費するから使う時は気を付けないとな。気を付けないとな! 俺は学習する男だ。




注意(ケア)!」


 甲羅ガエルのHP半分まであと少しという時、奴は唐突に鳴嚢を大きく膨らませた。ここまで飛び跳ねの後にしかやってこなかった行動を、前脚叩きつけ後にやってきた。

 パターン変化か、それとも追加行動の前兆か。薄いところだと、ダメージを与えて壊滅的な攻撃を阻止するDPSチェックギミックの可能性もゼロではない。が、それは現状では対処のしようがないから考えないで行く。

 当然のように攻撃弱体がかかり、甲羅ガエルは上体を起こして両前脚を()()()()()()()。ボディプレスに近いが、違う。

 大質量が地に迫る。やはりプレスではない。叩くのは胴体ではなく前脚、ストンプ!


後退(ファー)!」


 俺は『ライトステップ』で下がりながら全体に指示を飛ばしたが、意味を為すには少し遅かったらしい。


 地は三度震えた。三連続のストンプ、地形破壊はなかったが、三度目の衝撃は俺が退避した場所まで届く程度には強かった。範囲は前脚中心に半径五メートル前後といったところか。

 後衛は全員範囲外で無事。俺は三度目が怪しかったが何とか無事。念のためジャンプしておいたが効果があったかは分からない。

 問題はタゲを担っていたミケとアルフの方だ。


「ごめん! 判断ミスったなぁ……スタンスは割られるよねぇ」

「死な安! 回復集中、防御優先で立て直し!」


 地面を叩いて揺らす広範囲攻撃、ストンプはスタンス系スキルの効果を確率で破壊する。中心に近ければ近いほどその確率は高くなり、一度目のストンプで『錬鉄の構え』を壊されたミケのHPは今や風前の灯火であった。

 ミケよりも距離をとっていたアルフは、それでもそのHPを半分以上削り取られている。


 三連ストンプを終えた甲羅ガエルは再び体を起こし、数度体を揺らす。その背の甲羅から甲板の欠片がガラガラと音を立てて落ちていく。形態移行? いや、状態移行――怒り状態突入か。

 迷わず「Lv.3 HPポーション」の札を切ったセルディのお陰で、ミケのHPはかなりの勢いで回復している。ポーションによる回復は即時より遅く持続より早いくらいのもので、効果が切れる頃には六割を超える辺りまで持ち直すだろう。安全というには心許ないが、タゲ役をやるには何とか足りるという程度。ポーションの再使用が可能になる二分半を凌げれば、完全に立て直す事ができるだろう。


 俺は出鼻を挫くように飛んできた毒液を回避し、甲羅ガエルとの距離を詰める。前兆から毒液を飛ばすまでの間隔が心なしか短くなったように感じる。やはり怒り状態だとみるべきか。

 前脚の攻撃速度も上がっているだろうと警戒レベルを高め、スキルの使用タイミングに気を払う。

 アーウィン以外の後衛は回復、バフの掛け直しのために位置取りが甲羅ガエルの前方寄りになっている。怒り状態固有のモーションの可能性を考えて、俺は甲羅ガエルの動きに注意し、注意しすぎて――


 まだ甲羅ガエルのHPが()()()()()()()()()()なんてことは頭から抜けていた。


 アーウィンの『氷気の小槍(グレイシャルスピア)』が後脚に命中。甲羅ガエルが左前脚の叩きつけをしようとするのを見て、俺は『トライエッジ』の三連斬を叩き込む。

 甲羅ガエルは持ち上げた脚を叩きつけることなく、静かに地面に下ろした。

 怯み? 後脚の破壊に成功した? にしてはそれらしい動きをしなかったが、と思考が逸れた時だった。


「皆! ()()()()!」


 イリスが叫んだ声は、甲羅ガエルが目の前から消えると同時に俺の耳に届いた。

 急速に頭が冷えていく。戦闘開始からおよそ十五分、思考が鈍化し惰性で行動し始める時間帯。ミケが事故りかけたことで、気を引き締めたように錯覚してしまったタイミング。集中は深かれど狭く、見落としがあるということを見落としてしまう。


 イリスが気づいたのは不幸中の幸いであったが、不幸であることに違いはない。

 思考の再起動が終わり、よろめいた体を持ち直して弾かれるように天を仰げば、甲羅ガエルは周囲の岩柱よりもなお高い位置で、その甲羅をこちらに向けていた。甲羅にはいくつもの穴が開いている。俺が座っていた時には無かったものだ。

 俺は即座に反転し、駆け出した。

 あれはまずい。間違いなくさっきのストンプよりも広範囲にダメージが()()。そしてそれだけでは済まないと直感が走る。


 ――ああ、やっぱり。


 後ろを振り返る俺の目に映ったのは、身に迫るいくつもの触手と、アルフを庇って触手に捕まるミケの姿。


 そうして大地は、爆ぜた。

敵のHPが意識から外れることってありますよね。ギミックで退避してみたら「いやこれ押しきれるHPだったじゃん」みたいな。

いっそ雑にやった方がうまく回る、というよりも集中の種類とそのコントロールの問題でしょうか。


追記

毒の「深度1」というのは言ってしまえば解除レベルのようなもので、数字が大きくなるほど解除は難しくなっていきます。

同レベル帯であれば深度が高いほどDoTや持続時間が増えていきますが、一概に「深い程痛い」というわけではありません。

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