そして、エートスは再起する
「こちら、ご注文のカラマリになります」
「ども」
ファストフード店もかくやという早さで注文の皿は届けられた。俺は添え物のレモンを手に持ち、皮を下にして満遍なく絞り掛ける。
「レモン掛ける派かよお」
「お? 文句あんならてめえの頭に掛けてやろうか」
きつめにレモンを握り潰すと、斑鳩は頭をさっと手で覆い隠した。
調理前のイカは置いといて、皿に意識を向ければ豊かに香る爽やかなレモンの中に、仄かに感じる潮の香り。きっとこれこそが、地中海はエーゲ海の香りなのだろうなあ、と地球上遥か西の海へと思いを馳せる。もっと言えば想起されるはイカリア海だ。
フォークと共に供されたカラマリを、俺は敢えて素手で引っ掴み、噛み千切りながら食べていく。うん、中々に美味い。イカのから揚げが不味いはずもなかろうが、このシンプルな味わいが実に憎い。あぁ、憎いなぁ。
イカが憎い。
「その、野人めいた食い方には何か意図でもおありかな?」
「それはこれからの話の内容次第じゃねえかな」
「あるって言ってるのと変わらんよなあ……」
ぶちん、ぶちんと引きちぎられる同胞に何か思うところでもあるのか、ゲソ野郎はこちらに目線を向けつつも目を合わせようとはしない。俺はカラマリの載った皿を僅かに持ち上げ、テーブルにコンコンと打ち当てる。これが空になるまでに話せ、という意図は伝わったらしく、斑鳩は観念したように事の次第を語り始めた。
「あー……いや、な? あの馬鹿が〈からくり士〉で始めたまでは良かったんだよ。オープンベータでは無かったジョブだし、あいつ自身『びびっとキタ!』なんて言って結構やる気だったしな」
「ふぅん……」
オープンベータでは無かったジョブ、と。調べれば三秒で出てきそうな情報だが、結構大事な情報ではなかろうか。別にジョブのバランス調整なんかに期待するわけではない。先行情報がないというのはむしろ開拓者魂が身に宿ろうというものだ。
ところで、きゃりぃと感性が似てると改めて突き付けられたような気がしたんだが、多分気のせいだろう。
「ウチはガチガチの効率クランってわけではないからな。やりたいジョブで上を目指せばいいっつーのがモットーだからよ、あのステータスを見ても誰も止めたりはしなかったんだよな。一応、盗賊を引き摺って短剣担ごうとしたあいつに、近接は間違いなく向いてないから弓でも担いどけと伝えはしたんだが……」
「『遠距離はイヤ!』って言ってたな。その前にもつらつら言い訳をしていたが」
「あの馬鹿は、適性武器が銃とかだったらどうするつもりだったんだろうなあ」
「俺も思ったわそれ。今作はそういうのもあるかもしれんよな。ま、あいつはイヤって言ったら曲げないからな。好きなようにやらせることにしたんだが」
若干疲れたような顔になるおっさん二人。神月は呆れからくるものなんだろうが、斑鳩の場合はクラン内の不和の火種になるんじゃないかという懸念から来てそうだな。
きゃりぃがクランのムードメーカーやれてたのも盗賊としてしっかり実力が示されていたからという部分もあるだろうし。現状どう見てもネタジョブ状態の中で、ネタに走っているとクランメンバーに思われるようなことになれば、トップクランに相応しくないと反感を買うことにもなりかねない。そうなったときにクランメンバーから突き上げをくらえば、斑鳩はクランリーダーとして何かしらの対応を取らなきゃいけなくなるから……それは疲れたような顔にもなろう。クランメンバー同士の板挟みなど胃が痛くなっても何らおかしくないような話だ。
その点俺は安心だな。不満を向けられる当事者だから、板挟みの心配はない。ただ板でぼこぼこに殴られるだけのことだ。
「手始めってことで南西の丘で狩りやら掘りやらしてみてな。しばらくはまあ、さほど問題もなかったんだが……白い兎が」
「あぁ……」
南西の丘、おそらく鍛冶屋の親父が言っていた『鉱木乾岩の丘』のことだろうが、なるほどそっちでもあの白兎が出ると。生きるために殺すのではない、殺すために生きるのだと主張するかのような純粋な殺意。ノンアクティブで初撃をぶちかましてくるのも、それが単なる生命活動だからということじゃなかろうか。
このままだとイリスに白兎を紹介して遊ぼうというちょっとした計画は敢え無く頓挫しそうだな。話を逸らそうにも不自然極まりないし、仕方がないか。残念。
「明らかに場違いな見た目してんのにあいつは無警戒にのこのこ近づいて行ってなあ」
「初撃でバッサリ?」
「いや、初撃は辛うじて躱して――外れて、か。微妙なところだが当たらなかったな。まあ二撃目で一発街送りになったんだが。で、キリもよかったしきゃりぃを回収しに街に戻ったら……あいつ突然キャラ作り直すって言い出したんだよ」
「んん?」
何だろう、あいつが兎に狩られたくらいで心折れるとは到底思えないんだが。気分屋でもないから理由なく前言撤回するようなタイプじゃないし。
腑に落ちないでいる俺に続けて齎されたのは思わぬ、そして衝撃的な内容だった。
「それがな、どうもスキルが消滅したから、らしい」
「――は」
スキルが、消滅した?
真っ先に頭に浮かんだのはシステムの不具合だ。だがそういうことではないのだろう。そんな事象が発生したとしたら、問い合わせすれば少なくともその場で確認、しかる後に対応がなされるはずだ。だから不具合であるならばそれはキャラを作り直す理由たりえない。なら、つまりそれは――
その場に居合わせたのであろう三人を除き、俺たちは息を凝らして言葉を待つ。スキルが勝手に消滅するという「仕様」が存在する、そんな半ば確信めいた予想を身の内に抱えつつ。
「ティーマトン、だったか? 街に戻されてから手持ち無沙汰になって使ってみたらしい。んで、出てきた茶を一口飲んでみりゃあ、やたら薄いくせして何故か不快なほど不味く感じて、思わず残りを打ち捨てたんだと。したら、「信頼を失った」的なログが出て人形と一緒にスキルが綺麗さっぱり無くなってた、と」
「なる……あぁ、あるわ、心当たり」
茶運人形の無機質な灰青色の瞳が俺をじっと見つめた、ように感じた出来事が思い起こされる。あれは警告のようなものだったということか。
「あるのか……一応問い合わせ送ったら『仕様です』の一言だったらしくてな。スキルが消える仕様ってどういうことだって感じだが、とにかく不具合ではないらしい」
「はぁ……でも要るか要らんかで言うと、別に無くなって困るスキルではないけどな。次のスキルが覚えられなくなるとかなら問題だが」
「もしそうだときついな。仕様って言うなら何か救済になるものがあるんだろうが。きゃりぃもスキルが消えたショックというよりかは、今後の不都合を気にして早めにって感じでキャラ作り直すことにしたらしい」
馬鹿のくせにちゃんと考えてる……
「馬鹿のくせに、って顔だなあ。気持ちは分かるが。あいつ基本言動は馬鹿だが頭は回る方だろ? それが表に出るかは別として」
「業腹だが認めよう」
「ま、そんなわけで〈からくり士〉は諦めたって話だな」
そう話を切ると、斑鳩は俺の手元の皿を一瞥してから、半分ほど減っていたグラスを一気に呷り中身を全て流し込んだ。
俺は最後に一つ残ったゲソを指で摘み、ぽつりと呟いた。
「油地獄かなあ」
「冗談はおよしになって?」
「およしになるのはお前だ。最後はカラッと揚げてやる」
衣がしっとりとなった最後の一つを口に放り込む。
状況説明は果たされたが情状酌量の余地はなかった。まあ、きゃりぃとは違うと証明されたと思えば、今日はめでたい席だ。普段なら釜揚げにするところを執行猶予としておいてやろう。
「ちなみに、新しく作ったキャラは何のジョブになったんだ?」
もむもむとゲソを咀嚼していると、アーウィンがそんなことを聞き出した。
確かに、それはちょっと気になる。そんな好奇心から耳を傾けたことを、俺はすぐに後悔させられることとなる。
「ん? それがよお、〈かばん持ち〉っつーネタ臭がぷんぷんするジョブにしやがってよ……」
「うぐぇふ」
隙の生じぬ二段構えで俺は敢え無く沈んだ。今度こそ再起不能レベルのダメージだった。
きゃりぃと感性が似通っているという事実に心がぱりぱりと踏み砕かれる事故はあったが、会は和やかに進み、そしてお開きの時間となった。
俺たち一行は「小夜啼鳥の止まり木」の入り口から少し離れ、しばしの立ち話に興じていた。
「――ところでさ、お前ら何でエートスに戻ってきたんだ? 他にやってたゲームとか、あったんじゃないの」
ふと頭に浮かんだ疑問を斑鳩たちにぶつけてみた。三人分の何言ってんだコイツ、みたいな目に思わずたじろぐ。
「そらもちろん色々手を出したが……最初から充電期間のつもりでやってたからな。今始めてる連中は大体そうだろうさ」
お前だってそうだろう? と言われている気がする。
俺は……どうだっただろうか。旅に出る、と送ったのは冗談ではあったが本心でもあったように思う。
デラシネではない。戻ってくる気マンマンだったのだから、言うなれば旅の終着地だろう。
「そう、だな。やっと旅が終わって帰ってきたって感じか」
「お? ――なーに言ってやがる」
笑いながらそう答える斑鳩。その言葉を引き継いだのは淡く笑みを浮かべたナターシャだった。
「旅はここから。ここが出発地。休んでる暇なんて、ない」
「……お前が言うとただの効率厨発言にしか聞こえないなあ」
「なっ」
「まあまあ落ち着け。――んじゃ、そろそろこの辺で。またな」
睨むナターシャを宥めつつ、三人組はこの場を後にしていった。
思わず揚げ足を取ってしまったが、ナターシャの言葉は胸にストンと落ちるものがあった。今までの俺はどこか後ろ向きで感傷的で、帰ってきたというのも今作を通して見える前作へ、だった気がする。
「またな、か」
再会は未来にしかない。旅の出発地、ゲームの設定は天の旅人、だったか。
「……じゃ、俺たちも行くとするか」
たとえ味付け的なものでしかなかったとしても、霞を晴らすきっかけになるには十分だった。
俺は努めて振り返ることなく、未だ馴染まぬ道を連れ立って歩き始めたのだった。




