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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
31/47

エートスは再起する・後

盆の十日間ほど記憶がないので実質三日投稿です。(震え声)



嘘ですごめんなさい。

「〈からくり士〉……?」

「は? 嘘だろちょっと見せてみ……うわマジだ。え、マジ? 冗談でなく?」


 俺は口角を上げて再びのサムズアップ。何となくいたずらに成功したような気分でいたのだが、ナターシャと斑鳩の反応はいまいち芳しくない。ナターシャは真っ直ぐ一点を見つめたまま固まっており、斑鳩は俺じゃなく何故かアーウィンに確認を取っている。

 さっきまでの感じからしてナターシャはさぞ不機嫌になるかと思いきや、硬直が解けたナターシャは一転淡い笑みを浮かべて穏やかな口調で語りかけてきた。


「マクス」

「おう、どうした?」

「マクスは馬鹿だから知らないかもしれないけど、実は〈からくり士〉は剣士とは違うの」

「知っとるわ」


 子供を諭すような口調で煽ってきたナターシャは、俺の言葉に軽く目を見開いた。何か驚く要素があっただろうか。まさか本当に〈からくり士〉を剣士だと思って選んだアホだと思われていたのか。心外にも程がある。

 無口無表情キャラが崩れない範囲で感情を器用に面に出すちびっ子を半目で睨め付けると、ちびっ子はすっと無表情に戻り、その内心を吐露する。


「私はマクスが違うジョブをしてもいいと思ってる。まだ初日だから」

「はて言葉が繋がってないような?」

「とりあえずキャラデリ、しよ?」

「繋がってた」


 駆けつけ一杯みたいなノリでキャラデリを勧められた。ネトゲーマーは過激派ばっかりか。身内のみならず久々に再会した知り合いにまでキャラクターを消せと言われるとは……

 今日一日でそれなりに傷ついたマイハート・オブ・グラス。それでもここまで健気に耐え忍んでいたハンブル・ハートは、ちびっ子の陰から襲来した予期せぬ一撃によって、いとも簡単に粉砕されることとなった。


「つうか、〈からくり士〉か……うちの筆頭馬鹿(きゃりぃ)と一緒じゃねえか」

「つらキャラ消そ」


 それがいいよ、としきりに頷くナターシャ。他の連中は、おそらく能面のごとく感情が抜け落ちた顔をしているであろう俺へと引き気味に同情的な視線を向けてくる。


「見事に折れたね」

「ええ、ぽっきりと逝ったわね」

「折れたというか、粉々?」

「ご愁傷様です」

「さすがにアレと同類扱いは、同情を禁じ得んな」

「君たちもう少し慰めるとかできないの? ねえ」


 実験動物でも評するかといった身内のコメントに出かけた涙も引っ込んだ。満場一致で馬鹿と断定される馬鹿が、記憶の扉の隙間から何も考えてない笑顔を差し向けてくる様を幻視して、俺は思わず首をぶんぶんと横に振った。


 きゃりぃ。ペルタ(ペルソナータ)筆頭馬鹿にしてクランのアイドル。

 馬鹿であることの説明なんて馬鹿は馬鹿であるとしか言いようがないのだが、強いて言えば予測不能のトラブルメーカーだというところだろうか。

 クランメンバーで範囲狩りに出ていつの間にかはぐれたかと思えばフィールドボスと大量の雑魚を引き連れて(トレインして)戻ってきたり、集合時間に二時間遅れてきたかと思えばレイドボス発生クエストを拾ってきたり、戦闘中に寝落ちして強制ログアウトされたりと、奴のエピソードは枚挙に遑がない。

 スカタンな言動で周囲を散々引っ掻き回して尚、奴がトップクランに長く在籍できていたのは明確な根拠があるにはあるのだが……そんなことは今重要ではない。


 端的に言えば愛嬌のある馬鹿から馬鹿だけを抽出して同類扱いされるなど、果てしない屈辱感で天に召されそうだ。が、トチ狂ったプレイヤーがきゃりぃを天使と呼んでいたのを思い出して天にも安息は無いのかと俺は絶望に打ちひしがれた。

 煉獄でずっとモラトリアムりてぇ……と馬鹿なことを考えながら手なりで店のメニューを開いて注文を終わらせ、俺はテーブルに突っ伏した。木製のテーブルは温かくも冷たくもなかったが、今の心境にはむしろ心地よく感じられた。





 俺が注文してすぐに皆も注文を済ませ、一渉り届いた頃合い。誰からともなく飲み物を手に持ち、神月の音頭で乾杯を済ませた。


「――粉っ」


 何となく注文してみたエリニコーヒーなるコーヒーを口に含んだ途端、味よりも先に凄まじい粉っぽさが口腔を侵し尽くした。濃度の割に苦さは大したことないしむしろ甘ったるいくらいなのだが、これは飲み物として正しいのか? やっすいプロテインをシェイカーで飲んだ時みたいな感じが……


「それ、多分沈殿させてから飲む物だよ?」

「ほああ……?」


 ざらつきを冷やで洗い流していると、タマオからそんなツッコミが飛んできた。しばらく置いとかないといけない飲み物とな? タマオの心当たりありそうな感じからして現実にもこんなのがあるんだろうが、せめて沈殿済みを出すとかさ、してくれてもいいんじゃないかな。いや多分そういう風に注文したらそう出てくるんだろうけど。結局は知らぬは罪ということなのか。

 粉が沈むのを待ちながら、刺さる視線から逃れるように隣に座るミケの飲み物に目を向ける。オレンジジュースっぽいな、すげー旨そう、と見つめる俺を見て、ミケは呆れたとばかりに息を吐いた。


「普段コーヒーなんて飲まないのに見栄張るから……」

「ち、違いますぅー。リアルで飲むと調子悪くなるからゲームで飲んでるだけですぅー」

「いつもエナドリかぱかぱ飲んでるのに調子悪くなるの?」

「や、コーヒーだけなんだよ。何故か」

「あー、アレルギーとかあるのかもね」


 アレルギーねえ、などと無味な感想を抱きつつコーヒーをちびりと飲む。うん、まだ粉っぽい。


「やはりお茶ですよ。お茶を飲みましょうマクスさん」

「色相が九十度くらい違うやつを飲みながら言われてもなあ」


 オレンジ色で満たされたグラスを抱えながら力説してきたセルディにじっとりとした視線を送る。お茶は勿論常飲しているがあいつの言うお茶は茶道やらの高尚なあれだ。強制お作法チェックイベントが始まって生きた心地がしなくなるやつだ。


 右側のおっさんども……イリスも含めて成人組は泡立つ黄金色のジョッキを煽っている。

 こういう場ではとりあえず生! みたいになるのであろうが、生憎というかエートスにおいて未成年プレイヤーのキャラクターはアルコール飲料を飲むことができない。厳密に言えば未成年には酩酊状態の情報自体がVRギアから送られず、それに加えて店で言えばメニューからアルコール類が基本的に選択不可になっているのだ。

 酩酊に関しては機器側が自動でシャットアウトするからどうしようもないが、ゲーム内のアイテムに関しては各ゲーム毎の裁量で自主規制しているような感じだ。特に主要なアルコール類は確実に飲めなくされている。その代わり作品オリジナルのナントカ酒みたいな名がつくものはばっちり清涼飲料水の味でなら飲めるようになっていたり、ノンアルコールカクテルなんかはさらっと飲めるようになっていたりもする。

 厳密に区分けしろという声もあるようだが、未成年者をプレイヤー間で容易に判別可能にすることで却って問題が生じる虞があるとして、業界どころかお国も現状を変えるつもりはないらしい。


「……美味そうっすね、それ」

「これ? シケラ・ビルラ、だったかしら。りんごジュースにビールを混ぜたような味ね」

「ビールに、じゃないのか」

「りんごがかなり強いのよね」


 成人組がぐいぐい飲んでいたのはどうやらほぼりんごジュースらしい。改めてメニューを開いてみればシケラ・ビルラなるものは一応俺でも買えるようにはなっている。ビルラってビールだろ、基準ガバガバか? と思わなくもないが、カクテル枠に入ってるんだろう、きっと。

 改めて周りを見てみればフルーティーなものを飲んでるのが多数派で、コーヒー的なのを飲んでるのは俺とタマオとナターシャだけみたいだ。その二人も泡立ったカフェオレみたいな、シャレオツなものを優雅に楽しんでいる。


 だいぶ粉も沈んだな、とちびりちびりとコーヒーを啜っていたそんな時だった。


「しかし、きゃりぃは〈からくり士〉を早々に諦めたというのに、流石はマクスといったところか」

「あっ」

「……ア?」


 しみじみと呟いた神月の言葉が鮮明に耳に届いた。しまった、という顔で声を漏らした斑鳩を見て、俺は大まかな事情を察した。

 目を付けていたが金欠故に注文を控えていた料理をさっと注文し終えると、俺はテーブルに両肘突いて口元で手を組んだ。


「さ、どうぞ?」


 明後日の方を見ながらやけに上手い口笛を吹き鳴らす海産物に向けて、笑顔でそう促す。

 さあ、これからどう料理してやろうか、なんていうのは既に確定している。


 油だよ、油。

前中後の三部に加えて次回の締めでこの会は終わりです。


果たして八月中に二日目に突入できるのか……

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