エートスは再起する・中
前後編の中です(?)
タマオのお茶目は幸い斑鳩にも神月にも気付かれてはいないようだ。好意的な見方をするならば無駄に長引かせるなという無言の抗議と捉えることもできるが……タマオのことだ、ふざけてるだけだろう多分。
せっかく作った真面目な表情が崩される前に視線を斑鳩の方に戻す。斑鳩は変わらず頭を下げ続け、その隣に座る神月は目を閉じ腕を組んで黙りこくっている。
示談はならず、今や被告人が判決を待つような様相。過去の諸々が頭を過り、俺が雲隠れするに至った経緯を思い起こし、そして競り上がってくる言葉を飲み下して、断絶を埋めるべく俺は判決を下した。
「ま、許すも何もないんだけどな。別に怒っちゃいないし。ということではい、無罪。和解」
努めて軽く無罪を言い渡すと、場の空気は一気に弛緩した。神月は頷き、斑鳩は面を上げ、ナターシャは何が何やら分からずフリーズしている。
頭を上げたゲソは無表情な面をニヤケ顔に変え、反省など微塵も感じさせない雰囲気を出している。
「……はぁ、終わった終わった。じゃこれからもよろしくな幕すクン」
「アクセントの位置が癪に障るんだよなあ? 怒ってないとは言ったが全部チャラとは言ってねえ。とりあえず謝罪に誠意が足らん。まずは地べたに這いつくばってポリゴンの隙間から奈落に無限落下しろ」
「そんな終身刑嫌だぁ……もう無罪勝ち取ったんで無効ですぅー。そもそもグラフィックはポリゴンじゃないから無理ですぅー」
チッ、ゲソのゲソがゆらゆら揺れてうざいことこの上ない。今からでも変更判決できやしないだろうか。
「おい斑鳩、あんまり調子に乗ると幕の字が怒るぞ」
「つるーぱげ、お前もか」
「そうだな、すまん幕の内。事実だとしても嫌だったな」
「水を得た魚のように煽ってくるなお前ら」
慈悲を見せて温情を示してやればすぐこれだ。おっさん二人は大人げなくはしゃいで、気づけば俺がいじられるような形になっている。
いや、まあ。この件を客観的に見てしまえば、大本の原因は実のところ俺にあると言っても過言ではないわけなのだが。「ペルソナータ」の連中が率先して囃し立てたのは後から考えてみればいい隠れ蓑になっていて、俺としては助かったという一面もある。
「ま、ラスボスのラストアタックをあんだけド派手にやりやがったんだ。『終幕』なんて呼ばれてもしゃーないわなぁ」
「しゃーなくねえわ。言い出しっぺはお前のとこの真性厨二病だろうが」
「あの馬鹿も始めるぞ。まだネームが決まらんらしいが」
「まじかよ……『終幕』呼びしたらリアルの下の名前で呼ぶって言っといてくれ」
「大丈夫だろ。飽きたのか『輝かしき勝利掴みし王の剣』って呼んでたし」
「何それぇ……超、嫌ぁ……」
骨の髄まで厨二に侵されたキャラのニヒルな笑みが目に浮かんで、何だか口の中が苦くなった気がする。
コップの冷やを苦みを押し流すように飲み干すと、そんな俺の様子を見ていいきっかけとみたかゲソは話を切り上げて、誰に言うともなく呼びかけた。
「じゃ、そろそろなんか注文すっか。この場は俺がおご――」
「マクス、聞きたいことがある」
「え!? 斑鳩さんがおごってくれるって!? やったあ! 太っ腹!」
斑鳩様の極めて重要なお言葉をぶった切った狼藉者は無視して、俺は斑鳩様の未完の言祝ぎを僭越ながら引継ぎ、喜びの声を上げた。
「いやおごるのは無理だから各自で払ってねって言おうとだな」
所詮ゲソはゲソだった。食うに食われぬつまめないゲソ。ゲソ以下故にイカゲソ野郎だこいつは。
もっとも、今日の今日でおごれるほど金を稼げてるとは誰も思ってなかったから、俺たちはここに来る前に商会に寄って金を作って来たわけなのだが。それでもその予想を裏切るファビュラスゲソであって欲しかったよ俺は。
「っはー、んだよ痩せぎすマンかよ……でなんだ、ちび子」
クラーケン斑鳩になれなかったゲソから興味を失い、ひとまずスルーしていたナターシャに向き直る。じっとこちらを見つめる瞳から感情は読み取れず、ただ映り込む光が微かに揺れているのを見てとれるだけだった。
「何故……何故何も言わずに突然いなくなったの」
平坦な声音でそう問いかけられる。様子に反して詰問されているような気になるが、「何も言わず」と言われると身に覚えがない。
「あれ? フレンドリストから全員に鳥飛ばしたつもりだったんだけど」
送ったよな? と目線を少し右に移すと、ハゲとゲソは二度首肯した。
「送れてたっぽいし、何かミスって抜けてたかも。めんごめんご」
「メッセージは、ちゃんと貰ってる。『旅に出ます。探さないでください』なんてふざけた内容だった」
「自分でもふざけてると思わなくもないが、割りと書いた通りだからな?」
「そう、本当にふざけてる。だけどメッセージのことではなく、私が言いたいのは」
小さな口から淡々と紡がれる言葉が不意に途切れ、ナターシャの表情に色が滲み出る。その色は少なくとも明るいものではなく、されど醜くはなく
「……私には、直接何か言って欲しかった。私とマクスは、その、――――だから」
「――そうか。そいつは、悪かったな」
か細い声が辛うじて耳に届く。か細すぎて何て言ったか分からんかった。フレンド? 知り合い? もしくは師弟関係? いやこいつは俺が師匠なのを嫌がってたからさすがに違うか。聞こえなかった部分が何であれ、多分大勢に影響はないだろう。そう考えて俺はひとまず謝るだけ謝っておいた。
「ナっちゃん、あいつ今適当に返事したよ」
「おいこら」
タマオは半目になってじっとりとこちらを見据えると俺の意図をぴたりと見抜き、ナターシャの肩を叩きながら告げ口した。
ナターシャは目を据わらせ、手を宙に走らせる。
「……決闘申請が見当たらない」
「師匠と同じこと言ってるわね……」
「イリス、師匠じゃなくてライバル」
「はいはい。そこは相変わらず頑ななのね」
ため息を吐いたイリスが何とかしろと伝えるように俺の脚を叩いてきた。俺の適当な返事が気に食わなかったんなら、真摯に対応することで話に決着をつけてやろうじゃないか。
おそらく先ほど聞こえなかったところは「ライバル」と言っていたんだろう。それすなわち前作の闘技場におけるPvP個人戦の話だと思うのだが。ライバルねぇ……
「ライバルっても俺が七三くらいで勝ち越してただろ?」
「…………ランキングは私が上だった」
「ランキングの話なら俺の方がライバルじゃないか?」
活きゲソが横からぬるっと話に割り込む。確かにこの槍使いのイカ略してヤリイカの方が、個人戦総合ランキングは俺よりも上だった。
その点だけ見ればその通りなのだろうが、直接対決の戦績を考えるとさすがに、なあ。
「斑鳩はまず私に勝ってから言って」
「おぉうグサッと刺さるなあ」
「刺身一丁!」
「刺身言うなや! 負けた時の刺身コールは結構心抉るんだぞ!」
ランキング戦でナターシャに全敗だった斑鳩は頭足類ヘッドを抱えて大仰に天井を見上げる。
前作のタイプ別対戦ダイアグラムから言えば、強化魔法をかけて敵に突っ込むというナターシャの強化型魔法剣士と、遠距離に魔法の槍撃を飛ばすという斑鳩の槍気型魔槍術士は六対四で前者有利と言われていた。ナターシャは特に槍気型魔槍術士を得意としていたから斑鳩に限らずぼこぼこにしていたのだが、有名クランの有名プレイヤー同士だったこともあり、ランキング戦での二人の対戦は結構な盛り上がりを見せていた。
毎度完膚なきまでに熨斗イカになっていたのにそれを楽しみに見に行くプレイヤーがいた辺りさすがトップクランのリーダーは違うなと微かに尊敬の念を抱いていたんだが……そうか、実は気にしていたのかあの煽り。煽りイカしに行こうぜなんてたまに吹聴してたのだが、悪いことをしてしまっていたのかもしれない。
ちなみに俺の剣気型魔法剣士とナターシャのタイプも六対四と言われていた。剣気対槍気だと三対七だったか。ダイアグラム以上に俺が勝ち越していたのがナターシャの闘争心に火をつけたのだろう。お互いの癖が分かっていると有利不利はより顕著に出てくると思うし、そう考えると俺も不利側だったら斑鳩みたいなことになっていたかもしれない。別にライバルって言うほどでもないと思うんだけどなあ。
「まあ、ライバル云々は置いとくとして。簡単なメッセージだけになったのはその、悪かったな。今考えればもうちょい冷静に色々対処しとけばよかったと思うわ」
「……分かった。あまり納得はできないけど、こうしてまた会えたから水に流す。でもそれはそれとして」
俺の謝罪を渋々ながらも受け入れたナターシャは、その表情に挑発的な色を乗せて口角を僅かに持ち上げた。
「今作では私が勝つから。首を洗って待ってなさい」
出会った当初から何かと挑戦的だったが、やはりそれは今も変わらないらしい。俺も負けず嫌いなところはあるけども、ナターシャは輪を掛けて負けず嫌いだ。だからこそ個人戦総合ランキング一位まで登り詰められた、というより登らずにはいられなかったのだろう。
ここまで真っ直ぐ宣言されると嫌でも闘争心が刺激される。望むところだと口を開きかけたその時、俺はとても重大な事実を思い出してしまった。そうだ、今や俺とナターシャは立っているステージが違うのだ。
「戦うのは構わないが今の俺とじゃ多分、勝負にならんと思うぞ」
「――へえ、すごい自信。上等、絶対に倒す」
諦念を込めてため息混じりにそう応えると、ナターシャは予想に反してさらに戦意を増したらしい。
あれ? てっきり残念がると思ったのに何でだ? と思考がフリーズした。
「あー、ナターシャさん。マクスが言いたいのは多分そうじゃなくて……」
頭を捻る俺を横目にミケがそんな助け舟を出す。
自分の言葉を反芻してみた結果、俺が強いから勝負にならないと受け取ったんだなと気づき、店に来た時くらいの敵意の視線に晒されながら、ナターシャの誤解を解くべく一つの提案をした。
「ナターシャ、俺のステータス調べてみ」
「レベル自慢でもしたいの?」
「いいから、ほれ」
怪訝な顔でナターシャは手を動かす。フレンド登録をしていなくとも名前とレベルとジョブは見られるようになっているから、何が言いたいかはすぐに気づくだろう。
「レベル9ね。そこまで高いわけでも……え?」
どうやらちゃんと気づいてくれたらしい。呆然とこちらに向いた視線に対して、俺はサムズアップで応えてやった。
ここまで水のみ。
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