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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
3/47

新たな世界に、我ら再び帰還せり

本編に入り……

「――え、結局爆破したかっただけなのか」


 あらかた俺が事情を説明し終えると、祥平は胡乱な目でこちらを見つつ、そう言った。巻き込まれた哀れな犠牲者らに余計怒られそうだから、そこは否定しておかねばならない。


「だいたい珠鳳のせい」

「きっかけはな。途中から爆破優先になってるじゃねえか。なぜか全員吹っ飛んでるし」

「仕方なかったんだ。千歳と栞には悪いことをしたと反省してる」

生真(いくま)は?」

「気づいたら勝手に死んでたからどうでもいいや」


 どうでもいい、と言い捨てられ、がっくりとうなだれる生真と呼ばれた男。

 その名を黒葛平(つづひら) 生真(いくま)という。俺の幼馴染一号にして、イケメンでスタイルが良く実家もお金持ちなヘタレである。そう、勝ち組人生街道を大名行列しているようなイメージに反して、何故かヘタレに育ってしまったのだ。所詮大名故、将軍には逆らえないということか。もっとも、ヘタレだろうが関係なくモテにモテるわけだが。ぐぎぎぎ……

 物言いたげな生真に嫉妬交じりの濁った目を向けると、生真は何も言うことなく目を逸らした。はっ、ヘタレめ。代わりに俺は女性陣から憐憫の眼差しをいただいた。判定は差し引き俺の敗北である。

 ん、と疑問の声を漏らした祥平に意識を戻す。


「それ八時くらいの話だよな。三時間は経ってるのに何で珠鳳はまだ焦げてるんだ」


 ああそれは、と答えようかとしたところで、急ごしらえのぼろっちい丸テーブルで茶を啜っていた栞が、穏やかな口調で説明した。


「そこの考えなしが全部吹き飛ばした後復活してからね、いざ説教しようかと思ったらそこの馬鹿、ログアウトして逃げたのよ。そうしたらすぐに『用事思い出したから十一時まで仮眠する』なんてメッセージが届いてね」

「……」


 祥平は絶句した。俺はあさっての方向に目を逸らした。

 言い訳をさせてほしい。言い訳だ。俺に非があることを否定するつもりは毛頭ない。復活して、軽く謝ろうと思って千歳と栞の方を見たらさ、撃殺したゴキブリを捨てる時のオカンと同じ無機質な目で栞がこっちを見てたんだ。ちなみに千歳は控えめにくすくす笑ってた。俺の生存権を根っこから否定する目に恐怖した俺は、取るものも取りあえず逃げた。ゲームから逃げた後は現実からも逃げた。わりとぐっすり寝られた。

 誤解しないでいただきたいのだが、栞こと兼中(かねなか) (しおり)は、物静かで教養のある素晴らしい女性である。決して怖ろしい女性などではない。先の目だって、怒っていたのではなくゴミを捨てようとしていただけなのだから。


「それで私たちも一旦ログアウトすることにして、十一時過ぎに戻ってみれば、そこの二人が仲良く爆弾投げ合って遊んでたのよ」

「……ああ、向こうの森がぐっちゃぐちゃなのはそれか。家吹っ飛んだのによく爆弾あったな」

「千歳が作った隠し倉庫に山ほどあったの」

「こわっ」


 軽く引いた祥平を見て柔らかい笑みを浮かべる千歳。

 この正堂(しょうどう) 千歳(ちとせ)という女は俺と珠鳳の小競り合いに、喜んで手を差し伸べてきた。よかったら使ってください、と火薬庫を開放した千歳に身を震わせた俺は、ありがたくいただいた爆弾をアイテムバッグに突っ込むや森に駆け出した。笑顔の裏で何を考えてるか全く分からない年下女子が俺は怖かった。

 ちなみに珠鳳だけ焦げてる理由は、追いかけてきた珠鳳を爆殺し、復活して戻ってきたところをまた爆殺を繰り返し、最後の一発で殺し損ねたためである。完封してやった。死んで復活すると綺麗な体になれるので、ある意味勝敗がはっきりしてよかったのかもしれない。

 祥平もそれを察したらしく、珠鳳を見る目があほを見る目から、かわいそうなものを見る目に変わった。その目のまま俺を見た。なにゆえ。


「まあ、大体分かった。この馬鹿が地べたに正座させられて上の空だったのもそういうことか」

「丁度軽くお説教した後だったのよ。いいタイミングで来たわね」

「そんな感じだな。さて、いい時間になってきたしそろそろ準備するか」

「そうしましょうか。確認しておかないといけないこともあるものね」


 どうやら頃合いらしい。他のメンバーが集まる様子を見て、俺は釈放の時が来た、とばかりに勢いよく立ち上がった。現実と違って正座しても足が痺れないから助かる。もう何者にも縛られぬ自由の身だと軽やかなステップを踏みつつ丸テーブルに着いた。


 なんだか遠回りした気もするが、ようやく本題に入ることができるようだ。ここにいる六人で開く円卓会議。もうあとわずかで始まる世界のための話を、今日俺たちはするつもりだったのだ。皆思い入れがあるためか、どこか真剣さを帯びた表情をしている。それにしてもぼろテーブルじゃ全く締まらないな。いったいどうして絵面がこんなにしょぼくなってしまったのだろうか、不思議ですね。

 それを突っ込むと墓穴を掘って自ら嵌ることになるため、口を真一文字に結んで黙っていると、こういう時は大体進行役を任される祥平議長が会議の口火を切った。


「さて、『Ethos(エートス)』が始まるにあたって、確認しておくことが三つほどある。ネームと、ジョブと、始まってからの待ち合わせ場所だな」


 全員が一つ頷く。オンラインゲームのご多分にもれず、『Ethos』もしばらく前にクローズドのちオープンベータテストを行っていたのだが、ここの連中は誰一人として参加していなかった。参加抽選どうしようかという話が出たとき、本番でしっかり楽しむために見送ろうということになったのである。俺はこっそり申し込んだが落選した。

 それはともかくとして、完全に新規でゲームを開始するためにキャラクターメイクから始めなければならないわけだ。ジョブは仲間内で役割が被ると悲しい出来事が起こるため、当然話し合っておく必要があり、名前と待ち合わせ場所については、まず合流しないと色々捗らないので確認しておかねばならない。


「まず名前かな。前と変えるヤツはいるか」

「あ、俺変えるー」

「却下」

「却下とな!? 名前の前後をダガーで挟んで『堕天せし――」

「却下だドアホウ。ほんとにやったらキャラ作り直せな」


 青少年の悪夢が詰まった名前にしようと思ったのに……エックスで囲ってみるか。


「一応確認しとくな。創吾は、マクス。珠鳳は、タマオ。生真は、ミケ。栞は、イリス。千歳は、セルディ。で俺は、アーウィン。オーケー? 創吾しゃべるな」

「んむぐっ」


 特に何も言うつもりはなかったのに、何故か突っ込まれたので適当にしゃべろうとしてたフリをした。円滑な会議進行のために俺は甘んじて汚れ役を引き受けた。ほんとに名前変えてやろうかと思う。


「次はジョブかな。そういえば前作とは違ってジョブとは別にアビリティが追加されてるらしいから、自由度は増したみたいだぞ」

「あー」


 そんなことも書いてあったような気がする。ジョブで大元の方向性を定めて、アビリティでそれに肉付けをしていくような感じと言えばいいか。前作はジョブの範囲内でできないことはどうやっても無理だったからな。例えば脳筋職(ピュアファイター)が魔法の類を使うなんてことはできなかった。今作はその辺りプレイヤー間で個性が出やすくなるようにしてあるのだと思う。もっとも、ジョブによってアビリティの入手しやすさやら上がりやすさは違ってくるんじゃないかなー、という気もするが。

 大体誰が何をやりたいのか想像つくが、一応頭に入れておこう。


「それじゃあ一人ずつ聞いていくわ。もし被ったら当事者同士でどうにかしてくれな。まず珠鳳から」

「私、回復職(ヒーラー)やるー」


 おや、てっきり俺から聞かれるかと備えてたのに。珠鳳は回復職か。パーティには欠かせない役だが、あいつはパーティに貢献したいわけでは絶対にない。俺らの命を手中に収めて、弄んで楽しみたいだけだ。ヒーラーではなく悪役(ヒール)だ。


「……ちゃんと回復しろよ。生真はー、盾職(タンク)か?」

「そうだね、僕は壁タンクでお願いするよ」


 ヘタレはドマゾだった。幼馴染が殴られて快感を覚えるタイプの人種だったことに、俺は涙を禁じ得ない。まあ冗談はこれくらいにして、VRMMOというシステム上、壁役はどうしてもハードルが高いものであることは間違いない。現実と見紛うほどに実在感のあるグラフィックと、痛覚をカットしても残る衝撃とが合わさることで、結構な恐怖感があるのだ。それを分かった上でほぼ必須職である肉壁をやろうとするなんて……あれ、やはりそういう性癖なのでは。


「創吾、一応言っておくよ。違うからね」

「ちゃんと分かってるよ。安心しろ親友(マゾ)

「ほんとかなあ……」


 ほんとほんと。何年の付き合いだと思ってるんだ。ありのままのお前でいいんだぞ、と慈愛の目で生真を見る。生真は腑に落ちていないような表情を見せながらも、追及するつもりはないらしい。


「続けるぞー。栞は何にする?」

「私は支援職(バッファー)で。テイマーが支援系に入ってるみたいだから、支援テイマーになるかしら」


 縁の下の力持ち、いないならいないでどうにかならないこともないが、いたらとても助かる。それが支援職だ。不憫な立ち位置になることもしばしばあるが、栞はソロ適性も高いテイマーをやることで潰しが利くようにするつもりなのだと思う。自立した女性、とてもかっこいいと思います。


「なるほどなるほど。次は千歳」

「私は生産職(クラフター)寄りの、錬金術師をしようかと」


 生産職はゲームによって種類も扱いも様々ではあるが、前作を鑑みると『Ethos』においては重要な位置を占める職種になるのではと思う。そして千歳が希望する錬金術師は、生産系職の中でもぶっちぎりで()()()()()なジョブである。治癒液薬(ポーション)やら爆弾やらを量産してるうちは可愛らしいものだが、イカれた自由度の暴力でワンオフ素材なぞ生み出し始めた日には、正気を疑う(カネ)を動かすようになる。言うなれば(かね)の高速増殖炉みたいな存在なのだ。錬金の金はマネーの金……つまりこの由緒正しい清楚お嬢様系女子高生(じぇいけー)


「銭ゲバ……」

「創吾さん、何か言いましたか。よく聞こえなかったものですから、もう一度、私の目を見て、お願いできますか」

「……ちーちゃん、とってもらぶりー(バブリー)

「ありがとうございます。次は目を逸らさずに言ってくださると嬉しいです」


 俺は年下女子の迫力に屈した。さっきも逃げたのにまたかヘタレめ、と笑うなら存分に笑ってくれて構わない。正直うちの女性陣の中で俺は千歳が一番怖いのだ。普段の柔らかな物腰とのギャップがあるせいかもしれないが、見た目には変わらず場の空気だけ変わる辺り「気」の修練とかやってる系女子なんだと思う。どんな女子だ。

 そんな千歳に対して、怒らせずに喧嘩を売るという無駄な高等テクニックを持つ馬鹿がいた。怒る気すら起きないくらいしょうもないだけかも分からない。


「やーい銭ゲバ千歳ー。お金じゃ愛は買えないぞー」

「うるさいですよ珠鳳さん。生真さん、そこの駄犬責任持ってちゃんと躾けてください」

「えっ、僕なの。珠鳳は創吾の担当でしょ」


 いきなり話を振られた生真は、投げ込まれたパスをそのまま俺に回してきた。せっかく逃げられたのに巻き込むのはやめてくれ、と思い身構えたが、矛先がこちらに向かうことはなかった。


「創吾さんが構うと調子に乗るのでだめです。生真さんがやってください」

「創吾が構うと調子に乗るのはそっちでしょ、ちーちゃん?」

「……」


 ――うぉう、空気が()()()()。怒らせないテクニックなんてなかったらしい。

 最年長まで情けなく固まってるので、仕方なしに俺は唯一頼れる栞お姉さまに助けを求めた。男ってほんとこういう時ダメよね。コンマ秒のアイコンタクトで意思を伝えると、栞はわずかに頷き、二度手を打って周りの注意を引いた。


「はいはい、じゃれるのはそれくらいにして。祥平も、呆けてないで話進めて」

「お――おぉそうだな、そんな時間もないしな。あとは俺と創吾だが、俺は魔法系の後衛火力職(リアアタッカー)でいこうと思う」


 元ネトゲ廃ニートで現社畜の祥平は、前と同じくダメージディーラーをやるらしい。特に複数敵をまとめて()()()魔法火力職は、平素溜まり続けるストレスを発散するには持ってこいだ。たくさん連れて行ってあげよう。祥平が魔法枯れて素手殴りしなきゃいけなくなるまで狩るぞう。

 さて、最後に残るのは俺になったわけだが。どうして最後にされたのかな、不思議だね。


「で、何すんのお前」

「おーるらうんだー」

「そうか。前衛火力職(フロントアタッカー)な」

「おや? 俺の意見はどこいったのかな?」


 どこででも働ける万能戦士に立候補したら、書類選考で落とされた。ついでに鉄砲玉に任ぜられた。

 特にこだわりはないし、足りないところでも補うかと思っていたからそれは構わないんだが。他のメンバーの希望から足りないのはどこかと考えると……なるほど、強力な前衛が必要だな。よーし、壁より前でぶんぶん暴れちゃうぞお。俺は、文句あるのかと言いたげな祥平の視線にサムズアップを返した。



「あとは、合流場所だな。サービス開始して最初の街は混雑対策に五つチャンネルを用意してあるらしい。合流場所は、中心の公園内にある噴水前にしようと思ってるんだが」


 どうだ、と祥平は周りをうかがう。反対意見はなさそうだし、あとはチャンネルだな。どこも混み合うだろうけど、強いて言うのなら


「チャンネルは三番でいいでしょ。混んでたら合流してから考えよ」

「そうだな、それで大丈夫か?」


 全員、頷いた。釈然としないような顔をして。俺だってまじめに答えることだってたまにはあります。

 何はともあれ、これで準備は整った。時間もいい具合……結構ぎりぎりだな。俺はメニュー画面を開きながらひとりごちた。


「よし、それじゃあそろそろ行きますか。さらば『クラフトライン』、しばしの別れよ」


 お前が吹っ飛ばさなきゃ別れとまではいかなかったわ、と多数の苦情(ツッコミ)をいただいて、俺は逃げるように『クラフトライン』からログアウトし、「現実」に戻った。




「現実」に戻ってからすぐにトイレに行き、水分補給をし、全ての準備を終えた俺はすぐにVRチェアに舞い戻った。ロビーに入って潰すような猶予もなかったので、切り替わった視界に映る時計をじっと見つめながら、逸る心を抑えながらこれまでのことを思い返していた。



 終わったときは、しばらくゆっくりできて丁度よかったかな、なんて思っていた。

 しばらく経つと、気の合う仲間たちに出会えた大切な場所が、恋しくなった。

 淡い期待が現実になることを知ったとき、喜びとともに、不安があった。

 あいつらも同じなんだと分かったとき、嬉しくて馬鹿らしくて、笑ってしまった。

 あの場所だけじゃなく、新しくできる大切な場所に、今はとてもワクワクしている。



 ――時は満ちた。

 カチリ、と開いた世界の鍵。万感の思いを込めて、手を伸ばす。


【Ethos :the hypothesis of a sphere】


 ただいま。そして、はじめまして。

 俺は、『Ethos(いつもの場所)』に帰ってきた。

ましたか?ましたね!

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