エートスは再起する・前
二、三日ペースで更新した
かった
『モネーロの街』西地区、大通り沿いにある居酒屋兼宿屋「小夜啼鳥の止まり木」。一階部分が居酒屋という名の大衆食堂、二階以上が宿屋になっているという店を先方が希望し、こちらは察するものがありながらも一応それを承諾。時間が二十分後に決まると、俺たちは準備のためにそそくさとその場を後にした。
……にしても、仕様とはいえゲーム内で外部のアプリを使ってメッセージのやり取りができるのはこう、何とも形容しがたいモヤっとした気持ちになるというか。一切できないとそれはそれで困ることがあるし否定する気はないんだけども、ゲーム内で完結できる時は極力ゲーム内でどうにかするのがやっぱり俺の肌には合うんだよな。
待ち合わせの時間ぎりぎりになって、俺たちはようやく「小夜啼鳥の止まり木」の前に着いた。
どうもゲソハゲコンビは先に中で待っているらしく、隣接した厩もとい従魔預り所にアルフちゃんを預けてから奴らとの連絡役だったアーウィンを先頭にしてぞろぞろと店の中に入っていく。
木の扉を押し開けた途端、店内に立ち込める食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐり、ぎゅう詰めの喧噪と熱気が待ちわびていたかのごとく開いた入口へと押し寄せた。どうも店内で騒いでいるのはNPCがほとんどのようだが、サービス初日ならそんなもんか。青い祭服を身に纏った男がグラス片手に教義を説いてる卓なんかもあるが、あれは大丈夫なんだろうか。
対応に出てきたウェイトレスにアーウィンが名を告げると、俺たちはそのまま奥へと案内される。騒がしい広間を抜けた廊下の先、テーブル間が衝立で仕切られた半個室が並ぶ中、案内されたその一番奥の十人掛けの長テーブルにそいつらは居た。
テーブルの最奥、上座にはスキンヘッドのおっさん。その隣にはドレッドロックのおっさん。二人の頭上に表示された「神月」、「斑鳩」の文字を見て、記憶が実感を伴って蘇ってきた。前作まんまのアバターとキャラクターネームを見て懐かしさに浸っていた俺は、さらにその隣に座っていた青髪のチビ女にしばらく意識が向かなかった。
熱、というよりも敵意の籠った視線を浴びせられたところで俺がようやくちんちくりんの存在を認識すると、ドレッド頭は予定外の闖入者について困り顔で詫びを入れてきた。
「悪ィ、お前らに会いに行くっつったら着いてくって聞かなくてな」
「うん? ……別にいいんじゃね。どうでも」
「っ!」
「ま、まあ取り敢えず座るか。すまんな、ぎりぎりになっちまって」
俺の返事に過敏に反応したちんちくりんが、ガタンと椅子を鳴らしてこちらを睨みつけてくる。あわや一触即発となりかけるもアーウィンがすぐに着席を促し流れを切ったことで事なきを得た。俺の席は青ちびの真向いにさせられたが、ちびっこはその隣に座ったタマオにすっかり意識が持っていかれたようで、とりあえず険悪なムードにはならなかった。
全員が席に着き、冷やが一渡り置かれると場はしばらく沈黙に包まれる。まず主催者から何かあるべきだろう、と斜向かいのおっさんどもに視線を流してみれば、何か言いにくそうにしているゲソとそれを見てため息を一つ吐くハゲ。この様子だと主に用があるのはゲソの方みたいだが、このままじゃ話が進まないと見たかハゲは一度全員を見渡し、真一文字に閉じていたその口を重たげに開いた。
「まずは、しばらくぶりだな。「ulterius」は全員お揃いのようで、結構なことだ」
久々の再会はそんな挨拶に始まり、当たり障りなく祝された。
クラン「ulterius」。
参加メンバーは六名の小規模クランであり、俺が「ペルソナータ」を抜けてから作った、当初はともかく今となっては身内クラン。俺たち六人を指してクランメンバー全員と言えるプレイヤーはそこそこいただろうが、実態を把握し且つ全員と面識があったのは、ここにいる三人を含めてごく限られた連中だけだった。
懐かしい名前を聞くにつれ記憶がどんどん引きずられてくる。最初は他人の振りでもしてやろうかなんて思っていたのに、いざそう振る舞おうとすると妙に気恥ずかしさのようなものが湧いてきて……やめた。やっぱり今まで通りでいこう。
「ま、偏に俺の人徳の賜物だな。ハゲとゲソとはモノが違うのよ」
「……クラメンは首傾げてっぞ厨二病。つうかよハゲはともかくゲソはヤメロや。だいぶ風化してきたのにまた広まったらどうすんだ」
「ハゲではなくスキンヘッドだ」
「厨二病じゃなく……厨二病じゃねえわ」
「あなたたち……言われたくないのなら、まずその見た目を変えなさいな」
右隣りに座るイリスのド正論ストレートに頬をぶん殴られたみたく顔を背ける。
俺はともかく、そこな二人は名前も変えるべきだろう。「いかるが」に「髪尽き」じゃあ付けられる仇名も絞られるってものだ。
名前もアバターも、思い入れがあるほどに何となく変えがたい気になる。ドレッドとスキンは俺だったら即断で変えてしまうが、インポートしたアバターをいじるのが面倒臭かったということじゃなく、ポリシーめいた何かがあるのだろう。お互いに、多分。
場が生暖かい空気に包まれる中顔を戻してみれば、ゲソ頭はそのゲソの間から手を突っ込んで頭を掻きながら何やら呻き声をあげていた。
「……あー……あー! 変わんねえなオメーは! ホンット、変わってねえ」
「テメーのゲソヘッドが蛸足ヘッドになる程度には変わったけどな」
「ほぼ変わってねえんじゃ? それ」
「触腕を脚とみるかどうかで受ける印象が変わってきますね」
「マクスはそこまで考えてないと思うんだ……」
「なにをう」
変わったとも言えるし変わってないとも言える、ということを的確に表すウィットに富んだ切り返しを理解できないとは。セルディはちゃんと分かってくれたというのにうちの男共ときたらほんと、やれやれだぜ。
深く息を吐いてから、ふと右前を見ればおっさんがおっさんにコソコソと何やら促している光景があり、正面を見れば美少女と美少女がコソコソと何か話している光景があった。俺はおっさんを視界から消し去り、片肘突いて目の保養をしながらその時を待った。
「――マクス、ちょっといいか」
そう呼びかけてきた斑鳩の声音は硬く、どこか切羽詰まっているような感じがした。俺は顔を僅かにそちらに向け、胡乱な目で視線を飛ばす。おそらく睨んでいるみたく見えることだろうが、斑鳩は逸らすことなく視線を合わせ、そして意を決した面持ちで続く言葉を絞りだした。
「前の時、サービスが終わるって時によ。うちのクランの連中が騒ぎ立てちまって、マジですまんかった。しっかり止められんかったことも含めてリーダーの俺の責任だ。ほんと、申し訳ねえ」
一言一句余さず聞き留め、謝罪と共に頭を下げた斑鳩から視線を切る。冷やを一口含んで唇を湿らせ、俺は椅子の背に凭れかかった。降りた沈黙に慮ることなくコップは軽やかに音を立て、椅子はその身を軋ませる。
誰一人物音を発さず、広間から届く喧噪がいやにうるさく聞こえる。頭を下げたまま微動だにしない斑鳩に向けて、俺は既に用意していた返事をくれてやることにした。
「――そんな謝罪で、俺が許すとでも?」
肚の底から這い出るように、暗く、低い言葉が零れた。唯一反応を見せたのは俺の正面に座る、頭上に「ナターシャ」と名が表示されたプレイヤーだけだった。
張り詰めた空気が喧噪を遠ざけ、息苦しさすら感じさせる。誰もフォローなど入れるべくもない。これは俺と斑鳩の間の問題なのだ。
二年の時を経て、こうして訪れた機会。関係を別った溝を挟んで再会した俺と斑鳩は、形がどうであれこれまでとは違う繋がりを築くことになるのだろう。
目に映るのはタマオに脇をつんつん突かれて滑稽な程おろおろするナターシャの様子。
……空気が台無しになるから、遊び心はまず空気を読んでから働かせてくれないかなあ。




