懐きたるらし
今年もデジタル◯ールドに行けなかった
沈痛な面持ちが居並び、時折すすり泣く声が漏れては溶けゆく。
「この度はまことにご愁傷様でした……」
男の声は、最後は消え入るように。それに端を発して幾度か哀悼の意を表する言葉が紡がれる。
死というものが生者に齎すのは恐れか、嫌悪か。いずれにせよ少なからず生じる負の感情は、確かにそこにあったはずのものが突然失われてしまうことへの喪失感からくるものか。
心を痛める、というのは生者の防衛本能なのかもしれない。ともすれば死に飲み込まれそうになる我が身の居場所を、痛みが指し示しているのだろう。
ならば、この心が痛まないのはどうしたことか。他ならぬ身に降りかかった不幸に、この体が抗おうとしないというのは。
――ああ、そうか。そういうことか。つまり俺は、とっくに――
「死んだけどさ、確かに。で、何よこの空気」
「ぐすん、私が夜伽するから安心して逝ってね」
「――通夜じゃねえわ、やめろ」
下手な泣き真似をしながら発せられたタマオの言葉に、条件反射的に答えを返す。一瞬の動揺を隠すように、俺は隣の幼馴染から視線を逸らした。顔が向いた先にいた男、アーウィンは沈痛な相貌を崩さぬまま、おもむろにその頭を垂れる。
「この度はまことにご愁傷様でした……」
「重ねて言うんじゃねえよ。そもそも俺に言ってどうするんだ」
「レベル的に格下のモブにタイマンで狩られたことをご愁傷様と言わずに何と言う?」
「……」
三白眼で視線を持ち上げたアーウィンからさっと顔を逸らす。誰かこの状況を何とかしてくれと視線を彷徨わせると、笑顔を浮かべて隣の毛玉を撫でさするイリスが視界に映った。イリスはこちらの茶番になど興味がなさそうな様子で、ついでに毛玉を挟んで隣にいるセルディも同じくこちらには目もくれず、二人で毛玉を愛でている。
「まあほら、結果目的は達成されたわけでさ。終わりよければ総てよしっていう感じで」
「デスペナ貰ってるのは終わりよければに入るのかな?」
「と、当初の目的が果たされれば他は些事だから」
ミケの生暖かい視線を受けながら、俺は天を仰ぎ見た。
一度目の『従魔契約』はものの見事に失敗して俺が犠牲になったわけだが、何とか二度目で成功したということらしい。HPバーが赤色まで削れてればまだしも黄色だとどうしても成功率が、ね。
街に戻ってきた俺はパーティ詳細のウィンドウをちょくちょく確認し、イリスの下に表示された「アルフ(フォレストウルフ)」の文字を見てひとまず安堵した。仲間になったら森林狼じゃなくなるのか、とふと思いはしたのだが、そういえば高レベルモンスターをテイムした時はそんな風だったような気がするな、とぼんやり考えていた。
イリスが戻ってくるか、はたまた他の連中がログインしてくるまで手持ち無沙汰になった俺は、そろそろ防具周りをどうにかしなければこの先生きのこれないと思い立ち一路防具屋へ。
結論から言えば〈からくり士〉の装備適性を甘く見ていたと言うか、布系統の防具以外は装備ペナルティがあるというのは理解していたものの、まあどうにかなるだろうという楽観視が完全に間違っていたことを思い知らされた。
革系統の鎧を装備すれば先のWPペナルティほどの行動阻害が発生し、金属系統の鎧なんて装備しようものなら普通に歩くのも厳しいほどの装備ペナルティが発生した。色々試着して考えようなんて目論みは粉々に打ち砕かれ、何なら初期装備の革の靴のせいで動きが鈍いのではなんて淡い期待を抱いたが、そんなこともなく頭を抱えた。
将来的には生産装備やらでどうにかできるはずだが、しばらくどころか最後まで布のお世話になりそうな予感がした。前は革か軽金属しか装備してなかったから心許なさが拭い去れるかどうか。
俺が防具屋でうんうん唸っている間に戻ってきたイリスとインしてきた他の連中は合流していたようで、俺がそれに気づいて向かうまでの間に、すっかり上機嫌になったイリスが事の逐一をべらべら告げてくれやがった結果、何故か俺の通夜が始まっていたと、意味わからんがそういうことらしい。
街の中央広場、世界観設定上は魔道具に該当する街灯が仄明るく闇を晴らす中俺たちは車座になって芝生に腰を落ち着けていた。
「つーかさ、家族サービスはいいのかよ。別に無理して急いで来なくてもよかったんだぞ」
俺はアーウィンにそう問いかけながら、イリスさんちの狼、どうも雌だったらしいアルフちゃんを一撫でしてやろうと身を乗り出して腕を伸ばす。アルフちゃんは夢心地に閉じていた目をカッと見開き、牙を剥き出しにして低く唸り声をあげた。やはりイヌ科とは相容れない運命なのか。
「うちの嫁はほんとよくできた嫁でなぁ」
「……チッ、決闘申請が見当たらねえんだよなぁ」
「落ち着け、闘技場かPKでもなければ対人なんてない……ないよな?」
いきなりの惚気についイラっとして、無いと知りつつもシステム周りから対人機能を探す。闘技場があればそりゃ前と同様できるんだろうが、衝動的に喧嘩を売れる機能は別でほしいな。別にPKしたいわけではなく、あくまで健全に眼前のリア充をぶっ飛ばしたいだけなのだし……一応運営に要望でも送っておくか。
「……はぁ。まあアーウィンには勿体ないくらいいい人なのは知ってるけども」
「自分でもつくづくそう思うわ。とりあえず今日明日は好きなだけやってていいそうだ」
「へぇ」
「ま、早く戻ってきたのはそれだけが理由ってわけでもないんだが」
「へぇ?」
アーウィンは心なしか持ち上がっていた口角を戻して、勿体ぶるように言葉を止めた。何か重大な話なのかと全員の注目が集まる中、真一文字に閉じたその口をゆっくりと開いた。
「斑鳩と神月がな、『俺らも始めたから久々に会わないか』と言ってきててな」
アーウィンの口にした内容に各々驚いたり納得したり、何より懐かしんだりといった反応を見せる。
そうか、斑鳩と神月が、ね。懐かしいな、あの……あのー………………
「……?」
「おいお前嘘だろ」
とりあえず腕を組んで頷きながら思い出そうとしてみたのだが、全く記憶になく俺は首を傾げた。こいつらの反応からしておそらく前作の知り合いなんだろうとは思うんだが……そんな名前の奴らなんていたっけなあ?
信じられない物を見る目をいくつも向けられ、ついでにアルフちゃんには威嚇されたが全然思い出せない。俺がぐりんぐりんと頭を捻っていると、タマオは呆れたように一つため息を吐き
「ほら、「ペルソナータ」と「神月組」のクランリーダーの。マクスは「ゲソ」とか「ハゲ」とか呼んでたでしょ」
と馴染みのある名前を投げてきた。
「ぅえ? …………あ、あー。そっか、そんな名前だったか」
「ゲソ」と「ハゲ」でようやくばっちり思い出した。
クラン。ゲームによってはギルド、チーム、団などなど様々な呼び方があるが、プレイヤーが作り所属するゲームシステム上の共同体のことをエートスでは「クラン」と呼んでいた。
前作にあった数多のクランの中でも「ペルソナータ」と「神月組」はとりわけ有名なクランで、斑鳩率いる「ペルソナータ」は中規模ながら最前線を突き進むトップクラスの攻略系クランだったし、神月率いる「神月組」は生産職の人数と比率がトップで且つレベルも高い大規模な生産系クランだった。
俺たちはここにいる六人だけで弱小身内クランを作っていたのだが、何がきっかけだったやら両者とはそれなりに繋がりを持っていた。
それなのになんですっかり頭から飛んでいたのか……二年ほどとはいえ前作が終わってから関わりがなかったからか。一番はずっとあだ名で呼んでいたせいな気もするが、我が事ながら薄情さに思わず苦笑いしてしまう。
「で、どうする? お前が嫌なら断っとくが」
「ん? 会って構わんよ」
俺の苦笑を見て乗り気じゃないと思ったのか、気を遣ってそう問うてきたアーウィンに俺は何も不都合ないと返す。
アーウィンはわずかの間考え事でもするように目線を落として、それからシステムメニューを操作し始める。
「なら、せっかく全員集まってるわけだし今からでメッセージ送っても大丈夫か?」
宙に指を踊らせながらの確認に反対はなかった。
「マクス」
ぼーっとアーウィンの操作を眺めていると横合いから声をかけられた。何事か顔を向けてみれば、どことなく深刻な顔をしたミケがこちらをじっと見ていて
「なん……あー、問題ないのはホントだって。そんな変な顔すんなよ」
ひらひらと手を振りながら俺がそう答えると、ミケのやたら体格のいいアバターが心配そうな表情を困り顔に変える。
ミケが何を気にしてるのかはすぐに分かった。つまりすぐに分かるくらいにはそのことが頭に浮かんでいたということではあるのだが、その上でやはり問題はないなという思いが俺の中にはあった。
思うところが何もないわけではない。だがどちらかと言えばこの後の邂逅は楽しみであると断言できる。
ちらちらとこちらを窺う視線を微笑みであしらいつつも、若干の座りの悪さに俺はしばらく体を揺らしながら時を待つことになった。




