Will-Power
覚醒しそう
足音を忍ばせるは二人、目標との距離を静かに詰めていく。現実の狼とはおそらく異なり、気を払ってなお多少漏れ出る足音に気づく様子がないのはゲーム序盤の敵が故か。狼が単体でぶらついてるのもその辺のゲーム的事情だろうな。
俺はイリスと目配せを交わして目標、「森林狼」の後方に回り込む。名称はフォレストウルフやらかと思っていたんだが予想が外れたな。あの殺人ウサギみたいにレアモンスターっていう感じではなさそうだし、あえて捻った名付けはこの森における狼という存在の特殊性でも示唆しているのか……気まぐれ金狼のランダムエンカウント感溢れる出現っぷりもあることだし、あまりちんたらやってると他のプレイヤーにイベント先越されそうな気がするが、まあこの件については今考えても仕方ないか。
暢気に欠伸などしている森林狼まではおよそ五、六メートルほどだろうか。後方で杖を構えるイリスの姿を確認して、開幕の動きについて考える。
黒ゴブリンを倒して得たスキルは中々有用なもので、ヘイト値にボーナスが付く両手剣アビリティの攻撃スキルである『フォウメントブレード』に、背後や死角からの攻撃時にダメージ上昇と会心打率上昇の効果を持つ片手剣アビリティの攻撃スキルである『ブラインドサイド』。身も蓋もないことを言ってしまえばどっちのスキルの効果も強化として持ってるジョブがあるだろうからぶっちゃけ使い勝手が悪い下位互換スキルではあるのだが、今の俺にとってはとてもありがたいスキルなのだ。
とりあえず初撃は『ブラインドサイド』の条件を満たせるから叩き込むとして、イリスの魔法でヘイトを奪われるとは思えないが一応『フォウメントブレード』を早めに入れておく。その後は流れでといった具合か。
今回の戦闘はイリスのテイムが大前提にあるから、その成功確率を高めるために敵のHPをできる限り削ることが目的となる。倒しきってしまうと単純にアイテムと経験値になって消えていくだけだから、倒さないギリギリのところまでHPを減らすことになる。幸い森林狼のレベルはLv.5とこちらのレベルと同等以下なお陰かHPバーは見えているから、この低火力を以ってすればHP調整なんて造作もないことだろう……我ながら悲しくなってくるな。
さて、本来なら奇襲を仕掛けるために無言でスキル発動したいところなのだが、一度も発動していないスキルだから意識するだけだと不発の可能性がある。とはいえ口の中で小さく呟く程度で十分スキル発動は認識されるから大声で叫ぶ必要はない。
あとは俺のタイミングで突っ込むだけだ。唯一の懸念はここから森林狼までの数歩の間に発覚されて振り向かれることくらいか。
「……『ライトステップ』」
WPを消費して発動後の一歩だけ慣性質量を軽減する、よく聞く表現だと慣性中和をする、体術アビリティのスキル『ライトステップ』を発動する。現実だと意味が分からんが、ざっくりと言えば一瞬だけ地球から月の住人になる感じだろうか。重力質量は感覚的には変わらないから厳密にいえば全然違うのだが、等価原理を鼻で笑うSFチックな所業と挙動には両手を上げて敬服するほかない。まあ、ゲームだし。プログラム上の値と計算式に支配された世界で物理法則を憂うことこそがお門違いというものだ。
ゲームでの常識はそうだとしても、二十年近く現実の物理法則に洗脳された意識はゲーム的物理法則を主観視点で体感するとどうにも違和感を覚えてしまうわけで。さんざっぱら全没入型VRゲームをプレイしてきた俺ではあるが、踏み込んだ直後想像以上の軽さと加速で自分の肉体が前方に押し出される感覚に思考がフリーズしそうになり、続く一歩の落差がまるで水の中を駆けようとするかのように感じられ……つまるところこのスキル、とにもかくにも癖が強いっ!
「――ッ、『ブラインドサイド』」
何とか姿勢を保ったまま、森林狼までの距離を三歩で詰め切り、太平楽に腰を落ち着けていた狼の首目掛けて先制の一撃を振り抜いた。
薄暗い中でもなお目立つ黒い残像エフェクトが宙に墨を引き、手に残るのは会心の手ごたえ。おそらく現状俺が一撃で与えられる最大ダメージを森林狼に叩き込んだことで、一撃で倒してしまったんじゃないかという焦りが心に舞い込んだ。だがその心配は杞憂、どころか見当違いも甚だしかったらしい。
「背後判定に、会心打入ったよな、なのに二割じゃん。何なの、レアモンスターか何かなの」
「『守りの加護』――マクスー、そんな丁寧に削らなくてもいいのよー」
「やかまし! 全力なんじゃ今のが!」
完全に敵対状態になった森林狼と正対し、睨み合いになる。後ろを振り返らなかったのは断じてイリスの顔を見るのが怖かったとか、そういうことではない。
森林狼は低く唸り声を上げてこちらを威嚇し様子を窺う。即座に突っ込んでこないと見るや、俺は『ライトステップ』で一足飛びに近づき『フォウメントブレード』を発動して斬りつけた。
「ガゥッ!?」
頭部への一撃で怯んだか。追撃は慎重に、返す刃で『クイックスラッシュ』を放ち後退する。
すぐに怯みが解けた森林狼は歯を剥き出しながら緩く弧を描くように地を駆け、俺の左脇腹目掛けて噛みつかんと飛び掛かってくる。
躱すだけでもいいのだが後手を踏むのは避けておきたい。交錯の瞬間体軸をずらしながら、大口を開けて飛びついてくる森林狼の鼻っ面を剣の柄頭で打突する。
体勢を立て直すべく距離を取ろうとする森林狼に追いすがり、出鼻をくじくように『トライエッジ』の三連撃で斬幕を張る。
これであと半分と少し。思ったよりもダメージ与えられてるような感があるが、与ダメージの約半分が最初の一撃であることを踏まえると……どうなんだろうねホント。
ここまでとにかく先手を奪うことに終始し、現状森林狼が攻めあぐねている様子を見る限り目論みは上手くいっていると判断していいだろう。
モンスターには大雑把に人型と獣型、そしてパワータイプとスピードタイプのそれぞれ二つの形態と傾向があると言っていい。例えば鬼人なんかはバリバリの人型パワータイプだし、狂化感染:小鬼人は人型スピードタイプに分類してもいいだろう。もっとも、黒ゴブリンはパワーもそれなりに備えていたから一概にスピードタイプと断定するのもどうかと思わなくもないが。この分類に従うならば森林狼は獣型スピードタイプということになる。
実のところ相手の土俵で戦った場合に今の俺が一番対処に困る、もとい事故る可能性が高いのがこの獣型スピードタイプなのだ。俺、というよりも紙耐久キャラ全般と言うべきか。逆にこのタイプにめっぽう強いのがミケのようなタイプのキャラで、盾で軽く弾いた隙に剣でちまちま斬ってるだけで安定して狩ることができる。
じゃあ俺の場合はどうなのかというと、相手の攻撃を捌くことで手一杯になって攻撃のチャンスが作れず膠着するか、ミスで被弾が数回重なっておやつになるのが関の山だ。片手剣と盾ならいいんじゃないかというとそうでもなく、隙を作るように効果的に攻撃を弾くためには俺だとステータスが怪しいんじゃないかと思う。
ならばどうするか。答えは単純で、常に相手の先手を奪い続ければいい。スピードタイプの欠点として攻撃よりも回避を優先する傾向があるから、このタイプ相手にはまさしく攻撃は最大の防御が成立するのだ。
AIレベルにもよるが、この森林狼くらいなら大きく距離を取って態勢を立て直すなんて行動もそう頻繁にはやってこないし、間髪入れず攻め続けることで出足を潰すには十分な効果がある。
攻め続ければいい。それは間違いないが、この戦闘の目的は倒すことではなく捕獲することにあるからどこかで受けに回るタイミングがきてしまう。正直人選ミスじゃないかななんて今更ながら思ってしまうが本当に今更だ。
森林狼は気勢を殺がれたのか前に出てくる気配がない。これは一気に畳みかける時だと腰を落としながら『ライトステップ』を発動する。
先ほどよりも確かに体が重く感じ、反射的にステータスバーに目をやるとWPバーがかなり減っていて――流れのままに『クイックスラッシュ』を右脇構えから左薙ぎに一閃。
ずしり、と体が鉛になったような感覚。
……すっかり頭から抜け落ちていたがWPには減少ペナルティがあり、その割合に応じて段階的に行動阻害がかかるのだ。今の俺のようにWP残量が残り二割を切ると、そのペナルティは「全行動速度とWPの自然回復速度が、通常時から三割減少する」というものになる。
「完っ全に下手こいたっ……! 初心者か俺は!」
森林狼は『クイックスラッシュ』の直撃でダメージを受けながらも、まんまと俺との距離を広げて態勢を立て直してみせた。大きく裂かれたように口を開き牙を剥いてこちらを威嚇する様子が、何だか嘲笑っているように見えて憎たらしい。
とにかくこの状態はまずい。ただでさえ後手に回ると怪しい相手なのに、行動速度減は拮抗すら図れない公算が高い。ペナルティ解消の条件はWPの全回復だが、生憎回復手段は自然回復に任せるしかない。WPバーの回復速度を見るに……満タンまでおよそ一分強かかるか。
「イリス! HPポーションあるか!?」
「え? あるけど、どうしたの?」
「WP枯らした!」
「……えぇー」
森林狼の動きを見逃すまいとじっと視線を固定する。断じて心底呆れた顔をしているであろうイリスの方に振り向くのが嫌だったわけではない。
ペナルティ解除までは被ダメを如何に抑えて凌ぐかが鍵になる。HPポーションがあるなら多少ゆとりはできるが、被使用クールタイムが二分半程あるから使えるのは一つだけだ。
さあ、現在俺のHPは満タンの46。HPポーションはLv.1だろうから最低でもプラス30。合計76のHPで一分以上生存できるか。今こそゴリ押しに頼らない技術が試される時!
森林狼は睨み合いの均衡を破って、一直線に正面から突っ込んでくる。俺は正面下向きにだらりと構えた剣先を僅かに右へ動かし、逆袈裟に斬り上げながら体を右前方に潜り込ませて受け流そうとして――想像以上の重さに対処が間に合わず、森林狼の顎が俺の左前腕を捉えた。
衝撃で後ろに弾かれる体を気合いで押しとどめ、腕に噛みついたままの森林狼の側頭部目掛けて右の掌底を叩き込む。二度目の掌底で森林狼は顎の力を弱め、俺の体を足場に後方へと飛び退いた。
……今の一瞬でHPバーが三分の一削れてやがる。漫然と対応してたら、すぐに狼のエサになれそうだ。
STRとDEX以外はマクスよりもレベルが3低いイリスの方がステータスが高いです。
そろそろ各人の方向性も見え始めているので、ステータス周りの比較もしなければ……




