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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
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「今夜は鳥な」

 俺は首を傾げつつ、小さく唸った。

 うーん、錯覚ではないと思うんだよな、小さかったとはいえはっきり聞こえたわけだし。いや、聞こえたといっても聴覚で認識したのかどうかはちょっと疑わしいところだけど。タイミングはちょうどぶん投げられて空を切る轟音がやかましかった時だったもんな……まさか、頭に直接ッ……!

 まあNPCならそんなこともあるか。狼発信なら言語でコミュニケーションが取れるくらい重要なキャラだっていう公算が大きくなるだけだし、むしろプラスよ。


 幼馴染(ミケ)とさえ不可能だった以心伝心の可能性に戦慄を覚えつつも、言語思考によるテレパシーは果たして以心伝心と言っていいのかという疑問に囚われかけた俺は、そんなことよりと金狼とのやり取りを思い返すことでその疑問を振り払った。

 あたかも知っているかのように、端的に言ってしまえばカマをかけただけなんだが、金狼は実にいい反応を見せてくれた。


 武器屋の親父に聞いた「守護の狼は澹月の樹に寄り添う」という文言。初めは単純に、奴は月の出る夜に森を徘徊するという風に受け取りそうになったのだが、そもそも俺と奴が遭遇したのはリアルでもゲーム内でも昼間の話だったし当然その解釈は却下。意図的に解釈の余地を残してあるような文に辟易しそうになりながらも、同時に分かりづらいからこそ有力な情報が隠されていると俺の勘は告げていた。

 綺麗な薔薇には棘があるのなら、棘を辿れば薔薇に着く。曖昧模糊の霧の中にこそ手を伸ばしてまで欲するものがある。つまり林檎飴と綿飴なら綿飴を選べということだ……どういうことだ?

 思考が逸れたが要するに鍵の掛かった宝箱だ。中身がお宝にせよ次の鍵にせよ、きっと求めるものがそこにはある、はずだ。与えられたのはブランクキー、これを立派な鍵に仕上げるためには文言の意図をかっちり汲み取ってやらなければならなかった。


 文書(テキスト)化された会話ログに表示されていたように、要素は「守護の狼」、「澹月の樹」、そして「寄り添う」のたった三つだけだ。「守護の狼」、これはまあいい。奴はそんな感じの現れ方をしている。「澹月の樹」、森じゃなく樹だ。つまり場所ではなく物について言及している。澹月は……ちょっと保留。そして「寄り添う」、森を守る狼が樹に寄り添うなんてある種当然のことをわざわざ俎上に載せたのであれば、それは特筆に値する何かがあるということだ。すなわち金狼は「澹月の」を枕詞にする特定の樹に拘泥しているのではなかろうか。であるならば改めて「澹月の樹」というフレーズを考えてみると、頭に浮かんでくるのは月夜の森ではなく、月に照らし出された、あるいは月と見紛う幻想的な樹の存在だ。イベントのランドマークとしてはさぞ相応しかろう。敢えてまとめるならば「ファンタスティックな樹の元で金狼と握手!」といった具合だ。

 確度は高いと思うんだが、勿論間違いである可能性だって考慮している。狼が「澹月の樹」と呼称される幾らでも生えている普通の樹を好んでいる、というただの嗜好の情報かもしれない。何なら月から大地に向かって一直線に伸びてぶっ刺さる樹でもあるのかもしれない。それは今のリージアのアバターが付いてたゲームの話だわ。

 ラスボス直前で月に向かって途方もない距離を登らされるのかと思えば、世界爺の樹高並みの直径をした樹芯の()()に出現したワープゲートに入ると当然のように月に着いたという肩透かし。ラスダンじゃねーのかよ! と思わずツッコんだが、現実と色々異なるとはいえ月と大地を繋ぐような剛体が中空だったらそれはそれで気になるわな。結果として演出上の価値しかない張りぼてになってしまったわけだから何ともむなしい。


 閑話休題。金狼がその樹に拘る理由は分からない。単なる寝床なのか見た目が気に入ってるだけなのか、はたまた他の理由があるのか。興味はあるが知らずとも大勢に影響はない。だがやっぱり気になる、そんな思いを滲ませた「大切なお月様」という表現は、発した直後に脳裏を過った犬畜生風情に喩えが通じるのかという懸念をよそに、期待以上の効果を齎してくれた。

 どうやら推測は正鵠を失わなかったらしい。陽が落ち切る辺りという状況で金狼が焦りを見せた感じからして、単に月明りで綺麗なだけの樹ではなさそうだ。そしてその樹に凶事が起こることを恐れたということか。


 宝箱に入っていたのは次の鍵だった。事故再びといった塩梅で状況は進展したが、流石に今度こそ情報収集が必要になるだろう。あの広大な森の中から一本の木を探し出すのはかなり厳しい。それこそ空でも飛ばない限り……そうか、空か。

 別にプレイヤーがアイキャンフライする必要はないんだ。イエスユーキャンフライできるやつに月にタッチしてもらえばいい。手持ち無沙汰な虹の女神様にはそろそろ翼を取り戻して働いてもらうとしますか。




 ……にしても戻ってこねえな、あいつら。あの犬っころめ、マジで俺だけ始末しやがったのか。一渉り頭を巡らせ終えてしまったが、一向に連中が死に戻ってくる気配がない。

 俺としてはデスペナ中に休憩がてら早めの晩飯を済ませたいところではあるが、折角集まってプレイできるわけだし極力時間は合わせていきたい。互いに待ちの状態になってしまうと時間がもったいないし、メールでも送って……


「あー」


 システムメニュー内からメッセージを選択してウィンドウを開いたまではよかったのだが、新規作成のボタンを押そうとしたところ、グレイアウトしていてできなかった。どうしてメッセージ作成が非アクティブになっているのか、という疑問を俺が持たなかったのは()()そうだったことに加えて、簡明に理由を告げるポップアップがばっちり現れたからだ。


「『「想伝の尾羽根」系統のアイテムが不足しています』ねぇ……嫌いじゃないし妥当だろうとも思うけども、続投かあ」


 魔道具「想伝の尾羽根」。尾羽根の前に鳥の名前が入るが、これがこのゲームにおいてメッセージを送るために必要なアイテムの名前だ。系統なので総称と言うべきか。

 現実で言えば伝書鳩のようなもので、現実と違って生物ではなく、魔道具と冠する通り鳥を模すように編まれた魔力がメッセージを運んでくれるという代物だ。魔術によって作られた道具で魔道具ということらしく、使うときに必ずしもMPを消費するというわけではない。「想伝の尾羽根」系統のアイテムは前作だと全てMPを使わないアイテムだった。


 重ねて言うが個人的には嫌いではない。若干の不便は強いられるが機能としてメッセージは使えるわけだし。俺は勿論VRゲームをプレイする層は大体が軽からぬウェイトをプレイ体験に置いているのか、不便さに理由があればあまり文句は出てこない。理由と言っても開発チームの言い訳ではなく世界観設定的に妥当な根拠ということだが。

 だけどなー、買わなきゃいけないんだよなー。ゲーム内マネーで買えるけどカッツカツなんだよなー。一通ごとにアイテム一個消費するから序盤に使うのはどうも気が乗らない。乗らないけど……しょうがない。買いに行くことにしよう。多分道具屋に置いてあるよな。ポーション買った時にもうちょっと確認しとけばよかったな。






 道具屋を出た俺は、羽軸を指で抓みクルクルと回し玩んでいた。「想伝の鳩尾羽根(はとおばね)」、お値段400ダール也。もちろん一つでだ。こんなに高かったっけ……二つで剣が買えるぞ。

 尾羽根ってリアルだと高くなかっただろうか? 手羽根でどうにか安く作ってくれないものか。まあ無理か、「尾羽根」系統って書いてあるもんな、くそう。

 雀尾羽根なら150ダールで済んだのだが、字数にして十文字分しか送れないということで諦めた。「ワレキタクスグカエレ」とでも送ればいいのか。あれ、それでも何とかなったのでは?

 ……なんだか手の中の羽根が萎れているように見えてきた。まあいい、買ってしまったものはしょうがない。有り余る五十文字分の容量を全力で使い切ってやるわ! さてまずは時候の挨拶から……




 練りに練った文章を通読して確認すると、宛先をアーウィンにして作成したメッセージを確定させる。思考入力で打ち込まれたメッセージウィンドウは便箋に姿を変え、手の尾羽根は砂のようにさらさらとその形を崩して再びまとまり、青い光を帯びた鳩に変化した。魔力で形作られた鳩は羽ばたくことなく宙に浮遊しており、便箋を啄むと大きく羽根を広げて森の方へと飛び立っていく。

 少しの間光の尾を引きながら上昇していた鳩は、再び大きく羽根を動かすと空に溶けるようにして飛んで行ってしまった。


 軽く見上げてそれを見送った俺は、返事を待つ間どうするかなと考えながら視線を地に戻して――こちらをじっと見つめる黒髪の中学生くらいの少年アバターをしたプレイヤーと目が合った。

 中身はどうか知らないが、その少年キャラは目が合ったことで逸らすどころかむしろ瞳を輝かせて俺の元へ駆け寄ってきて


「今のっ! 今のは何なのでしょうか! とても綺麗で――魔法使いみたいでした!」


 元気いっぱいにそう捲し立てた。

次回、メシを(略

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