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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
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From dusk till ドーン!!

 時計の針は十七時まであと五分のところを指している。本日の講義は十六時半には終わっていたが、昼をカロリーバーだけで済ませたことに苦情を訴えてきた胃袋氏のご機嫌をとらなければならなかった。

 構内のカフェでの接待を終えた俺は、さて帰ろうかと席を立ちあがるためテーブルに手を突くと――突如腰元から伝わってきた振動と不協和音に思いっきり顔をしかめた。


 ……本日金曜のこの時間この通話着信音、間違いなく()()からの呼び声である。

 ここしばらくはなかったのに今日に限ってとげんなりすると同時に、タイミングが被ったんだから来てもおかしくないかと思い至る。

 正直全く気は進まないのだが、このイベントを無理に回避すると今後三日間、それはもうやかましうっとうしめんどくさい厄介生物にヤツは変貌する。過去の経験上間違いなくそうなる。

 この電話に出んわしても結局後でぎゃーぎゃーうるさく文句垂れてくるので、本当に気が進まないが嫌々電話に出てみることにした。


「うぇあい」

「……そんな嫌そうな声で電話に出られると私も傷つくんだけど」

「もっと傷ついてくれ。お前が傷つくと俺はとても気分がよくなる」

「ひっどい! ひどいわ、長年連れ添った可愛い幼馴染にそんなこと言うなんて」


 すんすん、とわざとらしく泣き真似をする我が幼馴染二号こと鹿波 珠鳳――()()保志(ほし) かなみ――は、欠片も傷ついた様子などなさそうに


「あ、今日は頭から三分後に回ってくるから。ちゃんとタイミング見計らって出てきてね」


 と用件だけ告げるとすぐに電話を切った。有無を言わさぬ勢いについていけず、端末を耳に当てたまましばらく呆けてしまう。

 ハッと我を取り戻すと俺はすっかり出荷される仔牛の気分になって、せめて遅れないようにと重い足取りで珠鳳の待つ大学正門前に向かった。



 毎週金曜日夕方五時に始まる十五分番組『週刊ゲームダイバー』は、すっかりメジャージャンルとなった半没入もしくは全没入型のVRゲームを専門に扱う地上波番組である。番組内容は、出演者がゲームを紹介したり実際にプレイしてみせたりと、オーソドックスなものだ。それで人気が出るのか疑問に思う人も多いであろう。俺は思った。

 しかし蓋を開けてみれば、紹介するゲームは新作や話題作に限らず隠れた良作だってがんがん掘り出してくるし、それらをプレイする出演者たちは妙にこなれた動きをしてみせるし、楽しげな実況も合わさりゲームのうま味を視聴者に的確に伝えてくる、となかなかに評判な番組なのである、らしい。

 あああと、女性出演者がかわいくて人気だなどとご近所の女性出演者がぬかしていた。あまり同意したくない。


 さて、この後待ち構えるのは番組内の街角インタビューコーナー。出演者が持ち回りで街に繰り出しては一般市民をお茶の間に晒し上げるという恐怖の生収録コーナー(私見)である。

 いやさ、晒しは恐ろしいものであるよ本当に。オンラインゲームを嗜む者の魂には、晒しに対する恐怖心の楔が打ち込まれるように世界は作られていると俺は思うのだ。

 回避不可能なキルゾーンが近づくにつれ、益体もない逃避思考が頭に浮かんでは消えていく。いい加減覚悟を決めてしまおう。そうだ、この落とし前は後できっかりとつけてやればよいのだ。さて何してやろうかふふふ……


 時刻は五時を回って三分。目前に迫る現場に着くのはまさしく丁度。愛嬌の叩き売りをするインタビュアーと一瞬視線を交わすと、このまま全力で遁走しようという悪魔の囁きをギリで耐え抜き、見事捕らわれの身となることに成功した。

 ミッションコンプリートだ。何、この後が本番と申すか。もう帰りてえでござる……


「すみませーん。ちょっとお時間よろしいですかぁ」


 右手にマイクを持ち、不気味なほどにニコニコと笑顔を浮かべたカワイイタレントサンがすぐそばでそう問いかけてくる。よしよし、自己暗示はできているな。こいつはカワイイタレントサンダー。いざや行かんと気合を込めるなり、ちらりとカメラを確認して、向けられたマイクに声を乗せる。


「よろしくッ――てよ」


 自己暗示できてなかった。心の悲鳴が反射的に否定の言葉を紡ごうとしてしまったようだ。すんでのところで誤魔化したが、高飛車系お嬢様みたいな口調になった。いらぬ恥をかいた気がする。

 保志さんは笑顔のままマイクを口元に戻すと、カメラ映えするようにか立ち位置を変えた。表情が俺にしか見えない角度になった時、一瞬笑顔が冷笑に切り変わったのを俺は確かにこの目で見た。お茶の間の視聴者のみなさんにこの女の本性は伝わらないのかと思うと、俺は悔しさに歯噛みする。

 何事もなかったかのように続くインタビュー。自分の無力さを思い知った俺は、いい具合に緊張でもほぐれたのか、結果的に模範的インタビュイーとして上手く受け答えできたんじゃないかと思う。


「ありがとうございます! 早速お聞きしたいんですが、ついにあと七時間足らずに迫った新作VRMMO『Ethos』のサービス開始、お兄さんはプレイされるご予定は?」

「勿論ありますよ。前作もプレイしててすごい楽しみだったんで」

「前作のプレイヤーだったんですね。それならなおさら待ち遠しかったんじゃないですか?」

「そうですね。とにかく面白かったですし、終わる時続編出すとは言ってましたけど寂しいのは寂しかったですね」

「正直なところ続編出すならそのまま続けてくれよーとか思いませんでした?」


 それを当時一番愚痴ってたのはお前だろう、と突っ込みそうになったが飲み下した。


「思いましたね。終わってしばらくしてからオフライン版出た時は、これ売るための方便だったんじゃないかってなりました」

「オフライン版の人気の理由の一つでもあったかもしれませんね。正式サービス前に遊ぶプレイヤーの方も多くいらっしゃったみたいです。最後になりますが、どんなプレイヤーライフを送ってみたいですか?」

「現実とは違う世界を思いっきり堪能したいですね。ゆっくり街巡りとか、してみたいです」


 思えば前作は生き急ぎすぎたような気がする。楽しかったのは間違いないのだが、シナリオに絡むようなものを優先しすぎていたんじゃないかと思うのだ。今作は肩の力を抜いて遊ぼう、と心に決めていた。

 最後の質問を終えてこれで帰れるなー、とすっかり気を抜いてしまった俺はまさか来るとは思っていなかった追撃に、反射的に普段の調子で返してしまった。


「魔王とか、倒さないんですか?」

「二度とするか……あ」


 ……あ。

 こぼれた水は盆に戻ることなどなく、何なら電波となって旅立って行ってしまった。


「……はい! ありがとうございました。本当に開始が楽しみですね! それではスタジオにお返ししまーす」


 固まった俺に対し今日一番の笑顔を向けて、目の前の女はコーナーを締めた。

 カメラが録画を止めたことを横目で確認すると、ニヤニヤとした笑いを浮かべながらすり寄ってくる。


「……困っちゃうなー、テレビで馴れ馴れしい態度取られちゃうと。それとも仲良いアピールでもしたかったの?」

「いや違くて、というか最後って言ったじゃんよ。その後のあれ何なの要らんだろ」

「気になったから聞いただけですー。それに、てきとーに流せばいいのに創吾が自爆しただけでしょ?」


 それはそうなのだが、そもそも善意の協力者にお礼の一つもないのか、とかもう帰りたいとかとにかく帰りたいとか……こいつに付き合ってると余計疲れるし帰ろ。周りの目も気になるし。


「そっすね。お疲れっす。じゃ」


 疲れを全面に押し出した顔で軽く手を上げ踵を返すと、帰路に就こうと一歩踏み出した俺の上着の袖口が引っ張られた。馴れ馴れしい態度をとるなと言いたい。

 まだ何か用でもあるのかと、例えば今晩の話でもするのかと、最後に聞くだけ聞いてやるつもりで振りむく。


「番組の締め撮ったらすぐ帰るからちょっと待ってて」

「ふんっ!!」


 強めに腕を振り払った。何かと思えばよりにもよって、番組収録上がりの見た目だけはいいタレントと、衆人環視の中一緒に帰るとか頭と胃がおかしくなるわ。

 不満そうに何か言いたげな顔をしている危険物から一刻も早く逃げようと、早足で今度こそ帰路に就いた。




 梅雨真っただ中の湿った空気にうんざりしつつも、三十分ほどで無事に帰宅することができた。電車に揺られている時に届いた文句のメッセージは、あいつのてきとーに流せばとの言に従って見なかったことにした。

 自室に荷物を置いた俺は、昨日のうちに雑事を全て済ませていた自分をほめながらリビングに向かう。軽く宥めただけの腹を満たし、風呂に入ればあとは時を待つだけなのである。

 冷凍ご飯を取り出しレンジに放り込み、解凍する間に卵と醤油を用意する。おっと、野菜ジュース注がなきゃ。

 茶碗にご飯、真ん中をへこませ卵を割り入れ醤油をとぷとぷ、さっくり混ぜる。程よく混ざったところで、いただきます。……醤油足らんかった。もちょっと入れよ。



 食事を終えて風呂をシャワーで済ませた後、減った水分をほうじ茶で補った。

 まだしばらく時間あるし仮眠でもするかなーと考えながら自室に戻ると、丁度モバイル端末が着信を知らせているところだった。誰かと見てみれば、()()()()の幼馴染だったので、すぐに通話状態にする。


「はいはいどしたー?」

「ああ出た出た。創吾は今日この後どうする?」

「この後? あー、あとは待つだけだし仮眠でもするかなーって思ってた」

「そっかそっか。千歳(ちとせ)ちゃんと(しおり)さんは『クラフトライン』で待ってるみたいでさ、僕もそうしようかなと思ってるんだけど」

「わざわざ? 確かにチャットルームやらよりは設備しっかりしてるしいいかもしれんけど」


 ここしばらく『クラフトライン』は仲間内でがっつりプレイしていたし、おそらく明日からしばらくはやらなくなるだろうし、それもいいかなという気分に……おや、そういえば。

 我らが社畜棟梁がせっせこ作り上げた自慢の家。

 ゲーム的には四方壁囲いにベッドと倉庫でも置いておけば、それで十分家と言えるのだが、彼はとにかく凝り性だった。誰も反対などしなかったが、意気込んで家をこしらえ始めた彼を手伝うこともまたしなかった。材料を持ってきては雑に置いていくだけの連中に、文句ひとつ言わず黙々と作業を進める男。表情は生き生きとしていたが、その背中がなんだか小さく見えた俺は、何も言わずに男の作業を手伝い始めた。

 その時に棟梁の目を盗みながら、俺はこつこつ爆弾を構造部材として使っていたのだ。

 何でそんなことしたのか全く分からないが、多分理由なんてない。しかし、今の俺にはそれを使う理由があった。あの女を一度ぎゃふんと言わせてやらねば気が済まない。というか、思い出したら無性に爆発させたくなってきたからついでに巻き込もう。

 そうと決まれば善は急げだ。まずは珠鳳に『クラフトライン』にインしろとメッセージ送って、先客に根回ししないとだ。


「そうだな、それがいいな、うん。じゃあ俺先にインしてるからまた後でな」

「え、あ、分かった。僕もすぐに行くよ」


 電話越しにも戸惑った様子の返事を聞くと、俺はすぐに通話を切った。

 VRチェアに腰かけ、ヘッドレスト部に格納されていた頭部装着用アクセスギアを取り出し、身に着ける。起動を感知したVRチェアにより、自動的に最適な姿勢になったと同時に全身の力を抜く。目を閉じると、チカチカと明滅を繰り返す光のようなイメージを知覚する。意識を向けると視界が切り替わり、メニュー画面が現れた。アシスタントAIがいるロビーは経由せずに、直接『クラフトライン』を起動する。

 視覚以外の感覚同調シークエンスを十五秒ほどで終わらせ、俺の感覚は『クラフトライン』における自分の(アバター)のものになった。


 身内用のサーバーにログインすると、俺は割り当てられた部屋のベッドから勢いよく飛び起きた。部屋を飛び出し、駆け足で先客が待つリビングへ向かう。階段を全段飛ばしで飛び降り廊下を三歩で駆け抜け、()()の先客がいるリビングに転がり込んだ。……三人?


「今誰もスカート履いてないわよ。残念でしたー」


 三対の、不思議なゴミを見るような視線をたぐると、ついさっきまで一緒にいた女がいた。まるで俺が覗きしているかのような言い様に、俺はいろいろ考えていたことが全部すっ飛んだ。俺の体は、最後に残った爆破するという意志に従い、壁に仕込まれていた爆弾を起爆した。

 全部で三十二個の爆弾が続けざまにけたたましく爆発する。といっても、俺は一個目起爆したときに巻き込まれて死んだので、残りは復活地点に戻らず観賞していたのだが。全て爆発し終えた後に残ったのは、幾つものクレーターだけだった。

 俺は湧き上がる満足感と喪失感に、これがもののあはれなりや、などとよく分からないことを考えていた。巻き込んだ二人に謝らないとなー、と思いながらシステムログを確認すると、死亡ログが五つあることに気づく。俺と珠鳳と、千歳と栞と、残りは――


「あっ」


 ログイン直後に爆殺されたらしい幼馴染一号に、なんて間の悪いやつだと不憫に思いながら、俺は復活地点に飛んだ。

次回には本編に入れる、はず。

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