狂いは正され、或いはほどかれる
ふおお結構遅くなってしまった。
状況は仕切り直し。むしろ俺たちが有利な状況と言えるだろうか。
黒靄を纏った狂化感染:小鬼人にはそこそこのダメージを与えた上で、こちらは欠員なく全員HP満タンだ。懸念があるとすれば黒ゴブリンのHPがどれだけ減ってるか分からないこととミケの安盾の耐久、それに後衛に強襲を掛けられる可能性があることくらいか……うん、やっぱ有利ってわけでもないな。
ウィンナ・ワルツのごとく密接しながらクルクルと立ち位置を変え続けるミケと黒ゴブリン。ミケの表情は余裕のなさを示すかのように真剣さを帯びている。さすがに一人だと対処きつそうか。
早く戻らないとミケがきついのは重々承知なのだが、踊りの輪に加わる前に一つやっておかなきゃいけないことがあるのだ。俺の方で勝手にやることではあるのだけど、とりあえず伝えるだけ伝えておこう。
「ミケ、ちょっと試したいことがある」
「何? っと、ごめん! ちょっと手離せない!」
「いやそのままでいい。やることはさっきまでと変わらんし」
俺はミケと黒ゴブリンのステップに割り込むタイミングを見計らいながら、これから検証する内容に思考を傾けた。
先ほど色々と事故りかけ、何なら死にかけたお陰で分かったことがある。それは黒ゴブリンのターゲット選択パターンが、おそらく特殊なタイプのものということだ。
通常のモンスターはヘイト値……これは目に見える数値ではないから便宜的にそう呼んでるだけのものだが、そのヘイト値を最も稼いだ敵対者を標的にする、というのが基本になっている。それに加えてターゲットの更新頻度というものがあって、十秒から数分くらいのスパンでヘイト値のチェックを行ってターゲットを選出することで、モンスターの種類によってタゲが頻繁に切り替わったりそうでもなかったりといったような個性が出てくる。まあ他にも細々と昔に検証班が掘り出してきた情報があるのだが、今は特に必要なものではない。変更されてるものもないとは言い切れないしな。
要は何するかと言えばこの基本から逸脱してる何かを探ろうということだ。探るといっても、やることは「攻撃の威力とタイミングを調整」してただぶん殴るだけなんだけど。
後衛、特にアーウィンとセルディの二人は黒ゴブリンに攻撃することの危なさに気づいているようで、身構えども手を出す気配はない。結論は早めに出さないとこのままじゃ二人の火力がもったいないな。
あとどれだけ黒ゴブリンのHPが残っているのかは分からないが、どうも手応えからしてあの周りの黒い靄に衝撃を散らされている感じがあるんだよな。前衛だけでちまちま削ってたらいつまでかかるか分かったもんじゃない。
弱いとは思ってなかったが、よくよく考えてみれば小柄で俊敏で火力があって被ダメは軽減してって控えめに言ってクソめんどくさくないかこいつ……
俺は剣を両手で持ち高い位置で構え、乱入するタイミングを見極め――黒ゴブリンの拳打を躱したミケがカウンターの斬撃を繰り出す直前、『クイックスラッシュ』からすぐさま『トライエッジ』の計四連撃を黒ゴブリンの背中に叩き込んだ。
「ナイス! それじゃ……あ、あれ? タゲこっちのままぅわ危なっ!!」
「――ん? 考えてみたらミケのヘイト超えたか分かんないんだから意味なかったのでは」
「わ、ちょ、待った! やっぱ何するか教えて! 危険! アブナイ!」
「えー、しょうがないにゃあ・・」
それくらいちゃんと見抜いてくれよー、という思いを込めてミケが攻撃を当てた直後にごく浅く攻撃をいれる。黒ゴブリンの攻撃を躱して追撃を入れようとするミケを手で制して――くるりとこちらに向き直り突っ込んでくる黒ゴブリンのストレートを剣で受け流した。
分かった? と一瞬アイコンタクトをとると、ミケは何かに気づいたような顔になりこちらに駆け寄ってくる。そのまま黒ゴブリンの背中を斬りつけて
「いや何するのかはよく分かんないけど」
なんてぬかしやがった。はあん……じゃあもう仕方ない、口頭で説明するしかないか。幼馴染特有のテレパシーじみた意思疎通なんてものは俺たちの間にはなかったのだ。悲しいね。
「大体、把握できたっぽいかね」
「そうだね。そろそろ後ろにも頑張ってもらおうか」
キャッチボールのように黒ゴブリンのタゲを受け渡しながらの検証だったが、凡そ一段落ついた。動きのパターンも大分見慣れてきて途中からバシバシ攻撃を叩き込みながら調べられたのは僥倖だった。
さて、黒ゴブリンのターゲット選択アルゴリズムはどうなっているのかについて、確認できたのは大きく分けて二つだ。
一つはターゲット更新頻度の高さ。ミケとのタゲ交換のタイミングからして数秒毎には切り替わっている。秒数に揺らぎがあるような雰囲気があるからその辺りで多少注意は必要といったところだろうか。
そしてもう一つ、特に後衛火力の運用に係わってくるのが、ヘイト値が関与しないターゲット選出。こいつがそもそもの違和感の原因で、スキルを発動したミケのヘイト値を俺の貧弱火力ではそうそう上回れないだろうという悲しい現実があるにも拘らず、タゲ交換がテンポよくスムーズにいっていたという点で頭に引っ掛かったのだと思う。
おそらくタゲの更新前最後にダメージを与えてきた敵をタゲってるんだろう。シンプルイズベストってわけじゃないが、盾職が思考停止で挑発系スキルを使ってもタゲがバラけるっていうのは中々に厄介だな。その代わり支援組には一切タゲが飛ばないし、ある意味明確に可視化されてるお陰でコントロールはしやすいっていうメリットもある。
実のところヘイト値周りのことについては確定とまでは言い切れない。実際にはヘイト値が存在していて高速で減衰してるだけとか、最新の加算分には大幅な補正が乗るとか、そういう可能性だってあるっちゃある。ほぼ同時に殴ったり、薄皮を剥ぐようなダメージを与えたりしてもタゲを奪えたことからおそらくはそうじゃないと思うんだが、見かけ上は最後に殴ったやつにタゲが向いているという認識でいた方がいいのかもしれない。
蓋を開けてみれば何とも希望が持てるような結果だった。
後衛にはとりあえず攻撃してもらって、俺とミケのタゲを持ってない方が後衛の攻撃の命中直後に殴ればいい。これだけで黒ゴブリンを前衛に釘付けにしながら総力戦を仕掛けられる、はずだ。
自分とミケの状態をチェックして問題がないことを確認すると、俺は後衛に時至れりと声をかけた。
「うしろー! 攻撃解禁でいいぞー!」
「それはいいんだが、結局何だったんだー?」
「最後に殴ったやつにタゲが行くっぽい!」
「シンプルに厄介だな! オーケー把握した!」
そのものズバリな感想を告げてアーウィンは攻撃準備を始めた。セルディもそれに釣られるように矢を番えてじっとタイミングを窺っている。
「安心して固定砲台やっていいんなら……『神秘への馴化』からのー、やるぞセルディ!」
「はい、いつでも」
自己強化を焚いたアーウィンからは氷弾が、セルディからは貫通力を増した矢が飛来し、黒ゴブリンに襲い掛かる。
「――今ッ!」
剣を振りかぶって矢、一拍置いて振り下ろし氷弾。キン、と高らかにきらめくような音の響きをも割り裂くが如く俺は黒ゴブリンを叩き斬った。
無視できない間違いはないはず。だがそれでもミケからタゲが移るはずのこの時ばかりはちょっとばかり緊張してしまう。
黒ゴブリンは一歩飛び退いたミケを追わずに足を止めると、来い! と念じる間もない程呆気なくタゲを変更して転身。
突貫する黒ゴブリン、その向かう先は勿論
「ハッハァ! 見さらせ勝ち確だオラァ!!」
思惑通り俺の方に突っ込んできた黒ゴブリンについハイテンションになって、雑に『パリィ』してからスキルを叩きつけてやった。いなしきれずに若干横腹掠ったが誤差だ誤差! このまま一気に攻め立てていくぞ! そう気合を入れた折に
「マクスー! ちゃんとやれこらー!」
離れたところからタマオのお叱りが飛んできた。ちょっとくらい攻め気味になるくらい許してくれてもいいじゃねえか、別に大したダメージ食らったわけでもなし、と自分のHPを何気なく確認してみればバーが真っ黄色に……おや?
攻撃を控え、ミケにタゲが移るとすかさず俺の方へ回復と防御バフが飛んできた。支援組に顔を向けると、二人揃ってニコリと笑顔を浮かべている。うへぇ、これ貸し一つなのか、とげんなりしつつ二人に向けて敬礼をした。次は気を付けるから今回のはノーカンにしてくれないでしょうか。
順調に削る、削る。戦闘が安定したことに加えて、アーウィンの氷弾が「凍傷」という行動鈍化系のデバフを黒ゴブリンに齎したことで非常にやりやすかった。
それでもまだこいつは沈まない。そろそろ終わるんじゃないかという考えが何度も頭に浮かんできたが、その度に勢いよく振るわれる拳によってそれは幾度も否定された。
せめて見た目に変化があれば、とミケがタゲを持っている内に注意深く観察してみると――あれ?
「何か、靄が濃くなってないか」
「え? っと、気のせいじゃなくて?」
小さく呟いたつもりだったがミケには聞こえたらしい。いやほんと、何となくなんだが最初よりも黒靄が多くなってる――いや、むしろ部分的に濃かった靄が全体に広がった感じか? それはまるで水に垂らしたインクのように。
後衛の攻撃に合わせてタゲを掠め取ると、俺と黒ゴブリンは正面から向き合う形になる。最初は能面のように無表情だったその顔が、薄く覆われた靄の奥で表情を歪ませているように見えて
「ギギギギギ……」
錆び固まった歯車を回したような不快な音を発してこちらを嘲笑うその様子は、初めの機械的な印象とは真逆に歪であるが故の生物らしさを嫌が応にも伝えてきた。
確証はない。が、ここからが正念場というのだろう。このまま最後まで行ってほしいという思いはあるがこれはこれで悪いことばかりではない。相当量のHPを減らせていることは確実になったし、こんなもの本気を出してきたというよりは鼬の最後っ屁みたいなものだ。最後の詰めを誤らなければこの勝負は俺たちの勝ちで決着が付く。
弾丸じみた直線の動きを打ち捨て、獣のようにしなやかで不規則な襲撃を仕掛けてくる黒ゴブリンの一撃を紙一重で回避し、カウンターの斬撃を叩き込む。
……確かに今までの単純な動きと比べれば対応に骨が折れる感じはあるかな。だが、脳天撃ち抜かれるのと骨が折れるのどちらがマシかと言われれば後者の方がマシなんだよ。
カウンターを叩き込まれた黒ゴブリンはここにきて初めて怯みモーションを見せる。俺は条件反射的に『トライエッジ』を発動して、黒ゴブリンにさらなる追撃を加えた。
「さっきまでの方が怖かったな。今のお前はちょっと速いだけの、ただのゴブリンだ」
黒ゴブリンは靄を散らしながら右体側に幾筋もの傷跡を残す。
このまま終わったら拍子抜けだぞ、ほんと。せめてこっちに被害が及ばない程度に面白いことしてから経験値になってくれな。
ダンジョン〇ー〇ー面白いですよね(懺悔
ただでさえほとんど寝てる休日が完全に消し飛んだので二度目の封印を施しました。




