その者共は乱れ、狂う
土日になると書けなくなる侍ッ!
四頭の豚頭鬼の乱撃をミケは見事に捌いていた。時おり際どいものはありつつも剣と盾を巧みに操り直撃は受けていない。これならタマオの回復だけで十分凌げるだろう。
「ちょっ、きつっ……マクス早く手伝って――ぅ危なっ!?」
「オーク一通り殴れたかー?」
「槍が、ちょっとおっ!? 遠くて!」
そりゃ間合いが違うし、きつかろうな。今槍オークに後衛の攻撃が向かったらすぐにタゲが移りそうだ。
ミケが戦闘前に慌てて発動した『脅威の発気』というスキルは、「敵に与えるヘイト量を上昇させる」自己強化スキルだ。前衛、特に盾職には欠かせないヘイト管理手段の一つだが、あくまで与える量が増えるだけなのでしっかり殴らなければタゲは維持できない。
「しゃーないか、槍は受け持とう」
「助かる!」
俺には目もくれずミケを貫こうと槍を構えていたオークを横合いから斬りつけた。無警戒に腕を斬りつけられた槍持ちは、ぐるりとこちらに振り向いて怒りの形相になる。間合いはそのままに、オークは槍の柄で打擲せんと薙ぎ払った。身長差からか首めがけて襲い来る棒打を躱すべく、俺は僅かに膝を落として身を屈める。頭上を棒が通り抜けたのを感じ取ると、目の前の無防備な腹を逆袈裟に斬り上げ、刃先を返して首を左薙ぎに斬り裂いた。
「ブオォッ!?」
苦痛からか呻くように声を上げるオーク。鳴き声は間違いなく豚野郎だな。
一拍の間隙に、残りの三頭を相手取っているミケをちらりと盗み見てみれば、そちらの方は問題なく対処できているようだ。ミケの後方ではタマオとイリスが左右に開く形でいつでも支援できるように構えている。
正面の槍オークを挟んで後方、離れた位置で準備を完了させていたアーウィンとセルディに向けて俺は指示を叫んだ。
「槍持ちを先に落とす! 援護頼む!」
「乱戦っつってなかったかー?」
「盾が飽和したからとりあえず減らす!」
槍持ちの懐、剣の距離で幾度も斬りつける。賢くないのか拘りがないのか、槍持ちオークは間合いを開こうとする素振りを見せない。俺としてはやりやすくていいんだけど、ミケと戯れている奴らに衝突させて体勢を崩してやろうという作戦は残念ながらお蔵入りみたいだ。
とっ、と矢が刺さる小さな音が聞こえたと同時、涼やかな風を感じ取った。後衛の攻撃が槍持ちの背中に命中したらしく、HPバーを大きく減らした。いやちょっと減りすぎでは? 俺が減らした分と同じくらいの量が一気に減ったけど、次来たらタゲが後衛に飛ぶんじゃなかろうか。
それはちょっと、まずいなと気を引き締める。俺も後衛もヘイト稼ぎのスキルなんて持ってないから、攻撃してダメージを与えた分がそのままヘイト値の大小を決めると言っていい。ならば、後衛にオークが突っ込んでいかないようにするために何をすればいいかなんて考えるまでもない。
オークが槍を頭上高く構えたのを確認すると、それを合図に俺は攻撃のギアを上げた。
俺が両手で高く構えた剣を袈裟に振り抜くと、直後に槍の柄が勢いよく真っ直ぐに振り下ろされた。袈裟斬りの勢いを残したまま即座に手首を返し、『クイックスラッシュ』を右薙ぎに撃ち放ちながら体をスライドさせ、オークの攻撃を回避する。胴に二筋の大きな傷を刻まれたオークは苦悶の声を上げるが、まだ終わらせない。右に振られた剣を肩口まで引き込み、左肩から突っ込むように踏み込みながら切先をオークの首に突き刺した。
連続で攻撃を食らったことでオークが怯みモーションを取る。その瞬間、チャンス! と反射的に剣を引き抜き、左足を下げ右足を軸に体をコマのように回転させながら『パワースラッシュ』で斜めに引き斬った。
若干の硬直の間、これで足りるか? と考えると同時、後衛の第二波が槍持ちに襲い掛かる。遠距離からの攻撃によってオークのHPバーはあと二割を切るところまで削れた。後衛の攻撃が当たるやいなや槍持ちは怒りを顕わにして、ぐるりと後方へ反転した。
「げ、まずっ!」
やっぱちょっと足りなかったか! オークが駆け出す前に削り切れるか微妙なとこだが、とにかくちょっとでもダメージを通せ!
即座に『クイックスラッシュ』で初動を速めた斬り上げを背中に当て、まさにオークが飛び出そうとする直前、俺は斬り上げた剣を素早く頭上で回し、離れようとする首元めがけて渾身の『パワースラッシュ』をぶち込んだ。
槍オークは俺の目の前からすっかり姿を消してしまった。俺は一つ息を吐きながらその場に屈みこみ腕を伸ばす。
ふと視線を上げてみれば、視界にはミケがオーク達とちゃんちゃんばらばらやってる様子と、それを迂回するように俺に近づいてくる後衛火力二人の姿があった。
「まあ、ギリギリセーフだな。つーかちょっとヒヤッとしたわ」
「お疲れ様ですマクスさん。最後は助かりました」
槍オークのドロップアイテムを回収し終えた俺は二人を迎えるべく立ち上がった。つまりは何とか後衛にすっ飛んでいく前に仕留めきれたということなのだが、本当にぎりぎりだった。最後の『パワースラッシュ』で致命打判定が出てなかったらおそらく足りていなかったように思う。まあ足りなかったとしても一、二発追撃が入れば終わってただろうから被害の心配は特にしていなかったんだけど。
唯一俺が心配していたのは「わざと女性キャラの方にオークを嗾けて、オークに絡まれているところを見て楽しもうとしたゴミクズ」みたいな言いがかりをつけられることだった。誰がそんなことを言うんだと自分でも思うが、残念ながらミケがやらかしたら俺がやってやろうと思っていたが故に可能性を否定できなかった。ヒヤっとした後助かったのは俺も同じだな。
思わぬ危機に見舞われたが、それを凌いだ今残るは消化試合のようなものだ。終わったなら早く加勢しろという無言の圧力をミケから感じるし、オークの背中を切り刻む作業に身を投じるとしますか。
三頭のオークのHPの削れ具合は……なるほどね、それならまず順番としてはこうだな。俺は自分のステータスを確認すると剣を納め、おもむろに『茶運人形』を発動した。
「――冗談でしょ!? 早く手伝ってよおお!!」
「削り見た感じ全体的にヘイト怪しいからもうちょっと頑張って。ズズズ……」
声も出さずに戦っていたミケが、信じられないものを見たとばかりに叫んだ。大変だとは思うがこれも盾職の運命なのだ。な、お前もそう思うだろ人形、と心中で語りかけながらカップを下げてまた上げた。人形が一つ頷くような動きをしたことに俺は満足を得て再び茶を啜る。
「言わんとしてることは分からんでもないが、あれ目の前にして茶ァ掻っ食らうのは流石の貫禄だわ。真似できねえ」
アーウィンは呆れを通り越していっそ感心したようにそう言った。やめさせようとはしてこないのは、今のままだと最終的に自分にオークが襲い掛かってくると分かってるからだろうな。
もう少し削れるまでのんびりしようかとも思ったのだが、ゆっくり味わうような美味しいものでもなし、と俺は一気に茶を飲み干した。休憩はおしまい、と人形を帰して剣を抜き、俺は後衛連中と共に残りのオークに攻めかかった。恨みがましそうに俺を睨んでくるミケの視線をオークの体で遮るようにしながら。
「えーっと? 皮に、牙に、クズ武器に……出たよ、「豚っぽい肉」。素直に豚肉落としやがれってんだ。何なんだよ「っぽい」って」
「レアなものはなさそうだねえ。ダールも無しと」
俺たちは今、四頭分のオークのドロップアイテムを吟味していた。槍以外の残りの三頭については特に語ることもなかった。俺は安全圏で剣を振ってただけだしな。
手に入れたのは「豚頭鬼の」が頭に付く各種通常素材と、あいつらが使っていた武器ともいえないような武器、そしてこれが問題児の「豚っぽい肉」。エートスのオークは今回もこの謎肉をドロップしてくれるらしい。
この「豚っぽい肉」なるアイテム、分類上は食材アイテムで基本的な用途は料理用である。しかしゲーム内に「豚肉」というアイテムが確かに存在していることからも推察がつくように、「豚っぽい肉」は「豚肉」と似て非なる食材なのだ。正確には「豚肉」の劣化、下位クラスのアイテムと言うべきか。
何せこの謎肉から作られる種々の料理、その全てに「っぽいもの」が付いてくるのだ。通常だと材料に何を使っているかなんて基本的には分からないのだが、こいつを使った時だけは名前を見ただけで分かる。そして、「ぽい」シリーズの料理は軒並み効果量が「ぽい」じゃないものよりも一段劣るのだ。
それではこのアイテムが忌避されていたのかというと、実のところ全くそんなことはない。理由としては現実ならいざ知らず、ゲーム内の食事の材料がよく分からないものでも特に気にしないプレイヤーが大半であったことがまず一つ。もう一つは、効果量が劣るからこそ安く提供されるという点で「ぽい」料理の需要はそれなりに高く、肉食材としては値段が安いことから料理人ジョブの経験値稼ぎに便利ということで頻繁に使われて料理の供給が多かったことにより値段と量が安定していた。これによって「豚っぽい肉」のマテリアルフローは、ネックとなる場所がなく材料供給者から料理消費者に至るまで総じて高い経済的満足度を齎していたということ。特にキャッシュフローは高レベルプレイヤーから低レベルプレイヤーに向かう形だったために、初心者プレイヤーの金策に非常に役立っていて、オンラインゲームの課題になりやすい初心者層のモチベーション維持に一役買っていたことが意味するところは大きい。
そんな素晴らしいアイテムではあるが、当然今作のプレイヤー市場はまだ形すら出来ていないし料理人も調理スペースすら確保できていない状況では、ただのツッコミどころの多い肉でしかないのだ。なんせアイテムの詳細情報を見てみれば、
「豚っぽい肉」 レア度:ノーマル
品質:D
分類:素材アイテム
豚肉に似た謎の肉。あらゆる料理を「ぽいもの」に変える不思議な肉。
なんてふわっとした感じのことが書いてあるのだ。どう考えてもここだけ見たらまともなアイテムじゃねえ。
ちなみに品質の欄は『解析眼』を発動したら出てくる。素材の仕分けなんかにも便利そうだなこのスキル。
「ぽいやつ今作もあるのねー。前作だとNPCが食べたがらない使いたがらないだったけど今作はどうなのかな? 一緒ならしばらく売るにも端金よねー」
「だなあ。早いとこ料理人プレイヤーが育ってくれればいいけど」
タマオの呟きに同意するように俺はそう呟いた。パーティのドロッププールを確認し終えて、レアが無かったことでパーティリーダーが均等分配を行う。俺は自分のインベントリに入ってきたアイテムをチェックしてみたのだが、なんと謎肉だけが二つ増えていた。ええ……よりによってこれだけかい。
乱数の女神に嫌われた自分の不運を嘆いていると、薄く差し込んでいた木漏れ日が一瞬翳り、周囲に影が落ちた。雲……にしては短かったな。
「鳥でも飛んでいたのかしら?」
「そうですね。一瞬でしたし」
イリスとセルディがそう話しつつ空を見上げる。何かが見えるわけではないだろうが、それに釣られるように俺も顔を上げようとして――森が軋むような、感覚。
……なぜ、そんな感覚を抱いた? 音が鳴ったわけではない。目に見える何かがあったわけでもない。これは現実ではなくゲームの世界だ。存在するのは全て計算され演算されて出力されたものだけだ。ならば、明らかに自分の意識の外から何かを感じ取ったのならば、必ず何らかの情報が俺の感覚に送り込まれたはずなのだ。
蜃気楼にたかどのを見て取るように、幻日に日を見て取るように、俺はこの感覚の原因を探る。他の連中も何か違和感を覚えたらしく、しきりに辺りを気にする様子を見せている。
どこだ……何が――ッ!?
「ミケッ!! 弾き飛ばせ!!」
「――ッ!」
前触れなくミケの背後の茂みから葉擦れが鳴り、黒い影が飛び出す。俺はそれを指差しミケに短く命令を飛ばした。
ガンッ! と凄まじい衝撃音と共に影は弾き返され、ミケは反動で後ろに倒れそうになりながらも踏みとどまる。
地に刺さるように降り立つ影。見慣れたシルエットなのに身に纏う黒い靄が時折姿を歪ませ、異質さを際立たせている。レベルもHPバーもその頭上には見て取れないが、唯一その名前だけは認識することができた。
狂化感染:小鬼人
この時の俺たちはこれが示す事をまだ何も知らぬまま、狂気に染まった鬼と対峙するのだった。
なんだゴブリンかよとお思いのアナタ、そうです所詮ゴブリンです。
なのでオーガよりステータス的にちょっと劣るくらいの「雑魚」なんです。




