空き時間にお金を増やす
気づけば書き始めてひと月経ちましたが作品内では一日しか……
――曰く、森には静謐を守護する狼がいる。
――曰く、守護の狼は闇夜を照らす金色を纏っている。
――曰く、黄金の瞳は罪を見抜き、白銀の牙は罪を裁く。
――曰く、守護の狼は澹月の樹に寄り添う。
武器屋の親父から聞き出すことのできた「森の金狼」の情報はこんなところだ。与太と言っていたように「山と見紛う大きさ」だの「太陽を喰らう」だの盛りまくってる話も細々あった。おそらくイベントがあるとしたら親父さんはフラグに係わるキャラではないのだろう。新しい情報と言えるのは一つだけだった。
その一つについても、なんというか……
「発生条件に関係しそうな情報に限って、それっぽいことを言いつつもふわっとしてるっていう」
「そうねえ。樹に関係するのは間違いないんでしょうけど……」
「そらまあ森の中の話だしな」
イリスにはそう返したものの、森の中なら必ず樹が関係してるとは限らない。そういう意味では無駄な情報というわけではないが、範囲を絞れたかと聞かれれば全然と答えざるを得ない。澹月というのが気になるところだが……ホラー話?
親父さんは情報を一通り話し終えると、トルテに仕事を急かされて奥の工房に行ってしまった。俺の剣の手入れには三十分程かかるようなので、インベントリに仕舞ってあった木の棒を取り出して「この後はこれで狩りに行こう」と提案してみたのだが、全会一致でものの見事に却下された。
そうすると街の外には出られなくなるわけで、その間に何をするのかというと
「ドロップアイテムを売りに行く」
武器屋を出てすぐ、俺たち五人に向き直りながらアーウィンはそう言った。何故か仁王立ちで気合を入れたような様子だが、俺はともかく他のメンバーって羊しか狩ってないよな……? そんな疑問が顔に出ていたのか、俺の方を見ながらアーウィンは言葉を続けた。
「この後森で狩りをするっていうのは基本的には賛成なんだがな、モンスターに限らず狙い目っていうのは把握しておきたい。それに供給が増えれば価格は下がるわけで、金欠のマクスくんの戦利品は早めに捌いておいた方がいいだろう」
「あー、それもそうか」
直接金を落とすモンスターは今のところゴブリンしか出てきていないために、所持金を増やすなら入手したアイテムを売るというのが基本になる。売り先は様々だが、生産職が育ってくるまではNPCがやってる商会に持っていくことがほとんどだろう。
俺が拾ったアイテムは大体二束三文の通常アイテムだろうが塵も積もればというやつである。それとまだ余裕はあるがインベントリに空きを作るという意味でも処分はしておいた方がよさそうだ。
そう考えた俺はアーウィンの案に賛成し、俺以外からも反対意見は特になく、ここから一番近いという東門そばの商会へと俺たちは歩を進めた。
「お客様の持ち込まれたアイテムですが、査定の結果合計で1,700ダールとなりました」
「ほーん……」
商会の買取受付の前で、査定を聞いた俺の口をついて出たのはそんな生返事であった。相場なんて分からんから喜んでいいやら反応に困った結果である。
「トルネク商会」のモネーロ東門支店は周囲と比べても一回り二回り大きな煉瓦造りの建物で、それはまあ分かりやすく目立っていた。一プレイヤーとしては重要施設が分かりやすいのはありがたいことなのだが、トルネク商会に関して言えばこの世界においてトップクラスに規模の大きな商会だからデカイという至極もっともな理由があるらしい。
羊狩りのドロップアイテムを代表して回収していたアーウィンと、森で狩猟民族と化していた俺はそれぞれ別れて十はある買取受付に向かい、戦利品の査定を頼んだ。羊の毛と角と皮と肉だけでささっと精算を終えたアーウィンを横目に、種々雑多なアイテムをごちゃっと預けた俺は若干の待ち時間を経て、ようやく査定が終わり今に至るというわけだ。
合計金額はまあよく分からんからそれでいいとして、いくつか気になっていたものについては値段と内訳がどうなっているのか聞いてみることにした。
「ちなみに草の山と、「白兎の刎頸牙」っておいくらの査定?」
「「白兎の刎頸牙」は900ダールとなっております。草は……ほとんど雑草でしたので、混ざっていた「薬草」が5本で100ダールのみでございます。一覧をお出ししますか?」
「そんなもんかぁ……いやいいよ、分かった。それじゃあ精算お願い」
900ダールの素材なら何か使えそうな装備の生産にでも使えそうだよなぁ、と後ろ髪引かれる気持ちはあるのだが、俺に今必要なのは現ナマなのだ。全額精算の意思を受付嬢に伝えると、受付嬢は澱みない手つきで手元の紙に何かを書き入れた。
「かしこまりました。お客様は当商会のご利用は初めてでしょうか」
「そうだな、初めてだ」
それでしたら、と受付嬢はカウンター下から羊皮紙と印泥のようなものを取り出し、俺の前に差し出した。
「当商会は会員登録制となっておりまして、ご登録をしていただくと取引状況に応じて様々な特典が付与されるようになっております。登録料や会費はいただいておりませんので、いかがでしょうか」
「登録しなかった場合は?」
「買取の場合査定額の三割を手数料として差し引かせていただきます。販売の場合は会員様限定で提供いたしておりますので不可能となります」
「ええ……選択肢ないじゃん」
結構なサービス格差に思わず眉を顰めてしまう。この条件でなお登録しないなんて、登録することで何か支障をきたすような人間だけじゃ……ああ、そういう怪しい輩を締め出したいのか。この世界の法がどうなってるかは知らないが、反社会的な連中と繋がりがあるなんて捉えられると面倒なことになりそうだもんな。
俺の表情を見てか、これまで割と澄まし顔で応対していた受付嬢が今は悪戯でも成功したかのような意地の悪い笑みを浮かべている。それで大丈夫か接客業。
「ちなみに、皆さまほぼ加入されますよ」
「だろうなあ……勿論加入するよ。それで、どうすりゃいい?」
「ご加入ありがとうございます。私に、お委ねください」
どうせ加入するしかないんだし、と俺は諦め混じりに返事をすると、受付嬢は浮かべた笑みを色気を感じさせるものへと変え、俺の右手を両の手で包み込みそう言った。俺は何をしてるんだという胡乱な眼を向けるが、受付嬢はそれに動じることなく朱を俺の親指に付けて、そのまま朱に濡れた親指を羊皮紙へと導いた。
親指の朱が羊皮紙に乗った瞬間、パチッと静電気が起きたような感覚が親指から伝わってきた。その一瞬の間に羊皮紙上には複雑な紋様と文字が刻まれ――
《称号「トルネク商会会員(Eクラス)」を取得しました》
そんなアナウンスが流れた。
おお、称号初ゲットだ。レア感が一切無いから別に嬉しくはならないが、たまに食べるコンビニおにぎりの包装に、「おいしささらにパワーアップ!」なんて書いてあった時と同じくらいには感慨がある。ちなみに俺はパワーアップ前後で味の違いを実感したことはない。
受付嬢は俺の親指を丁寧に布で拭うと、再び俺の手を両手で包み……
「いやあのさ、何でそんなべたべた触ってくんの」
「ふふ……それではマクス様、これにて登録は完了いたしましたので精算を――あら?」
受付嬢はさらりと疑問を受け流し俺の拇印がなされた羊皮紙を確認すると、何かに気づいたようにそう声を漏らす。彼女は紙面を一通り眺め見ると、俺の方に向き直って不思議そうに俺の手抜かりを告げた。
「〈からくり士〉……でしたら確か、御自分で素材を見極められるのではなかったでしょうか?」
「えっ」
予想もしてなかった受付嬢の言葉に、我ながら素っ頓狂な声を出してしまった。
一度ステータスを確認した時にはそんなものなかったよな? と思いながらステータスを開いてみれば、ジョブレベルが6になっていることに気づいて……そういえばオーガと戦り合ったあとにレベルアップのアナウンスが流れていたような。俺は無言のままステータス欄を下っていくと、からくり士アビリティの下、そのスキル欄に初めて見る文字列があった。
「解析眼……こいつかぁ」
思わずスキル名を読んだが、発動させるつもりがなかったために何も起きることはなかった。自分の気の回らなさに落ち込みかけたが、考えてみれば採取をしてた時はまだスキルを取得していなかったのだから何も問題はないはずで……
「ちなみに一点当たり5ダールの鑑定手数料をいただいておりますので、持ち込まれた草の束だけで400ダールほどかかっております」
「俺の馬鹿っ!!」
「高いと思われるかもしれませんが、専門の〈鑑定士〉によって間違いのない取引をするためでございますので、ご容赦いただければと」
確かにちょっと高いとは思ったけど、これも勉強代ということだ。頭を抱えて唸る俺に困惑した様子で補足と弁解をする受付嬢。これまでの余裕が崩れたその様子に少し胸がスッとして、俺は平静を取り戻した。
次からは価値のありそうなものだけを見極めて持ち込もうと心に刻み、俺は受付嬢に精算を促す。彼女は思い出したかのようにハッとした表情を見せると、カウンターの奥へと姿を消し、一拍置いてから白い小袋を手に持ち戻ってきた。その小袋が俺の前に置かれると、硬貨が入っているのか金属が擦れ合うような音が鳴った。
「それでは、こちらが今回お支払いする1,700ダールと、先ほどお作りしたマクス様の会員証となります。次回以降当商会をご利用の際には、忘れずに会員証をお出しくださいませ。それでは、本日は誠にありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
俺は金と羊皮紙を受け取り、インベントリに仕舞う。所持金がしっかり1700ダール増えたことを確認すると、俺は右手を軽く挙げながら受付嬢に「ありがとう」と告げ、立ち去ることにした。踵を返そうかとしたタイミングで、受付嬢は薄く微笑みながら
「次回ご来店の際も私、「ミラベル」をお訪ねいただければ幸いです」
なんて言葉をかけてきた。俺は一瞬足を止めると、正直ミラベルなる小悪魔感漂う受付嬢とはあまり積極的には係わりたくないなという気持ちと、それはそれとして手が柔らかくて気持ちよかったなという気持ちがせめぎ合った結果
「……善処するよ」
とだけ返して今度こそその場を後にした。
入り口の近くで俺を待っていた身内と合流してみれば、なんだか刺さるような冷たい視線がいくつも飛んできているような気がして背筋が冷えた。
ミラベルさんの接客はマニュアル……ではなく彼女の気まぐれによるものです。
商会は至極真っ当な商売をしているのでご安心ください。




