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再帰のエートス  作者: 時桔梗
第一章 巡る月日、移ろわぬもの
12/47

静謐を踏み躙る者と不退の決意、断罪の牙

こいつ手札少なすぎんよお……

 鬼人(オーガ)というモンスターは、別段レアだったりボスだったりという存在ではなく、生息地に行けば普通に出会えるようなごくありふれたモンスターだと思う。そういう意味では小鬼人(ゴブリン)とほぼ変わらない存在であると考えていい。


 逃げようにも逃げられないというのであれば、もう奴を狩るしか道はない。考えてみればオーガ()()()に逃げたやら負けたやらが連中にバレようものなら、それはもう三日三晩煽られたって何もおかしくはない。やったことはやり返されても文句は言えないということだな。

 俺は全力ダイブで地面にうつ伏せの状態から、急いで立ち上がってオーガと相対した。狩ると決めたからには、この見上げるほどの巨躯をどうやって捩じ伏せるか考えなければならない。


 当たれば一発で街送りの猛撃の連打を、回避に集中することで辛うじて躱し続ける。攻めに回る余裕はあまりないが、単調に棍棒が振り回されている間はまだどうにか……横薙ぎは全力後退ッ!

 膠着状態を崩さないと状況は何も変わらないと分かってはいるのだが、どうも俺の中に攻め気が湧いてこない。原因はたった一つ、今まで戦ってきたモンスターと明らかに異なるその点だけが俺を躊躇させる。オーガの強さか? そうではない。それに起因する可能性はあるが、はっきりと目に見える違いだ。


 H()P()()()()()()()()()()


 これまではターゲットカーソル、モンスター名とともに表示されていたはずのHPバーが、こいつに限って存在しないのだ。このせいで攻撃の口火を切ってしまったが最後、心の片隅にすら撤退の文字は存在できなくなる。HPが削れないから諦めて死に戻ろう、という選択肢は殴る前の今しか選べない。

 始まってしまえば後は殺すか、殺されるかでしか終われないデスレースだ。俺は殺されるつもりは毛頭なく、殺すならばいつ終わるのか分からない。

 一択しかない選択肢で無限ループに突入するようなものと考えると、いまいち気が乗らなくても仕方がないんじゃないかと思うんだ。


 俺は少しずつ棍棒を躱す動きを小さくしていく。あちらもそろそろ焦れてきたのか、どんどん力任せの大振りになっていくのと裏腹に、動きを変えたそうな不穏な気配を漂わせ始めている。

 つまるところ俺の覚悟の問題なのだ。殺し合いをする覚悟ではなく、時間を浪費するという覚悟を持てるかどうか。


 ――ガアアアアァーーッ!!!


 右手側から斜めに振り上がって来た棍棒を二歩下がって回避すると、オーガはとうとう怒りを解き放つかのように吼え上げた。ビリビリと体を震わせる爆音が俺の逡巡を引き裂いていく。

 ――そうか、そうだな。こんな迷いは今更だ。ごちゃごちゃ考えたところでやることに変わりはないのだから、時間を無駄にしたくないならとっとと始めてしまうべきなのだ。


 オーガが右脚を一歩踏み込み、合わせるように俺は右脚を一歩前へ。上体を大きく反らせ棍棒を振りかぶったオーガの剛腕が、一瞬不気味に静止する。

 初手は定まった。重要なのは見極めとタイミングだ。足りないものが多すぎる現状、博打をせずに勝つことは不可能だろう。それならば、分の悪い賭けをこそ最初にやってしまえ。


 音が聞こえそうなほどに引き絞られる上腕。

 ――まだだ、力に頼るな。


 限界まで膨れ上がった右腕が大地に引かれ始める。

 ――意識は剣先へ、さらに踏み込め。


 大気は割かれ悲鳴を上げる。頭上に迫る天が墜ちるかというほどのプレッシャー。

 リカッソを握る手を開き、俺は祈るように剣を抱き寄せる。視界は死の陰に覆い尽くされ――


 響く衝撃と、轟音。

 体は、動かなくなった。






 ……そう上手くは行かなかったか、と心の中で自嘲する。

 ――だがしかし、だ。


()()()()()()()()脳筋野郎」


 二秒ほどの()()が解除された瞬間、そばにあったオーガの右上腕に剣を走らせ、勝ち金代わりに二筋の傷を刻んでやった。

 後退の道は今この時、完全に崩れ落ちた。


 俺のHPバーは血のような赤色を示し、ぎりぎりの生存を如実に物語っている。賭けでやったことは単なる『パリィ』に過ぎない。とは言っても、棍棒の軌道をずらすのではなく「剣を壁にしてこちらが水平に弾き出される」ようなやり方だったのだが。風に舞う木の葉の気分になったですよ。

 いや正直木っ()微塵になるかと思った。『パリィ』自体は成功した確信があるのだが、逃がしきれなかった衝撃だけで八割HPが持ってかれたのは賭けの参加費にしては高すぎやしないか。


 オーガは腕を振り下ろしたまま動かない。全力打の反動に縛られている間に至近距離で手早くHPポーションを飲み干し七割まで回復させ、胴と脚を切りつける。

 自分の命と剣の耐久をベットして得られたものは『パリィ』が使えるということと、その生存条件だった。十分な成果と言っていいとは思うんだが、残念なことに回復量の関係であと一度しか使えない。そしてその一度もHPが足りないため、ポーションのクールタイムが明けるまでの二分半は使えない。

 そもそも開幕『パリィ』は悪手だったかな? なんて考えが頭を過ったが、何度も使わないといけない状況になるなら到底勝ち目なんてないし、これはこれで良かった、はず。


 この戦闘における基本的な位置取りは、オーガの右手寄り正面、棍棒の攻撃範囲内で遠目いっぱいのポイントだ。オーガの硬直が解け、すぐさま棍棒が薙ぎ払われるが、僅かに下がってそれを回避。即座に飛び込み右脚を片手で斬り払い、離脱する。振り落とされる一撃を今度は斜め前方に飛び出すことで躱し、すれ違いざまに左腿を撫で斬る。

 そのまま駆け抜けて棍棒の射程より遠くで待ち構えてみれば、オーガはこちらへ振り向くやいなや飛び掛かるように右腕を振り回してきた。俺は距離の分余裕があったことも相まって、それを難なく避ける。

 思惑通りの展開に、俺は思わず笑いを浮かべた。


 よし、よし。やっぱり棍棒殴りの行動優先度は相当高いな。オーガの攻撃手段の中で破壊力が最も高いのは、右腕に持った棍棒による一撃で間違いない。道具のリーチの分射程も長いため、立て続けに放たれるのはまさしく脅威ではある。

 しかしながら、棍棒が直撃すれば三回死んで尚お釣りが来るような(もやし)にとっては何を食らおうがどうせ即死なわけで。同じ即死なら一撃が重い分隙が大きい棍棒攻撃が結果一番対処しやすいということになる。

 今の俺が対策も打たず不用意に懐に潜りこめば、隙が小さく出が読みづらい左腕や脚による攻撃ですぐに街に戻ることが可能だろう。

 ……今気づいたけど、もしかしてこいつ森の転送屋(テレポーター)さんなのでは? やたらアグレッシブでお願いせずとも街まで無料で送ってくれる代わりにデスペナルティが付いてくるわけだが。


 右腕の攻撃を誘発させながら、少しずつオーガの体に傷を刻み付けていく。行動誘発が上手くいっているといっても、それが絶対というわけではないのが難しいところだ。

 確実な情報とは言い切れないがモンスターの行動パターンは、取らせる行動が単純になればなるほど早い段階で突然変わるような印象がある。脚を止めさせたり向いている方向を固定させたりするとすぐに誘発が外れるというイメージが強い。

 たとえ今実践しているように前後左右忙しなく調整を入れていたとしても、「敵に攻撃が当たっていない」という誤魔化しようのない情報がオーガの(AI)に蓄積されてしまえば、こんな風に


「……射程外、なのに追いかけてこない? ――ッ!」


 オーガは距離を詰めずにその場で右腕をテイクバック、まるで()()()()()()()()()()()()構えになって――やっば! 後手に回った!

 躱す、どこに? 前に詰めて、もう遅い。左右どっちに、回転は、左のはず。

 それなら、いやそもそも奴のコントロールは――ええい、ままよっ!


 哮りとともにオーガの剛力で放たれた棍棒は、水平を保ったまま猛烈な速度で飛翔する。俺は反射的に右へと全力で体を投げ出し、受け身も取らず激しく地面を転がった。




 地面を転がる勢いが失われると俺は、これは面倒なことになったな、とこの後の展開に思いを馳せながら立ち上がる。何となく起こす体が重く感じられるのは気のせいだろうか。愚痴をこぼしてもそれは和らぐ気配がない。


「……せめて上手投げ(オーバースロー)で投げてくれよ、脳筋の癖に技巧派かよ……」


 辛うじて、背中に風を感じたが、俺は回避に成功していた。普通に走ってたら達磨落としみたく胴がすっぽ抜けて死んでいたと思う。飛び込んだすぐ後に耳に届いた、腹に響く衝撃音とベキベキ折れ砕けるような嫌な破砕音が威力を如実に物語っていた。

 オーガは怒りが抜けたのかこちらを威嚇しつつも注意深く睨みつけてきている。一発当てたら勝ちなんだから油断に塗れたままでいて欲しかった。

 棍棒を投げつける、というよりも投げ捨てることによって、オーガの攻撃力は落ちただろう。本来ならそれは喜ばしいことなのだろうが、当然俺にとっては最悪だ。でこぴんでも致命傷になりかねないのだから、先ほどよりも間合いが狭まる戦闘は死亡の危険度が跳ね上がる。全て生身の攻撃になるからこちらもダメージ自体は与えやすくなるだろうが……

 棍棒を拾わせてみるか? という考えが浮かんだが、そちらには目もくれず俺の方を見ている辺り駄目そうな感じがする。ステータスが総じて貧弱で使えるスキルもない現状、やれることは分の悪い真っ向勝負によるノーミスプレイだけだ。いつまでやればいいか分からないという点を除けばやってやれないことはない……はず。

 のしり、と一歩足を進めるオーガに向けて俺は剣を引き、腰元に構える。やることは来た攻撃にカウンターを打ち込むだけ。攻撃の隙は棍棒の時よりもかなり減っただろうが、それ以外に勝ちの目はほぼないだろう。


 ふと、ふわりとした暖かな風が頬を撫でた。


 折れた木の隙間から日の光でも差し込んでいるのだろうか、と俺は一瞬気を逸らせた。じりじりと距離を詰めていた俺とオーガの命の奪い合いが再び始まる……その機会はどうやら、たった今失われてしまったらしい。


 《ジョブレベルが上昇しました》

 《ジョブレベル上昇によりスキル「解析眼(アナリシス・アイ)」を取得しました》

 《戦闘経験によりアビリティ「片手剣」を取得しました》


 なぜかと言えば話は簡単、目の前のオーガが突然()()()()()()()()()()()()からだ。いきなり俺にすごい力が! 俺強え! なんていうわけでは勿論なく。


「……おい、横殴りはせめて許可もらってからだろうがよ。なにか、()()()()分からねえってか?」

「……」


 金色の毛並みを陽炎のように揺らめかせた、体高二メートルは下らない巨大な()。オーガがいた場所に入れ替わるように現れたそいつが、黄金の瞳を薄く開いて俺をつまらなさそうに見ていた。俺はその瞳に射竦められたように、背筋が凍り付く感覚に襲われた。だがおそらく、狼は俺に対して敵意なんて持ってはいないのだろう。そんな価値を目の前のモノに認めてはいない、そんな雰囲気を感じる。もっとも同じくらい生存も認めてなさそうだが。

 狼の頭上にはカーソルも名前も何も出現せず、得られる情報は()()()()なかった。しかし、まだ相当量体力が残っていたであろうオーガを一撃で沈めた辺りレベルは尋常じゃなく高いのは確実だ。

 文字通り狼藉を働いた輩を半目で睨みつけながら、俺はといえばとっくに死を覚悟していた。理由なんて考えるまでもなく、今現在体がほとんど動かないからだ。おそらく表示されている「畏怖」なる状態異常のせいだろう。中身は全然全くこれっぽっちも畏怖してないんだから却下させてくれないだろうか。それと付け加えるなら、狼野郎の目が飛び回る蝿でも見るかのような鬱陶しげな様子だからというのもある。

 命乞いは通用しないだろう。しかし、たった一つだけでも慈悲をもらえないかと、再び通じるか分からない言葉をかける。


「……せめて、そこに転がってるオーガのドロップ回収させてはもらえ」


 狼はフンッ、と鼻息を一つ漏らすと音もなく俺の目の前まで近付き、正面に羽虫でもいたのか前脚で払った。そこにいた羽虫はぺちっ、と叩き潰されて死んだ。


 オーガのドロップアイテムは、回収させてはくれなかった。

難産っ……!

プロットでは倒してぷちっ、でしたが諸々の事情から縮みました。


おおかみ「(オーガが森の外に出そう? めんどくさ……)」

おおかみ「(何か変なのがいる。まあいいかついでに潰しとこ)」


20180904修正



そしてその一度もHPが足りないため、ポーションのクールタイムが明けるまでの二分間は使えない。



そしてその一度もHPが足りないため、ポーションのクールタイムが明けるまでの二分半は使えない。


20181003修正


 《ジョブレベル上昇によりスキル「解析眼」を取得しました》

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