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第二話:あきらめて撤退しましょうよ


 戦士の視界の左上端に表示される赤く鮮やかに光り輝くハートマークは一つだった。ほかにもハートマークは19個、戦士の視界の端に浮かんでいるが、それらは薄暗いグレーになっていた。


 ――残りライフ1。


 あと一撃でもモンスターから攻撃を喰らえば、戦士は死んでしまうだろう。


 ゲームの中の命。死んでもいくらかのデスペナルティを食らうだけ。始まりの街に転送されて、目が覚めるだけだ。この世からおさらばするわけじゃない。しかし、気分が良いものでもない。


 死んだ時に課されるデスペナルティはこれまで長い時間やりこんで貯めてきた経験値のロスト。さらに運が悪ければ所持しているアイテムのランダムロストも発生することもあった。


 できれば避けたいものだった。戦士が今装備しているものはもう取得することができないレア装備ばかりだった。


「おい、魔法使い。お前の残りライフは幾つだ」


 戦士のそばにへたり込む女に声をかける。女は美しい長い白髪をしており、フード付きのローブを着ていた。美少女といえるような顔をしていた。


「のこり3つじゃ」


 魔法使いは一瞬視線を左上に動かすと、なんとも変な口調で言った。


「お主は幾つなんじゃ」


「一つ」


「うーむ困ったの。ちなみにワシのマジックポイントはすでにつきておる。回復魔法は使えんよ」


「もともと君は回復魔法なんて使えないだろ」


「そうじゃったかの」


 戦士と魔法使いの二人だけで構成された冒険者パーティーは壊滅の危機に瀕していた。二人がいる場所はダンジョンの奥地。モンスターがうじゃうじゃといるエリアだ。


 退魔の香の効果が切れれば、戦士と魔法使いを殺そうとモンスターたちが襲いかかってくるだろう。


「どうする、このダンジョン攻略は諦めるか」


「ここまできて諦めるじゃと? ボスまであともう少しなんじゃよ」


「でも、この残りライフで攻略できると思うのか。俺は一発でも攻撃を喰らってしまったらゲームオーバーだ。君だって耐えれて2、3発くらいだろう。魔法使いの身体能力を考えるに俺よりやられやすいかもしれない」


「ぐぬぬぬ、ここまでやって来て撤退しろというのか。ここまで来るにしても貴重な消費アイテムを使ってきたんだ。今ここで撤退したら今回のダンジョン攻略は赤字じゃ。まったくの徒労に終わってしまう」


 魔法使いは少なくないアイテムをこのダンジョン攻略に費やしていた。それはもう魔法のカードも利用して購入できるアイテムまで使用していた。


 戦士もこのダンジョン攻略にあたっては、いくらかのアイテムを消費していた。このまま撤退したら戦士も赤字だった。


 今回戦士が持ち込んだアイテムで残っているのは、パーティのヒットポイントとマジックポイントを全回復するラストエリクサーだけだった。このアイテムを使用すればまだ戦えることができるだろう。しかし、貴重なアイテムはもったいなくて使用できない病、ラストエリクサー症候群を戦士は疾患していた。


 なので、魔法使いには回復アイテムをもっていることを伏せて、戦士は会話を続けた。


「魔法使い、このままダンジョン攻略を続けたいのはわかる。しかし死んでしまうかもしれないぞ」


「あともう少しでダンジョンボスのはずなんじゃ、もうすぐレアアイテムが手にはいるのじゃ」


 ダンジョンボスを倒すとドロップするレアアイテム。噂では魔法使いが装備できる強力なレアアイテムが手に入るはずだった。


 今回魔法使いがダンジョン攻略を提案してきた理由だった。


「もし仮にこのままノーダメージでダンジョンボスまで到達できたとしよう。ダンジョンボスもノーダメージで倒すことができると思うか。一瞬の判断ミスが命取りになるんだぞ」


「……たしかに……ダンジョンボスまでノーダメージで倒すのは……大変じゃろう。じゃが……レアアイテムがぁ。これまでのアイテムがぁ」


 魔法使いはなきべそをかく。魔法使い自身もこれ以上ダンジョンを進むことができないことは理解しているのだろう。しかし、理解はしていても、踏ん切りがつかない。


 あともう少しでボスの間にたどり着くことができるということが、魔法使いの判断力を曇らせているのだろう。


 なんとしても魔法使いをひきとめなければならないと戦士は思った。そもそも魔法使いが今回のダンジョン攻略の話を持ちかけてきたのだ。戦士は死ぬ危険を犯してまでダンジョン攻略をするつもりなんてなかった。そしてラストエリクサー症候群のため、貴重なアイテムも使用したくなんてなかった。


「魔法使いの死ぬ姿なんて見たくないんだ」


「……戦士」


 戦士は情に訴えることにした。


「俺の体力は残り1。一撃でも喰らってしまったら、そこでゲームオーバーだ。これまで以上に慎重な立ち回りが必要になってくるだろう。自分のことに注意しすぎて魔法使いを守ることがおろそかになってしまうかもしれない。魔法使いを守りきれなかったと俺は後悔するだろう」


 魔法使いが落ち着いて聞くことができるように、戦士はなるべくゆっくりと話した。


「今日はここで撤退しよう。またダンジョンは挑戦したらいいさ。な」


「……わかった」


「わかってくれるか。魔法使いが賢明な判断をしてくれて俺は嬉しいよ」


 ――よっしゃ―!


 このままダンジョン攻略を続けるといわれたらどうしようか、と内心ヒヤヒヤしていた戦士は満面の笑みを浮かべた。


「ただまたこのダンジョン攻略には付き合ってもらうからの」


「ああ、わかったよ」


「言ったな。絶対じゃからな。絶対一緒にこのダンジョンにくるんじゃぞ」


「はいはい。わかりましたよ。早く撤退するぞ。退魔の香の効果時間も減ってきている」


「そうじゃな」


 魔法使いは懐から巻物を取り出した。


 ダンジョンから脱出するための緊急帰還用アイテムだ。このアイテムを使用することでダンジョン内から自分の拠点に瞬間移動することができた。


 魔法使いが巻物を広げる。


 アイテムの効果が発揮され、魔法使いの身体は光で包まれた。


「戦士よ、今日はありがとう」


 魔法使いはそう言ってから、消えた。


「さてと、俺も帰るか」


 戦士も自分のウエストポーチから巻物を取り出そうとゴソゴソと探した。


 探す。


 ……探す。


 …………探す。


 見つからない。


 ――ヤバイ……。


 戦士が幾ら必死に探しても、緊急帰還用の巻物が見つからなかった。あるのはラストエリクサーだけ。


 退魔の香もあともう少しで消えてしまう。今まで聞こえていなかったモンスター達の呻り声が、戦士の耳にもだんだんと聞こえるようになっていた。


「血路を切り開けってか」


 戦士が自嘲気味に呟く。


「よしっ」


 戦士は軽くその場でジャンプする。そして腕をぶらぶらと振り、首を回す。身体全体の力を抜き、リラックスする。


 大きく息をはいて深呼吸。


 戦士はゆっくりと剣と盾を握り直し、腰を軽く落として構えた。


「……しかたがねえ。いっちょ俺様の実力を発揮してやるか」


 モンスターが近づいてくる音が洞窟内に響いた。


 お読みいただきありがとうございました。いやー、このあと戦士くんはどうなるんでしょうね? 無双してくれるんでしょうか? それとも目が覚めたら知らない天井でしょうか? なお連載としておきながら、続きを考えていません。お気に入り登録とかがたくさんされたら続くかもしれないです。


 「とらんぷ会」という創作グループの第一回企画「The kingdom of logic」に合わせて投稿した作品でした。私は「とらんぷ会」に所属し、背番号的なものとして、「ハートの1」を頂いています。なのでハートの1にちなんだ作品を作成させていただきました。楽しんでいただければ幸いです。


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