そんな漫画みたいな(仮)
題名が決まらず、(仮)のまま投稿。
※9,730文字 です。
春うららの昼休み。日直の私は職員室からクラス全員分のノートを運んでいた。40冊のノートなんて大した事はないと思っていたけど、意外と重い。本日の日直の片割れは体調不良にて早退してしまった。まだ寒暖の差があるからか保健室はなかなか混んでるらしい。
40冊のノートって、案外持つ機会って無いな~。葉桜を見てもやっぱりこの重さは和まないな~。
そんな風にぼんやり考えながら歩いていたら、開いた窓から思わぬ強い風が吹き込み、その拍子にノートを何冊か落としてしまった。
何と風でスカートが予想よりも捲れ上がったのだ。
普通に慌ててしまい、それでも片手で押さえてスカートは無事だったが、不安定になったノートは落ちてしまった。
あちゃー、やっちゃったー。……うん、ノート折れてない、良かった…
そうして一冊ずつ、付いてもいないホコリを何となく払いながら拾っていると、最後の一冊が誰かに拾われた。
わあラッキー! 今をトキメクサッカー部のエースじゃーん!
なーんて言っても同じ学年の隣のクラスだけど。
去年インターハイに初出場した我が校一番人気のサッカー部は、今やマネージャー(男子)すらも人気者だ。まあ同じ学年とはいえ、話した事はないけども。
「ありがとうございます」
そう片手を差し出して最後の一冊を受け取ろうとしたら、彼は私の抱えるノートたちにそれを重ねた。あれま。
そしてにっこりと、
「どういたしまして。水玉ピンクちゃん」
…………ぎゃああああっっ!!?
「そんな漫画みたいな事が!?」
そう言いながら大爆笑しているのは、私の放課後の憩いの美術部の面々である。先輩である三年生から、やっと緊張が解れてきた一年生まで。何なら顧問まで笑ってる。
「よりにもよってハーフパンツを履いてない日にスカートが捲れるとか!」
「神風!神風だ!」
「しかも『水玉ピンクちゃん』とか! センスひどい!」
「ちょっとソレ、どっちをディスってんの!? まさかの私!? 下着くらい好きな柄でも良いよね!?」
「先輩のドット好きが思わぬ事件になりましたね」
「ドット関係無いし!」
「いや~、笑った笑った! 今週はコレで過ごせるわ~。ありがと荒井!」
「じゃあ笑いを提供したので美術の点数オマケよろしくお願いします」
「不可!」
「身を削ったのに!」
「いやいや私が男性教師ならセクハラだからね。女子しかいなくて良かったね~」
「はいはい。じゃあそろそろ部活始めるよ~!」
部長が締めると皆がそれぞれに動き出す。
美術の点数については冗談なので、さくさくと自分の水彩画の準備をする。
特に何に出品するわけでもなく、好きな事をさせてもらえるのがいい。
友達は漫画を描くし、先輩は油絵や、彫刻をする。一年生は七宝焼きが面白いらしい。上手くいくと綺麗だよね!
そうして今日も終了時間まで過ごした。
***
「今日は何持ってんの?」
社会の生徒個人用フルカラー資料集だよ。教科書並みに分厚くノートよりはるかに重たいから話しかけないで、つーか普通に恥ずかしくて気まずいから、無視してよエースさん。
また別の日の昼休み。日直じゃないのに職員室前で先生とたまたま目が合っただけで指名されてしまった。
くっ、やっぱり半分ずつ運べば良かった……腕が……
「半分持つ。こないだはゴメン」
あっさりと謝られて拍子抜けしたところで半分以上の資料集を持ってくれた。
「わ、あ、ありがと。クラス違うのに」
水玉事件(笑)はかなりに恥ずかしかったけど、まあ、皆には笑いを提供できたし、もうエース君とは話す事もなかろうと忘れかけていた。
まあでも現在助かったのは本当なので、お礼は言う。
「重いよなコレ。たいして使わないのにな」
「え? あぁ、五組と四組の社会の担当先生違うんだったよね? 佐々木先生すごく使うの。先輩の話じゃ資料集からもテスト問題が出るって教えてもらったから、もう必死だよ」
「うげっマジで!? 良かったー!佐々木じゃなくて!」
「本当羨ましい……」
「でもそっち進学組だろ。俺らより頭良いじゃん?」
「いや私必死だから」
「必死って」
思いの外会話が弾み、あっという間にクラスに着いた。何とエース君はクラスの中まで入って教卓に置いてくれた。
何となく、廊下まで見送る。
「どうもありがとう。本気で助かりました」
「いや、お詫びだし」
「あの時にノートを拾ってくれたからそれで終わりで良かったのに。それに、どちらかというなら見せてしまってごめんなさいじゃない?」
「パンチラはけっこう貴重だぞ」
「シー!?シーッ!?じゃあコレでチャラで!? お詫びとか言われると思い出して恥ずかしいので、もう忘れて下さい」
「ぁ、ああそうか、そうだな。……じゃあ」
「ありがとう」
もう一度お礼を言うと、手を小さく上げて隣のクラスに入って行った。
私が席に着くと、ちょっとちょっとと女子が寄って来たので、ひーこら運んでたら手伝ってくれたの、彼優しいね!と言っておいた。
キャーキャー言う彼女たちを眺めながら、エース君は本当に人気者だなぁと思った。
そんな人気者と今日も喋っちゃった。
部活で自慢したら「また漫画的だな!」と盛り上がった。
……どこ? 資料集をより多く持ってくれたところ? パンチラって言っちゃうところ?
ああでも、男子が手伝ってくれたのは小学校の時以来かも。
***
「あ!いいところに!」
また別な日の昼休み。男子の友達など特にいないので無視して歩いていたら、ガシッと肩を掴まれた。まさかの肩掴み!?誰じゃいっ!?
驚きで振り向くとエース君だった。
「びっくりした~……」
「数学を教えてくれ!」
はあ?
「今年転勤して来た教頭が何を思ったのか急に文武両道とか言い出しやがって、中間試験に赤点だったら夏休みの半分は補習だって運動部に通達があった。自慢じゃないがサッカー部二年には進学組がいない。さらに進学組の友達には全て断られた! 頼む!中間を乗り切らせてくれ!」
ええ~っ!?
とりあえず、恥をしのんで頼んで来たという事は分かった。……でもな~、数学は得意だけど教えられるかな~……
「頼む!水玉!」
きゃああああっっ!!?
パニックを起こしている内に「明日の昼休みからよろしく!」とエース君は去って行った。
ええ~……
その日の美術部はまたも爆笑が起きた。
***
「最初に言っておくけど、教えるなんてやったことないから、私の説明が分からなかったら正直に言ってね。他の人を紹介するから」
「分かった」
昼休みになって五分でやって来たエース君の姿に慌てて弁当を掻き込み、一緒に弁当を食べていた友達三人を置き去りにして、もぐもぐしながら教室の空いてる席に移動。
食事中の教室で向かい合い、二人だけの勉強会が始まった。
エース君がここが分からんと指したところを説明する。
「あ、そっか。じゃあ式はこうなる?」
「そう!そう! じゃあこっちの問題もやってみよう」
「はい。……ああ…………こうか?」
「そうそう!この問題文のコツはこことここ」
「ああ、そうか」
何だ、エース君は出来る子じゃないか。
「ちょっとさ、ノート見せてもらっていいか?」
「私の? どうぞ」
「……ああ、なるほど。ここのページ、コピーとらせてもらっていい? ノートの書き方の参考にする」
「私の? 他の人の方が分かりやすいと思うけど」
「進学組にいる友達は字が汚い。俺は考古学者になる気はない」
そこまで!?
笑ってしまった。
「五組の委員長は字が綺麗だよ?」
「知るか。は~助かった。じゃあ今コピーとってくるわ。明日もよろしくな」
「明日も?」
「赤点にならない自信がつくまでだよ」
「まじすか……」
「今日は忘れたが、明日からコンビニスイーツを進呈させてもらう」
「お任せあれ!」
ぶはっ!と噴きながらエース君は私のノートを持って行った。
やれやれと自分の席に戻ると、友達が物理の教科書を出している。あれ、五時間目現代文だよね?
「ついでに私にも教えて? 飴ちゃん一個しかないけど」
「安っ!」
笑いながら教科書を開いた。
***
「二人増えてる!」
「ついでに頼む」
「そうそう。俺ら横から見てるだけでいいから。渡と同レベルだと思って」
「ついでに俺らも助けて~。邪魔はしないから~」
まあ、エース君からシュークリームを一個受け取ってしまったからには仕方無し。囲まれてちょっと暗いけども。
「昨日の小テストなんだけど、ここが分からなくて」
「……ああ!うん、ここはね―――」
「「「 ああ!なるほど!」」」
三人が揃って言ったから驚いた。
エース君は、そっかそっかと言いながら解けなかった問題をガツガツと解いていく。
正解のそれに私は花丸をつけた。
「ははっ! 花丸なんて何年ぶりだよ!」
「頑張ったご褒美だもの、花丸でしょ」
「満点とってももうもらえんわ」
「小学生か。でも不思議と羨ましい」
「あ、ちょっと待って、花丸もらえるなら俺英語の小テスト見てもらいたい。持ってくる」
「じゃあ、俺も先週の数学のヤツで聞きたいところが」
バタバタと二人が出ていった。
「彼らもサッカー部?」
「うん。悪いな」
「ううん。エース君は想定してたより理解力があるから余裕だよ。私要らないと思うな」
「でも先生の説明だけじゃ分からないんだよな~。あと『エース君』て言うなよ。俺はエースじゃない」
少しだけ眉間にシワを寄せて腕を組んだ。あれ怒らせちゃった?
「俺はたまたま試合に出させてもらって、たまたまアシストが上手くいって、先輩が攻めたこぼれ球を体ごとゴールに突っ込んだだけだ。……エースじゃないから練習しなきゃいけないのに教頭め、余計な事しやがって」
あ、そういう事か。
ふとエース君は申し訳なさそうに私を見た。
「藁にもすがる何とかって、水玉には迷惑だろうけど、よろしくな」
水玉まだ言うか!?
「悪いと思ってるなら『水玉』はやめてよね!?」
「お前が俺を『エース君』なんて呼ぶからだろ」
「ダメージが全然違うと思う!名前知らないし!」
恥ずかしいので私は小声で責めるけど、エース君はなに食わぬ顔だ。ちょっとむかつく。
「渡。渡康平な」
「渡君ね。分かった」
「……お前は?名前。水玉でいいのか?」
「いいわけないでしょ!? 荒井ね!荒井!」
「……下の名前は? 後輩に新井がいるんだよ」
「ええ~。美晴だけど…」
「じゃあ、美晴な」
「うわっチャラい。サッカー部のエースチャラい!」
「何がだよ!?」
「スルッと女子を呼び捨てするとこが」
「真顔で言うな。こっちが引くわ」
「私の人生、モテ男に関わった事がないからね。偏見更新中だよ」
「訳のわからんことを。名前は名前だろ。俺が呼んだって何も減らねぇわ」
「……」
「本気で悩むな。そんなに嫌かよ……」
「あはは、ゴメン!冗談よ。渡君て面白いね~」
いやホント話すの楽しいなー。
今度は微妙な顔になる渡君。面白い、はダメだった?
「お待たせ~。コレコレここの英訳、合ってるよね?」
そして戻って来た二人の答え合わせもしながら昼休みを過ごした。
***
「また増えたっ!?」
「……悪い……」
「だって、美晴ちゃんの説明分かりやすい!」
「そうそう。憐れな同級のサッカー部を救って下さい~」
「えーと、よろしく?」
「俺、英語!」
「俺、古文!」
総勢六人!無理!
渡君!サッカー部二年のうちヤバイのはこの六人だけだ、なんて申し訳なさそうな顔しても無理だよ!
そうして私はクラスを見回して叫んだ。
「昼休み限定サッカー部勉強会、英語と古文の担当してくれる人求む!」
私らの様子を見ていた中で手を挙げたのは女子ばっかりだったけど、二人でいいのでジャンケンして下さい。
「はいじゃあ、英語は丹野さん、古文は佐東さんにお願いします!」
ハイ散った散った! 私ばかりがサッカー部を独占してると女子の視線が痛いのよ! その二人は成績いいし、五組の中心女子だから安心して!
「美晴は?」
「数学」
「じゃあ俺はこのままだな」
「俺も入れて~」
「木村が持って来てるの英語だろ?」
「ん? 数学は渡のを見ればいいじゃん。俺は美晴ちゃん先生がいいの」
美晴ちゃん先生て……ツラい。
本日の部活も爆笑でした。
***
「美晴」
もはや聞きなれた声に振り返ると、やっぱり渡君だった。体育だったのか、移動中のジャージ軍団から一人出てきた。
「やあ渡君。昼休み以外で会うのは変な感じだね~」
そう言うと渡君は軽く笑った。
……出会いが『水玉ピンクちゃん』なんて言うからチャラ男だと思ったのに、照れ屋なのか女子への対応は意外とぶっきらぼうな渡君。
だからなのか、ちょっと笑うだけでも破壊力がある。さすが『エース』
答えが合っていた時のささやかな笑顔が可愛いと思う。
わざわざ言わないけども、勉強会の新たな楽しみだ。
第一の楽しみはコンビニスイーツだったのに。
「そういやそうだな。でも今会えて良かったわ。今日は昼休みに部活のミーティングが入ったから勉強会は無しだ。ごめん」
ありゃ残念。
「分かった。早くに連絡ありがと。丹野さんと佐東さんにも伝えとくね」
「悪いな」
「全然。部活頑張って」
それじゃあと手まで振ったのに、渡君は微妙な顔をする。ん?
「……あのさ、勉強会なんだけど」
ん?そろそろ終わりにする?
何回か小テストも見せてもらってるけど、赤点回避には余裕がありそうになってきた。もともと飲み込みはいいのよね。
それともコンビニスイーツの出費がつらくなったかな? 毎日となると財布がつらいよね~。
「他の教科も、美晴に教わりたいんだけど、ダメか?」
ドキッとした。
「えーと、丹野と佐東だっけ? 二人が悪いわけじゃないんだ。木村たちはよく分かるって納得してるし。まあ、個性なんだろうな。イマイチ合わない。俺が偉そうに言うなって話なんだけどさ」
ああ、そういう事か。
また漫画的な展開が起こるかと思った。渡君が相手だと妄想もはかどるな~。
ナイナイ。
あ、でも。普段ぶっきらぼうな人がちょっと笑うと可愛いとか、漫画的か。元が良いっていいな~。
おっとズレた。
私の教え方が合うって言われただけでも嬉しい。
「それは良いんだけど、二人に頼んだ手前、教室ではやりにくいな……」
「え、教えてくれんのはいいの? んじゃさ、質問をまとめておくからそれに答えてくれよ。それなら昼休みでも大丈夫だろ?」
「おお!そうしてもらえるととても助かる」
「美晴は俺の質問に簡潔に答えてくれるから聞く方も楽なんだ」
「そう? 渡君の質問もどこで迷ったか分かりやすいから私も答えるの楽なんだ。そのコツが掴めたら、私はもうお役ごめんだね」
「……いや、他の奴らがいるだろ」
「数学は渡君が教えたらいいんじゃない?」
「……本当は迷惑か?」
「全然。むしろ楽しい」
実際楽しい。アイドル並みに騒がれているメンバーの素の姿が。
ストイックに部活に集中する反動か、体育以外の教科はグダグダだそうだ。授業の半分は寝てると言っていた。全員。
オイ。
集中力はある。だから理解力も高い。勉強には長くもたないからこうなってるわけなんだけど。
見て楽しい話しても楽しい、モテるサッカー部のわりに不思議と誰も彼女がいない理由もそれ。
うっかりインターハイに出てしまったばかりに、プレッシャーで練習してないと落ち着かないという。実際、一年生の内に何人かは彼女が出来たが、土日すらも練習を優先したものだから皆仲良くフラれてしまったそうだ。
……サッカー部、苦労してるな~。
その話が聞こえたのか、私たち教える側が迷った時は他のクラスメートが助けてくれるようになった。委員長(男子)が一番に来てくれた。さすが委員長。
それが伝染したのか、今や我が二年五組の昼休みはほとんどの生徒が勉強している。
真面目か。うん、真面目だった。
丹野さんと佐東さんにも割り振ったから、私だけへの女子からの圧力も特に無い。ただ、渡君が私のところにばかりいるから二人からはズルいとは言われるけど。
私だって渡君といたい。目の保養と思っていただけじゃなくなってきたけど、まあ、この先はナイナイ。
だから、渡君からのこの申し出は私だって超がつく程嬉しい。
……顔が赤くなってないといいな。
「じゃあ、頼むよ」
「うん。頑張るね」
あ、そうだ。
「渡君。コンビニスイーツはもういらないよ。一緒に勉強するの楽しくなってきたから」
「え、報酬無しでいいのか?」
「え? 中間で結果が出ればいいんじゃない? 教えた側としてはそれが嬉しい」
「……ありがとな。正直ちょっと厳しかった!」
お互い笑いながら手を振って別れた。
昼休みに最後のプリンをいただいた。やっぱ焼きプリンおいし~!
***
二日間で行われた中間試験二日目の放課後。今日まで部活動がないので、HRの後に渡君たちと答え合わせをしようと約束していた。
まあ、渡君と私の問題の内容は違う教科もあるんだけど。
「どうだった?」
「委員長のヤマのおかげで今までにない手応えはあった! てか、美晴はどうだった? 俺らにばかり付き合わせたから」
「渡君たちに付き合ったのは昼休みだけだったじゃない。私たちは放課後も家に帰ってからも時間はあったよ。大丈夫」
「ははっ、スゲェな進学組!」
解答用紙は先生のところにあるので、残った問題用紙に書き込まれた答えを進学組六人で答え合わせしていく。私、丹野さん、佐東さん、五組の中でも教え役だった委員長他男子二人。
結果。私たちがちょっと自信がない所を差し引いても、サッカー部二年は全員赤点を免れました!
五組全員が心配して残っていたので大きな歓声が上がり、サッカー部はポカーンとした。
「これで、夏休みも存分に練習出来るね!」
それぞれに採点したテストを本人に返す。パラパラとめくり、点数を確認した六人は叫んだ。
そして、五組の一人一人に「ありがとう」と言っていく。結局最後の方には誰彼構わず質問しまくったからね。付き合いのいいクラスで良かった。
最後に私の前に来た渡君は、私の描いた花丸をこちらに向けながら笑う。今までにない明るい表情だ。
いい顔……カッコイイ…
よく見て覚えておこう。こんな近くで見るのはこれがきっと最後だから。
「ありがとう。美晴のお陰だ」
「どういたしまして。でも渡君たちが頑張ったのが一番だからね。去年のインターハイもそう。運もあったというなら、それも含めての結果だから。テストだってヤマは運よ。だけど、起こるべくして起こる運。だから渡君たちも自信は持って」
少しだけ驚いたような顔になった渡君は、ゆっくりと口を歪ませた。
「……お前、いいな……」
ん? 何?
「美晴ちゃん先生!ありがとう!お礼に今度デートしよう!」
「木村君、お礼はいらないからその『美晴ちゃん先生』を止めて……」
「そうだぞ木村、『荒井先生』と呼べ」
「ちょっと中村君!?」
「『荒井先生』! 丹野さんと佐東さんとデートする術を俺に伝授して下さい!」
「加藤君、私にそんな事を聞く無謀さに敬意を表して両手に花は高くつくのを覚悟してと言っておくよ! そして『先生』も止めて!?」
「荒井、委員長を口説くにはどうすればいい?」
「田辺君!? ええっ!? ちょっとそれ詳しく!!」
「馬鹿野郎田辺! 俺は別れないからな!」
「佐竹君!? ちょっとそこ詳しくっ!!」
突然乱入してきた木村君に乗っかったら、何だか変な方向に動き出した。でも、このノリ楽しい。
いいな、サッカー部。渡君も楽しいんだろうな。
周りからも笑いが起きて、次は誰がボケるのかと待っていたら、ガシッと肩を掴まれた。
「駄目」
振り返る。サッカー部とのコントがぴたりと止まってしまった。
「美晴は今から俺とデート。コンビニスイーツしか買えない散歩デートだけど」
言われた事にガン見してしまった渡君の頬がうっすら赤い。
私は真っ赤だ。だって耳が熱いのが分かる。こんなに耳が熱くなったのは中学の時の弁論大会の練習で体育館のステージに一人で立った時以来だ(本番は緊張が突き抜けて逆に平静だった)。
声も出ない。
動けない。
心臓だけがバクバク鳴ってる。
目が離せない―――
はっっ!?
これは渡君のボケか!
ど、どうどどどうしよう、こんなに赤くなってしまったら本気に受け取ったと思われちゃう! 実際そうだけど!
どうボケる? どうつっこむ??
「ボケんな、つっこむな」
な、何で分かるの!?
「何日お前の正面にいたと思ってんだ。顔見れば分かる」
えっ、ええ~? 私、渡君が何考えてるか分からないけど……
「初対面で対戦相手の心理も読まなきゃならない運動部をなめんな」
「う、運動部ってスゴいね……」
やっと金縛りが解けて会話ができると、渡君がニヤリとした。
そんな顔もカッコイイけど、駄目な笑顔でしょ?それ!?漫画によくあるよ!
「せっかくだから、公開告白しとくか?」
「攻め過ぎでしょ!?」
「だって俺、攻めてなんぼのFWだし」
「ポジションなんか知らないし!」
「そこがいいよな~」
「馬鹿にされてる!」
「プリンが好きだよな~」
「バレてる!」
「俺とどっち好き?」
「ぶふぁあ!?」
女子として駄目な叫びをあげてしまった。慌てて口を押さえたけど、教室大爆笑。
ですよね!私も自分じゃなければ笑っちゃうよ!
恥ずかし過ぎて涙が滲んできた。くっ。
「恥ずかしいから帰ります! 皆さんサヨウナラ! できれば明日までに忘れてて~!」
友達に先に帰るとアイコンタクトして、爆笑が続く教室を飛び出した。
今日はプリンをヤケ食いしよう。うん、そうしよう。コンビニまで走っていけばカロリーも消費する!
昇降口で靴を履き替えてる時に腕を掴まれた。
「マジで逃げるとか」
渡君! 何で!?
「コラ。返事は?」
「? 何の?」
「マジか……!」
「笑いを提供できたのはいいけど、もう色々恥ずかしいから帰らせて~! 帰る~!」
なぜだか脱力した渡君は、それでも腕を離してくれず、喚く私をじっと見る。
……あの、一番に渡君から逃げたいんだけど……
さっきの叫びが我ながら残念過ぎて、渡君の顔を見られない。
恥ずかしいやら、情けないやら。
「一緒に帰ろう」
「?何で?」
「速答かよ……。俺がまだ一緒にいたいから。美晴が嫌ならしない」
そんなの、答えは決まってる。顔はまだ上げられないけど。
「嫌じゃない。わ、私も渡君といたい……もう少し……」
「……もう少しってどれくらいだよ?」
「……渡君が、もういいやって思うまで?」
「俺次第?」
「うん。だって私が決めるのは烏滸がましくない?」
「……お前、難しい言葉使うよな。分かりやすく言えよ」
「次期エースが私なんかに声をかけてくれる事が私には奇跡だから、逆らえるわけがない?」
「…………嫌なら嫌って言えって」
「嬉し過ぎて私に断る理由がないの。けど、は、恥ずかしい……」
渡君が急にしゃがみこんだ。腕を掴んでいた手は私の手を握る事になったらしい。ふわああ!
そして、臥せていた顔を上げた。目が合った。
さっきよりも渡君の顔が赤い……気がする。
「なあ美晴。俺とプリン、どっちが好き?」
!!
「どっちもは無しな」
ぇ、ええ~!?
「……そんなに迷うのかよ」
笑いながらも少し不満気に呟く渡君。
そんなの、答えは、決まってる。
だけど、言いたくても緊張で口がわなわなしている。
ここまで来たら恥などかき捨てじゃ!頑張れ、私!
「………………渡君……が……好き」
渡君がゆっくり息を吐いた。
い、言った、言っちゃった、恥ずかしい~~!
この後は、どうなるの……?
「俺はサッカーのが好きだな」
ガーーン! なんてこった! ギャグ漫画仕様か騙された!
「知ってるよそんなの! 私の告白返して~!帰る~!」
「待てって。返さない。美晴は俺の二番目だからな」
「なにそれ愛人宣言!?」
「あー。字としては合ってる」
「合ってるって何!?」
「『愛しい人』だろ? 合ってる」
呆然と立つ私の前で、渡君が柔らかく笑ってる。
……え、どこまで冗談……?
「全部本気。サッカーが好き。お前も好き。プリンより好きだって言われてちょー嬉しい。だから今から俺と美晴はカレカノな」
混乱したままの私の手を握り、渡君はいい顔で笑った。
「俺以外の男とは勉強会もするなよな」
まさかこんな事が起こるとは……実は夢じゃないだろうか……渡君が勉強以外で私の前にいるなんて……
「……あの時、水玉パンツ見といて良かった」
夢じゃなかったっ!!?
ぎゃあああああっ!!
最後までお読みいただき、ありがとうございます。