44話 それぞれの事情
トットの村は・・・・・・はっきり言って原始的な村だった。いや、まだ村にもなっていない集合体といったほうが良いのかもしれない。
小川を囲うように作られた村は掘っ立て小屋が4・5個建っているだけだ。
村を囲う防壁もなければ壁もなければ柵さえもない。
なんとか木々を切り開いた場所にテントにも近い掘っ立て小屋を建てただけだ。
「おどろいただろ? この村はまだできたばかりだ。
住んでいる者は皆、いろいろな理由があって大きな町に住めなくなった奴らさ・・・・・・」
トットの声に反応して村人たちが出てくる。
皆俺のことを一瞥すると興味がなさそうに小屋に戻っていく。
見えた範囲でも、足を引きずった犬族の老人、目の周囲がぐちゃぐちゃの猫族の女性、それに被毛がまばらに抜け落ちてただれている犬族の男性がいた。
「あそこが俺が使ってる小屋だ。何もないがとりあえず中で話そう・・・・・・」
確かにあまり歓迎されている気配はない。
いつまでも外で話していると迷惑だろう。
「適当に座ってくれ、今湯を沸かす」
筵状に編まれた草が敷かれた場所に同じく筵で作られた寝床。
そして石で組まれた質素な石窯、それがすべてと言ってよかった。
「湯ならこれでやろう、その方が早いぞ」
俺は加熱用の魔道具を取り出し、トットが火をおこしてかけようとしていた鍋を受け取る。 魔力を流し、しばらくするとグツグツと沸き上がってくる。
「魔道具なんて高級なものといいたいが、なんだか、すごいなそれは、直接魔力を送ってるのか・・・・・・? ダイゴローは高名な魔道士か何かか?」
「高名な魔道士があんなところを2ヶ月も彷徨ってないさ、それに、こんな格好はまともな人間ならしないさ」
「はは、なるほどな。まぁ、俺も似たようなカッコだから笑えないがな……
あまり旨くはないが、こんな物しかないもんでな」
トットは沸いた湯を網の上に乾燥した草や木の実が混ざったようなものに回しかける。
下に置かれたコップに少し色づいた湯が落ちる。
お茶のような物だろう。トットから渡されたコップに口をつける。
「いや、旨いぞ。本当に旨い」
思わず一気に飲み干してしまった。
ほのかな紅茶に似た香りにフルーティな味わい。
久しぶりに味わう紅茶に俺は感動する。
「ははは、確かに高名な魔道士様はこんなものありがたがらないな」
笑顔になったトットがコップに口をつける。
「あまりに旨く飲むから、旨いのかと思ったが、いつもの味だな」
久しぶりに自然と笑いが出た。
お茶のおかわりをもらい、少し現状の話をすることにする。
ここがどこだか正確にわからないが、たぶん隣国である可能性が高い。
フェリカ王国は東に位置しているカナイン帝国と休戦状態にある。
原因はいろいろあるが、大森林もその一つだ。
大森林から産出される物の所有権を巡っていまだに言いがかりをつけられている過去がある。
どちらの国も大森林の全貌が把握できないために、なんとなく真ん中ぐらいで分断してなんとなく分割されている。
ただ、結構激しくやり合っているので、過去の大戦は休戦してはいるもののいまだに禍根を残している。
統治形態も異なる。
フェリカ王国は王政は取っているが、議会民主制を取っているので大統領制に近い民主主義国家だ。
カナイン帝国はがっちがちの帝国主義を取っている。
先々帝のヴァラン一世は非常に有能な皇帝で、小国に過ぎなかったカナイン帝国をわずか30年で周囲の国々を飲み込んで大帝国へと発展させた。
その政治的手腕、そして戦闘では先頭に立ち武勇を誇り、なんといってもりりしく整った容姿に国民は酔いしれた。
結果として皇帝一人に絶大な権力が集中してしまった。
国民がその危険性に気がついたのは、皇帝ヴァランの世継ぎが必ずしもヴァランと同じように優秀ではないということがはっきりとするカナイン包囲網形成事件だった。
何を血迷ったのか、ヴァラン二世は全世界に向けて世界征服を声高らかに宣言したのだ。
ただ、不幸なことに国民はまだ先帝の鮮烈なイメージが脳裏に焼き付いていた。
さらに、若い者たちは強力な教育による洗脳を受けている。
あまりに無謀な皇帝の宣言、その後の開戦を止める者は国内にいなかった・・・・・・
そもそもまだ一代程度の若い国家、侵略によって巨大化していた歪みの表面化、2面どころか6面戦線を開くことになった戦争は、大国であるフェリカ王国を中心にあっという間に制圧されてしまう。
カナイン帝国がさらに狂ってしまうのは、戦線が圧倒的不利とわかると非人道的な魔道兵器を用いた特攻を躊躇なく使用してしまったことで決定的になる。
カナイン帝国への逆侵攻を考えていた各国はそのような戦争を続けることに意義を見いだすことはできず、あまり有利とはいえない条件での停戦に応じざるを得なかった。
結果、多額の賠償金は吐き出したものの、帝国領は維持される形となった。
結果としては国民から絞り出すための洗脳ともいえる教育はより強化され、何者も皇帝に逆らえない恐怖政治がよりはびこることになってしまった。
その後ヴァラン二世は国家事業として国全体を巨大な城壁で囲うという無謀な事業を始める。
しかし、その無謀な事業は大多数の国民の犠牲の上に完遂してしまう。
大森林以外のすべての国境は壁によって囲まれた。
餓死者、工事中の事故などで死亡した国民数は膨大で、各国は血の壁と読んで恐れている。
こうしてカナイン帝国は自国を強大な防衛力で守り、内部は強力な絶対君主制によって治められる国家となった。
これが、俺が知っている隣国の歴史だ。
ある意味、大森林だけがカナイン帝国に残された自由な地なんだろう。
「まず、ここはカナイン帝国だ」
トットの発言で自分の予想が正しいことが裏付けられる。
それから、トット達が弱者排除法案に引っかかり、奴隷として生きるか死ぬしか無い人達である話。
こういった村が大森林内には点在していること、大森林に逃げた人々は夢を見てフェリカへ旅を続けるか、この森で一生を終えるかの人生であることなどを聞かされる。
「フェリカ国へたどり着けたものはいるのか?」
「分からない、というのが本当だが、俺達はみんなこの通り何らかの障害や病気を抱えている。
この広大な森を抜けるなんて事ができたとは思えない。
夢を抱いて、森に飲まれたんだろう……」
トットは背中に大きな傷があり、高度な医療を受けられなかったために傷口が引くつった形で瘢痕化してしまい、力仕事などに非常に負担になるようになってしまい、奴隷にされそうになったのを逃げてきたそうだ。
「その古傷、診てもいいか?」
「あ、ああ……あんまり見て気持ちのいいものじゃねーぞ……」
そう言いながら見せてくれた傷は背中の三分の一くらいに達するほどの大きな傷だ。
傷自体も酷いが、周囲が酷い……
何度も感染を起こしながらここまで治らない傷になってしまったんだろう……
「傷の周りは、焼いたのか?」
「ああ、最初のときにな、血が止まらないから仕方なかった、俺は痛みで気絶したがな。
それから傷周りの皮膚も変色して崩れてきて、薬草なんかでごまかしていたが、監察官達に見つかっちまって、それからは奴隷たちの中で何度も膿を出しながら、それでも命からがら逃げ出して、今に至るってわけだよ」
すでに瘢痕化した部分は岩のように固くなってしまい、自然治癒は不可能だ。
もしやるなら外科的に死んでしまっている部分を取り除いて……縫合は無理だ。
これだけ広範囲な創傷を寄せることは豚型の住人だと無理……
犬型や猫型の皮膚なら伸展させてあるいは行けたかもしれないが、皮膚移植もこれだけ広範囲だと着床させるのは至難の業だ……
「なぁ、お礼と言っては何だが、この傷俺に治させてくれないか?」
「はぁ!? ……ま、いいや。好きなようにしてくれ。
ダイゴロー、お前はなんか良いやつな気がする。
お前を信じてみるよ」
「そうか。ありがとう。
早速だが、少し痛いぞ」
俺はトットの背中に手を当てて診察と強化を同時に発動する。
昔はユキミの補助がなければ難しかった処置も、あそこまで精密ではないが真似事ぐらいは出来るようになった。
正常の生きている組織と死んでいる組織の境目を丁寧に探る。
そしてその隙間に水を発生させる。
少しづつほんのすこしだけ二つの組織を分離させる。
剥がしてしまえば一気にかさぶた部分が落ちてその後の感染症はコントロールできない。
かさぶたを用いた湿潤療法を試してみる。
俺の自己治癒力を強化する魔法を使えば短時間で治癒に持っていけるはずだ。
「なんか、痛いというか引っ張られるな。だが、温かい……」
「しばらくはうつ伏せでしか寝られれなくなる」
「気にするな、今でもそうだ。
なんか、これだけでもだいぶ楽になったようなきがするな!」
「まて! 激しい運動は禁止だ。今から包帯を巻く。
治りきらないうちに背中の皮膚が剥がれては困る。
あと、この薬を飲んでくれ」
俺は少量の抗生物質と消炎剤を取ってある。
それをトットに渡す。
包帯は魔法糸を利用したものなので非常に頑丈だ。
背中を覆うようにかさぶたを蓋のように利用するために固定する。
あとは、トットの治癒力で皮膚が再生されたらかさぶたを外す。
理論上はこれで大丈夫なはずだ。
----------もういくつか忘れた…… トット-------------------
種族 豚型獣人
年齢 37才
主訴 背部裂傷、止血のためにさらに広範囲の熱傷、その後感染などを繰り返し、瘢痕化してしまっている。
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久しぶりの患者だ。




