奥山さんの休日。
奥山さんは暇だ。
「奥山さん?」
「あら?あかりちゃん。どうしたの?こんなとこで」
「こっちがそっくりそのままお返しするよ、その質問」
「天気がいいからねー、来ちゃった」
「平日に住宅街にある公園にレジャーシートとクーラーボックス持参するのは『来ちゃった』なテンションじゃないと思うの」
よく晴れた日。勤め先の雑貨屋は休業日で、あかりちゃんは手作りサンドイッチを持って奥山さんの部屋に向かっていた。奥山さんが最近固形物を食べていないと嘆いていたので、あかりちゃんのお母さん心が発動した為だ。
奥山さんの部屋に行く途中にある、砂場とブランコと滑り台しかない小さな公園の横を通りすぎようとしたとき、レジャーシートを敷いてクーラーボックスから缶ビールを出している不審者がいた。
見ちゃダメなやつだ!あかりちゃんは咄嗟に思ったが、この近所にもしかしたらそんな不審者になり得る知人が住んでいることを思い出した。
いやでもいくら奥山さんでも……あかりちゃんは奥山さんを擁護したかった。だからもう一度不審者を見た。
擁護出来なかった。
四隅にクーラーボックス左右の靴どこからか拾ってきたのか大きな石を置いたレジャーシートの端に座り、ビールを煽りながらクローバーを摘んでは編んでいるその不審者が知人でないはずがなかった。
「何から話そうか?」
「ん?あかりちゃんどうしたの?」
「サンドイッチ作ったから奥山さんと食べようと思ってね。何回か電話したけど出ないから直接来たんだけど、着く前にまさかの形で会っちゃったよ」
「そうなんだ、ありがとう」
「で?奥山さんは何しているの?」
「クローバー編んでるんだけど、輪にして留めるののやり方わかんないの忘れてて編み始めたからいつ止めたらいいか悩んでたんだけど、あかりちゃんわかる?」
「わかりたくない」
奥山さんの編んだクローバーを持ち上げてみると、奥山さんの身長よりも優に長かった。
「悩み過ぎでしょ?」
「結構長いね、輪にしたいんだけどな」
「逆にもっと編んでみたら?もっと長くして輪にしたら土俵作れるよ?」
「土俵は欲してない」
「仮に欲していたらとうとう付き合い考え直す機会になってたろうから少し安心」
「それはよかった」
あかりちゃんは本当に渋々ながら、奥山さんの編んだクローバーを輪にして留めた。
「満足した?」
「おお、思ってたのは頭に乗せる感じだったから全然違うけどなんかすごい」
「留め方知らない方がよかったパターンだね」
「頭に乗せるサイズでもう一回編んでいい?留めるのもわかったし」
「やめなさい」
「でもさ、せっかくだから頭に乗せたくない?あかりちゃんの分も編むからさ」
「その気遣いはいらないから」
住宅街にあるこんな小さな公園でクローバーの輪を頭に乗せてビールを飲んでいたら、ここの治安が破綻してしまうことに奥山さんは気がついていない。
「じゃ、ビールも飲み終わったし輪にもなったし帰ろっか」
「奥山さんちでサンドイッチ食べよ、奥山さんの好きなたまごもあるよ」
「マジで?茹での方?」
「茹での方」
「やった!あれ超好き」
にこにこしながら靴を履いている奥山さんを眺めながら、花輪の留め方を知っていた自分を自分でこれほど褒め称えた人間はおそらく世界にそんなにいなくていても10人?とかじゃない?などとあかりちゃんは考えていた。
「ビールないからコンビニ寄っていい?」
「うん」
今日、こうして奥山さんのところに来たことは正解なのか不正解なのか。でも少なくともこの住宅街の治安悪化は未然に防げたのではないか。あのまま奥山さんがビールを煽りクローバーを編み続けていて、学校や幼稚園が終わった子供たちが遊びに来たら。あかりちゃんの行動は正解だ。
「私、平和をひとつ守れたんだね」
「え?」
平和も守ったし知人も守ったかもしれない。
「無性にジーザスって叫びたい気分だよ、奥山さん」
あかりちゃんの言葉に奥山さんは首を傾げる。
「そんなことしたら不審者だと思われるよ?」
奥山さんは暇だ。