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ドット999  作者: 檜 蓮
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ドット999 -吸血鬼と魔王-

 静けさを取り戻した室内にくつの音だけが響く。お互いに言葉を交わす事なく長い廊下を進む。


「だんまりだね」


静寂せいじゃくを破ったみさきは苦笑を浮かべた。


「お前、何か弱みでも握られてるのだろう。不安要素を取り除いてやる。なんなら一生困らないだけの金もくれてやる。だからここから去れ」


 日差しが差し込む廊下を進む。白い床に光が反射して眩しい。黒い影が通る度に空気が冷えていくように蓮美はすみは表情一つ変えない。淡々とした口調になんの感情も感じられない。


「貴方は勘違いしている。さっきも言ったけど、僕は…俺は蓮美に会うためにこの世に生まれてきたんだ。俺にとって蓮美は何にも変えられない。俺にとっては蓮美が最優先で蓮美以外どうでもいい。究極的に言えば、この世界さえどうでもいい。蓮美が生きていてくれるなら。欲を言えば俺と共にね」


 目を細めて微笑む岬。蓮美は振り返り鋭い眼光で見つめる。


「お前が見ている女は私ではない。お前は何か理想、いや、妄想を抱いているようだが、私はそれに付き合うつもりも応じるつもりもない」


「俺は蓮美だけを求めて来た。もう二度と失わない。約束する必ず君が生きて幸せになる未来を」


穏やかな微笑みが、返って不気味で心をざわつかせる。


「お前はなんの目的でここに来た」


「勿論吸血鬼を殺すためだよ。蓮美に会う日をずっと夢見てた。夢の中で何度も蓮美に会ったよ。蓮美は覚えていないだろうけどね」


「夢の話だろう。お前は馬鹿か?」


呆れて話にならない。脈絡はないし、言っている意味も分からない。夢の中で何度も会って私が覚えていない?当たり前だろ。お前の夢に私が出たというだけで、本当に私がお前と会ったわけではないのだから。ここまで来ると気持ち悪ささえ覚える。悪寒、いや、虫酸(むしず)が走る。


「お前は過去に好いていた女が目の前で死ぬのを見た事があるな。その女と私を重ねているのだろう?」


 確信に満ちた目が岬を射抜くように見つめる。衝撃が脳を駆けるように体の血が騒ぐ。


「蓮美は覚えているの?」


驚きに満ちた顔で岬は一歩前へ出て蓮美の肩を両手で掴む。


「気安く触るな。誰が触れていいと許可した」


そう言って岬を突き飛ばす。岬はいとも簡単に飛ばされ床に腰を打ち付ける。


「私はお前を愛さない。そして殺すだろう。それは今日なのか、明日なのか、三ヶ月後なのかは気分次第だがな。確実にお前は私に殺される。そして後悔する。あの時逃げておけば良かったとな。だから敢えてもう一度選択させてやる。今逃げるか、殺されるか」


見下したその瞳はまるで氷の様に冷たく、冷徹であまりにも無機質な声は絶対なる拒絶を示す。


「俺は蓮美を諦めない。何度も巡った世界で、何度も生まれ落ちた世界で失った蓮美を。もう、二度と失いたくない。蓮美を愛している」


真っ直ぐな眼差しが蓮美の目を捉える。


「お前は馬鹿だな。私のような化物といたいなんて」


「蓮美は化物なんかじゃない。俺よりも年下でそれなのにしっかりしていてとても美しく、華麗で本当はかよわい普通の女の子だよ」


今度は本格的に口説きに入ったか。


「ああそうか。精々頑張るんだな。無駄な努力だがな」


そう言って蓮美は踵を返し扉に手を伸ばす。


「ようこそ、地獄へ」


不敵な笑みに迎えられて岬は地下へと続く階段を下り始めた。


                     *


 「なぜ地下に?」


地下への階段の道は暗く、足元を見るのさえ困難で歩を進めればそのまま転がり落ちてしまうのではないかという不安にさえ駆られる。


「地下の方が落ち着くからだ」


暗闇に飲み込まれるようにどんどん降下して行く。蓮美は普通の道を歩くように暗闇も段差も全く気にせず歩を進める。


「蓮美は暗闇の中でも普通に見えているの?」


「正確には暗闇の方が見やすい。人工的な明かりや日の光は眩しくてな。殆ど蝋燭(ろうそく)か暗闇の中で生きている」


「そうなんだ。でも、日の光とかに弱いわけじゃないんだね。ほら、吸血鬼って日の光に当たると灰になるとか水に弱いとか、トマトジュースとにんにくが苦手とかってあるじゃない」


「魔王が言っていたがそれらは人間が作った話らしい」


「そうなんだ。というか蓮美は魔王と会話できるなんてすごいね」


「お前知らないのか?魔王は私の父だ」


「え、えええ!?」


「騒がしい」


地下室への階段が終わり、蓮美が露骨に嫌な顔をしながら扉を開ける。


「ちょ、ちょっと待って。蓮美の父親って魔王なの?吸血鬼じゃないの?」


岬は焦りで落ちそうになりながらなんとか階段を下り終える。


「吸血鬼であり魔王だ。力を持った者が魔王になる。それが私の父だった。それだけだ」


「君の父親が魔王だなんて初耳だよ…。あれ?でも、君の両親って」


「人間だな」


「ますますわからなくなってきたんだけど…」


「面倒だが、お前に昔話を聞かせてやる。それが真実で、私が生きる意義だ。勿論私はそんなこと望んでいないがな」


蓮美は溜息を吐きだしながらそう言い、自嘲じちょう気味に笑った。


 「私の父である魔王は吸血鬼でもあり、5000年以上は生きているらしい。女にも男にもなれるが、男の姿が落ち着くという理由で男の姿でいる。前魔王は人間が好きだったらしく、魔界と人間界を繋ぐゲートを自由に開閉できないよう魔界中に結界を張り巡り、悪さをさせないようにしていた。勿論捕食もさせなかった。私の父もその役割を担っていた」


 薄暗い室内に明かりを灯し、本棚に並べられた本の背表紙をなぞりながら蓮美は話を続ける。


「そして魔王は魔界を支配するよりも、魔界に魔物共を閉じ込めた方が早いと考え、人間界に移り住む。自分のエゴのくせに、人間と魔物との共存を望んだ魔王は人間の女と子供を作ろうと試みる。だがそんな話をはいそうですかと簡単に受け入れるほど人間も愚かではない。当然犠牲があった。人間と魔物は元々共存などできない生き物だ。殺し合う他ない。交わった女は子供を授かることができたが、子供は魔物の血が勝り女の腹を突き破り女を殺した。成長が未熟な魔物は満足な栄養も与えられず死ぬ。そんなことを繰り返した」


「人間と魔界の生物は元々交われない。魔力に耐えられる人間じゃない限り死んでしまうのも、魔力が勝り怪物になるのも仕方がないことだね」


「ああそうだ。魔力は元々魔界に住む者が持っているものだ。だが魔力を持つ人間が存在するのも事実だ。そういった人間により魔物は排除されてきた。魔界と人間界の秩序ちつじょを保つためにはお互いが譲歩じょうほしなければならないが互いに欲深い。自分さえよければそれでいいという考えだ。だからこそ魔王はゲートを閉ざした。しかし、人間は魔王に支配されることを酷く嫌い、全ての不は魔王のせいとした。魔王を排除するため魔術師達が集い何人も死んだ。そして、魔王が人間と仲良くなることを諦めかけた時、私の母である女が現れた」


「蓮美のお母さんってことは人間だよね?」


「ああ。私の母は恐ることなく近付いて来たらしい。自分が死ぬというリスクの方が大きいのに自ら望んで魔王との子を作り、そして産んだ。化物を産んだ母はすぐに殺された。平和な日々は訪れることなく、音を立てて崩れ去った。淡い期待を抱いていた自分の愚かさを恨みながら、全ての人間を恨んだ。そして、魔王は人間を“えさ”としか認識しなくなった」


「愛する人を殺されれば恨みたくもなるよ」


切な気な瞳を伏せながら岬は胸を抑えた。


「自らの体験談と重ねているのか?愚かしいな」


蓮美は、はっと鼻で嘲笑わらった。


「そうだね。それで蓮美の生きる意義っていうのは?」


苦笑した岬が話を促す。


「魔王は失った者を蘇らせるために私を生かしている。母を蘇らせるために私を吸血鬼にしたがっている」


「蓮美が吸血鬼になる事とお母さんを蘇らせることに関連性が見つけられないんだけど?」


「私が完全な吸血鬼となれば、命は永遠となる。その永遠の命を母の亡骸なきがらに宿すことで母を永遠に生かすことができる。その方法は私の血を全て母に輸血することだ」


「え?それだと蓮美は」


「死ぬな」


淡白たんぱくな答えに拍子抜けする。自分が死ぬという事がまるで他人事のように、表情一つ変えない蓮美に驚きを隠せない岬。


「でも、吸血鬼の血に耐え切れるの?」


「お前の吸血鬼に対する知識は皆無なのか?」


眉間にしわを寄せながら溜息混じりにそう言い、話を続ける。


 「元々吸血鬼と人間は相性がいい。だからこそ餌として最適であり、血を吸われた人間は適応して吸血鬼になったりもする。吸血された者が吸血鬼になる原因は、吸血鬼の血や体液が血中に融合するからと言われている。もっとも、中途半端に吸血すると多くの場合はゾンビのようになるため吸い殺すがな」


「そうなんだ。でも、蓮美のお母さんが死んだのって十八年前だよね?遺体なんてとっくに…」


「自らの魔力を込めたひつぎに遺体を保存しているらしい。見たことはないが、姿形も当時のままらしい」


「そっか。そういうことか。じゃぁ、魔王は蓮美を覚醒させて殺す事が目的?でも、自分の娘でしょ?それにお母さんはそれを知ったらどう思うか…」


「母がどう思おうが魔王には関係ない。それに、吸血鬼として目覚めるのなら理性も失われているかもな。最悪ゾンビ化するかもな」


 くくくと肩を震わせて笑う蓮美の心境が全く掴めない。自分は実の父親に殺される事を知っているのに他人事のように話、笑っている。


「殺される事がわかっているなら、蓮美が恐ることは何もないんじゃないのかな?」


「私は私であるうちに死にたい。ただそれだけだ。血をむさぼる様な事はしたくない。それに、母の体内に私の血が輸血されたとして、“私”がいなくなる保証はどこにもない」


「え?どういうこと?」


「身体は母で人格がそのまま私であるということだ」


「そうか。そうなると蓮美はお母さんの身体で永遠を生きなければならない。生きるためには吸血しなければならない。ということだね」


「ああ」


「大切な人を亡くした気持ちは痛いほど分かるけど、蓮美は譲れない」


「お前も目の前で想い人を殺されたんだったな」


「そう言えばなんでそのこと知ってるの?」


「お前の目を見た時にお前の記憶らしきものが頭に流れてきた」


「え!?吸血鬼ってそんな超能力的なもの持ってるの?」


「吸血鬼はなんでもありのチートな生き物だぞ?超能力くらいあっても不思議じゃない。変幻自在で神出鬼没だしな。まぁ、私にはそんな力ないがな」


「え?そうなの!?じゃぁ、なんで俺の記憶が?」


「さあな。そんな事私が知るわけないだろ」


「そ、そうですか…。じゃぁ、俺もっと蓮美についても知りたいし質問してもいい?」


「否が応にでもお前聞いてくるだろ。好きにしろ」


「じゃぁ、そうさせてもらう。早速だけど。食事はどうしてるの?」


「普通の食事だ。人間と変わらない」


「そっか!よかった!さっきの使用人?みたいな人に蓮美は生肉食べてるって言われたから」


「いつの間にそんな話をしてそんな嘘吹き込まれたんだ」


腕を組みながら溜息混じりに小さく呟き蓮美はソファーに腰掛けた。それに続いて岬も蓮美の隣に腰を下ろす。


「あはは。流石に本気にはしなかったけどね?しゃぁ、次はそうだ。十字架は?怖かったりしない?」


「あんなものただの金属の飾り物だろ。効くわけがない」


「なるほど。じゃぁ、姿は変えられる?水蒸気や霧になって隙間を抜けれらたり、けものに変身できたりとか」


「さっきも言ったが私にそんな力はない。普通の吸血鬼ならできるがな。ああ、瞬間移動ならできる」


「あ、俺瞬間移動って気になってたんだけど、どういう風に移動してるの?時空を超えるとか?」


「意外と物理的でただ早く移動してるだけだ。そんなファンタジアなものではない」


 岬はメモを取りながら質問する。


「疲れそうだけど疲れたりしないの?」


「そんなことで疲れるわけないだろ?お前意外と馬鹿なのか?見た目は聡明そうなのにな。発言がいちいち馬鹿っぽいぞ」


「ご、ごめん…。じゃぁ、最後の質問なんだけど嫌いな食べ物とかってある?」


「香味野菜、香味料、トマトジュース」


「…それって吸血鬼の苦手なものじゃ…」


「にんにくは食べられる。鼻が利くから香りが強いのが苦手なだけだ。トマトジュースは純に不味い」


「そっか」


「お前疑っているな」


「いえいえ…」


 暫く二人の言い合いが続いた。

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