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ドット999  作者: 檜 蓮
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ドット999 -出会い-

 「君だけを愛してる」


震える声が聞こえた。


「君を愛してる」


泣き顔に震える声。


誰?一体誰が私を愛してると言っている?


2つの声が耳元で交差する。誰に向けられているのか、誰が言っているのか。それすら分からない。

分からないけど、私に向けられた言葉なのだろうか。いや、私を愛する者など存在しないのではないか。


そんな疑問を抱きながら声を待つ。


「必ず君と、君と出会うよ。何度でも君を見つけてみせる。必ず」

 

 目を開くと天井が視界を埋める。真っ暗な部屋だというのに視界は良好でここが現実なのだとすぐに気付く。


「またあの夢か」


 上半身を起こしながら小鳥遊たかなし 蓮美はすみは呟いた。


少し俯き額に手を当てる。長い黒髪がはらりと手にかかる。


 何度も繰り返した夢。夢の中では男が2人出てくる。必ずではない。1人の場合もある。

1人の場合は泣き顔の男が震える声で愛していると呟く。そして私も愛してる。と女が応答する。それが私のようで私ではない。2人出てくる場合は声が交差して反響するように愛してると呟く。そしてまた会えると必ず女は言う。


「私ではない…」


私ではない誰か、のはずなのに…。


 どっくん。心臓が大きく脈打った。少し苦しくなり胸を抑える。


 この身体に流れる吸血鬼の血が騒いでいる。早く覚醒めざめろと。吸血鬼となったら人間としては死ぬのだろうか。理性は消え、血を求め、吸い殺すことを目的とし、人を“(えさ)”として認識するのだろう。


「あと3ヵ月、か」


                      *

 

 「そんなに怖がることか?ただの小娘だろう」


小太りで無精髭を生やした男、朝比奈あさひなが小馬鹿にした様に鼻を鳴らしながら長い廊下を進む。問いかけられた華奢きゃしゃで臆病者の男、冲野こうのがびくびくとしながら答えた。


「な、何を言っているんですか!ただの小娘ではなく吸血鬼の血を引いた化物ですよ!?」


上ずった声が廊下に響く。その瞬間に廊下の明かりが消え辺りが薄暗くなる。


「ひぃぃぃ!」


冲野が朝比奈の背中に隠れる。


「そんなに驚くことですか?ただ電気が消えただけですよ?」


今まで存在していなかった女の声が2人の耳に入る。辺りを見渡すが誰も見当たらない。


「何をきょろきょろと見渡しているのです?私はここにいますよ」


冲野の耳元で吐息とともに女の声が耳を掠める。


「ででで出たあぁぁああああぁああ!!!!」


「耳元で大声を出すな!」


両耳を塞ぎながら朝比奈が、今にも泡を吹いて倒れそうな冲野に怒声を浴びせた。


「お二人共静かにして頂けますか?」


 廊下の明かりが点くとポニーテールに執事姿の端正な顔立ちをした女が立っていた。


「お前は使用人か」


「ええ。私はここの家に使えているりんです。あ、人間ですけどね」


凛はフフフとあでやかに微笑む。


「ふんっ。薄気味悪い女だな。それより、客人に対して無礼じゃないのか」


ふてぶてしく朝比奈が言う。


「勝手に上がり込んどいて客人とは随分な態度で。まぁ、立ち話は疲れますし、取り敢えずどーぞ」


右手を廊下の先へ向け、きびずを返して歩き出す凛。


凛に続いて2人は歩き出す。長い廊下を進んでいく。暗がりの廊下に明かりが点り、歩く道を照らす。


「何故ここはこんなにも薄暗いのですか」


今にも崩れ落ちそうな膝で歩きながら冲野が言った。


「あたな達は蓮美のこと知っているのでしょう?あの子は吸血鬼。闇に生きる種族ですよ?」


「やはり本物だったんだ…」


廊下の突き当りを右に曲がってすぐの部屋。扉を開くと明かりが一気に点き、白い螺旋らせん階段が姿を現す。


 螺旋階段の手すりの下部に赤黒い手形。まるで血で濡れた手で握ったかのようなあとが複数ある。所々には血飛沫ちしぶきが付いたような跡もある。


思わず息を呑む2人をにやにやと見つめながら目を細めて凛が言った。


「この跡は蓮美に逆らった者共が蓮美に殺された跡。あなたたちもそうならないように気を付けないとね」


凛が怪談話でもするかのような口調で言う。


「凛。不用意に人を化物扱いしないでもらえるかしら」


 白襟、黒いシフォンワンピースに身を包んだ蓮美が溜息混じりにそう言った。


「あら、いたの」

 

「初めから知っていたくせによく言うものね」


口元に手を当ててくすくすと笑う凛に冷たい視線を送る蓮美。


「じゃぁ、当主様は挨拶しないとね?2人が惚けてるわ」


 肩甲骨けんこうこつの下辺りまで伸びた長い漆黒しっこくの髪。光の反射で紫にも見える。すらりと長い手足。陶器のように白く透き通った肌。深海を見ているような深く吸い込まれそうな青い瞳。血潮のように血色のいい唇。まるで生きていることが奇跡のように、目が離せなくなる美しさ。


息をすることすら忘れるその容姿に魅了されない者はいなかった。誰もが一目で恋している感覚に襲われ、中には求めずにはいられない者もいた。それは、男女共に同じことだった。


「で、そちらの方々はどなたかしら」


冷めた目が興味の無さを強調している。


「“お客様”だそうですよ」


嘲笑うように凛がクスクスと笑う。朝比奈が怒りを露わにする。冲野は未だにぼうっとしている。


「呼んだ覚えはないけれど、どういったご用件でしょう?」


まるで聞く気のない態度で、腕を組みながら流れ作業を行うように聞いた蓮美に、眉をひくつかせながら我に返った朝比奈が冲野の背中を叩き言った。


「おい!いつまで呆けている!あいつを呼んで来い!」


「はいぃ!」


ぴしっと背筋を伸ばした冲野ははっと我に返り、痛みでヒリヒリとする背中を摩りながら扉に向かい走り出す。


「もう1人いるのか?」


小声で蓮美が凛に聞くと凛は「さぁ?」と首を傾、両手を肩まで上げる。態とらしいその態度に呆れながら蓮美はぼそりと「仕事しろクズ」と呟いた。


 扉が開かれ、いつの間にか扉の前に待機していた青年を連れて冲野が戻ってくる。


「今日、私達は婿むこ候補を連れて来たのです」


冲野が手招きをすると一歩下がっていた青年が姿を現す。


「初めまして。王路おうじ みさきです」


その声を聞いた瞬間に思わず顔を凝視ぎょうしした。


今まで夢に出てきた男の声と全く同じだ。泣き顔で震えた声を搾り出し愛してると呟いたあの男。


顔まで同じだ。鮮明に顔が出ていたわけでは無いが、同じだと言えるだろう。


「どうやら気に入ってくれたようだな?そんなに見つめて」


どや顔でふんっと鼻を鳴らしながら朝比奈が蓮美に言う。


蓮美はそんなことは気にせず岬に一歩近付く。


「私の婿に自ら進んでなりたいと思っているのですか?」


 鋭い視線が射抜くように真っ直ぐと岬を見つめる。心の奥底まで見抜かれているようなその視線に動じることなく岬は続けた。


「勿論です。僕は、貴方あなたに会うためだけにこの世に生まれてきたのだから」


「私を愛せると?」


「愛しています」


こいつは嘘をついている。こいつの瞳に写っているのは私じゃない。誰かだ。私によく似た違う人物。


「これは公認ということでよろしいのでしょうか?」


おどおどと様子を伺いながら冲野が蓮美、朝比奈、凛に目を泳がせる。


「一旦、受け入れましょう」


 沈黙を破り、質問を無視した蓮美がそう言った。


「ふははは!吸血鬼と言えど所詮小娘!」


 突如笑い出した朝比奈に冷ややかな視線を送る蓮美。


「高身長、女の好きそうな顔。如何いかにも女ウケする容姿だ!ははは!」


「お前、図に乗るなよ」


蓮美はそう言って大口を開けて笑っていた朝比奈の首を鷲掴わしづかみした。


「うぐっ…!」


右手がぎりぎりと首を絞める。小太りな成人男性をいとも容易く右手一本で持ち上げる。宙に浮いた足が鈍く動く。


とても女の力とは思えないその圧倒的な力にひるむ冲野。クスクスと笑う凛。


「お前を殺すことなど容易い。赤子の首をひねるのと同じだ」


そう言って更に力を加える。指が肉に食い込む感触がじわじわと伝わる。脂汗が頬を伝い垂れる瞬間に手を離す。


ドンっと床に尻餅をつき、げほげほと咳き込む朝比奈の足をヒールで踏みつける。


「ぐっ!」


分厚い肉にヒールが食い込む。今にも皮膚を、肉を突き破ってしまいそうな程食い込む。


「私にたて突く奴、邪魔をする奴は殺す」


鋭い眼光、低く強迫的な声色。“殺す”という言葉が脅しではなく、本気なのだと現実味を帯びている。


「わ、分かった。分かったから」


それ以上言葉にできない朝比奈を開放するように足を退ける蓮美。退けた途端に足をもつれさせながら逃げ出す朝比奈。


ガクガクと震える膝で巧く歩を進めることができない冲野は立ち尽くす。


「あのもやしを送ってやれ」


「承知しました」


凛が調子良さそうにそう言い冲野を連れて行く。


 「蓮美、改めてよろしく」


「初対面で呼び捨てとはいい度胸だな」


先ほどの出来事は何もなかったかのような爽やかな笑顔を浮かべ、右手を差し出す岬に蓮美は無表情に、冷徹な声で答えた。


 

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