9.元服
二日ほど前に末森城が完成した、という報告を受けて、僕の元服が行われることが決まった。
烏帽子親は傅役の林殿らしい。
朝っぱらに親父殿の小姓に起こされ、ついてくるように言われたのでついて行く。
案内された部屋に着くと、器に水が張ってあるのを見つけ、軽く目をほぐしながら顔を洗った。
正月から一月。大きく変わったことはない。信長も親父殿も態度が今まで通り変わらず、未来のことについて、自分の行く末について話させようとすることはなかった。
僕が織田信行になってから、すでに半年が経過している。信長は感情表現が下手くそな兄貴なのだろう。殊、戦稽古に関することでは苛烈な容貌を見せるが、それ以外のことでは怒っていたりするわけではないらしい。普段は短い言葉で「坊丸!」か「竹千代!」と呼びつけて、その意味がわからなかったら怒るけど。
もはや慣れてしまい信長が何をしたいのかが分かるようになった。たまに外して癇癪を起こされることもあるけれど。
おそらく、本当の信行は信長のことを"うつけ"や"変人"という周りの型にはまった評価でしか見られなかったのだろう。
反骨心も抱く気がないし、従順に信長の言うことは聞いていたが一つだけ反抗したことはある。
衆道だ。
つまり、男同士でいたしてしまうというアレである。
現代日本の真っ当な高校生活を送っていた僕には刺激が強すぎた。確かに、この時代の美男子、美少年は蠱惑的な貌をしている。特に仙千代とか。
でも受け入れられなかった。彼女いない歴=年齢。女の子といたした経験なんてないし、最初は真っ当なことをしたい。
この時代だし政略結婚なのだろうが。
思考に没頭していると、親父殿の小姓と、剃刀を持ったお爺さんが部屋に入ってきた。
「坊丸様。月代(=ちょんまげ)を剃らせてもらいます」
元服することによって大人の仲間入りをするが、ちょんまげ頭は正直嫌だ。そんなことを言ったら世捨て人か坊さんになるしかないだろうけど。
いままで伸ばしていた髪が剃られて行くのを見て、お爺さんが話しかけてきた。
「今は月代を剃っていますが、昔はけつしき(=木のハサミ)で一本一本毛を抜いてつくっていたのですぞ」
「……非常に痛いのでは?」
「痛く、さらに炎症を起こす事が多かったため織田家では剃刀を使うようにしております」
軽い雑談をしつつ、僕の髪が床に落ちる度に、寂寥感というのか虚しい気分になる。案外すぐに剃られ終わり、頭がスースーして禿げた気分だ。
手を頭にやると、頭脂が手についた。風呂は毎日入れないし、現在のシャンプーのような髪のケアをしてくれるものもないからしようがない。
お爺さんが部屋を出て行った後、しばらくしてからかか様と付き人が部屋に入ってきた。
服を手に持っているのが見え、着付けを行うらしい。
「坊丸や。そなたも元服を無事に迎えられて嬉しい」
感極まっているのか目元を拭っているのが見えつつ、無難な答えを返す。
そうすると、耳元に近づいて、声を潜め、
「あとは織田家の行く末が心配よの。"アレ"が同じ腹を痛めた子だとは思えん。そなたにはもしもがあったら織田家を支えなければならんからの」
と言った。取り繕うかのようにオホホ、と笑ったがわざとらしい。
そのような気がないことを伝えても、ニコニコした顔で母に任せなさいとしか言わず、どうしようもなかった。
熱田神宮の大庭に、主だった家臣と親父殿、一門衆が勢ぞろいしていた。
真ん中に用意されていた席に腰掛けさせられ、親父殿と烏帽子を持った傅役の林殿と正対する。
「揃ったの。これより始める」
親父殿の言葉を皮切りに式が執り行われる。挨拶から始まり、僕に薫陶を授け……とかなり長い。
烏帽子を持った林殿が僕に被せ、親父殿が「儂の名から信の字を送る。織田勘十郎信行と名乗り、柴田勝家、津々木蔵人、林通具を家臣とし、末森城に詰めよ」という言葉をもらうまで昼過ぎまでかかった。
固い椅子に座りすぎて凝り固まったお尻をさすりつつ、城をもらえるのか、なんて他人事のように思ったがそういうわけではないらしい。一門衆だし、信長の弟だからいずれ貰えるのだろうけど、親父殿が末森城の差配をするそうだ。信長はそのまま古渡城にいることになるのだろうか。
多少の面識のある人が家臣となったが、これから主君として、特に謀反を起こさないように監視しなければ……。心配なのは林一族だが。担ぎ上げられて傀儡になるのはごめんだし、信長に殺されるのもごめんだ。
これからは違う城に行くことになるし、高頻度で手紙のやりとりでもして仲が良いアピールをしなければ……。本当に謀反フラグは怖い。
竹千代や仙千代とも良く遊ぶ仲だし、これからも続けて行きたい。離れ離れになるのは寂しいけれど。
一応領内だから軽々しく遊びに行けるだろうが、毎日会うようなことはできないだろう。
そんなこんなで元服の儀は終わり、少し間をおいたあと諸将に酒が配られた。酒宴が始まるらしい。
「坊丸!」
信長が、今は幼名となった僕の名前を呼び、手招きした。手には酒盃を持っている。
酌を受け、僕がグイッと一気に飲んだのを皮切りに酒宴が始まる。
「まっず」
アルコールが胃を燃やすような感覚と、日本酒特有の辛さに思わず吐き出しそうだった。
目を瞑り上を向きつつ、こんなもの良く飲めるな、と思うと、さらに酒盃になみなみと注がれ飲むことを強要された。注いできたのは親父殿だ。飲まないわけにいかない。
織田家重臣にもお酒を注がれ、酔いつぶれるまで飲まし続けられた。
ここ3日くらい忙しいので感想返信は後になります。