6.個
基本的にこの時代の人は朝早く起きて、日が暮れたら活動をやめている。僕もその例に漏れず、朝は稽古、昼も稽古、夕方は座学と、信長が逃げ出すのもわかるスケジュールをこなしていた。よく一緒にいるのは仙千代、気まぐれに信長が僕を外に連れ出してくれる。
一切勉強とかそういうことをしていない信長だが、決して無学というわけではなく、こと軍事に関する直感は優れていると思う。
正直、信長のように自分の我を通そうと思えば僕も通せるのだと思う。この体になってから、そういう衝動は何度もあった。
一時の激情に身を任せて、おもいっきり走り回りたい。そういう思いがあったが、それと同時に稽古をつけてくれる人たちの眼差しが怖かった。
織田家家臣で人を殺したことのない人はいない。
昔、ここから見れば未来だが高校生だった頃、そんな人はテレビの中の住人で現実感はなかった。自分がこの時代に来てしまった因果も、何故自分なのかなんてわからない。ただ欲するのは安寧の日々だが、織田家という時点でもはやその望みは絶たれたようなもの。
鬱々とした気分になるが、そんな中でも気を紛らわしてくれるのは仙千代や竹千代との遊びだ。
竹千代は相変わらず生真面目、素朴な三河武士の面持ちをしているが、思考は本当に年下かと思えない。
それに対照して仙千代は睡蓮のような唇に信長に似た幼気な美少年。男色を嗜むつもりなんて全くないが、魔性の顔だ。歴史では聞いたことのない名前だが、将来はきっと美丈夫になるだろう。
なんにせよ、このような日々は元服するまでらしい。
来年には元服してもよい、と林殿が言っておられたしそれまでの我慢と思えば頑張れる。
そう思いつつ、眠くなる座学に耳を傾けた。
この時の織田家は致命的とはいかないまでも、座して死を待つような状態であるらしい。
尾張という国は元々は守護である斯波氏の領地であった。その守護代である織田氏が実質的に支配をしていたのだが、織田信長、信行の血統は織田本家ではなく分家である。
血の貴賎で身分が決まるようなこの時代でも下克上という手段をつかえば成り上がることはできる。しかし、周りが大国だった。
東に目を向ければ松平家と今川家。松平家嫡男の竹千代を織田家は擁しているとはいえ、三河武士は薩摩武士などと並んで精強で名高い。それに対して織田家の兵は弱兵。三河武士一人を殺すのに織田兵は三人も必要と謳われるほどだ。
その背後にいるのは大国今川家。血筋家柄も貴く、兵も多い。攻めこまれてしまえば尾張一国すら統治していない織田家はひとたまりもないが、この時期は北条家との諍いもあるためまだ時間はある。
さらに、北に目を向けると堅牢と名高い稲葉山城を擁する斉藤家。天正十六年では加納口の戦いと呼ばれる織田信秀(信長、信行の父)と斎藤道三との戦いで大敗を喫している。
つまり、今は安定しているように見えても、これから先のことを考えれば、尾張一国をまとめあげ、さらには全方向敵対国状態を打破。産業を勃興し……、とやることに暇はない。
そのような状況に立たされていることを知識として稽古役は教えてくれたが、「僕がするべきこと、できることは?」と聞くととたんに口ごもってしまった。信長との諍いがあっては困るからだろうか。
座学用の部屋をでて、思考に没頭する。自分の人生について真剣に考えるのがここまで早く来るとは思っていなかった。
高校を出たら大学に行って、就職して、サラリーマンにでもなって、結婚して……、最後は老衰で死ねればいいな、という程度の人生設計はしていなかった。
織田信行のことはある程度知っている。エロゲ、ギャルゲでよくある特大の死亡フラグを持った人物だ。
生き残るためには、この時代の人は武を尊ぶから逆のことをすれば評価は下がってくれるのではないか。そう考えた。
妻が夫に尽くすのを内助の功というように、織田家の織田家たる土台を支えるような、その土台を害そうと思えば織田家が崩れ去ってしまうような、そんな――。
現在の知識なんて役に立つことは少ない。所詮はパソコンとか、高度な文明に支えられた道具がなければやれることは少ない。幸い、身分はあるし、発言権も元服すればある。そんな状況だからこそ、自分という個を光り輝かせるために努力しなければ。
「役に立たない人間になるのは、いやだ」
口に出して、元服したら信長に逆らわず、自分のしたいことをする決意を固めた。
歴史カテ4位ですね。ありがとうございます。
サークルの方でやっていた作品が日刊一位になったのはちょうど去年の今頃だったかと思います。
ファンタジーと違って、下調べなどに時間がかかり思うようなペースで書けていませんが、しばらくは頑張って行きたいと思います。
毎日更新は期待しないでくださいね?