2.正体
飯がまずい。
そう思ったのは久しぶりだ。さきほどの美少年が甲高い声で「いきなり倒れたのだからゆっくり養生しろ」、と気を使ってくれていたが、出されたものはふやけたご飯に塩辛い漬物。食えたもんじゃない味がするが、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているし、できるかぎり表情に出ないように飲み下す。
「?」
その様子をじっと見ていた美少年が、「誰かある!」と叫んだ。ドタドタという音とともにつるっぱげの爺さんが美少年の前で伏せる。
「毒味は」
「恙無く行いましたが……?」
「そうか、去れ」
短い会話だったが目の前の美少年が偉いことがわかった。去り際に爺さんが「それでは吉法師様、この後の件も――」と言った瞬間、空気が氷付いた。何が原因でそんな空気になったのかわからない。
そそくさと退出した爺さんを見ながら、美少年――吉法師はこちらを向いた。
先ほどまでの怒気は鳴りを潜めて、じっと見つめてくる。
だが、頭のなかは他のことでいっぱいだった。織田木瓜、吉法師、とくれば目の前の美少年が誰なのかはもう分かる。
後世、天下統一一歩手前まで行くも散った英傑、織田信長だ。
「――っ」
押し殺しきれなかった驚愕が口からい出て、その織田信長に介抱される自分は一体誰なんだろうと疑問に思った。坊丸という幼名に聞き覚えがない。
そんな心の中での問答を無視するがのように、
「母のもとに行くぞ。その様子だと顔色も悪くない。何やら混乱しているようだが、お前は可愛がられているんだから顔を見せておけ」
「は、はい」
返事を返して気がついた。信長と母が同じの兄弟は、織田信行が有名だ。嘘だ、という感情を押し殺しつつ立ち上がるが、いつもと違って近い地面が「お前は信行だ」とささやいているかのように見えた。