酒
「――」
頭をガンっと殴られたような、重い痛みが体を突き抜けた。
二日酔いというやつだろうか。起き上がると、体の芯に残る重さがより一層際立つ。
「……」
僕が起き上がったのに気がついたのか、8歳位の少年が水を持ってきてくれた。
一気に飲み干すと、「信秀様に起きたら呼ぶように言われていますので、何卒」と言われたのでちゃんとした格好に着替えた。
古渡城、親父殿の私室に、今回は親父殿しかいなかった。この前の地獄みたいな会話を思い出してしまい身の毛がよだつ。
「起きたか。酒はどうだったか」
「……、飲み過ぎると辛いです」
そう僕が答えると、ガハハと豪快に笑い返され、
「将たるものは酒も強くてはならん。飲んで慣れろ」
と言われた。無茶すぎる。
しかし、この時代。酒はどうしても切り離せないものなのだろう。なにか良いことがあったら酒を飲むし、良くないことがあっても酒を飲む。
基本的には日本酒と呼ばれるものばかりで辛かったり甘かったり差異はあれど、ワインみたいなものはないからそういうものを作ったらウケるのかもしれない。
具体的にはアルコール度数の高いお酒を作ってもらって、それをももとかなんかの果汁で割ってやるとか。
こんどやってみるには面白いかもしれないことが思い浮かんで、心持ち二日酔いがとれた感覚になる。
親父殿が僕を呼び出した理由は数日の内に末森城に移るから用意することと、酔っ払って話せなかった者とちゃんと挨拶するように、とのことだ。
「美濃に行き、見識を深めろとのことですが、城にいる間は何をすれば良いでしょう」
「美濃の件は中務丞に聞け。来月にもう一度美濃にいくそうだから、それまではここで儂のやり方を覚えることだな。信長にも元服した時に教えておるが、あやつはすぐに覚えた。実際にやっているかは抜きにしてもの」
その言葉に頷いて、どのくらいの裁量があるのかが気になったけど、話はこれで終わりだとばかりに背を向けられたから言い出せなかった。
数日後、末森城に移ってまず思ったのは、すごい田舎だ。ということだ。
ちょっと城から離れれば田んぼ田んぼ田んぼ。古渡城と大差ない。
熱田、津島以外は商業はまだ盛んではないようで活気はないように思える。
それをどうにかするのも僕の仕事なのだろう。いずれ僕がこの城を継ぐことになるのだろうし。
最初の会議は大広間で行われることとなった。ふすまも畳も真新しく、い草の匂いが芳しい。
畳の上を歩き、親父殿の手前に座る。
ここにいる面々は足軽大将以上らしい。柴田殿や林殿、あまりしらない津々木殿…と見たことがある人はそれくらいしかいなかった。
まだ豊臣秀吉とか、竹中半兵衛とか、戦国のビックネームは織田家にいない頃だ。柴田勝家が一緒にいてくれるだけ恵まれているのだろう。
そんなことを思いつつ、座布団が硬いのか足が痺れてきたが我慢する。
親父殿が諸将にねぎらいの言葉をかけつつ、これからの差配について話しているからここで粗相をする訳にはいかない。
主に言っていたのは対今川のことだ。三河安祥までは織田家が領しているが、それよりも東に進軍するためにどうしたらよいか話し合っていた。もし今川が武田か北条と同名を組み京に進軍し始めたら、などと最悪な事態が起こりえる状況。どの将も真剣に話し合いに参加していた。
もちろん身分の差があるから足軽大将程度の者は発言をしていない。しかし目は真剣だ。
「信行。何か言いたいことはあるか」
日も暮れて、足のしびれがもはや感じられなくなった頃に話をふられた。
それまでは一切合切声を出さなかったが、いきなりのことだった。
「耳障りの良いことは言えませんが、末森城の兵糧は良いにしても、銭が足りなすぎるのは問題です。熱田、津島の収益は兄者が掌握しているのでこちらでは他の方法で銭を稼がなければならないかと。対今川に関しては、攻められるときに攻める。というこれまでのもので問題ないかと思います」
僕の言葉に親父殿は頷いて、「誰ぞ案はあるか」と聞くが、「商いなぞ商人がするもの、戦働きこそ武士の本分」などと婉曲して言うものが多かった。
銭は必要なものという認識はあれど、基本的には俸禄暮らしか、自分の領地からの収入を当てにしている者が多い。お金を稼ぐ方法というのはどうも抜けているらしい。
ただ一人、違う意見を出したのは津々木殿だけだ。末森城近辺で特産物を育て、それを友好国に売ればどうか、と言っていた。
その特産物はどこから来るのだ、などと否定されてしまい、終わっていたが。
個人的にはワインまでは無理でも、日本酒じゃないお酒造りとかはしたいし、後で声をかけてみるに値する人かもしれない。
画期的なアイディアは生まれることなく、日も暮れているので今日の所はお開きとなった。
お久しぶりです。歯はダメです。ほんとうに辛いです。
更新頻度落ちてて申し訳ないです。