巨大な箱
綺麗なものが大好きな主人が、ある日とてつもなく高価な買い物をして帰ってきた。
大の男10人がかりで担がれた巨大な箱が、屋敷の奥の空き部屋に慎重に運ばれる。一体なにが運ばれてきたのかと、屋敷の召使や奴隷達は口にはせずとも興味津々だ。
「なんだろうなぁ、あの箱。」
私と同じくこの屋敷で働く奴隷の男が、ジャガイモの皮を剥きながら呟く。好奇心に満ちた瞳を輝かせながら、当たるはずもない予想を口に出す。
「あんだけでかくて重いとなると、古代の装置とかか?」
「そんな古臭そうなもの、ご主人様が買うわけないでしょ」
「そうかなぁ。じゃあお前はなんだと思う?」
知るわけがないし、第一興味もない。適当な返事でジャガイモの皮を剥き続ける私に質問を諦めた男は、一人問答をすることにしたようだ。
日に焼けて赤茶けた髪に、労働で荒れた肌。奴隷は皆同じようなものだ。生きることに精一杯で、日に1度の食にありつければそれでいい。だけど目の前の男は、同じ奴隷なのに私や他の奴隷にはない生命力に満ち溢れている。どんなに過酷な労働を課せられても、いつでも力強く爛々と輝く瞳を、好ましいと思う。
二人で樽一杯分ジャガイモを剥き男と別れた後、私は玄関の床掃除を命じられた。宝物を運んだ際に男達が残していった泥と砂を丹念に拭いていく。それにしても砂が多い。大方、屋敷の近くの港から宝物を運んできたのだろう。そんなことを思いながら乾いて中々とれない泥に苦戦していると、にわかに玄関が騒がしくなってきた。どうやらお客様が来たようだ。身を隠す場所も時間もなかったので、玄関の隅っこに平伏して客人が現れるのを待つ。
少しして現れたのは、ご主人様の友人だった。
執事に案内されてやってきた彼は、玄関の床を見渡すと僅かに眉を顰め、隅にいた私を目敏く見つけた。
「玄関の掃除をしたのは君?」
柔らかい声音で問いかける。震えそうになる声を押し殺して、肯定した。
「汚いなぁ。」
先程と同じ柔らかい声で、彼の右足が容赦無く私の頭蹴り飛ばす。クラクラする視界で一瞬だけ彼を見ると、心底汚いものを見たとでも言うように美しい顔を歪めていた。
すぐに起き上がり、平伏し、また蹴り飛ばされる。二、三度同じことを繰り返した後、ようやく満足したのかそれとも飽きたのか、彼は蹴ることをやめた。
そして、ちょうど女の奴隷を連れて行こうと思っていたこと、探すのも面倒なので私にすること、自分に着いてくること、を変わらぬ優しい声音で言い放った。
彼とご主人様は、いつも綺麗なものの話ばかりしているらしい。らしい、と言うのは奴隷の身である私には直接会話を聞く機会など無に等しく、真実は知らないからだ。
けれどこの話は本当だったと、私は今身をもって知った。
「勝手に私の奴隷を連れてくるのはやめてくれないか、ミシェル。」
「いいじゃないか、俺と君の仲だろう?それよりも、アレを見せてくれ。大層美しいらしいね?」
「…まあそう焦るな。すぐに見せる。」
ミシェル様に連れられて来たのは、あの巨大な箱が安置されている部屋だった。平伏する必要はないと言われその場に立っているが、まるで生きた心地がしない。早く帰りたい。
そんな私の気持ちは置き去りに、話はどんどん進んでいく。
ご主人様の命令で、箱に被せられていた暗幕が奴隷達によって取り払われる。そこに現れたのは、
「なんて美しいんだ…!」
「そうだろう?他にも何匹かいたが、これが1度美しかった」
身体中を縛られ動けず、息も絶え絶えといった様子の美しい人魚だった。