セイレーン(前編)
連載版用書き下ろしです。
クッションの下りはctsmithさんの感想を参考にさせて頂きました。
ガタゴトと揺れる乗合馬車。
ガタンッと揺れる度にお尻がはね、ゴトンッと落ちる度に床に打ち付ける。
やー、よくこんなん平気で乗ってますね。人間の皆様。
私が普通の人間だったら、そろそろお尻が四つに割れている頃だわ。うん。
ええ、まいど。怪奇蜘蛛女こと新倉 志織(24)であります。
もしくはアルケニー洋裁店店主、シオリ・アルケニーと覚えて戴ければ光栄です。
ええ、今私がどこに居るのかと申しますと、港町ジザへと続く街道の途中。そこを進む乗合馬車の中、と言う訳です。
定員8名の乗合馬車は比較的空いていて、私の他には母娘が一組と30代くらいの男の人が一名乗っているだけなんですが……。
その母娘の娘の方――7歳くらいの女の子が、この馬車のひどい揺れに慣れていないのか、むずがって今にも泣き出しそうになっている、という状況。
「ま……ままぁ……お尻痛いぃ……」
「我慢なさい、街に着いて行きたいっていったのはあなたでしょ?」
「で、でもぉ……うぅ」
ほとんど涙目である。
確かにこの馬車の揺れはひどいしねぇ。子供には辛いと思う。
どうにかしてやりたいけど……バネもスプリングもゴムタイヤも無いしなぁ。
せめてクッションでも敷ければ……あ、そうか。
あるじゃん。クッション。
私は楽器を入れた大きな麻袋に手を突っ込むと、そこで糸を指先から吐き出した。
糸の性質は粘着性を帯びたタイプにして、編み目を細かくして布にしていく。
それを袋状になるように編み、袋の口を細く絞っておく。
粘着質の糸は十数秒でゴムのような性質に変化し固着するので、これでエアークッションの完成である。
難点は手から出した糸を使ったせいで耐久性が乏しいこと。
一ヶ月もすれば組成変化を起こして崩れ去ってしまう。
まあ、馬車に乗っている間くらいは問題ないだろう。
お尻から出した糸であれば相当長期……それこそ数百年単位で劣化しないらしいので、好評であれば商品に加えてみるかな。
この、とりあえずの試作品は女の子に使ってみてもらおうか。
「――あの、よろしければこれ、使ってみてください」
袋の中に元々あった物を取り出したふりをして、自家製エアークッションを母親に差しだしてみる。
「は、あの、これは?」
「はい、これはウチの店で作っている商品の試作品で――ここから空気を吹き込んで」
ぷぅー……と思い切り息を吹き込んで膨らませてみせると、娘さんが目を輝かせる。
「わぁぁぁぁっ!? なにぃ、それ! おもしろーい!!」
「これはね、ぷぅーーー……こうやって……ぷぅ……ほら、できた」
いっぱいに膨らんだエアークッションの口を結んで完成。
形状はパンパンに膨らんだ厚めの座布団、といった感じだ。
「はい、あげる。それをね、お尻の下に敷いてごらん」
「う、うん……こう?」
「そうそう。どうかな?」
「…………すごい、ぜんぜん痛くないよ! ママー、これぽわんぽわんでふわふわなのー」
「……まあ……全然空気が漏れないのね、この袋……い、一体何で出来ているのかしら」
うむ。女の子の機嫌も一気に良くなったし、まずは成功と言ったところかな。
「すみません、あの、これ本当に頂いても……?」
「ええ、それは当店の新商品の試作品ですので。宣伝代わりにお持ちください。多分一ヶ月くらいしか持たないと思いますが、正規品なら何年も持ちますので」
「当店……?」
「申し遅れました。私、アルケニー洋裁店、店主のシオリ・アルケニーと申します」
「まあ……最近噂の……? そう言えば天使みたいな子が洋裁店をやっているって聞いたことあるわ!」
「て、天使……」
本当の子供ならともかく、中身は成人女性である。
流石に天使、などと評されると気恥ずかしい。
「ほぉ、お嬢ちゃん、同業……吟遊詩人かと思ったら違うのかい」
声を掛けてきたのは、30代位の男性。
紅白の派手目な服に身を包み、ハープを持った茶髪の色男だ。
「その袋の口から見えてる……そいつ。見慣れないが弦を張った楽器、だろ? てっきり同業の吟遊詩人と思ったんだが」
「あ、ああ……しゃみ、んっ、……これですか。これは趣味というか……」
「趣味?」
「まあ、そんなもん、ですね」
その吟遊詩人に曖昧に受け答えをしながら、私は昨夜のことを思い出していた。
「あーーーーーっもうっ暇ぁ……」
私は思わずベットの上でそう口に出した。
仕事自体は順調で暇など無いのだが……
問題は休日とか閉店後である。
何しろこちらの世界にはBえる……こほん、ライトノベルもテレビもネットも無い。
仕事以外の時間がまったく持って暇なのである。
「それ以外の暇つぶしってーと……カラオケ? 無いよねぇ……うーん」
後は何があったかな。
向こうでの趣味でこっちで再現できそうな物というと……刺繍……は今現在仕事にしているしなぁ。
昔ちょこっとだけ和楽器を習っていたこともあったけど……こっちにそんなん無いし。
「んむ? 無いなら作れば良いじゃ……幸い弦楽器なら私の糸で……ふむ……」
思いたったら即実行。
私はベットから勢いを付けて飛び起きると、素材庫から材料になりそうな物を次々と引っ張り出す。
「棹と胴は花梨の堅めの物がいいんだっけ……とすると剣樹の成体を使って…………糸巻きは象牙? ……暴走巨獣の牙で代用出来るかしらん。駒と撥は……鼈甲……鼈甲かぁ……魔鋼亀……は在庫が切れてたか。水棲系の魔獣ってあんまり狩ってないからなぁ。とりあえず堅めの木材……紫檀で作っといて……後で手に入ったら考えよう、うん。皮は犬か猫……小型の獣がいいんだっけ。すると火炎狐の皮あたりかな」
口に出して構成を整理しながら、爪で材料を切ったり削ったりしていく。
接着は例によって粘着性を増した糸でばっちりだし、制作はさくさくと進んでいく。
熱中していた為か、あっという間に時間は過ぎ、2時間もした頃には、長い棹と小さめの胴を持つ日本独自の弦楽器――三味線がほぼ形になっていた。
「仕上げに弦を張って――弦は絹糸をより合わせた物だから、これこそ私の糸が最適よね……………………と、完成っ!」
まあ、向こうで三味線を作っていた訳でも無いので……あくまで趣味で三味線を習っていただけなので、これも「なんちゃって三味線」の域を出ないけれども。
暇つぶしに演奏するくらいなら十分じゃないかな。
という事で早速演奏してみる。
私の場合は三味線の正当な演奏曲目よりも、むしろ演歌とかを好んで演奏していたので、まずは「北○宿から」「津軽海峡冬○色」あたりの、ど演歌から行きましょうか!
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っは!
思わず時間を忘れてしまいました。
三味線を作り始めたのが夕方。
今はもう白々と夜が明けかけています。
ほぼ貫徹で演奏しつつ歌いまくってたって事ですね。
作業場には防音結界を常時展開しているので、ご近所にはご迷惑は掛からなかったと思いますが……
やー、やっぱり演歌は良いですな。独特のコブシ回しとか震えが来ます。
ですが、やっぱり……撥とかは鼈甲で作りたいですね。
素材のおかげか、構造も適当な割にほぼ三味線の音を再現できています。
だからこそ惜しいっ!
駒と撥を鼈甲で作り直せたらどんなにかっ!
そう思うともう……いてもたってもいられなくなってきて。
「うん。朝になったら海に行こう。亀型の海生魔獣も何種類か居たはずだし」
私は「臨時休業」の札を店頭に下げると、港町ジザへと赴く準備を始めたのだった。
……とまあ、そのような経緯を持って今現在乗合馬車に揺られていた、という訳ですね。
本音を言うならアルケニー状態で走った方が遙かに早いんだけど、流石に昼日中の街道でそんな事する訳にはいかないので。
「ふうん、見慣れない楽器だから一曲披露して欲しかったんだがな……と、どうやらジザに着いたようだぜ? 嬢ちゃんは街に用事なのかい?」
吟遊詩人のおっちゃんの目は興味にきらきらと光っている。
うーむ、まるで子供みたいですね。
吟遊詩人という職業故のことなのでしょうか。
「……いえ、ここから更にシュレン島への船に乗せて貰う予定です」
シュレン島というのは日本で言えば佐渡島の半分位の大きな島だ。
ジザから定期便が出ており、交易も盛んである。
……最も私の目的はその途中、「死海域」と呼ばれる岩礁地帯で、海生モンスターのメッカとなっているところで……途中こっそり飛び降りる予定であったりする。
航路からは結構な距離離れているので、かなり泳がなくてはいけないのだが、岩礁地帯だからしょうが無い。
無理に近付けば座礁しちゃうしね。
「ほお、お嬢ちゃんもか。俺もシュレン島へ行くんだ。と言う事はもうしばらく道連れって訳だな」
「ですね」
「ま、よろしくたのまぁ……俺はハーン。吟遊詩人のハーン・トラッドだ」
にかっと真っ白い歯を見せて笑いながら手を差し出すハーンさん。
恐る恐る手を握ると、がっしと掴まれ、ぶんぶんと上下に手を揺すられる。
「し、シオリ・アル、ケニー、で、です。し、舌噛みますって」
「お、おお、すまん! えーとシシオリ・アル・ケニーちゃんだな!」
「……シオリ・アルケニーです」
「や、すまん。シオリちゃんだな!」
「あー……とりあえず、ヨロシク」
なんかなし崩しに同道することになってしまったようである。
※
「おねぇちゃーん、ありがと~~♪」
エアークッションを渡した親娘はジザの街が目的地だったので、港近くで別れることになった。
その際、女の子はクッションがよほど気に入ったのか、別れ際もずっと胸に抱えたままで、一生懸命手を振ってくれた。かわいい。
お母さんもぺこぺこと頭を下げながら去って行った。
「……さて、それじゃあまあ、定期便に乗ろうぜ。そろそろ出立のはずだ」
「そうですね。天気も良いし船旅には良い日和です」
「……うん。だと、いいがな」
心なしか浮かない顔のハーンさん。
何か気に掛かることでもあるのだろうか。
気になりながらも私はハーンさんの後に続いて定期便の船に乗り込んだのだった。