閑話:勇者
勇者目線のお話です。
短編には無かった全くの新作ですので、短編を読んでくださった方でもお楽しみ戴けると思います。
――最初はちょっとからかってやるくらいの気持ちだったんだ。
俺の名はユーシャ・ロォト。
伝説の聖剣『裁きの剣』に選ばれた勇者……のはずだ。
母さんから出生の秘密を打ち明けられ、王の命を受け、親父の跡を継ぎ魔王を倒すべく祖国を離れ、旅立った。
そして旅の途中で頼もしい仲間
剣士 アーカム・スォード
魔導師 リュン・アーク・メイジ
大神官 キュア・アコライト
達と知り合い、大陸の隅々まで旅してきた。
長い旅を魔物との激闘を制しつつ繰り返すうち、俺たち一行は正に古強者と呼ばれるに相応しい実力を持つようになっていった。
何しろ勇者たる俺のレベルは112。
仲間達も軒並み100を超えている。
これはもはや人外と言っていいレベルだ。
だが、魔王はその俺たち4人がかりでも勝てるかどうか分からないという、正に規格外。
出来るだけの準備をしてなお決死の覚悟で挑まなければならないだろう。
そう思った俺たちは、魔王城に乗り込む前にまずは装備を整える事にし、リハクの町へと赴いた。
ここ、リハクの町は近隣に魔法の素材に最適な魔獣が多く生息している為、魔法の装備の生産地としても名高いのだ。
完全回復薬、上級マナポーション、使い捨ての魔法の巻物、他Etc.……
消耗品を仕入れた後は各人の装備を整えていく。
それぞれひいきの店があるようで、あちこちの店に寄りながらオーダーメイドで注文していく……と、その途中にちょっと目を引いた店があった。
『アルケニー洋裁店』
……アルケニーと言えば、上半身は絶世の美女、下半身は大蜘蛛、という高位魔獣の一種だ。
それを店名につけるとは……ああ、そうか、もしかしてアルケニーシルクをメインに扱っているのかもしれないな。それでこの店名か。
少し興味を引かれて入ってみる。アルケニーシルクと言えばかなり稀少な布系防具の素材だからな、掘り出し物があるかもしれん。
扉を押し開くと、からららん、と涼やかなベルの音が鳴る。
その音で来客に気が付いたのか、店員が俺たちを迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! アルケニー洋裁店へようこそ!」
絶句、した。
肩まで伸びた輝くような銀髪。
芸術的なラインを描く頬から顎にかけての輪郭。
光を内包したルビーのような神秘的な紅い瞳。
白いロングドレスで覆った華奢な肢体。
それは正に美神の加護を受けたかのような少女だった。
パーティメンバーのリュンとキュアもかなりの美女、美少女だが、彼女は桁が違う。
断言しても良い、あと2~3歳年齢を経ていたら、すぐさまこの場でプロポーズしていた。
今でさえ、ろくに正面から彼女の姿を直視できない。頬が意志に反して熱くなるのが分かるのだ。
「勇者様、ご来店光栄にございます。店主のシオリ・アルケニーと申します。何かお探しでしょうか?」
なんと……この少女が店主なのか。
他に従業員も居ないようだが……この子がこの店の商品をすべて作っているのか?
……信じられん。真竜や神鳥の素材を使った物まで有るじゃないか。
しかもかなり高品質だ……この真竜の鎧など、防御力では今着ている『光輝の鎧』にはわずかに及ばないが、炎属性耐性では上回っている。
しかも値段は『光輝の鎧』の3分の2以下ときた。
なんか悔しい。
これじゃ『光輝の鎧』を着込んだ俺が、まるで物の価値の分からぬ輩みたいじゃないか。
「……やっぱり店売りの装備はこんなもんか。これ以上の装備はドロップアイテムを狙うしかないかなぁ……魔王と戦うには厳しいな」
……なので、そんな悔し紛れの一言を、シオリさんの前でつい言ってしまったのだ。
ああ、大人げないな。俺。
だがそんな俺に対するシオリさんの反応は予想を超えた物だった。
「勇者様、必ずお買い上げ頂けるというのであれば、一ヶ月でお望みの物をご用意いたしましょう」
と、申し出てきたのだ。
魔法武具の町として名高いリハク。
そのリハクを巡り歩いても出会えなかった『光輝の鎧』以上の装備をこの小さな職人が一ヶ月で準備できるというのか。
その普通なら戯れ言としか思えない内容を、俺は信じた。
「……なんと! 分かった、約束しよう、期待している」
小さな姿に燃え上がる、職人魂の炎をシオリさんの背後に幻視した為だった。
※
あれから一ヶ月。
俺たちはひたすら魔獣討伐を続けていた。
それもこれもシオリさんの提示した金額を貯める為である。
どうやら俺が注文した防具は超レア素材が必要な一点物になるらしく、今の所持金では足りなかったのだ。
しかしそれも勇者たる俺たちのパーティに掛かればそうそう無理な金額でも無い。
約束の一ヶ月後には所持金に余裕を持ってシオリさんの店――アルケニー洋裁店に再び赴く事が出来たのである。
「お待ちしておりました勇者様。こちらがお約束の防具になります」
ああ……相変わらず可憐だ。シオリさん……仲間を宿に残して1人で来た甲斐があった。
勇者たるもの、こんな幼い少女に見惚れるなど、あまり外聞の良いものじゃないからな。
ああ……シオリたんマジ女神……その繊手が漆黒の服や漆黒のブーツや漆黒のマントを一々きちんと並べていくその所作でさえ美しい。
……て、漆黒? 服? マント?
一体何の素材で作られた防具なんだ? 鎧じゃなく服とは……な、なんか邪悪そうな黒いオーラがにじみ出てるし!
「ええと、こちら左から……『魔王のマント(改)』『魔王のブーツ(改)』『魔王の服(改)』『魔王のズボン(改)』のスーパー防具4点セットとなりまーす♪」
「ま、魔王の服ぅ!?」
「はい、魔王の服……名前はアレですが呪いとかは有りませんからご安心を」
「い、一体何で出来て……」
「内緒です♪ 名前からお察し下さい……あ、『鑑定』で能力の詳細をご確認下さいね」
「お、おう……『鑑定』」
魔王の服(改)
防御+60
魔法防御+70
闇耐性+50%
基礎ステータスにALL+1
着用すると闇のオーラのエフェクトが立ち上る。
魔王のブーツ(改)
防御+25
魔法防御+15
麻痺、拘束に完全耐性
基礎ステータスにSPD+1
移動速度+10%
魔王のズボン(改)
防御+40
魔法防御+40
闇耐性+30%
基礎ステータスにVIT+1
物理攻撃回避率+20%
魔王のマント(改)
防御+20
魔法防御+20
全属性耐性+20%
亜空間倉庫機能(99種類×99個)付与済み
……なんだこのむちゃくちゃな機能。
これ全部着けたら闇耐性100%じゃん。
魔族のメイン攻撃ほぼ封殺しちゃうじゃん。
しかも基礎ステータスにALL+1って聞いた事ねぇよ。
マントの亜空間倉庫機能、『圧縮袋』の何倍の性能だよ。これだけで城が建つわ。
てゆーか、これマジに魔王の着てた服を素材にしてんじゃないだろうな!?
こんな異常な闇耐性……それくらいじゃないと納得できねぇ……
……てことは何? 勇者のお仕事終了?
……いやいや、まてまてまてまて!
そもそも魔王ってのは勇者に討たれるもんだろ?
き、きっとまだ魔王城にて健在なんだよ。
せ、せかいのへいわのためにのりこまなくちゃ……うん。
俺は半ば無意識に会計を済ませると、仲間の待っている宿へと帰ったのだった。
※
あれから一週間後。
俺たちのパーティは順調に魔王城を攻略していた。
いや、順調すぎると言っても良い。
なぜか、途中の罠が力尽くで壊されていたり、妙に城内の魔物が少なかったり、話に聞いた幹部クラスの敵がほとんど出てこなかったりしているのだ。
……まさか。まさかな。
「ユーシャ! 呆けてないで! やっと大物のお出ましよ!」
リュンの檄ではっと我に返る。
闇から滲むように姿を現したのは、魔界の大公、ヴォルフガング。
そうだ、後、少しで魔王の間。
こんなところで足踏みしている場合では無いのだ。
ヴォルフガングは魔王の実質的な右腕。決して油断できる相手では無いが――
『ぐぅ、人間どもめ、このような時に攻め込んでくるなど姑息な!』
あれ? なんか弱ってね? あちこち傷だらけだし、以前対峙した時と比べて魔力もなんか弱々しい。
「ユーシャ!! なんか知んないけどチャンスだよ! ここは私達に任せて魔王の元へ!」
「うむ、ここは任せよ! すぐに倒して後を追うゆえ!」
「そういう事。行きなさい、聖剣『ジャッジメントソード』に選ばれし勇者よ!」
「くっ……わかった! 死ぬなよ、みんな!」
そうだよ、これだよ。勇者と言えば友情に支えられた勝利!
今のあいつらなら弱ってるヴォルフガングを3人で倒せるだろう。
なら俺は魔力体力を温存して魔王を倒すのみ!
俺はアーカム達の相手で手一杯になっているヴォルフガングの横をすり抜け、ひたすらに駆ける。
その時『あの蜘蛛女めが来なければ……』とヴォルフガングが歯ぎしりをしていたが……何の事だ?
……いや、考えるのは後だ。
今はひたすら魔王の玉座を目指すのみ!
………………見えた!
巨大な両開きの扉に邪悪な神の紋章が彫り込まれている。
ここが魔王の間……玉座のある場所に違いない……?
あら?
なんかこの扉……壊れてないか?
魔王の間だろ? こんな壊れてて良い訳ないよな。
しかもこれ総ミスリルの結構分厚い扉だぜ?
それが床から2メートルくらいまで吹き飛んでいて、ぽっかり大穴が空いている。
……と、とりあえず入ってみようか。うん。
「お、お邪魔しまーす……」
うん、魔王の間に突入するセリフじゃねえよな。分かってる。
でもなんかイヤな予感がひしひしとしやがるんだ。
命の危険、というのじゃない……言ってみれば存在意義の危機? みたいな物を感じる……。
しーん
魔王の間は物音一つしない。
というか生き物の気配すら無い。
これは一体どういう事なんだ……?
おっと。玉座になんか白い物があるぞ。
……うん、これは紙……だな。何か書いてある。
なになに……
『幼女に負け、全裸に剥かれた上、拘束されて装備を強奪される……そんな羞恥プレイを受けて魔王として城に残る事は出来ません。ましてや、ちょっと新しい何かに目覚め……んんっ、げふんっ、ごほん!……あー……つまり、傷心の旅に出ますので探さないで下さい。 魔王』
幼女。
魔王の服(改)。
壊されていた罠に扉。
ズタボロのヴォルフガング。
そしてこの書き置き。
…………し、シオリたん……マジ大魔王……
どの位呆けていたのか、やがて魔王の間に複数の足音が響き渡る。
ああ、仲間達がヴォルフガングを倒して駆けつけてくれたのか。
「ユーシャ!無事か!!」
「助けに来た……って、あれ?」
「む、魔王は一体どこに……」
そりゃ戸惑うよな。
命をかけて乗り込んできた魔王城に肝心の魔王が居ないんじゃ。
「ああ……もう、いない」
「居ない……?」
「と言う事は……やったな! ユーシャ!」
「まさか私達が来る前に魔王を倒してしまうとは」
「流石は聖剣に選ばれし勇者……」
「え、あ、いや、そうじゃなくてな?」
「ははっ! 謙遜するなよ! これで魔の勢力も大きく後退する事になる!」
「お前は勇者から救世主様って訳だ!」
「いや違くて……」
「勇者、ユーシャ・ロォト、バンザーイ!!」
「国に残してきたラーラ姫との婚姻もこれで認めてもらえるな!」
……言えん。魔王が幼女に負けて羞恥プレイの末、城を出奔したなどと……お互いの名誉の為に言えんっ!
おそらく、この事態を引き起こしたシオリさんに頼み込んで口裏を合わせてもらうしか……
なんなら土下座でも何でもして……あれ、シオリたんの前に土下座ってなんかご褒美のような気がしてきた。
……ああ、なんか魔王の気持ちがちょっとだけ分かってしまった……
結局俺は国元へは帰らなかった。
シオリさんは俺の恥知らずなお願いに「むしろ私が係わっていた事は内緒にして欲しいからあなたが倒した事にしておいて」と快く了承してくれたので後顧の憂いは無くなったのだが。
現在、俺はリハクの町でシオリたんファンクラブ会長として忙しく活動しているので、国に帰っている暇など無いのだった。
勇者ぇ……いえすろりーたのーたっち。