アラクネ(後編)
ここまでで、アルケニー洋裁店短編1作目分です。
ブラウンの髪の女性はアイゼ・フォーレンと名乗った。
森の近くのリハクの街の豪商の娘で、隣村との取引の帰りに盗賊に襲われたらしい。
私が「森の奥で母と住んでいたが、母が病で亡くなったので街に出て来た」と適当な出任せを述べると、いたく同情してくれた。
戦闘能力の高さも元冒険者の母から仕込まれた、と言うとあっさり納得してしまった。
……ということは、冒険者とかこっちの世界には居るのか……まあ、母さんによく挑んで返り討ちになってた人達が居たからそうかなーとは思ったけど。
それで、私が街で働きたい、と話すと、新しく街に住むには保証人がいるので、良ければ自分が保証人になるという。
うんうん、人助けはするものだ。
で、それだけではとてもお礼にはならないから、と……街に入った途端そのままフォーレン家に連れ込まれて、ただいま私はフォーレン家の食卓でご馳走責めにされている。
「いや、アイゼが危ないところを助けて頂いたそうで、なんとお礼を言っていいか……あ、そちらのホーンドウルフの肝焼きは絶品ですぞ! レッサードラゴンのテールステーキもいかがかな?」
「本当に……我が家は、子供はこのアイゼだけなので……危うくフォーレン家が断絶してしまうところでした。ああ、鬼熊の手のスープ、薬膳にもなるそうですよ。召し上がって?」
「本当に……シオリ様にはいくらお礼を申し上げても足りませんわ! ああ、ワイバーンと海竜のミックスハンバーグも絶品ですわよ?」
うん……なんというか。
フォーレン一家はそろいも揃って下手物食いの趣味があるようで。
金に飽かせて集めたレア食材を惜しげもなく私に振る舞ってくれるのですが……
いや、私も腐ってもアルケニーですから?
蛇だろうが狼だろうが食べるのに抵抗はないのですがね。
ただ、さっきから私のスキル『捕食』が反応しっぱなしなのですよ。
このスキルって自分で狩った獲物じゃ無くても効果あるんだ……
一通りディナーを終えた頃には私のステータスはレベル7(盗賊を倒した分上がってた)にもかかわらず恐ろしいことになっていた。
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HP 126(MAX126(捕食補正+960))
MP 78(MAX 78(捕食補正+490))
ステータス基本値(LV補正)(捕食補正)
STR 18 (33) (+399)
VIT 18 (33) (+460)
DEX 18 (33) (+405)
SPD 18 (33) (+335)
INT 13 (21) (+124)
MID 13 (21) (+226)
獲得スキル
竜鱗化、威圧、水中呼吸、剛力、疾風、鋼糸、
ファイアーブレス、ウォーターブレス、
炎属性耐性、水属性耐性、風属性耐性、地属性耐性……etc
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いや、別に私、勇者とか目指さないからね!?
ごく平々凡々な一般市民でいいの! 街の仕立屋さんで!
うん、こんなステータスは人には見せられないね……見せたら絶対「魔物討伐に」とか「王家に士官」とか最悪「研究材料に」なんてことに巻き込まれる。
こんなステータス見なかった。うん。
食事を終えて、私があまりのステータスに眼を回していると、アイゼさんが私ににじり寄りながら話を振ってきた。
「……それで、シオリ様は街で何をされるのですか? もしご予定が無いならこのまま……」
……なんか背筋にゾゾゾっと悪寒が走る。姉様達に追いかけ回されていた頃によく似た感じだ。
アイゼさん、なんでそんな頬が紅潮しているんですか。というか私の腿にそっと置かれたこの手は?
「い、いえ、盗賊退治の報奨金も頂いたことですし、これを元手に仕立屋をしたいと……」
「……まあ、そうですの……残念ですわ。でもそれなら私達の方でもお店の宣伝にご協力しますわね!」
「は、ははい。ありがとうございます……」
こうして、私はリハクの街で仕立屋を開業することになったのだった。
※
あれから3ヶ月。仕立屋の経営は順調と言えた。
アイゼさんから安い賃貸物件を紹介して貰い、それに木の看板を掲げただけの小さい店舗だったが、アイゼさんが盗賊の一刀に堪えた私のワンピースのことを冒険者ギルドで吹聴したおかげで(盗賊に倒された護衛は冒険者ギルドから雇った人達だったらしい)開店初日から冒険者の方々が大挙して押し寄せたからだ。
とは言っても、私の作れるのはアルケニーシルク製の布製品だけなので、お客様は後衛職の方が主な客層みたいだけれど。
最近は、客足もやっと落ち着いてきたけど、それでも十分に営業利益がでている。
縫製は私1人だけだし、冒険者の方が求めるのはほとんどオーダーメイドなので数も作れないけど、材料費はただみたいなものだしね。
「へえ、ここが最近話題の服屋か」
「そうよ。下手な硬革の鎧よりも 防御力はあるし、支援魔法のノリもいいし、何より安いし! 私みたいな中堅後衛職には最適のお店ね!」
お店の扉を開けて入って来たのは冒険者らしき男女。
女性の方は最近ローブを仕立てて納品したお客様だ。
リピーターって事ね。いやいやありがたい。
「ふーん、でも所詮、布防具だろ? 多頭蛇の革鎧や竜鱗の鎧は置いてないよな?」
「無茶言わないでよ、ここは布製品専門のお店よ?」
「ち、やっぱり自分で狩ってこなくちゃダメか……使えねぇな」
……あ、いまカチンときた。
それは挑戦ですか。挑戦ですね!?
私はまだ少年の面影を残す、おそらく戦士であろう冒険者ににっこりと笑みを浮かべて話しかけた。
「お客様、品揃えが悪く、申し訳ありません……しばらく……一月ほどお時間を頂ければ新製品も入荷の予定ですので、またのお越しをお待ちしております」
「う……え!? あんた……ここの店、主……?」
「はい、このアルケニー洋裁店、店主のシオリ・アルケニーと申します。お見知りおきを」
顔を真っ赤にしてぼー……っと私を見つめる冒険者。こやつロリ趣味か。
まあ、私は外見年齢13歳、実年齢生後4ヶ月、精神年齢24歳という訳の分からない存在だから、その辺はスルーしてあげよう。
「ああん! もう! そんな唐変木の言う事なんて気にしないで、シオリちゃん! 相変わらず可愛いんだからっ」
後ろからおそらく魔術師であろう女冒険者に抱きすくめられてほおずりされる。
こういう時は同性だけに遠慮が無くて逆に始末に負えない……
「おきゃ……お客様ふっ……おちちゅふぃて……もふっ」
女冒険者にもふり倒されながら私は、「早く店を大きくして従業員を雇おう」と決心していた……
※
リハクの街の東に広がる『魔獣の森』
ここに私は三日前から潜っていた。
ここにはレッサードラゴンやヒドラだけでなく魔鋼亀や銀牙狼等の防具の素材としては超一級の魔物達が生息していると聞いた為だ。
レベル7とはいえ、私のステータスは『捕食』のおかげで実質Sクラス冒険者並みなので、本来の――アルケニーの姿に戻れば、ここらの森の浅いところでは敵は居ない。
更には、倒した獲物の肉は素材には使わないので、私の胃袋へと直行する事になる。
結果、ますます私は『捕食』によって強化されていく。
今はもう母上様より強い……と思う。
私が生まれた森にはあまり強い魔物って居なかったから、姉妹同士で共食いした以後は成長率は割と緩やかになるからね。
「ふーむ、森の浅いところでは流石に銀牙狼や火炎狐程度しか居ないか……そろそろ深部へと潜ってみるかな……十分レベルアップもしたし」
触覚糸を起動してステータスを確認する。
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氏名 志織・アルケニー 24歳 女性
総合レベル 38
種族 アルケニー
クラス 仕立屋
HP 684(MAX684(捕食補正+1130))
MP 254(MAX254(捕食補正+595))
ステータス基本値(LV補正)(捕食補正)
STR 25 (118)(+440)
VIT 25 (118)(+510)
DEX 18 (85) (+610)
SPD 18 (85) (+490)
INT 13 (61) (+320)
MID 13 (61) (+390)
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ステータスが上昇した他に『狐火』『噛み付き』のスキルも覚えていた。
この二つは人形態でも使えるみたいでありがたい。
……うん、これなら深部のレッサードラゴンやヒドラも単体で狩れるな。
もう2日ほど狩ったら店に帰って制作に入ろう。
ふっふっふ、見ておれ~
これで後衛職だけでなく前衛職までも顧客に取り込んでくれる……
目指せ街一番の仕立屋!
……なんか仕立屋というよりは防具屋に近くなって行ってるけど……
※
魔獣の森から帰って、更に3週間を作品の制作に当てたが、なんとかあの冒険者に言ったとおり一ヶ月以内に新製品のお披露目と相成った。
そして私の目の前には多くのお客様に混じってあの冒険者が呆然とした顔で店の陳列台を覗き込んでいた。
「多頭蛇の革鎧に竜鱗の鎧……おまけに幻の魔鋼亀のブレストプレートだとう……?……おまけにこの値段……相場より3割以上も安い……」
「ふふ、お客様、お目に叶う品はありましたでしょうか?」
「あ、ああ……店長さん……これ、『鑑定』していいかな?」
「はい多頭蛇の革鎧と魔鋼亀の胸当てですね。どうぞ手に持ってお確かめください」
ちなみに『鑑定』は非生命体のステータスや詳細を見抜くスキルで、冒険者には必須と言われているものだ。
私の許可を取ってから多頭蛇の革鎧と魔鋼亀の胸当てをそれぞれ鑑定する冒険者。
「……偽物じゃない、な……おまけに耐久性が普通の物よりかなり高い……これでこの値段!? どうやっているんだ」
ふっふっふっ、既製品とはひと味違う当店の高品質鎧を見て驚くが良い!
こういう高品質素材を使った鎧が真っ先に壊れるのはプレート部分じゃなくて、革の留め具や留め糸の部分だ。
私はそこに目を付け、耐火耐水性に優れ強度もある私の糸で留め具や留め糸部分を作ったのだ。
結果、防御力だけじゃなく耐久性にも優れ、メンテナンスフリーな高品質防具となったのだった。
おまけに素材は自分で調達しているから、安く出来るし。
「……ka……う」
「……はい?」
「買うぞ! これとこれとこれ! ええい、買えるだけ買っちゃるーーーーっ!!」
「はい! まいどーーーーっ!!」
ふふふ、勝った! せいぜい私の店で散財するが良い!
これで街一番の仕立屋の名声ももうすぐよ!
※
……と思っていた時期が私にもありました。
「ふむう……最近評判の店と聞いてきたがこの程度か」
……あれ、なんか既視感?
「確かに上級防具は良い品質の物が揃っているようだが、真の一級品ならば、せめて真竜の鱗を使った物が欲しいな……それにローブなら神鳥レミーアの羽毛を使った物が最上よ……これでは、とてもとても魔竜を退治するのに着ていくには不安が残る」
こちらをちらちら見ながら、私にに聞こえるようにつぶやく一人の騎士……確かこの街の騎士団長様だったような。
くっ……ぬっ……やってやるわ。やってやるわよ!
街一番どころか大陸一の店にしてやるわ!
「お客様、品揃えが悪く、申し訳ありません……しばらく……一月ほどお時間を頂ければ新製品も入荷の予定ですので、またのお越しをお待ちしております」
「ほほう、真竜やレミーアはグリーンロード地方の竜牙山にしか棲まないと聞くがな。素材を入手できる当てがあると見える……出来うれば我が部隊の分の用意して欲しいのだが……?」
「はい、きっとご期待に添えるでしょう」
「……ほう。ならば楽しみに待つとしよう」
本当は当てなんてないけどね! 売り言葉に買い言葉というヤツですよ!
その、竜牙山とやら、一ヶ月……作成の期間もいるから3週間か……で、行ってこれるかなぁ。
※
一ヶ月後。
私は満身創痍になりながらも、なんとか再々開店にこぎ着けた。
蜘蛛足の1本を失いながらも何とか真竜とレミーアを打倒し、素材を手にしたのだ。
まあ、足程度なら時間を掛ければ再生するからかまわないんだけども。
更に、このことで私のレベルは58まで上がり、それに加え真竜の肉とレミーアの肉を食べたことでステータスは見るのもばからしい数値になっている。
その高ステータスを駆使して、三日で新製品をそれぞれ30数着作り上げた。
これならば騎士団長様の注文にも十分応えた品となっているだろう。
「ぬぅ……! これは……」
そして、今まさにその件の騎士団長様が当店の店内で『神鳥のローブ』を手に取り唸っていた。
「こ、これは確かに神鳥のローブだが……下地にアルケニーシルクを使っているのか。それもかなり上物。それに……これはどういう事だ? 縫製の跡が見当たらん。まるで初めからローブの形の布であったかのようだ……」
その通りである。
初めからローブの形に布を織り上げたので、肌触りが良く、より丈夫な作りとなっている。
これは糸を生成する際に、ある程度自在に糸を動かせる私にしか出来ない技だ。
「真竜の鎧も……裏当てにアルケニーシルクを使っているのか……確かにこれなら鎧ずれを気にしなくて良い。クロスアーマーを重ね着する必要が無い。つまりは機動性も上がるという事だ」
流石に三徹は辛かったが、その甲斐あって、騎士団長様もいたく満足されたようだ。
「いや、すばらしい……この短期間に真竜とレミーアの素材を手に入れた事も驚きだが、これほど高品質なアルケニーシルクをメインでは無く裏方の素材に使うとは……しかも実に効果的だ! いや、申し訳ない。店主殿をその外見だけで見誤っておった。店主殿は正に国に二人といない名人よ。是非ともウチの部隊分買わせて貰おう! もちろん言い値でだ!」
と、一ヶ月前の礼を失した物言いを謝り、言い値で『真竜の鎧』20着と『神鳥のローブ』12着をお買い上げになったのだった。
そして残りの在庫も3日とたたずに完売し、当店の資金も現在はかなり潤沢となっている。
そろそろより広い物件に移ったり、従業員も雇って良いかもしれない。
専門のデザイナーなんか雇って、デザイン段階からこだわりを取り入れたりして……
――と、私がそんな将来設計を脳内で描いていた時だった。
ぎぃ、と、店の扉が開いて最近噂の勇者のご一行が店内に入って来た。
そして店内の品を一瞥すると、ぼそり、と宣った。
「……やっぱり店売りの装備はこんなもんか。これ以上の装備はドロップアイテムを狙うしかないかなぁ……魔王と戦うには厳しいな」
ふ。
ふふふ。
ふはははははははははは!
良いでしょう!
揃えてやろうじゃないですか!
魔王に立ち向かえる装備を!!
「勇者様、必ずお買い上げ頂けるというのであれば、一ヶ月でお望みの物をご用意いたしましょう」
「……なんと! 分かった、約束しよう、期待している」
そして一ヶ月後
私は勇者に『魔王のマント(改)』『魔王のブーツ(改)』『魔王の服(改)』『魔王のズボン(改)』のスーパー防具4点セットを適正価格で売りつけた。
まあ、これらの素材は名前からして推して知るべしである。
もはや使い道のなくなったそれを勇者は呆然と受け取っていた……
「アラクネ」終了時のシオリのステータス
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氏名 志織・アルケニー 24歳 女性
総合レベル 69
種族 アルケニー
クラス 仕立屋
HP 1725(MAX1725(捕食補正+3230))アルケニー形態
HP 1242(MAX1242(捕食補正+3230))人形態
MP 449(MAX449(捕食補正+1308))
ステータス基本値(LV補正)(捕食補正)
STR 25 (195)(+999)
STR 18 (140)(+999)※人形態
VIT 25 (195)(+999)
VIT 18 (140)(+999)※人形態
DEX 18 (140)(+999)
SPD 18 (140)(+690)
INT 13 (101)(+605)
MID 13 (101)(+710)
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称号
機織り姫、支配せぬ支配者、職人王
スキル
魅了、糸、柔糸、鋼糸、裁縫(極)、機織り(極)
防具作成(上)、回避率上昇(大)、逃走率上昇(大)
触覚糸、ウェブシールド、捕食
人化、気配察知(人形態不可)再生、4連撃(人形態不可)
竜鱗化、威圧、水中呼吸、剛力、疾風
ファイアーブレス、ウォーターブレス、シャイニングブレス
狐火、噛み付き、飛翔術、精気吸収、精気付与
魔光、魔気放出、魔獣支配
炎属性耐性、水属性耐性、風属性耐性、地属性耐性、闇属性耐性
装備
アルケニーシルクのワンピース(改)
アルケニーシルクの鞄(改)
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ちなみに魔王のレベルは150~200
勇者のレベルは100~120
アルケニー母のレベルは30~40
シオリが勝てたのはひとえに捕食補正のお陰ですね。