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弟子とゴブリン

はい、ほぼ一年ぶりのアルケニーです。

年始の挨拶をいたしましたら、いまだにコメを返していただける方が多数いらっしゃって……お礼代わりに書き上げました。

「ざっす! 姐さん、弟子にしてくれるまでここを動かねぇっす!」


 等と抜かして店の前に座り込んでいるのはエフィーとかいう15歳位の少年だ。

 幼げな風貌に反して体つきもがっしりしているし、体のそこここに見える傷痕から何らかの戦闘職業に就いていることが推し量れる。

 と言うか、彼はいわゆるファンタジー世界における定番職「冒険者」と言うヤツだ。


「いや、あのね? そこに座り込まれると邪魔なの。お店の前だしね?」

「ざっす! 動く訳にはいかねっす! 俺は姐さんの腕に惚れたっす! 弟子にして欲しいっす!」

「いや、だから……聞いてる~!?」


 いや、まったく。

 何でこんな事になったんだったか――


 あ~……あっと。


 お久しぶりです。 

 半人半蜘蛛の魔獣アルケニーに転生した元地球人、新倉あらくら 志織しおり(25)です。

 こちらの世界ではアルケニー洋裁店店主、シオリ・アルケニー、というのが正しいのですが。

 人外であることを隠して平凡な一洋裁店店主として生活していたはずなのに、どうしてこうなった。


 事の起こりは先日、冒険者ギルドに所用があって行ったことがきっかけでした。

 当洋裁店で使用するメインの素材は勿論、私が自ら生み出す「アルケニーシルク」ですし、高価な魔獣素材などは私が自ら採集に赴くのですが、その他にも染色素材として比較的安価な棘茜草やツリガネ草モドキ、鬼苦栗などはこうして採集依頼を出して取ってきて貰うことがほとんどです。

 流石に一般向けの衣服の染色に紅竜のウロコなんて使えませんしね。


「だから! 何で受けられないんだよ! 単なる採集依頼だろ!」


 ギルドのカウンターで受付嬢相手に大声を出しているのは若い男……と言うよりまだ少年か。

 結構がっしりとした体格で、皮の胸当てとショートソードを装備している。


「……七色朝顔は大抵魔力の濃い森の奥深くまで行かないと生えていませんよ? Eランクのあなたでは危険すぎます」

「ゴブリン程度ならラクショーだって!」

「確かに一番目撃例が多いのはゴブリンですが、オークなどの目撃もあります。だからこそ推奨依頼難度がパーティでD、個人でCなのですよ。そもそもあなたソロでの活動が主でしょう。どうしてもと言うならランクの高い他の冒険者に連れてってもらいなさい」

「いや、「アイアンハンマー」とか「宝探し屋(トレジャーハンター)」とか……Dランクパーティの知り合いが何人か心当たりはいたんだけどよう……ここ数日見当たらねえんだ」


 おや。なにやら聞き覚えのある単語が。

「アイアンハンマー」も「宝探し屋(トレジャーハンター)」も確か私の採集依頼を受けてくれたパーティのはず。


「そいつらなら、1週間ほど泊まりがけで採集に出てんぞ! かなり割の良い依頼を受けることができたっつってシェリーの店で前祝いしてやがった! くそがっ!」


 ギルド内に設けられた休憩スペースは軽食やアルコール度数の低い酒類も提供している。

 そこでちびちびとエールを飲んでいた髭面ひげづらのおっちゃんが大きな声で少年に教えてくれた。

 ……凶悪な人相の割に意外と人は良いらしい。


「マジかよ……なあ、エミーさん、誰か紹介してくんねえ? 今月家賃マジで厳しいんだよ」

「誰か、と申されましても……唯一手空きのバーレンさんはあの通り飲んだくれてつぶれる寸前ですし」


 ちらり、と受付嬢のエミーちゃんが視線をやったのはさっきの髭面のおっちゃんである。


「……他にはいねぇのかよ……お人好しでランクの高い手空きの……」

「そうですねぇ……足手まといの子どもを採集依頼に連れてってくれるようなお人好しの……」


 そこでなぜに私を見ますか、エミーさん。

 今日の私はお客ですよ。

 確かに立ち入り危険区域の素材を自分で採集するために、一応冒険者登録もしておりますけど……本業は洋裁店ですからね。

 今日も採集依頼の進展を聞きに来ただけでね?

 おーい、聞いてる~~?


          ※


「いや、助かったよ。もちろん嬢ちゃんは俺が守ってやるって、心配すんな! どうせギリギリDランクの……それも後衛職なんだろ?

 一緒に行ってくれるだけで良いんだ。なに、「幻惑の森」って言っても目的地の辺りにゃゴ、ゴブリンくらいしか出ないって話だしな」


 結局、エミーちゃんのお願いで少年――エフィーを採集に連れて行くことになった。

 エフィーの目的地の「幻惑の森」は、いつか私が深域まで入って迷子になった、あの森である。

 あのときと違って私には「自動地図マッピング」と「気配隠蔽」「魔力隠蔽」等のスキルが増えているから迷子になる心配も無いし、動物や魔獣も普通に出てくる。

 ふはは、同じ間違いは起こさないのだよ!

 あーゼル君元気かな。


 おっと、今はエフィーの方に集中しなくちゃだね。

 何にせよ彼は危なっかしくて目を離せないのだ。

 彼はどうもエミーちゃんが私を紹介した時の「戦闘能力だけなら少なくともあんたの100倍強い」って言葉を冗談としか思っていないらしく、森の中で何かの気配がする度に私を守ろうと剣を構えてくれる――のだが。


「エフィー、それリス」

「わ、わかってるって。念のためだよ。じゃ、こっちか!」

「それ森トカゲ。癖が無くて焼いただけで美味しいよ」

「な、なんだよトカゲかよ……脅かしやがって」


 ふー、と額の汗をぬぐって剣を下ろすエフィー。

 あれ、捕まえないの? 美味しいのに……それじゃ私が。

 周りを見渡すとちょうど良い大きさの木の枝が落ちている。

 うん、これなら手加減するのに(・・・・・・・)ちょうど良い。

 30センチ程のトカゲの頭部を狙って木の枝で軽く叩く。


 バチュン!


 あ、力込めすぎた。木の枝は爆散し、トカゲは上半身がミンチになってしまっている。

 下半身だけじゃ、お弁当代わりにもなりはしない。せいぜいおやつかなぁ。

 私はちょいちょいと小枝でトカゲから内蔵を掻きだして捨てると、アルケニーシルク製のスカーフをほどいてトカゲを包み、それをカバンに押し込む。

 防水性もあるからカバンの中も血だらけにならないのだ。

 普段ならこんな面倒なことはしないで直接エモノを糸でパッケージングするんだけどね。


「え……あ? なんだ、今の……?」

「気のせい気のせい」

「気のせい? だってトカゲがいつの間にか」

「気のせいだって。それより目的地はもうちょっと奥?」

「あ、ああ。たぶん30分も獣道に沿っていけば……」

「よっし、それじゃあさっさと依頼達成といきましょう」


 と、少々強引に話題をそらすと、エフィーの手を引いて私達は森の奥へと向かったのだった。


          ※


「ついた~ほら見ろ、当たりだぜ! 辺り一面七色朝顔の花だ!」


 エフィーの予想通り、あれから30分ほどで日の差す小さな花畑へと到着した。

 そこには一面カラフルな朝顔? っぽい花が咲き誇っている。

 しかし今はもうお昼過ぎなのに咲いているんだねぇ。一応朝顔って名前なのに。


「すっげえ! 高級素材の七色朝顔が取り放題だぜ! ほら、嬢ちゃんも摘みなよ!」


 剣も放り出して片っ端から花を摘み始めるエフィー君。

 おい、良いのか冒険者がそれで。


「んー、見張りしてるよ。一応森の中だしね」

「ばっか、七色朝顔って言えば魔物よけの材料にもなるんだぜ? ゴブリン程度じゃここには寄ってこねえよ」


 ふうん、そうなのか。

 その割には結構近くまで魔物の気配があるんだけどな。ふーむ。

 んーと、もしかして。

 私はエフィー君から死角になるようにして、そっと指先から糸を出して地面一面を埋める花に接触させてみた。

 すると、触覚糸センサーウェブのスキルによって、その花の詳細が脳裏に浮かぶ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

六色昼顔

 ・七色朝顔の近縁種。

  七色朝顔の様な魔物よけの効果は無い代わりにその種子は硬く、ゴブリンの胃液でも溶けない。

  主に草食動物や雑食性のゴブリンになどによって食料とされるが、その糞便として種子が排出され別の場所に繁殖地を広げていく。

 ・精力剤や媚薬の原料となり、一説にはゴブリンの異常な繁殖力はこの花を嗜好品として食べる性質がある為とも言われる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 おおっと。

 よい子には見せられない説明文いただきましたー

 やっぱり七色朝顔とは別物だったか。

 近縁種って事だからニアヒットってところでしょうかね。

 ……と言う事は魔物よけの効果が無いと言うことで。

 それどころか、ゴブリンが嗜好品としているって事は――


「うわぁ!!」


 おや、やっぱり。


「ごごごごごごごこごぶりんっ!? 何で七色朝顔があるのに!?」


 盛大に噛みまくっているエフィー君が指さす方を見ると数体のゴブリンの姿が。

 なるほど、先ほどまで遠巻きにしていた気配はこいつらですか。

 嗜好品を荒らされて怒って出てきたって訳ね。納得納得。


「エフィー君、どうやらこの花は似ているけど別種らしいですよ? 魔物よけの効果は期待しない方が」

「うそぉ!? く、くそっ! たかがゴブリン、俺1人でもやってやらあ!」


 慌てて放り投げていた剣を拾ってゴブリンと対峙するエフィー君。


「ぎぃ!ぎぃぃぃぃ! ぎゃぎゃぎゃ!」

「あ、安心しろ! お、女の1人くらいまもってや、やるから!」


 おお、偉いぞ男の子。そーゆー子はお姉さん好きだな~

 だから、ちょっとだけ手伝ってあげますかね。


「「光の祝福(シャインブレス)」あーんど、「灼熱付与」」


 光の祝福(シャインブレス)は神鳥レミーアを「捕食」した時に得たスキルで、対象の周りに光の障壁を張って防御力を上げるもの。オーガの攻撃でも5~6回は防げる代物だ。

 で、灼熱付与は炎系の魔人を倒した時に得たもので、わかりやすく言えばただの剣を一時的に炎の魔剣化するスキル。いや、剣じゃ無くてもオノでもツメでも良いけど。


「な、なんだこれ!?」


 いきなり微光を放ち始めた自分の体と、ごうごうと炎を立ち上らせるショートソードに唖然とするエフィー君。

 ちょっと、戦闘中ですよ。敵を前にして隙だらけじゃ無いですかー

 まあ、幸い、ゴブリンの方もいきなり燃え上がった剣を見て動きが止まってましたけど。


「付与系の呪文ですよ。攻防ともかなり強化されてますから頑張って下さいね」


 本当は呪文じゃ無くてスキルだけども。

 魔獣由来のスキルなんて本来は人が使える物じゃ無いから、そういうことにしておく。


「お、おうっ! こんな呪文使えるなんて、お前ホントに凄かったんだな! 後は任せろ!」


 そう言いながらゴブリンの群れへと突っ込んでいくエフィー君。

 その剣の一振りはゴブリンのさびた短剣もろとも敵を易々と切り裂く。


「……すっ……すっげえ……なんだよこの切れ味……」


 いや、だからいちいち棒立ちにならないの。


「エフィー君、まだ敵は残っていますよ! 立ち止まらない!」

「お、おう! これなら!」


 そこからはもう無双状態。

 何しろ向こうの攻撃はエフィー君にダメージを与えられず、エフィー君の偽炎の剣はゴブリン達の防御を物ともせず易々と切り裂く。

 相手になる訳が無いのだ。

 5分もしないうちにゴブリン達は全員、屍と化した。


 ……あ、訂正。


 普通のゴブリン達は屍と化した、だった。


 なぜなら――

 ゴブリン達の後ろから身長2.5メートルはあろうかという異形のゴブリンが現れたからだった。


「こ、こいつは……ひぐっ!」


 そいつの威圧感に思わず動きを止めたエフィー君が、そいつの振るったメイスの一振りで数メートルもはじき飛ばされる。


「がっ……がふっ……」

「エフィー君、大丈夫?」

「なん、とか……けふっ……逃げろ嬢ちゃん、コイツは……この巨体は……噂でしか聞いたこと無いけど、ゴブリン・ロードだっ!」


 あー、なるほど。ゴブリン・ロードね。

 故郷の蜘蛛の森にはゴブリン系は居なかったし、前回この森に来た時は私の気配だだ漏れで、向こうから一切寄ってこなかったしね。

 なにげにはじめて見ますわー。

 でもねえ、ゴブリン系って素材もろくな物が取れないしスキルもたいしたことが無い脳筋馬鹿だしであんまり倒す旨味が無いんだよね。

 だから、まあ。気配を解放して、相手がとっとと逃げるようなら見逃してあげても――


「フン、小娘カ。乳モ無イ小娘デハ我ノ苗床ニハフサワシクナイガ……若イ分、長ク使エルダロウ。一族ノ土産ニシテヤル」


 今何つった。


「フォォ!? ナンダコノオゾマシイ殺気ハ!?」

「脳筋馬鹿の分際でぇぇぇ!! 乳が無い(・・・・)と申したか!?」

「コ、コノ乳ノ無イ小娘カラカ!? コレホドノ魔力圧、モシヤ魔王サ……」

「うわーん、また言ったぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 指先から粘着性と速乾性を持った糸を高速射出し、空中に細長い形を作り出す。

 それはあっという間に1本の真っ白い剣となって私の右手の中に収まった。

 言ってみれば3Dプリンター方式で糸で作った剣を現出させたのである。


「マ、マテ! アヤマル! 乳ガナクトモ子ハ成セルゾ!!」


 ぷちっ


「貴様の罪は……一つ、乳が無いと言ったこと。

       二つ、2回も乳が無いと言ったこと。

       三つ、3回も乳が無いと言ったことだぁぁぁぁぁっ!!」


 そして、辺境の厄災とまで言われたゴブリン・ロードは、その体を微塵にまで細切れにされて森の肥料へと相成ったのであった。


          ※


「ざっす! 姐さん、弟子にしてくれるまでここを動かねぇっす!」


「いや、あのね? そこに座り込まれると邪魔なの。お店の前だしね?」

「ざっす! 動く訳にはいかねっす! 俺は姐さんの腕に惚れたっす! 弟子にして欲しいっす!」

「いや、だから……聞いてる~!?」


 ……と、かくして冒頭へと話は戻る訳ですね。

 致し方なかった(・・・・・・・)とは言え、エフィーの前で力の一端を見せてしまった私のせいではあるんですが(幸い、糸の剣は召喚術か魔法の袋から出した物と思って居るみたいですが)……正直言ってこのまま店頭で平伏され続けると商売に支障ありまくりですよ。

 はてさてどうしましょうかね。


「んー……そうね、弟子にとっても良いよ」

「本当っすか!?」

「住み込みって訳には行かないし、週3くらいかな。お給料もそんなには出せないけどいいの?」

「? もちろんっす! てか教わる立場っすから給料なんて貰え無いっす!」

「だからとりあえず店頭で平伏はやめなさい。そんでこっちの服に着替えて……」

「わかったっす、姐さ……師匠!」

「じゃ、来週の朝9時からね。その服を着て、体は清潔にして身だしなみを整えてくるのよ」

「わかったっす! これで俺も達人の道が開けるっす!!」


 喜び勇んでスキップで走り去っていくエフィー君。


 ……こうして私は念願の(低賃金で働いてくれる)店員を手に入れたのだった。

 え? 弟子? 勿論、洋裁店としての……経営の弟子ですよ?

 服の売り方とかクッションの売り方とかサービスの概念とか。

 剣の弟子とか魔法の弟子とか一言も言ってませんもん。



ええと、その、特定の女性をディスるつもりでは無いのです。

シオリは前世ではそれなりに乳がありましたので、今世の姿に一部分コンプレックスを抱いているのですね。

私自身はおっきいのもちっさいのも、等しく乳は神聖なものとしてあがめ奉る派です。

――――――――

糸剣ウェブソード

 攻撃力+42

 魔法攻撃力+5

 再生能力(微)あり

 炎耐性-10%

 剣速+10%


 シオリがゴブリンロード戦で片手間に作り出した剣。糸で出来ているので炎に弱い。

 攻撃力は普通のロングソード並だが、シオリの糸製だけあって刃こぼれくらいであれば自動修復する。

 また、重さが異常に軽いので剣速が上がるが、その分打撃力は低く刃の鋭利さで補っている。

 剣と言うより巨大なカミソリのような使い方の武器と言える。

 指から出した糸で出来ているので、耐久性が低く、おそらく1月ほどで自壊する。


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