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Have a nice day

作者: 芦丸瑞葉

夏は唐突に始まる

太陽は今までのエネルギーを四方八方に放つ

肌に照りつける光線は、暑さを倍にする

みな暑い、暑いと呟きながら歩いている

あたしも制服が汗ばむのを感じた

きょうは英検の2次試験を受けに清水が丘高校に行った

1次試験をぎりぎりで合格した

塾で受けた英検に受かったのは3人

それ以外に知りあいもいないあたしは不安の悪運が漂っていた

誰に会うことなく受付に向かう

心の奥ではきっとまおくんを探していたのだと思う

緊張と焦り

それをさらに大きくするのが暑さである

あたしは受け取った受験番号を汗ばむ制服のポケットにしまった

緑色の受験番号は「Kー17」とバランス良く配置されていた



受付をすませ待合室に入った

待合室と言ってもただの教室である

けれど、そこは教室ではない異様な空気が立ちこめる

さまざまな制服と、私服

ぽつんぽつんと空席も見られる

きまった席などない

みな教室で面接カードの記入に取りかかっていた

それが終わった人も数人いて

友達同士話をしたり、テキストを熟読している人もいたりした


あたしはラッキーだった

教室に入った瞬間にそう思った

唯一2人のなかでひとりのまおくんがドアのすぐそばの席にすわっていたからだ

「わっ」

周りの注意をひくことなく、まおくんだけに聞こえるような声で無防備な背中を叩いた

「びっくりした」

まおくんがそこにいた「おはよう」

まおくんの席の近くに座っても怒られないかと考えたが

とりあえずまおくんの前の席に座った

ふと机の上の緑色の受験番号が目に入った

「Kー15」

あたしが呟く

面接カードの記入をしているまおくんが顔をあげた

「お前は?」

あたしは笑顔で応える

「Kー17。一緒になるね」

無視

いつものことである


その時大柄な男の人が教室に入ってきて

教室がしんとなった

うちわであおぎながら、男の人はA~Kの番号を書き出した

Kの番号はあたしもまおくんもまだだった

教室から数人が移動した


あたしも記入を始める

筆箱のなかには肝心のシャープペンシルが入っていなかった

「シャーペンかして」

まおくんの筆箱からかりる

「きょう部活行ったん?」

あたしはきょう朝の7時から9時まで部活の予定だった

本当は部活に行ってから、英検の会場に向かうつもりだったのだ

「いや、結局行かんかった」

「そうなん」

「おれシューズ取りに行った時、めっちゃ気まずかった」

あたしはふいにまおくんの足下を見る

きのう言っていたスリッパではない

まおくんは野球部できょうは1、2年生の練習試合だった

「英検終わったら部活行かんといけん」

「たいぎいね」

あたしは借りたシャープペンシルを返しながら応えた

さっきから清水が丘の制服をきた女子たちがちらちらとこっちを見ている

あたしたち付き合ってないですよ

心の中で言っても伝わらない

でもあたしの片思いにしか見えないかもしれない

とりあえず、どちらも本当じゃない

「ねえ、K病院ってどうやって行くん?」

「すぐそこを曲がっておりるんだって」

教室の窓からK病院が見える

「えーわからん」

「おれもK病院行くよ」

えっ、とあたしが声を出す前にまおくんが言う

「やだ」

「まだ何も言ってないぢゃんか」

まおくんもあたしも笑った


それから英検の面接のことを話した

「良い聞き返しがあるんよ。Can you speak slowly?」

「えーいいね」

それから後にまおくんが面接の注意事項で

試験管に質問文をゆっくり言うような聞き返しは違反です、という項目を見つけた


受験番号は15と17だったから

てっきり同じ時に移動できると思っていたが

ちょうど15できられ、あたしはひとりになった

もう逢えないかと思ったので

「まっといてよ」と消え入りそうな声で叫んだ

まおくんは笑って手をあげただけだった



数分後にあたしは呼ばれまおくんといった面接場所に行った

それまであたしはまおくんが本当に待っていてくれるだろうか、と考えていた


面接にはもう一人の合格者の友達が出ていたところだった

「思っとったのと全然違うよ」

友達の顔に笑顔はなかった



面接の前に受け付けがあった


受付を終えると5つ並べてある椅子に座るようだ

あたしは面接カードの記入もれがあった

感じのよいふくよかな女の人はいた

「ここ書いてないね。筆記用具はある?」

あたしは黙って首をふる

「誰かかしてあげてくれる?」

面接を待つ4人にきいた

そこに座っていた人はちらっとこっちを見た

そしてまおくんだけがかばんに手をかけ、シャープペンシルをかしてくれた

「ありがとう」

さっき借りたときのようにお礼を言う

まおくんもうなずきながら微笑む



それからの時間は長かった

けどまおくんの面接が始まってからはあっという間だった

「がんばって」

うん、と頷いてまおくんはドアをノックした

まおくんの面接は早かった

階段を下りていくまおくんの姿を見送りながら

あたしはまた待っていてくれるだろうか、と思った

きっとみんなは緊張で顔がこわばっているだろう

あたしだけが平然としていた



試験官は60歳手前くらいの

厳格な女性だった

女の人のほうが厳しいという、友達の言葉が脳裏にあらわれる

もう戻れない


「Good morning」


それからは練習通りにことは進んでいた

あたしは四十笑顔でいたような気がした


最後に試験官は

「Have a nice day」と言った

「Thank you」


良い日を


それからあたしは教室を出て

階段をかけおりた

暑くて息がつまりそうだった

下駄箱の上にたくさんの靴がある

それが見えた


そしてその下駄箱の陰から

「おい、はよせーや」まおくんが手招きした

あたしは駆けだした

まおくんは待っていてくれた

何が嬉しかったのかわからない

ただそこにまおくんがいたことが嬉しかった

急いで靴に履き替えた

「一緒に行かないぞ。後ろからついて…」

まおくんはどんどん先へ進む

あたしは走ってまおくんに追いつこうとする

太陽の日差しがふたりを照らす

「何で一緒に帰らんといけんのや」

離れろ、と手をはらわれる

朝もいた管理人がにこやかに挨拶をする

それからまおくんは電話して

あたしはそのあとをついていった

何だか不思議な気分だった

目の前にまおくんがいる

歩いている

あたしはついていっている

これがあたしたちの距離なのかもしれない

遠いけど近すぎなくて

ちょうど良い距離

相手のすべてを知るわけじゃないけど

他人でもない

あたしたちはこういう関係なのだ



K病院があと少しというところで

まおくんが振り返った

「ここまっすぐ行って曲がったら病院だから」

「うん、ありがとう」

「おれここで待つから」

そしてまおくんの前を通る

「ありがとう。ばいばい」

「じゃあね」



背中にまおくんを感じながら

あたしはその道をまっすぐ歩いた









あたしはこの出来事が夢のように感じていた

その日はとても暑かったから

この出来事がまぶしいくらいに輝いて

現実だったのかどうか分からなくなりそうだった


けれど、きょうこうやって

まおくんと話をしていると

現実だったことが確信できた

夢はひとりで見るもので、現実はひとりで見る者じゃないんだね



でもこれ以上きくと

冷たいこたえが返ってきそうだから

この話はおしまい








絶対に落ちていると思った英検は

まおくんもあたしも合格していた

そのときは夢みたいで、本当に嬉しかった

あれから

あたしはまおくんのことが好きかもしれないと

少し想っていた

でもまだ分からないから、ただ学校でまおくんをじーと見ていた

けど、まおくんはその5日後くらいに

ゆうかちゃんと付き合った

そのときはちょっと悲しかった

けど好きだった

とかは言い訳だから、なかったことにした

ゆうかちゃんとは3日で別れて

その後、また復縁したけど1週間もたなくて

何だかあたしは

お互いに愛想をつかしていた

まおくんのことはやっぱり好きにはなれそうにない

まおくんは今りいちゃんと付き合っている

別に良いと想う

まおくんに一番初めに紹介したのは

りいちゃんだった

きっと幸せになれると想う

ゆうかちゃんを紹介したのもあたしだった

それ以来まおくんには罪悪感を抱いていた

今回りいちゃんを選んだことは

あたしとしては願ったり叶ったりだったけど

まおくんの友達関係としては

今りいちゃんと付き合うのは過ちだったと思う

りいちゃんの最近別れた彼氏はまおくんの友達だからだ

恋愛をしてからのいざこざは

本当に大変なのだ

岩野(りいちゃんの元彼)が寛大な心を持っていることを期待したい


そしてまおくんとはこのまま高校へ行っても

友達でいたいと思う

まおくんごめん

あたし基町行くつもりだったんだけど

やっぱり三津田になりそう

だから高校でも仲良くしてね

一回は一緒に帰りたいな


もちろん

友達としてね


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