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書類整理の仕事にも慣れてきたシエ・スーミン。きりのいいところでペンを置き、背筋を伸ばした。気が付けば間もなく夕方になろうとしている時刻。今から何かを食べてしまうと夕食に差支えが出てしまう。しかし小腹が空いている。悩んだ挙句、選んだのは紅茶だった。侍女を呼び、紅茶のセットを用意してもらうようお願いする。用意をしてもらっている間、シエ・スーミンはとある人物を呼びに席を立った。いる場所の検討はついているので、その場所へと向かった。
最初に向かったのは図書室。その人物は暇さえあればここで本を読み漁っていて、常に知識を広げようと努力をしている。普段の様子からは想像はできないが、その人物なりに頑張っていることは認めている。いそうな場所を見てみたが、そこに目当ての人物は不在だったため、シエ・スーミンは次の場所へと移動した。
次に向かったのは訓練施設。本ばかり読んでいては体が動かなくなると助言をしてから、その人物は適度に体を動かすようになった。それも目立たない場所で。いるかと思って探してみてもそこには汗をかいて訓練をしている兵士達しかいなかった。諦めて次の場所へと足を動かした。
ここでいなければ後は勘を頼りにするしかない。いて欲しいという念を込めてドアノブに手をかけ、回す。そこはシエ・スーミンお気に入りのバルコニーだった。爽やかな風が頬を撫で、ちょっとした悩みなら吹き飛ばしてくれるようなそんな風だった。
「あ、スーミン様。どうしたんですか。そんな顔して」
こちらのことを知ってか知らずか探していた男が軽口を叩く。わかってはいたがこうもあっさりしていると、むしろ清々しく思える。
「……ニクス。ちょうどお前を探していたんだ」
「へ? 俺っすか? これまたなんで……」
「ああ。ちょっと付き合ってもらいたくてな。今、時間はあるか?」
「ああ……はい。大丈夫ですけど」
「なら、王の間に来てくれ」
ニクスの返事を聞かないままシエ・スーミンはバルコニーを後にした。やや気持ち速足で王の間へ向かいあれの準備をしたいと思うと、更に速度は増した。一方、誘われたニクスはなんで誘われたか未だにわからない様子で、頭をぽりぽりとかいていた。まぁ、考えていても仕方がないとわかるとニクスも王の間へと足を運んだ。
「ニクス。来てくれたか」
「来ましたけど……なにかあったのですか?」
「特にはないのだが……その……飲んでもらいたいものがあってな」
「? なにか作ったのですか?」
まだ使い慣れていないティーポットを傾け、ティーカップになにやら液体を注いでいる様子を見たニクスは、まさかと思い更に近付く。間違いない。あれは紅茶だ。そう確信したニクスは、失礼を承知で尋ねた、
「まさか……スーミン様が紅茶を……?」
「あ……ああ。意外だと思っただろう。でも、これはどうしても私がやりたかっ
たことなのだ」
「? それまたなんで?」
二人分のティーカップに紅茶を注ぎ終えたシエ・スーミンは、ゆっくりとティーポットを置き静かに口を開いた。
「お母さんの影響かな。お母さんからもらった茶葉を自分で淹れてみたんだ
が……それが中々上手くいかなくてな。淹れ方を侍女に教わって飲むようにな
るとそれが今度は誰かの喜ぶ顔がみたいという気持ちに変わっていったんだ。
そして、その一杯目はニクス。お前だ」
「お……俺でいいんすか?」
「ああ。お前が素直に喜ぶ顔が見たくてな」
椅子を引き、ニクスを招くシエ・スーミンに少し抵抗をするもゆっくりと椅子に腰かける。目の前には淹れたての紅茶が小さく揺らいでいた。
「さぁ、温かいうちに飲んでみてくれ」
「はい……いただきます」
ニクスは恐る恐るティーカップに口を付ける。少しずつ近付いてくる熱い液体がニクスの唇に触れると、そこから小さく吸い込むようにして飲む。そして、ティーカップをゆっくりとソーサーに戻す。
「……どうだ?」
シエ・スーミンはもどかしい気持ちで一杯だった。返答を聞きたいけれど聞きたくないというのを行ったり来たりで、胸の辺りがむずむずしている。
「……」
「……ニクス?」
まさか美味しくなかったか、それとも熱すぎたか……様々な憶測が飛び交う中、ニクスはケロッとした顔で美味しいと言った。
「……お前……。私をからかっているのか?」
「そんなつもりじゃないんです。最初は熱くて何も言えなかったんですって」
「そうか……ならば次からはもう少し飲みやすい温度を研究するか」
何やらメモを取るシエ・スーミンに、ニクスは驚いた。今まで戦いばかりしていた人物が紅茶を極めようとしているのだから。
「一応、この国の長として持て成しの一つや二つがあってもおかしくなかろう」
「それもそうですね。しかし、この紅茶、どこかで飲んだことがあるような」
「そうだろう。それはあのパーティーの時に飲んだものと同じだ。そして……」
ワゴンの下から取り出したのは、小さな箱に入ったアイスクリームだった。スクープでアイスをすくい、紅茶に落としてく。紅茶の熱でアイスクリームがじわじわと溶けていく。
「あ、ずるいっす」
「待ってろ。今、入れてやる」
少し多めにすくい、ニクスのカップにもアイスクリームを落とす。こちらはシエ・スーミンのよりもより白さが際立ちよりクリーミーなものとなった。
「おほー。美味そうっすね」
「今回は特別だ。味わって飲め」
幾分飲みやすい温度にまで下がった紅茶に歓喜するニクス。その顔を優しい笑みで見るシエ・スーミン。自分でも以前より自然に笑えるようになったなと思えた時だった。廊下の方からバタバタと足音を立ててこちらに向かってくる者がいるようだ。
「す、スーミン様。お寛ぎのところ失礼します」
「どうした。何事だ」
「数キロ先にて大量の敵軍を発見致しました。我々だけでは対処が難しいので、
参りました」
「わかった。すぐに支度をして向かう。私が向かうまでは全員入り口にて待機
だ」
「はい! 畏まりました」
敬礼をしながら出ていく兵士に大きなため息をつくニクス。仕方のないことではあるが、今は安全を確保する方が先だ。
「せっかくの紅茶が……はぁ……仕方ないか」
名残惜しそうに紅茶を眺めるも、シエ・スーミンとニクスは軽く体を動かし、それぞれ武器を取る。二人は支度を終えると、城門入り口まで駆けていった。
城門入り口では、既に準備を整えた兵士達でいっぱいだった。中には今にも飛び出していきそうな龍麗やレイファ、その後ろではがくがくと足を震わせているオルロもいた。
「オルロ……どうしてお前がここに」
「わ……私にもなにかできることがあるかもしれないと思ったら……足が動いて
ました」
「……無理はするなよ」
「は、はい! 後方からのサポートなら任せてください!」
えへへと笑いいかけるオルロを見て、シエ・スーミンは小さく頷いた。頃合いを見て、シエ・スーミンは集まった兵士達に注目するよう呼びかける。
「これから我らは力を行使しなければならない。だが、それは自分を、明日を、
この周辺に住むみんなを守るためだ。各自無理だけはするな。以上っ」
シエ・スーミンの話が終わると同時に城門は開き、兵士達は迫り来る驚異に立ち向かっていく。全員が出ていったところを確認し、シエ・スーミンとニクスも脅威へと立ち向かう。みんなを守るために使うと決めたこの力……今日はいつもよりも強く感じた。
「そういえばスーミン様。一つお願いがあります」
「なんだニクス」
「さっきの紅茶、またお願いしてもいいですか。飲みかけだったので……」
「ああ。確かにそうだな。無事に済んだら淹れてやる」
「じゃあ、それを励みに頑張りますかね」
いつもと変わらぬやり取りをしながら、二人は力を示す戦いからみんなを守るための戦いへと赴いた。この先、みんなが幸せになれることを信じて。




