第九話:決着(健太)
「全員集合」
私のLINEに、姐さんから一斉送信が届いた。
深夜3時。「地獄極楽」に、メンバー全員が集まった。
私、ぴえん、ゆめかわ、病み子。そして姐さん。
「状況は分かってるな」
姐さんが言った。
「健太がこの店を特定した。今、外にいる」
「どうするの……?」
ぴえんが怯えた声で聞いた。
「決める」
姐さんが私を見た。
「らむね。お前が決めろ」
「……私が?」
「お前の戦いだ。お前が決めるのが筋だ」
私は窓の外を見た。
健太は、まだそこにいた。じっとこちらを見ている。
「……出ます」
「出る?」
「健太と、話をします」
「危険だ」
「分かってます。でも——」
私は姐さんの目を見た。
「逃げたら、武士じゃない」
***
作戦はシンプルだ。
私が外に出て、健太と対峙する。
その間、ゆめかわは会話を録音。病み子は周囲を監視。ぴえんは警察への通報準備。
姐さんは、店の中で待機。
「何かあったら、あたしが出る」
姐さんがそう言った。
「……姐さんが出たら、何が起きるんですか」
「お前は知らなくていい」
怖い。
でも、心強い。
***
午前3時30分。
私は「地獄極楽」の扉を開けて、外に出た。
夜の歌舞伎町は、意外と静かだ。ネオンは消え、人通りもまばら。
健太が、こちらに歩いてきた。
「よう、らむね」
「……久しぶり、健太」
「元気そうじゃん」
「お前もね」
嘘だ。健太はやつれていた。髪はボサボサ、髭も伸び放題。目の下にはクマができている。
「俺の人生、お前のせいで終わったんだけど」
「そう」
「会社クビになった。友達もいなくなった。親にも見放された」
「そう」
「全部、お前のせいだ」
「……そうかな」
私は冷静に答えた。
「私は、お前がやったことを公開しただけ。それで人生が終わったなら、それはお前がやったことのせいでしょ」
「は?」
「浮気したのは誰? 裏アカで彼女の悪口書いてたのは誰? ——全部、お前がやったことだよ」
健太の顔が、怒りで歪んだ。
「……お前、反省してないのかよ」
「反省? 何を」
「俺の人生を壊したことだよ!」
「お前が私の人生を壊したことは?」
「……」
「付き合ってる間、ずっと浮気してた。私のお金を使い込んでた。裏で私をバカにしてた。——お前がやったこと、全部覚えてるよ」
私は健太の目を見た。
「私は、お前に壊された人生を、自分で取り戻しただけ。お前に同じことをしただけ。——何か間違ってる?」
健太が黙った。
数秒間、沈黙が流れた。
そして——
「……殺す」
健太が、ポケットから何かを取り出した。
ナイフだった。
***
私の体が、凍りついた。
刃物。本物の刃物。
「お前を殺して、俺も死ぬ」
健太が一歩、近づいてきた。
「それで終わりにする」
「……待って」
「待たない」
「健太、落ち着いて——」
「うるさい!」
健太がナイフを振り上げた。
——その瞬間。
ガンッ!!!
鈍い音が響いた。
健太が、倒れた。
***
健太の後ろに、姐さんが立っていた。
手には、一升瓶。
「……いてて、何しやがる……」
「うるさい」
姐さんが、健太を見下ろした。
「ナイフ持って女を脅すとか、最低だな」
「く、くそ……」
健太が立ち上がろうとした。
姐さんが、その手を踏んだ。
「動くな」
「いてぇ!」
「動くなって言ったろ」
姐さんの声が、冷たかった。
「お前、この街のこと知らないだろ」
「……何だよ」
「歌舞伎町ってのはな、地獄なんだよ」
姐さんが、私を見た。
「でも、地獄にも仲間はいる。——らむね、お前は一人じゃない」
「……姐さん」
「お前がやったこと、あたしは認めてる。こいつが何を言おうと、お前は間違ってない」
姐さんが健太を見下ろした。
「お前は、この子を傷つけた。だからこの子は、お前を傷つけた。——それで終わりだ」
「終わりじゃない……俺は——」
「終わりだ」
姐さんが、健太の顔を踏んだ。
「これ以上この街に来るな。この子に近づくな。もし来たら——」
姐さんが、ニッコリ笑った。
「社会的じゃなく、物理的に殺す」
***
警察が来た。
健太は銃刀法違反と脅迫で逮捕された。
私たちは被害者として事情聴取を受け、朝方に解放された。
「……終わった」
私は、「地獄極楽」の前で空を見上げた。
朝日が昇り始めている。歌舞伎町に、光が差し込んでいる。
「終わったね」
ぴえんが隣に立った。
「らむね、大丈夫?」
「……大丈夫」
「怖かった?」
「怖かった」
正直に答えた。
「ナイフ見た時、死ぬかと思った」
「でも、逃げなかったね」
「逃げられなかっただけ」
「違うよ」
ぴえんが私の手を握った。
「らむねは、強いよ。——あたしの、憧れだよ」
「……」
「だから、これからもついていく。——ずっと」
私は、ぴえんの顔を見た。
泣いてない。笑っている。
「……ぴえん、泣いてないね」
「うん。今日は、泣かない」
「なんで」
「だって——」
ぴえんが、私の手を握りしめた。
「勝ったから」
***
私たちは、「地獄極楽」に戻った。
姐さんが、朝ごはんを作ってくれていた。
「食え。腹減っただろ」
「……ありがとうございます」
私たちは、無言でご飯を食べた。
味噌汁と、ご飯と、焼き魚。シンプルな朝ごはん。
でも、今まで食べた中で、一番美味しかった。
「姐さん」
「何だ」
「私、これからも戦います」
「……そうか」
「まだ、歌舞伎町にはクズ男がいっぱいいる。傷ついてる女もいっぱいいる」
「ああ」
「だから——」
私は箸を置いた。
「葉隠組、続けます」
姐さんが、笑った。
「ああ。好きにしろ」
ゆめかわが、病み子が、ぴえんが、私を見た。
全員、笑っていた。
これが、私の仲間だ。
これが、私の居場所だ。
***
『葉隠』にはこうある。
「七転び八起き」
——七回転んでも、八回起き上がれ。
私は何度も転んだ。男に裏切られ、社会に見捨てられ、それでも何度も起き上がった。
そしてこれからも、転ぶだろう。
でも、また起き上がる。
何度でも。
それが、私の武士道だ。
***
歌舞伎町の朝。
ネオンは消え、陽の光が街を照らしている。
私は窓から外を見た。
昨日と同じ街。でも、何かが違う。
私が、変わったからだ。
スマホが鳴った。
見ると、知らない番号からの着信だ。
「……はい」
「あの、姫咲らむねさんですか?」
若い女の声だ。泣いている。
「……そうですけど」
「あの、友達から聞いて……困ってる女の人を助けてくれるって……」
私は窓の外を見た。
朝日が、歌舞伎町を照らしている。
「——何があったの」
新しい戦いが、始まろうとしていた。




