第八話:逆襲(健太)
平和な日々は、長くは続かなかった。
ホスト討伐から一週間後。私のスマホに、一通のLINEが届いた。
「久しぶり。元気にしてる?」
送り主は、佐藤健太。
社会的に殺したはずの、元カレだ。
***
「無視しろ」
姐さんが言った。
私たちは「地獄極楽」に集まっていた。緊急会議だ。
「反応したら負けだ。そのまま放置しとけ」
「でも姐さん、これ見てください」
私はスマホを姐さんに渡した。
健太からのLINEは、一通では終わらなかった。
「お前がやったこと、全部分かってるよ」
「会社のSlackにリンク貼ったの、お前だろ」
「俺、クビになったんだけど」
「お前のせいで人生終わったんだけど」
「なあ、責任取れよ」
「取れよ」
「取れよ」
「取れ」
姐さんの顔が、険しくなった。
「……何通来てる」
「三日間で、147通」
「ストーカーだな」
「そうですね」
私は冷静だった。冷静でいるしかなかった。
「でも、これだけじゃないんです」
私はもう一つ、スマホの画面を見せた。
Twitterだ。私の本名でエゴサすると、見知らぬアカウントが私を攻撃している。
「姫咲らむね、こいつ最低の女」
「元カレの職場に凸って人生壊した」
「こういう女、社会的に抹殺すべき」
「……健太が広めたのか」
「たぶん。アカウント作ったの最近だし、私のことしか書いてない」
姐さんが舌打ちした。
「復讐のつもりか。——面倒なことになったな」
***
「でも、これって犯罪じゃないの?」
ぴえんが聞いた。
「ストーカーとか、名誉毀損とか」
「犯罪だな。でも——」
姐さんが言った。
「警察に行っても、すぐには動かない。証拠を集めて、被害届出して、受理されて、捜査が始まるまで何週間もかかる」
「じゃあ、どうすれば——」
「待ってる間に、何されるか分からない」
私は窓の外を見た。歌舞伎町のネオンが瞬いている。
「健太は、本気で復讐しに来てる。社会的に殺されたから、今度は私を社会的に殺そうとしてる」
「……らむね」
「でも、私は負けない」
私は立ち上がった。
「先に殺る」
***
【健太の現状】(ゆめかわ調べ)
・会社をクビになった後、実家に戻った
・実家は千葉県船橋市
・現在は無職
・毎日、私への恨みをSNSで撒き散らしている
・最近、歌舞伎町に来ている形跡がある
「歌舞伎町に来てる……?」
私は聞き返した。
「うん。インスタのストーリーに、歌舞伎町っぽい写真が上がってた。位置情報は切ってあったけど、背景で分かった」
ゆめかわがスマホを見せてきた。
確かに、見覚えのある風景だ。ドン・キホーテの観覧車が映っている。
「私を探してるのか……」
「たぶん。らむねの住所は知らないだろうけど、歌舞伎町にいることは知ってるから」
「……」
「らむね、気をつけて。こいつ、本気でやばいかも」
ゆめかわの声が、真剣だった。
***
その夜。
私はアパートに帰らず、「地獄極楽」に泊まることにした。
姐さんが、奥の部屋を貸してくれた。
「しばらくここにいろ。一人で帰るな」
「……すみません」
「謝るな。お前は悪くない」
姐さんが私の頭をぽんぽんと叩いた。
「悪いのは、クズ男だ。——お前は、正しいことをした」
「……」
「だから、胸を張れ。武士なんだろ?」
私は頷いた。
「はい。——武士です」
***
深夜2時。
私はベッドの中で、目を閉じていた。でも眠れなかった。
健太のことを考えていた。
付き合ってた頃のこと。同棲してた頃のこと。裏切られた夜のこと。
そして、私が健太を社会的に殺した夜のこと。
あの時、私は正しかったのか。
分からない。
でも、後悔はしていない。
健太は私を裏切った。私の誇りを踏みにじった。だから私は、健太の誇りを踏みにじった。
それだけのことだ。
——と、その時。
スマホが鳴った。
LINEだ。健太からだ。
「見つけた」
たった三文字。
そして、添付された写真。
それは、「地獄極楽」の看板だった。
***
私は飛び起きた。
窓から外を見る。
いた。
ビルの向かい側の路地に、男が立っている。
健太だ。
スマホを持って、こちらを見ている。
私と目が合った。
健太が、笑った。
***
『葉隠』にはこうある。
「討つ者は討たれる覚悟をすべし」
——敵を討つ者は、自分も討たれる覚悟をしなければならない。
私は、その覚悟を忘れていた。
でも、今思い出した。
戦いは、まだ終わっていない。




