第六話:潜入(ホスト)
「らむねぇ……あたし、ホストクラブに行きたい」
ぴえんが言った。
普通なら「また貢ぐ気か」と止めるところだ。でも今回は違う。
「いいよ」
「え、いいの?」
「ただし、偵察だ」
私はスマホを取り出し、地図を表示した。
「Club Lucifer。お前が貢いでた店だろ」
ぴえんの顔が曇った。
「……うん」
「そこに、まだお前の担当いるんだろ」
「……いる」
「名前は」
「……涼介」
涼介。
ぴえんから200万を搾り取り、借金まみれにし、「お前なんかどうでもいい」と言い放って捨てた男。
私は、そいつの顔を知らない。
でも今日、知ることになる。
***
作戦会議は「地獄極楽」で行われた。
メンバーは、私、ぴえん、ゆめかわ、病み子。そして姐さん。
「Club Lucifer、あたしも知ってるよ」
姐さんがウイスキーを飲みながら言った。
「歌舞伎町でも悪質な店の一つだ。若い女を狙って、借金漬けにして、風俗に沈める。——典型的なやり口」
「最低ですね」
「最低だな。でも、表向きは合法だ。下手に手を出すと、こっちがやられる」
姐さんが私を見た。
「だから、まずは偵察だ。敵を知れ」
敵を知り己を知れば百戦危うからず。
孫子の言葉が、頭をよぎった。
***
偵察チームは、私とゆめかわの二人。
ぴえんは顔が割れてるから連れて行けない。病み子は見た目が目立ちすぎる。
「私たち、初回で行くの?」
ゆめかわが聞いた。
「そうだ。初回1000円のやつ」
「安いねぇ」
「安いから釣れる。そして釣った魚を、借金漬けにする。——それがホストクラブだ」
私は鏡を見た。
今日のメイクは、いつもより薄め。服装も、地雷系ではなく清楚系寄りにした。
カモに見えるように。
***
夜10時。歌舞伎町、ホスト街。
Club Luciferは、派手なネオンサインが輝く大型店だった。入口には黒服が立っている。
「いらっしゃいませ。初めてですか?」
「はい」
「では、こちらへどうぞ」
店内に入る。暗い照明。大音量の音楽。そしてキラキラした男たち。
気持ち悪い。
でも顔には出さない。ニコニコしながら、席に案内される。
「担当、誰にしますか?」
黒服がメニューを見せてきた。ホストの顔写真と名前が並んでいる。
私はその中から、一人を選んだ。
「涼介さんで」
***
涼介。25歳。Club Luciferのナンバー3。
金髪。整った顔。笑顔が爽やか。——表面上は。
「初めまして、涼介です。今日は来てくれてありがとう」
涼介が席に座った。私の隣に。近い。
「お名前、聞いてもいい?」
「……さくら、です」
偽名だ。当然。
「さくらちゃんか。可愛い名前だね」
涼介が笑った。目が笑ってない。
こいつ、プロだ。
「さくらちゃん、何歳?」
「22です」
「え、同い年じゃん。運命だね」
嘘つけ。お前25だろ。
「今日、誰かに紹介されて来たの?」
「いえ、一人で……」
「そうなんだ。勇気あるね。俺、そういう子好きだよ」
涼介の手が、私の手に触れた。
反吐が出る。
でも笑顔を保つ。今日は偵察だ。情報を集めるのが目的。
***
一時間後。
私は店を出た。ゆめかわも一緒だ。
「どうだった?」
ゆめかわが聞いた。
「最悪」
「だよねぇ」
ゆめかわも同じ感想らしい。彼女は別のホストについていた。
「で、情報は?」
「いくつか取れた」
私はスマホを取り出し、メモを見せた。
【涼介の情報】
・本名:不明(偽名の可能性大)
・年齢:25歳(自称)
・出勤:週6。日曜休み。
・シャンパン煽りが得意
・「俺だけを見て」が口癖
・LINEは営業用と私用を分けてる
「LINEは交換した?」
「した。営業用の方だけど」
「上出来」
ゆめかわがニッコリ笑った。
「じゃあ、ここからは私の仕事だね」
SNS特定のプロ、ゆめかわの出番だ。
***
翌日。「地獄極楽」。
ゆめかわが、ノートパソコンを持ってきた。
「涼介の本名、割れたよ」
「早いな」
「LINEのアイコンから辿った。あと、インスタの裏アカも見つけた」
画面を見せてくる。
涼介の裏アカ。そこには、客の女たちを馬鹿にする投稿が並んでいた。
「今日のカモ、ちょろすぎwww」
「またシャンパン入れさせたwww」
「ブスほど貢ぐの法則www」
クズだ。
「これ、ぴえんのこともある?」
「あるよ。ほら、これ」
ゆめかわがスクロールした。
「ぴえんとかいうデブ、200万貢がせたwww まじでちょろいwww」
私の中で、何かが切れた。
「……ゆめかわ」
「なに?」
「こいつの住所、分かる?」
「もう調べてある」
ゆめかわがニッコリ笑った。
「討ち入り、する?」
***
『葉隠』にはこうある。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」
——敵を知り、自分を知れば、百回戦っても負けない。
これは孫子の言葉だけど、武士道にも通じる。
つまり、SNS特定は基本中の基本。
そういうことだと私は解釈している。




