第五話:邂逅(姐さん)
「らむね、ちょっと来い」
スマホに表示されたLINEの送り主は、鬼塚沙羅。通称「姐さん」。
歌舞伎町のスナック「地獄極楽」のママであり、この街の生き字引であり、元レディースの総長であり、そして——私が唯一、頭が上がらない人間だ。
「何かあったんですか」
「いいから来い。今夜、店閉めた後な」
それだけ言って、既読もつけずに終わった。
姐さんらしい。
***
スナック「地獄極楽」。
歌舞伎町の路地裏、雑居ビルの3階。看板は小さく、知らない人間は絶対に辿り着けない場所にある。
でも知ってる人間は知っている。この店が、歌舞伎町の「駆け込み寺」だということを。
金に困った女。男に追われてる女。居場所がない女。
そういう女たちが、最後に流れ着く場所。それが「地獄極楽」だ。
私も、18歳の時にここに来た。
死にかけてた私を、姐さんが拾ってくれた。
***
午前1時。店の営業が終わり、私は「地獄極楽」の扉を開けた。
「よう、らむね」
カウンターの中で、姐さんがグラスを磨いていた。
赤髪のベリーショート。派手な着物。目つきは鋭いが、笑うと意外と可愛い。29歳。私より7つ上。
「座れ」
「はい」
私はカウンターに座った。姐さんがウーロン茶を出してくれる。酒は飲めないことを、姐さんは知っている。
「で、話って何ですか」
「お前、最近暴れてるらしいな」
バレてた。
「……誰から聞いたんですか」
「歌舞伎町で起きたことは、全部あたしの耳に入る」
姐さんがグラスを置いた。
「元カレの職場にリンク貼った。浮気男をすりこぎでボコった。既婚者を脅して追い返した。——全部知ってるよ」
「……」
「で、どうだ。楽しいか」
私は少し考えて、答えた。
「楽しいです」
「そうか」
姐さんが笑った。怖い笑顔だ。
「なら、もっと楽しいこと教えてやろうか」
***
姐さんが奥の部屋に私を連れて行った。
そこには、見知らぬ女が二人いた。
一人は、水色のゆるふわロングヘア。ふわふわした服装。一見するとゆめかわ系の、優しそうな女。
でも目が笑ってない。
「夢川きらり。ゆめかわって呼んで」
もう一人は、真っ黒。黒髪ストレート、黒い服、黒いマスク。
「闇谷やみこ。病み子でいい」
マスクの下から、かすれた声が聞こえた。
「……二人とも、何者ですか」
私が聞くと、姐さんが答えた。
「お前の仲間だ」
「仲間……?」
「らむね。お前、最近一人で暴れすぎだ。ぴえんって子も巻き込んでるらしいな」
「……はい」
「このまま続けたら、いつか足元すくわれる。だから——」
姐さんがテーブルを叩いた。
「チームを作れ」
***
「ゆめかわは、SNS特定のプロだ」
姐さんが説明を始めた。
「名前と顔写真さえあれば、住所も職場も家族構成も、全部割り出せる」
「……すごいですね」
「元カレをストーカーで訴えようとしたら、逆に訴えられて前科ついたけどな」
ゆめかわがにっこり笑った。
「でも、あの男は社会的に死んだから、おあいこだよ❤️」
怖い。
「病み子は、地下アイドルだ」
姐さんが続ける。
「ファンは3人しかいないが、その3人が異常に濃い。何でもやる」
「……何でも?」
「情報収集、尾行、盗撮。頼めばやってくれる」
病み子がマスクをずらした。
「……推しのためなら、死ねるから」
いや、死ぬな。
「で、お前だ。らむね」
姐さんが私を見た。
「お前は、頭がいい。判断力がある。度胸もある。——リーダーの素質がある」
「リーダー……」
「この三人で、チームを組め。ぴえんって子も入れていい。あたしはバックアップに回る」
姐さんがグラスを持ち上げた。
「歌舞伎町のクズ男どもを、成敗する部隊だ」
***
私は、二人の顔を見た。
ゆめかわは、ニコニコ笑っている。でも目の奥に、暗い炎が燃えている。
病み子は、無表情だ。でもその無表情の下に、何かを求めている気配がある。
二人とも、私と同じだ。
傷ついて、壊れて、でもまだ戦おうとしている。
「……一つ聞いていいですか」
「何だ」
「なんで私なんですか」
姐さんが、少し考えてから答えた。
「お前、武士道がどうとか言ってるらしいな」
「……はい」
「あたしは武士道なんて知らん。でもな」
姐さんがグラスを置いた。
「筋を通す女は、好きだよ」
***
その夜、私たちは「地獄極楽」で朝まで語り合った。
ゆめかわの過去。病み子の過去。私の過去。
全員、ろくでもない人生を歩んできた。男に裏切られ、社会に見捨てられ、それでもまだ生きている。
「ねぇ、らむね」
ゆめかわが言った。
「私たち、何て呼べばいいの? このチーム」
「……考えてなかった」
「じゃあ、私が決めていい?」
ゆめかわがスマホを取り出した。
「葉隠組、とか」
「……なんでそれ」
「らむねが武士道好きなんでしょ? 葉隠って、武士道の本じゃん」
「読んだの?」
「Wikipediaで見た」
浅い。
「……まあ、いいか」
私は頷いた。
「葉隠組。悪くない」
病み子が小さく呟いた。
「……私たち、武士になるの?」
「そうだ」
私は立ち上がった。
「令和の、歌舞伎町の、地雷系武士だ」
***
『葉隠』にはこうある。
「朋輩の中にて一人よき友を持つべし」
——仲間の中に、一人でも良い友を持て。
つまり、一人で戦うな。仲間を作れ。
そういうことだと私は解釈している。




